第15話 どうして? そして、大袈裟な残念⁉︎

 その場にいたさくらと小百合さゆりが、揃って大きなため息をき、ふたりで顔を見合わせている。

 そして。

「はいはい……、ふたりとも少し落ちつきましょうか? さくらちゃんの用事が終わらないでしょ? 沙羅さらも自分から言いだしておいて、美亜みあちゃんからの反撃くらいで泣かないでよ。美亜ちゃんも、ひとりのおとなの意見として聞いてね? 小百合さん的には、なにをされても……っていうのは、まだ少し早い気がするなぁ……」

 小百合が、三人を順に見渡して、諭すような優しい言葉で包み込んでいく。


「泣いてなんかないわよっ。お母さんは、わたしの味方にはなってくれないのね?」

「えぇ、そうね。三人とも、わたしのこどもだからね。あなただけ、特別な扱いはしないことにしたわ」

「おばさま、わたしも言い過ぎました。ごめんなさい……」

「美亜ちゃんは、もっと、自分の想いを素直に言葉にしてもいいくらいだけどね……。でもさくらちゃんの気持ちを考えてあげてほしい……かな?」

「小百合さん……? ぼくは今みたいな時は、どうすれば……?」

「さくらちゃんは、今すぐでなくてもいいの……。しっかりと考えて、誠実に答を返してあげるのが、男の子であるさくらちゃんの責任……」

 小百合の言葉に、さくらと美亜は神妙に頷いている。沙羅は未だに不服そうだ。


「もう、仕方のないこどもたちね。色恋ごとの相談なら後で聞いてあげるわよ。それより、今は、さくらちゃんの用事のほうが大事だと思うけど……」

 小百合からの言葉に、最初にさくらが我にかえった。


「そ、そうでした。遅くなってごめんなさい。マリ姉にも叱られちゃいました。気が利かないって」

 さくらがはにかみながら、魔桜堂のカウンターの中へと入っていった。

 そこから、三つの小箱を持ち出してくる。それは綺麗に包装され、それぞれ色違いのリボンがかけられていた。

「皆さん、サイズが合わなかったら言ってください。すぐに直します……」

 さくらが優しく言いながら、まずは小百合に小箱を差し出した。

「開けてみても……?」

 小百合の短い問いかけに、さくらが頷く。

「これって、さくらちゃんが自分でラッピングしたんでしょ? こういうところは、沙羅も見習ってほしいわ……」

 小百合は、そう言って一瞬だけ沙羅に視線を向けた。その先の沙羅は、頬を膨らませて明らかに不満顔である。


 小百合が丁寧に包装を開いていく。最後に小箱のふたを開ける。その中には、桜色に淡く光るリングが収められていた。

「まぁ……。いくつになっても、プレゼントを貰うって嬉しいことね……。大切にするわ。ありがとう、さくらちゃん……」

 小百合の顔が、無邪気なこどものような笑顔になっている。

 つられるようにして、さくらも笑った。


「沙羅さんと、美亜さんはこちらです……。おふたりもサイズが合わなかったら、遠慮なく言ってくださいね……。特に美亜さんは……」

「わ、わたし? どして……?」

「美亜さんのほうが、沙羅さんより小柄ですし……、腕とかも華奢ですから……」

「そ、そうかな? 背が低いのは、事実だけど……」

「はいはい……。どうせ、わたしは、美亜と比べて大きいですよ……」

 沙羅が未だに頬を膨らませ、さくらをジト目で睨んでいる。


「けっして、そんなつもりで言った訳ではなくて……」

「男の子は、小さくて、華奢で、かわいい女の子が好きなんだもんね……?」

「そういうことでもなくて……」

「沙羅? 今日は、どうしてそんなにも、さくらくんを困らせるようなことばかり言うのよ……? いつもの沙羅じゃないよ。なにかあったの……?」

 口を噤んでしまったさくらを見かねて、美亜が助けに入ってきた。

「だって……、さくらちゃん、美亜のことばかりかまうんだもん。わたしのことも少しは相手してほしいんだよ。ごめん、わたしったら、美亜に嫉妬してるんだね、きっと。そうだ、わたしもこれ、開けてもいいかな?」


 無理やりに話題を代えようとして、今渡されたばかりの小箱を、さくらの目の前に差し出して見せた。

「おふたりには迷惑をかけていたようですね? ごめんなさい。それでも、そのアイテムを使っていただけるなら……」

 さくらの言葉が引鉄ひきがねになったようで、沙羅と美亜が揃って小箱のリボンを解きだした。


 まずは、沙羅が。

「ホントにさくらちゃんのバングルとお揃いだ。でも、わたしがこれして、マリさん、イヤって思わないかな?」

 次に、美亜が。

「これを、わたしが貰ってもいいんですか? さくらくんのそれって、お母さまの形見だって聞きましたよ。そんな、大切なものとお揃いって……」

 沙羅と美亜がふたりで、控え目にさくらに問いかける。


 その言葉に、さくらは優しい笑みを湛えたままで答えた。

「同じものがいいよね……って、マリ姉から言い出したんですから、沙羅さんたちは気にしないでください。それに、ボクのこれは、確かに母の形見ですけど……、実際は魔力抑制の魔法のアイテムなんです。だから、そのことも気にすることはありません」


「そうだよね? マリさんが言ってくれたんだった」

 そう言った沙羅が、桜色に淡く光るバングルを、さくらを真似て左手首にしては喜んでいる。

「ありがとうございます……。さくらくんにそう言ってもらえると、わたしも嬉しいです。大切にしますね……」

 美亜はそう呟くと、さくらとおそろいのそれを、自分の胸の前でギュっと握りしめた。


「わたしだって、嬉しいよ。ありがとう、さくらちゃん。わたしも大切にする」

「大切にしてくださるのは、とっても嬉しいことなんですけど、それだと、沙羅さんたちの身に危険が迫った時に、助けに行けませんから、できればいつも身につけておいてくださると……」

「もちろんだよ。でも、学校までは無理だと思うんだ。さすがに、アクセはまずいよね? 美亜?」

「うん。でも、沙羅? さくらくんはいつもしたまま登校してない? はずしたところを見たことないけど……」

「そういえば、そうだね。そこんトコどうなの? さくらちゃん?」


 沙羅が美亜を連れ立って、さくらへと詰め寄る。

「あ、あの……、それ、魔法のアイテムだって言いませんでしたか?」

 タジタジになりながらも、なんとか受け答えるさくら。

「うん、言った。でも、それとこれとどう関係があるの?」

 それでも、正解が浮かんでこないのだろう。沙羅はしきりに首を捻っている。その様子を、さくらは苦笑を交えて見つめていた。


 そして。

「ほとんどの人には、見えてませんから……」

「うん。魔法を信じてない人たちに、魔法の痕跡は見えないって……。あぁぁっ、そうだったよね……?」

「漸く、思い出していただけたようで……」

「そうだ、見えないんだ、これ……。魔法のアイテムだったら、学校にしていっても問題ないんだよぉ……」

 沙羅が得意顔で、ひとり頷いている。


 そんな沙羅を、美亜は視線の隅にとらえながら、さくらに控え目に問いかける。

「沙羅は手放しで喜んでますけど、ほとんどの人には……っていうことは、見える人もいたんですよね? わたしたちの学校にも……」

「はい、今までにふたり。美亜さんは、そういうところ鋭いですね?」

「そうですか? それで、そのおふたりは、どういう人たちで? さくらくんのお友だちですか?」

「はい……、ひとりはボクのクラスの、仲がいい友だちです。もうひとりは、美亜さんたちのほうが、よくご存知だと思いますよ。でも、意外でした……。お若いとはいえ、おとなの女性が魔法の存在を信じてるなんて」

「わたしたちが知ってる、若いけど、おとなの女性? 学校内限定で……って、もしかして、わたしたちの……?」

「はい、美亜さんたちの担任の、赤城あかぎ先生です」

「えぇぇぇっ。ハル先生ですかぁ……?」

 今度は美亜が声をあげてしまった。

 慌てて自分の口をおさえている。


「だいじょうぶですか? 一番、見られたらいけない立場の人ですよ……?」

「はい、ほかの生徒に実害が及んでないのなら問題ないって。見えているわたしが異常なんだろうって、黙認してくださってる感じです。美亜さんたちの先生って、いい先生ですよね?」

「いい先生……って、さくらくん、お人よしすぎます。弱みを握られたかもしれないのに。確かに、ほかの先生たちと比べたらいい先生ですよ。事故の後のわたしを、とても気遣ってくれますし。でも……」


「でも? 美亜さんこそ、気にしなくていいですよ。こんなこと、弱みになんてなりませんし……。いざとなったら、先生の記憶ごと改ざんしますから」

「改ざん……って、さくらくん、怖い、怖い。シレっと、そういう危ない発言しないでください」

「冗談ですよ」

「けっこう、本気に聞こえましたけど? さくらくんは、そういう魔法も使えるのね?」

「はい、わりとなんでも……。でも、使うことはありませんから、美亜さんは心配しなくていいですよ」


 さくらをジト目で睨みながら、美亜が呟く。

「約束……ですよ」


 神妙な表情の美亜に、さくらは、今までと変わらない笑顔で答える。

「もちろんです……」

「さくらくんの、その言葉は信じられるけど、どうして、その便利な力を使おうと思わないんですか? 世界征服とか、簡単にできそうですけど……?」

「そうかもしれませんね」

 さくらが答えた後、控え目に笑った。

「また、シレっと、そんなこと。ん……? 今、笑いましたね?」

 美亜も言葉の後、頬を膨らませてみせた。


「あっ、いえ……、あの、沙羅さんにも同じこと言われたもので……」

「沙羅にも?」

「はい、世界征服したりとか、魔王にならないのかとか……」

「あぅぁ……。沙羅と思考回路が、おんなじですかぁ……」

 美亜が小さな肩を、大きく落とした。


「ちょっとぉ、美亜ったら、なによ、その大袈裟な残念がりようは……? 黙って聞いてればさくらちゃんといい雰囲気作って……。わたしも混ぜなさいよっ」

 さくらと美亜の間に、沙羅が無理やり割り込んできた。

「ホントに残念だわ。沙羅でさえもさくらくんに言ったのよ。世界征服」

「普通、言うでしょ? さくらちゃんの魔法をの当たりにしたら……」

「それはそうだけど……。わたしの頭の中も、沙羅とおんなじかぁ……」

「だからぁ、その大袈裟な残念がりようをやめなさい……って、言ってんのよっ」

「でもぉ……」

「でもぉ……じゃなぁい」

 未だに不満顔の美亜を、沙羅が一喝した。


 ふたりの漫才のような掛け合いを見ていたさくらが、またしても控え目に笑う。

「ほらっ、美亜がいつまでも、駄々こねるから、さくらちゃんにも笑われたぁ。さくらちゃんからも、わたしの時みたいに言ってやんなさいよ」

「おふたりの仲のよさは、いつみてもいいですよね? 羨ましいです……」

 さくらの優しい声が、ふたりの耳に届いた。

「あぁん……? なんですってぇっ? わたしは、そんなこと言えって、いったんじゃあないわよ」

 沙羅の眉が少しだけつり上がる。


「沙羅ぁ……、ガラが悪いにもほどがあるわ……」

「元はといえば、美亜の所為せいでしょうが」

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