第16話 抜け駆け⁉︎ そして、刹那的な疵痕⁉︎

沙羅さらぁ……、ガラが悪いにもほどがあるわ……」

「元はといえば、美亜みあ所為せいでしょうが」


 さくらの魔法使いとしての資質に、世界征服を推奨したふたりが、同じレベルだったことが判明した瞬間だった。


「ぼくが世界征服をしても、悪の大魔王になっても、おふたりの今みたいな感情や、気持ちがこの世界から無くなったら、ぼくは楽しくないです……。だから、魔法でこの世界をどうしよう……とか、興味なんてないんです」

「ちょっとぉ、わたしの時と態度や言葉遣いが違いすぎやしませんか? どうして、美亜にはそんなに優しいんだよっ」

 沙羅が頬を膨らませたまま、さくらに詰め寄ってきた。


「そうでしたか……?」

「そうでしたか……? だとぉ? わたしの時は、やりませんよ……って素っ気ない返事だったくせに」

「あの時は、沙羅さんひとりが乗り気だったんですよ。世界征服はぶん殴ったって止めるけど、大魔王になったら大幹部にしてもらおう……とかなんとか」

 さくらが、なおも詰め寄ってきた沙羅を抑えながら、かろうじて反撃を試みる。


 さくらの言葉を聞いた美亜は、沙羅をジト目で睨んでいる。

「呆れたわぁ……。沙羅ったら、さくらくんの魔法の力を利用してなにするつもりだったのよ」

「いやいや、利用する……って、人聞きの悪いこと言わないでよぉ。そ、そうだ、さくらちゃんが大魔王様になったら、美亜も一緒に大幹部にしてもらおう、ねっ」

 さくらと美亜に、揃って睨まれている沙羅の笑顔が引き攣っている。


「大幹部になるのは沙羅だけでいいわよ。わたしは、いつでもさくらくんの隣にいられたら、それだけでいいもの。わたしの目指すトコは、あくまで、さくらくんのお嫁さんですからね」

 はにかみながら、美亜が隣に立っているさくらの腕に、自分の腕を絡ませる。

「えっ? どういうこと? お嫁さんって、なに?」

 慌てだす沙羅。

 対して、人の悪い笑顔を浮かべる美亜。

「さくらくん……、不束者ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 美亜が一瞬だけ、沙羅に視線を向けた。

「あぁっ、美亜、抜け駆けはダメだってばぁ。不束者も早すぎるわよぉ。さくらちゃんもなんとか言いなさいよっ」

「あ、はい……。美亜さんにそう言ってもらえると、ぼくも嬉しいです」

 返事をしたさくらの頬も、心なしか紅く染まっている。

「ちょっ、今のは、美亜に対してのオッケーの返事なのっ? 美亜のこと、お嫁さんにするってことなのっ? うわぁぁぁん。さくらちゃんのバカぁっ。わたしというものがありながら、美亜にまで手を出してっ」

 沙羅がとうとう、泣き出してしまった。


 さくらと美亜が、顔を見合わせては、苦笑を浮かべている。

「やりすぎました……みたいですね?」

 美亜が照れたように、小さく舌をだしてみせた。

「そのようです……ね?」

 さくらも、肩を竦めてみせた。


「沙羅? あなたもいいかげんにしなさいよっ。自分が蒔いた種でしょうが。何回言わせるつもりなの?」

 それまで、沈黙を貫いていた小百合さゆりが、三人の間に入ってきた。

 少しだけ、厳しさの混じった言葉とともに、沙羅の肩を掴んでいる。

 沙羅が、大粒の涙を拭って、母親、小百合と対峙する。

 そんな沙羅の視線を、正面から受けて、小百合が言葉を続けた。

「わたしというものが……って、沙羅? あなたは、まだスタートラインにも立っていないのよ。自分の気持ちを素直に表現した、美亜ちゃんのほうが立派だと思うわよ」


「はい……」

 それまで、おお泣きしていた沙羅の返事が小さくなった。

「美亜ちゃんにまで手を出して……って、あなたは、さくらちゃんにまだ、手も出されてないでしょうが。美亜ちゃんと比べて、大きく出遅れてんのよ」

「はい……」

 なおも言葉が小さくなっていく。


「小百合さん? もしかして……?」

 沙羅の様子に、違和感を覚えたさくらが、遠慮がちに小百合に声をかけた。

 小百合は、さくらの言葉を聞こえないフリでやり過ごす。

「沙羅? あなたも、さくらちゃんのお嫁さんにしてもらったらいいでしょ? 一夫多妻、おおいにけっこう……。この国が認めなくても、わたしは応援するわ」

「はい……」


 さくらは項垂うなだれている。

 美亜も、沙羅の返事と、さくらの様子で違和感に気づいたようだ。

「おばさま……? 沙羅を魔法で黙らせたんですか?」

 美亜の言葉に振り向いた、小百合が照れたように笑う。

「もう……、沙羅さんは小百合さんの実の娘ですよ。それなのに……」

「あのまま騒がれ続けたら、桃ちゃんが目を覚ますでしょ? それに、美亜ちゃんも相談ができないじゃない? ねぇ……?」

「それは、そうですけど……。沙羅のことだから、魔法で黙らされたって後から知ったら怒りますよ、きっと」

「無理やり黙らされた……っていう記憶すら残らないわよ。わたしの魔法は、催眠術の超強力版なの」

「おばさまも、シレっと、怖いこと仰いますね?」


「そうかしら? 魔法使いって、だいたい誰もがこんなもんなのよ。さて、今のうちに美亜ちゃんもさくらちゃんに相談するといいわ。ココ使う? それなら、沙羅もつれて奥に行くけど……」

「いえ、さくらくんには実際に見てもらったほうが……。ですから、さくらくんのお部屋で……」

「そぉ。なら、わたしと沙羅はココにいるわ」

 小百合の言葉に、美亜が小さく頷いた。


「あぁ、それと、今の美亜ちゃんの話で、わたしには確信めいたものがあるの。さくらちゃんが、これから実際に経験することで、おとなに頼る必要があるなら迷わず頼りなさい。さくらちゃんひとりで、どうにかなることではないと思うわよ……」

 さくらと美亜が揃って、小百合さんに頭を下げる。

 そして、ふたりで魔桜堂の店内を出て行った。



 さくらの部屋に向かう途中、美亜が呟いた。

「ホントはわたしたちの部屋でって思ったけど……。桃ちゃんが、さくらくんの部屋で寝ちゃいましたからね。沙羅の言ってたとおり、寝顔は天使みたいにかわいかったですよ」

 そう、呟いたあとで、美亜がさくらの顔を真っ直ぐに覗き込んだ。さくらの部屋に入るのを一瞬だけ躊躇ためらう。しかし、それは、遠慮ではなく逡巡だったのだろう。

 そして。


「でも、さすがにおばさまですね? あれだけで、事態を想定できるだなんて……。さくらくんも驚かないでくださいね。冷静に受け止めてください」

 部屋に入ると、さくらのベッドで心地よさげに、小さな寝息をたてている桃。反対に美亜の真剣な表情と、重い言葉に、さくらも表情を引き締めていた。そして、無言で頷く。


 その、さくらの返事を待って、美亜が、寝ている桃の右腕を持ち上げた。優しく、細心の注意を払いながら。

 そして、桃のパジャマの袖口をそっと捲って見せた。桃の華奢な腕があらわになった。

「少しわかりづらいですけど……。これ、見えますか……?」

 そう言う美亜の指先の行方を、さくらの視線が追いかける。

 桃の色白の肌と、少しだけ色合いの違う部分が、さくらの目にも映り込んだ。


「これ、傷痕……ですよね?」

「はい、そのようですね。ほかの場所にもありますよ。日中は服に隠れてて、見えませんでしたけど……。それも、目立たないところだけって感じですね……。見てみますか?」

「いえ……」

 蒼白の表情を浮かべたさくらは、それだけの返事をするのが精一杯だったようだ。

「七月も終わろう……っていうのに、魔桜堂にきた桃ちゃん、薄手でも長袖の洋服着てましたから、気になってはいたんです……。だから、桃ちゃんは嫌がりましたけど、一緒にお風呂に入ったんです。体温が上がると、もっとはっきりと浮き出てきますよ」


「誰が……こんな」

「桃ちゃんは言わなかったですけど、たぶん……、桃ちゃんのお母さんだと思います。わたしが、今日、桃ちゃんと出逢ってから、お母さん……って言葉を一度しか聞いてないんです。お父さん……は、結構頻繁に使ってたんですけどね」

「そういえば……、お父さんをケガさせた時、退院するまで会わせてもらえなかった……って言ってました。それも、お母さんのことだったんでしょうか?」

「桃ちゃんのお母さん……、桃ちゃんの魔法が、イエ、お母さんにとっては得体の知れない見えない力ですけど……が怖かったんじゃないですか?」

「だからって……」



 美亜とともに二階から降りてきたさくらは、酷く憔悴していた。その顔色を見て、この時には魔法を解かれていた沙羅も、相談するように持ちかけた小百合も、声をかけることを躊躇ためらうほどだった。

「さくらくん、わたしから話そうか?」

 あまりに重苦しい雰囲気を纏ったさくらを気遣ったのだろう。美亜が言葉をかけた。

「ありがとうございます、美亜さん。でも、ぼくから話さないと……。小百合さん、相談にのってください……」


 さくらの話を聞いた沙羅は、あまりの衝撃に言葉を失っている。小百合は小さく息をいた。

「さくらちゃんのところは、親子揃って魔法使いだったから、そういうことはなかったでしょう? でも、志乃しのちゃんは、子どものころに経験してたみたいよ」

「母も……ですか? そんな話、一度も」

 さくらが、また言葉につまった。


 その重苦しい雰囲気の中、沙羅が沈黙を破って話しだした。

「さくらちゃんの魔法なら、治せるんじゃないの?」

 沙羅の言葉に、まずは小百合の視線が沙羅に向けられた。その時、美亜はさくらの顔を見つめていた。

 沙羅の言葉が続く。

「まずはさぁ、桃に直接聞いてみようよ。桃ってば、チビッコでガキンチョのクセに、そういうところはしっかりしてると思うんだよね。大人おとななわたしと対等にやり合ってくるくらいだし」

「そ、そう……だね? 桃ちゃんのほうがおとなだ」

 沙羅の力説に、華奢な肩を震わせ、笑いたい衝動に耐えながら、美亜が呟く。

「どういうことよ?」

「桃ちゃんがおとななのか、沙羅が子どもなのか……?」

「なによ、お母さんまで。さくらちゃん、ヒドいと思わない? これが、親友と実の母親の真の姿だなんて」


 呆れた様子を全開にし、ふたりを交互に指差しながら、さくらに救援を求める沙羅。

 そんな沙羅を宥めながらも、さくらが話しだした。

「桃が望むのなら、体の疵は魔法で治せます。でも……、それだけではダメなような気もするんです。桃がうちに帰ったら、また繰り返されるんじゃないかって思いますし……」

「じゃあ、桃のお父さんの希望どおり、桃の魔法を封印する? それだって、さくらちゃんならできるんでしょ?」

「はい……。でも……、それは、桃の個性をひとつ奪うことになりませんか? 魔法使いって、そんなに恐ろしい存在なんでしょうか?」


「うん、普通の人たちからしたら怖いんじゃないかな? わたしはさぁ、初めて出逢った魔法使いがさくらちゃんだったから、そんな印象は持たなかったけど。でも、現代のこの国では、魔法って、まだファンタジー世界のモノなんだと思うよ……」

 とは、沙羅が。


「魔法の使えないわたしたちの意識の中には、魔法使いは、その力を私利私欲のために使うに決まってる……っていう思いがあるのかもしれません。それが、恐怖心に繋がってるんだと……。わたしは、さくらくんがわたしを助けるために魔法を使ってくれたのを知ってたから、沙羅と同じで怖い印象は持てなかったですけど……」

 これは美亜。


「お父さんが、その強大な力を怖がって、さくらちゃんたちのもとを去っても、志乃ちゃんはさくらちゃんの魔法を封印しなかったでしょう……? 志乃ちゃんも幼少の頃の経験があったからこそ、最後までさくらちゃんに優しく接することができてたんじゃないかな? 今のさくらちゃんを見てると、そんな気がするわ……」

 最後に、小百合の言葉が優しく響いた。

「桃ちゃんなら、しっかりとわたしたちの話も聞けると思うわ。まだまだ時間はあるし、桃ちゃんにとって最善の方法を考えましょう……」

 小百合が、三人を諭すような言葉が続いた。

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