第14話 爆弾発言? そして、積極的な想い⁉︎

「はぅあぁ……」

 美亜みあからの間髪入れない反撃に、沙羅さらは大きく項垂うなだれてしまった。

 そのままの体勢で、苦し紛れの反撃を試みる。

「そ、その、さくらちゃんは? 桃の教育方針について、厳しく意見してくる……」


「さくらくんなら、【魔桜堂まおうどう】のほうにいるけど……。沙羅が、さくらくんに言葉の応酬で敵うわけないんだから、やめておいたほうがいいわよ」

「うぅぅ……、美亜ぁ?」

「さくらちゃんのほうが、あなたよりも、桃ちゃんのこと考えてるから、撃沈するだけだと思うわよ。だから、やめときなさい……」

「お、お母さんまで……?」

 ふたりに揃って窘められた沙羅が、力なくゆらりと立ち上がった。


「どこ、行くのよ。沙羅……?」

「さくらちゃんのトコ……。お母さんたちに叱られたって、慰めてもらってくる……。【魔桜堂】で、なにかやってるんでしょ? その仕事ぶり見て、癒されてくる……。小生意気な桃を寝かしつけてきたから、褒めてもらってくるぅ……」

 沙羅の言葉からは、力強さがまったく感じられなくなった。

「もぉ……、そんな元気のない沙羅は見ていられないわね。おもしろいけど……」

 美亜がヤレヤレという仕草とともに立ち上がった。


「美亜たちの所為せいでしょうが……。あれ? 美亜も行くの? さくらちゃんのトコ」

「うん、さくらくんに呼ばれてたんだよ。沙羅が降りてきたら、つれてきてください……って。おばさまも一緒に……って」

 そう言った美亜の顔に、悪い子の表情が加わった。それを見た沙羅の肩が小さく震えている。


「そ、そういうことは、先に言いなさいよっ。わ、わたし独りで騒いで、バカみたいじゃないの。もぉっ、美亜たちの意地悪っ」

「そぉ……?」

「そうかしら……?」

 ふたりの何事もなかったかのような返事に、沙羅がつり目がちな大きな瞳で、威嚇するように睨みつけた。


 そして。

「むぅ、行くわよっ。さくらちゃんが待ってるんでしょっ?」

「はいはい……」

 未だに惚けた返事を繰り出す、美亜と小百合を先導するかのように、沙羅がふたりを連れ立った。

 そして、リビングから【魔桜堂】の店内へと、舞台が動く。



 沙羅を先頭にして店内へと現れた、美亜と小百合の三人の、異様な連行風景に気づいたさくらが、自分から話しかけていく。

「沙羅さん、ありがとうございます。桃を寝かしつけてくださって。たいへんだったでしょ……?」

 さくらは、沙羅を労う言葉とともに、優しく微笑んだ。

「う、うん……。イヤイヤ、たいへんなことなんてなかったよ。桃の寝顔は、天使みたいでかわいいよね?」

 さくらに見つめられた沙羅は、頬を紅潮させ、俯き加減のまま答えた。


 沙羅のあからさまな態度の変化に、美亜と小百合がジト目で睨んでいる。

「桃ちゃんのこと、小生意気……って言ってなかった?」

 まずは、美亜が。

「イタい目見ればいいのに……とも、言ったわよね?」

 小百合も続いた。

 ふたりが次第に沙羅を追い詰めていく。

「あぅっ、わ、わたし、そんなこと……言った?」

 追い詰められた沙羅の頬が引きつっている。


 その様子を、さくらは笑いながらも静観していた。

「沙羅ぁ……?」

 とうとう、魔桜堂店内のカウンターまで、ふたりに追い詰められたところで漸く、沙羅を庇うようなさくらの声が聞こえてきた。

「そのくらいで許してあげてください……。沙羅さんが言葉でなんて言ってても、桃を寝かしつけてきてくれたことは、紛れもない事実なんですから……」


「そ、そうだよね。わたし、ひと仕事終えた感じがするもん……」

「はい、ありがとうございます。お疲れさまでした」

「さくらちゃんに褒められると、素直に嬉しいね。えへへ……」

「沙羅ぁっ?」

 美亜と小百合の声が、店内に低く響いた。

「はい、ごめんなさい……。調子に乗りすぎました」

 ふたりから、揃って威圧された沙羅が、その身を小さくしていく。


「桃もここにきて、沙羅さんに一番懐いてるみたいですから。これからも協力してくださいね?」

「うん、そこは、わたしに任せて……?」

 さくらの屈託のない笑顔に、即答する沙羅。自分の胸を叩いて見せたものの、すぐに首を捻っている。

「わたし……、さくらちゃんの術中に嵌ったの? 今、これからも……って、言ったよね?」


「沙羅さんのこと、アテにしてますよ。夏休みの間、桃を預かることにしました。沙羅さんがいてくださると、ボクも助かります」

「へぇ、桃、預かるんだぁ……? ええええぇぇっ?」

 沙羅が自分の頬を、両手で包み込む。

 その様子を、美亜と小百合は、人の悪い笑顔を表情に貼り付けながらも、肩を震わせ、笑いたい衝動に耐えていた。

 さくらも、控え目に笑う。


「それから、小百合さんも、今日のことでは助かりました。ありがとうございます」

「お母さんは、なにをして、さくらちゃんにお礼を言われてんのよっ?」

 沙羅が笑われたことを根に持ったまま、頬を膨らませ、自分の母親を問い詰めている。

「小百合さんは、桃のお父さんに、連絡してくださって……。ボクがそのことに躊躇してたから……」

「桃のお父さん……って、さくらちゃんのお父さんでもあるんでしょ? 躊躇することなんてないんじゃない?」

「そうなんですけど……。ぼくの記憶の中に、父はいないんですよ。だから、どう接したらいいのかわからなくて……」

 そう言ったさくらの表情からは、それまでの笑顔が消えかけている。


「ご、ごめん……、さくらちゃん。わたし、無神経だった」

 沙羅も、さくらが話してくれた、両親のことを思い出したのだろう。

「そういうわけで、桃のお父さんの願いを叶えるには、もう少し時間が必要で……、それで……」

「桃を預かることにしたんだね?」

「はい、小百合さんはボクに代わって、桃のお父さんに事情を説明して、説得してくださって……」


「そういうことは、おとなの役目。なんでも、さくらちゃんが独りで抱え込まなくていいの……。いい……?」

「はい、ありがとうございます」

 小百合からの力強い返事に、さくらが素直に頭を下げた。

「美亜さんも、桃と一緒にお風呂入ってくださって、ありがとうございました。さすがにそこは、ボクではどうしようもないことでしたので……。美亜さんから言ってくださって助かりました」

「それこそ気にしないで、さくらくん。わたしにできることって、そのくらいだし、今日初めてここに来て、そこで初めて兄妹だってわかっても……。桃ちゃんだって、小さくても女の子だし……」

「はい、美亜さんのお気遣いには感謝してます」

 さくらが、小百合に続いて、美亜にも頭を下げた。


「その、桃ちゃんのことで、さくらくんに相談したいことがあるの……。桃ちゃんからは口外しないでほしいって言われたけど、見過ごすこともできないから、まずは、さくらくんにだけ……。沙羅たちに話すかどうかは、さくらくんが決めて? だから……、少しだけ、わたしとふたりで……」

 美亜の口調が改まった。

 その様子に、さくらが無言のまま頷く。


「美亜の相談事は、わたしにも言えないことなのに、緊急事態でもないのね?」

「ここにいる間は、今以上のことにはならないから……」

「そぉ……、わかった。桃の身が安全なら、わたしもさくらちゃんの考えに従うわ……。でも、美亜? さくらちゃんとふたりきりになったからって、さくらちゃんのこと、押し倒しちゃダメだよぉ……」

 沙羅からの意外な言葉に、美亜が思わず吹き出した。その後、美亜の頬は、みるみる紅潮していった。


「ど、ど、どうして、沙羅はそんなこと言うのよっ。沙羅あなたじゃないんだからね。わ、わたしは、さくらくんに、そんなことしませんっ」

 慌てる美亜が、全力で否定し、沙羅を睨みつける。

 いつもなら、言い負かされる側の沙羅が、今だけは優勢に見えた。そして調子に乗った。

「そうだよね? 美亜のっちゃなその体では押し倒せないか……。さくらちゃんなら……」

「沙羅ぁっ」

「沙羅さんっ」

 沙羅に対する厳しい視線が、もうひとつ加わった。


 さくらが腕組みし、少しだけ上から沙羅を睨んでいた。

 ふたりからの冷たい視線に、今までの余裕を全て使い尽くして、沙羅が小さくなっていく。仁王立ちしている、さくらと美亜の存在感はは次第に大きくなっていくようだ。

 その美亜の表情には、今まで言い負かされていた、沙羅に対しての報復の決意が漂っている。美亜が一度、さくらに視線を向けた行動を、小さくなっている沙羅が気づけるわけもなかった。


「じゃあ、さくらくんの用事が終わったらでいいです。沙羅のいないところで……」

 そこまで言った美亜が、頬を紅くしながら、俯いていく。わざとらしいほどの演技で。

「なによぉ……、美亜ったら。わたしのいないところで……って?」

「沙羅がいるとうるさいからよ。さくらくん……、あの……、わたしのこと……、押し倒しても……いいよ。 でも、優しくしてくださいね……」

「は、はい、ボクのほうこそ、よろしくお願いします……」

「み、美亜がそんなこと言うなんてっ。さくらちゃんも、どうして、なにがお願いしますなのよっ」


 沙羅の大きな瞳に、涙が浮かんできた。

 その様子を横目に捉えながら、美亜の攻撃はなおも続く。

「沙羅が自分から言ったんでしょ? 押し倒されちゃえ……とかなんとか。わたし、さくらくんになら、押し倒されてもいいよ……。それどころか、さくらくんになら、なにをされてもいいって思ってるもんっ」

 美亜の爆弾発言に、沙羅の動きがぎこちなくなった。

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