第19話 お兄ちゃん そして、突発的な登場⁉︎

「だってぇ……。も、ももがぁ」

「桃ちゃんだって、本気で言った訳ではないと思うよぉ……。それなのに、小学生のレベルで、胸の大きさを競うって、どぉなのよぉ。アル者の余裕……?」

 言われた沙羅さらが小さくなっていく。


「そぉだけどさぁ……。ところで、どうして美亜は、そんなに嬉しそうな顔してんのよ」

「わたし? そんな顔して……る?」

「うん」

 沙羅の大きな瞳が、美亜みあに向けられる。

 鋭い視線だろうが、今さら美亜が臆するわけもなく、沙羅に向けて意味ありげな視線を返した。


 そして。

「えへっ、桃ちゃんが公認してくれたから、わたしもさくらくんに、好き……って、言ってみようかなぁ……。ねぇ? 沙羅? 桃ちゃん? どう思う?」

「美亜まで、そいうこと……。あうぅぅっ……」

 沙羅が美亜の言葉に反応しきれていない。その場で頭を抱えている。

「美、美亜……お姉さん……。ええぇぇっ……」

 桃は、それだけを言葉にして、動きが停まった。

 ふたりは揃って、美亜の言葉に衝撃を受けているようだ。


 美亜が動きの停まったふたりに、畳み掛けるように言葉を続ける。

「わたしもね、さくらくんが彼氏だったら……って、いつも思ってたのよ。さくらくんほどの超優良物件、どこ探してもいないと思うよぉ……」

 沙羅と桃の頭上で、美亜の続けた言葉が炸裂した。

「沙羅が今まで、態度をはっきりさせないのがいけないんだよぉ。そろそろ、自分の気持ちに気づいてあげても、いいと思うけどなぁ……?」

「あうぅぅっ……」

「それから、桃ちゃん? あなたにはさくらくんの妹……っていう、アドバンテージがあるのよ。そのことをたいせつにしないで、沙羅と張り合ってどうするの? 沙羅以外にもライバルはいるのよ……」

「そ、そう……です……けどぉ……」

 桃が美亜の言葉に素直に頷く。小柄な美亜が、そんな桃の頭を優しく撫でた。


「どしたの? 沙羅も桃ちゃんも、複雑な表情して……」

 美亜が人の悪い笑顔で、沙羅たちを見つめている。

「美亜も、さくらちゃんのこと……?」

「美亜お姉さんも、お兄ちゃんのこと……?」

 ふたりが揃って、そう言った後、お互いに顔を見合わせて黙り込む。


 ふたりが動かないまま、少しだけ時間がすぎていった。

「ど、ど、どうしよう……桃ぉ。ここに美亜が参戦してくるなんて、わたし、考えたこともなかったよ。わたしが、美亜より勝っているトコって、背の高さと胸の大きさだけなんだよぉ……」

 沙羅の胸の大きさ発言に、美亜は、ただ笑顔を浮かべているだけだった。

 しかし、心の中では、

『うわぁ……、沙羅ったら、小学生の桃ちゃんに相談してるぅ……』などと、考えていたが、沙羅がそこに気づくはずもなかった。


「そ、そ、そうです……。美亜お姉さんが、ライバル宣言してくるなんて……、意外すぎです」

 ここまでは大人びていた桃までもが、沙羅と同じように慌てている。その桃の言葉に対しても、ただの笑顔で静観を決め込んだ美亜が。

『むぅ……、桃ちゃんたら。意外すぎって、どぉゆうことよぉ……』と、声に出さない反論をしていることは、知る由も無いことだった。


 そんな桃が、言葉を続ける。

「沙羅なんて、まだいいですよぉ。美亜お姉さんに、胸の大きさだけは勝ってるんだからぁっ。わ、わたしなんて、美亜お姉さんのほうが、おとなだし……、優しいし……、よく気がつくし……、かわいいし……。ひとつも勝ててませんよぉ……」

 桃の爆弾発言にも、美亜が突っ込みを入れてみる。

『桃ちゃんも言いきったなぁ……。沙羅は、胸だけ……って』

 その様子を窺いながらも、美亜の攻勢はとどまるところをしらない。相手のふたりには聞こえていないわけだから、遠慮する必要は皆無なのだが。


「桃……? 今、胸だけ……って、言った?」

「胸だけ……でしょ。沙羅がサイズ的に大きいのは? わたしには、その胸すらないのにぃ……」

 沙羅からの、どうでもいいような反撃に、堂々と渡り合う桃。しかし、言葉の終わりのほうは、なんとなく涙声。

「うわぁん……、沙羅ぁ。美亜お姉さんが相手だと、わたし、勝てないよぉ……」

「わたしだって、桃が相手だったから、まだ余裕あったのに……」

 美亜が、人の悪い笑顔を浮かべたまま、ひとりで考えているうちに、桃が泣き出してしまった。そんな、大げさだとは、桃に対して。なかったでしょ、余裕とは、沙羅に向け、美亜はため息をひとつ。


「沙羅ぁ……」

「桃ぉ……」

 美亜が冷笑混じりに、ふたりを見つめているなか、お互いの名前を呼んだ後、ヒシッと抱きついた。そのまま、何度か頷きあっている。

 ふたりは、見つめあうだけでの会話が成立したのだろう。揃って、睨むような視線が美亜を捉えた。その迫力に、思わず身構える美亜。

「な、なに……? ふたりとも。その、敵はただひとり……みたいな目は?」

「そう……、たった今から、わたしたちの共通の敵は、美亜……、あなたひとり」

 そう言って、沙羅が美亜に、なおも一歩詰め寄る。

「ちょ、ちょっと……沙羅ぁ?」

 一歩引き下がる美亜。

「そうです。沙羅に取られるくらいなら、美亜お姉さんのほうが、いいと思ってましたけど……。本気になった美亜お姉さんには、わたしたち、ふたりがかりでも勝てそうもありませんから……」

 沙羅に続いて、桃までもが、詰め寄ってきた。


「ふたりがかり……って? わ、わたしにそれで勝って、その後はどうするの?」

 美亜のその言葉に、またも、一瞬だけ動きの止まった沙羅と桃。

 互いに顔を見合わせる。

「その後……って? 決まってるでしょっ。黙らせる。……腕力で」

 沙羅が握った右拳を、部屋の天井に向けて、力強く振り上げる。

 美亜の心のこもらない棒読みの声。

「うわぁ……、腕力なんだぁ……、小学生の桃ちゃんに……」

「決まってますっ。ぶっとばします。……魔法で」

 桃の小さな右手が、沙羅に向けて放たれた。

 ヤレヤレと両手を広げて、呆れ顔の美亜。

「桃ちゃんの勝ち……でしょ。小さくても魔法使いだもんね、この子は……」

 これまた、感情のこもらない呟き。


 ただ、その続きの部分が美亜の口許から零れた。

「ふたりとも……、仲がいいのね……」

「よくないわよっ」

「よくありませんっ」

 ふたりが、同時に叫ぶ。

 ふたりの言葉と同時に、ついに、美亜がドア際まで追い詰められた。

「誰がどう見たって、仲良しな姉妹みたいじゃないの、あなたたちは。あっ……、さくらくん、いいところに……」

 美亜がドアの外側に向かって、振り向いてみせる。


「えっ……? さくらちゃん?」

「えっ……? お兄ちゃん?」

 美亜の視線の動きにつられるようにして、沙羅と桃が揃って振り向く。

 しかし、ふたりの振り向いた先に、さくらの姿などはなく、魔桜堂へと続く空間があるだけだった。

 その何も無い空間を見つめてしまったふたりが、改めて、美亜へと視線を戻した。

 ふたりに睨まれる形になった美亜の表情には、今まで以上に、人の悪い笑顔が貼りついている。


 そして。

 ニヤニヤとした笑顔のまま、美亜がふたりを茶化すように、言葉を切り出した。

「ほらぁ、とっても仲のいい姉妹だわ、ふたりとも。反応もいっしょ、動作もいっしょ、ねぇ……? さくらくん?」

「むぅ……、もう騙されないもんね。ねぇ? 桃?」

「はいっ。今のは、美亜お姉さんの作戦に、まんまと嵌ってしまいましたから、もう同じ手には、ひっかかりませんっ」

 そう言って、腕組みしたまま頬を膨らます沙羅と、それでも周囲に注意を払い続けている桃。

 ふたりの対照的な行動に、とうとう美亜が声を上げて笑いだした。


「な、なによ、美亜のその不敵な笑いは?」

「そぉ……?」

「そ、そうです。美亜お姉さん……、まだ、なにかたくらんでるんですか?」

「たくらんでる……っていうのは、ヒドいなぁ、桃ちゃんたらぁ……。そう、思いませんか? さくらくん?」

 つい今しがた、沙羅と桃が誰もいないのを確認したばかりの空間に向かって、再度、美亜が呼びかけた。


 ほんの少しだけ、間があいた後に、優しい声が響いた。

「そうですね……」

 さくらの声が。

「ええええええぇっ……」

 桃が悲鳴を上げたあと、完全に沈黙。

「どっ、どっから、現れたっ?」

 沙羅のほうは、驚愕の表情でそれだけ言って、動きが止まった。


「現れたっ……は、ないと思いますけど、沙羅さん?」

 これまで、三人の話題の中心にいたはずのさくらの実体が、そっと顔を覗かせた。

「さくらくん、ナイスタイミングよっ。ホントに三度目で出てきてくれるとは思わなかったわぁ。オチとしては完璧よ」

「そうですか? 美亜さんに、そう言われると嬉しいですね」

「うん……。完璧、完璧」

 美亜はそう言うと、部屋に入ってきた、さくらの細くて華奢な腕に、自分の腕を絡ませていく。


「ああっ、美亜お姉さんたらっ、ダメですよぉ。お兄ちゃんにそんなことしないでください……。もうっ、沙羅もいつまでも呆けていないで、なんとかしなさいよっ」

 桃の言葉に、我を取り戻しかけた沙羅は、美亜が腕を組むさくらの姿を見て、またも撃沈。

 そんな沙羅を見て、桃が大きなため息とともに、肩を落とした。


 そして、そのままの状態で、桃が話し始める。

「美亜お姉さん?」

「ん……?」

「もう、あんなおかしなこと、言いませんから。だから……、お兄ちゃんからそろそろ離れてください……」

「えへへ……。少し残念だけど、桃ちゃんが素直になったから、許してあげようかな?」

 名残惜しそうな様子を見せつつも、美亜がさくらと組んでいた腕を解いた。


「ごめんね、なんだか、さくらくんまで巻き込んで……」

「いいえ、ボクも楽しかったですよ。でも、桃が言った、おかしなことってなんですか? それに、沙羅さんまで、あんなにもダメージ受けたみたいに。未だに戻ってきませんけど……?」

 さくらが首を捻りながら、美亜に尋ねる。

「うーん、桃ちゃんのは、小さくてかわいい嫉妬心と、少しだけ背伸びした対抗心かな? でもこれは、女の子ならきっと、誰もが持っている感情だから、さくらくんは無理に理解しなくてもいいことですよ。それと、沙羅は、桃ちゃんと張り合ったあげく、腕力で解決しようとした罰ですから……、暫く放っておくのがいいかと思います」

「そうですか? 美亜さんがそう言うのなら、間違いではないのでしょうね」


 美亜とさくらの会話の内容に、桃は頭上に疑問符をたくさん浮かべているようだ。

「美亜お姉さん……?」

「ん? なぁに、桃ちゃん?」

「うん。美亜お姉さんは、どうしてそんなに、お兄ちゃんのことが分かるんです? お兄ちゃんの考えてること……とか」

「どうして……って言われても」

 桃からの問いかけに、今度は美亜が首を傾げた。

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