第11話 手紙読んで そして、衝撃的な関係⁉︎

 商店街に戻ってきた四人のうち、マリとももは、【魔桜堂まおうどう】の窓際の席で、小百合さゆりが用意してくれたアイスクリームを、存分に堪能していた。そこには、今日、これまで留守番をしていた美亜みあの姿もあった。

「マリさん? 沙羅さらは、どうしてあんなにむくれてるんですか? はっ! まさか、マリさんと三角関係がもつれちゃった……とかですか?」

「美亜ちゃん、それ、本気で言ってないよねぇ?」

「もちろん……。でも、本当にどうしたんですか?」


 美亜も事の顛末に、興味はあるようだ。マリの説明に、いちいち相槌を入れながら、聞き入っている。


「……で、桃ちゃんと喧嘩して、さくらくんに無理やり連れ帰って来られて、むくれてるんですか? 子どもみたいですね〜」

 美亜が、呆れた表情を浮かべたまま、カウンター席の一番奥で、盛大に頬を膨らませている沙羅に、ちらちらと視線を向けている。

 その不機嫌な沙羅の脇には、謝るさくらの姿もあった。


「わたしは、桃と喧嘩してたことを叱られたから怒ってるんじゃないわよっ。さくらちゃんが、わたしにだけ魔法をかけて、ここまで連れ帰ってきたことを怒ってんのっ。どうして、桃じゃないのよっ」

 そう言って、座ったまま腕組みをして、足も組んで、あらぬ方向に視線を向けている。その瞳に、さくらの姿は映っていないようだ。

 怒り心頭の沙羅に、ひたすら謝り続けるさくらに、美亜が声をかけた。

「桃ちゃんのほうが、素直に言うこと聞いてくれそうだからでしょ?」


「さくらくん、そんな沙羅は放っといていいと思うよ。それより、桃ちゃんのほうが先じゃないかなぁ……? 志乃しのさんに逢いにきたんでしょ?」

 美亜の言葉に、桃は小さく頷いた。

「桃ちゃんのお父さんが、志乃さんにしたためた魔法のアイテムは、今の宛名のさくらくん以外開封できないんでしょ? それなら、先に中を確認しないと……」

 続けた美亜の言葉に、今度はマリも頷く。

「沙羅、さくらちゃんに迷惑かけるの、いい加減にしなさいよっ」

 実の母親からも、両肩をしっかりと捕まえられて、叱られている。


「はい、ごめんなさい……」

 沙羅の態度が豹変した。あまりの変貌ぶりに、マリ、桃、そして美亜が揃って、沙羅へと振り向き、その顔を見つめている。三人の視線の先に立つ、沙羅の瞳には色彩が映しだされていなかった。

 さくらひとりが、自分の左手で顔を覆っている。大きなため息をいている。明らかに嘆いていた。その原因が。

 カウンターの向こう側に戻った小百合が、親指を立てた握りこぶしを、さくらたちに突き出していたからだった。


「小百合さん、それ、今、ぼくが怒られてたことですよ。魔法が解けた後、沙羅さん、また怒りますよ」

「さくらちゃんは心配しなくてもいいのよ。わたしは……記憶すら残さないから、ね? 桃ちゃん、ココアなら飲めるかな?」

 温かいココアの入ったカップを、桃の前におきながらの小百合の言葉に、さくら以外の三人が、揃って震えあがった。

 三人の中で、最初に立ち直った桃が疑問を口にする。

「小百合さんも魔法使いさんなんですか? じゃあ、沙羅だって……」


「はい、わたしも魔法使いですよ。今の桃ちゃんと同じ、特化型のね。……で、残念ながら、沙羅はわたしの力を受け継がなかったみたい。でも、魔法使いって、遺伝とかではないみたいなの。さくらちゃんのとこが例外みたいよ」

「そうですよね。わたしのところも、わたし以外は魔法を使えませんし……。でも、特化型……っていうのは?」

「桃ちゃん以外は、ご家族全員が普通の人たちなのね? それじゃあ、今までたいへんだったでしょう? 魔法って理解してもらえないから……」

 小百合の言葉に、桃は、ただ頷くだけだった。


「さて、さくらちゃん……。沙羅は放っといて構わないから、まずは、その手紙の確認。そのあとのことはその時考えましょう。志乃ちゃんの魔法のアイテムだからって、ひとりで抱え込まないこと。この商店街には、魔法使いのわたしをはじめ、魔法を理解してくれている人がたくさんいる……ということを忘れないで」

 さくらは、一度沙羅に視線を向け、もう一度頭を下げてから、マリたちのいる席に近づいていった。

 そこで、改めて、桃から手紙を受け取る。桃の父親が、今は亡き志乃へ向けて認めた魔法のアイテムである、その手紙を。


 手紙の宛名を、もう一度見つめる。そこに書かれているのは、『高遠たかとおさくら様』という、自分の名前だけだった。裏返してみても、淡い桜色の封筒には、ほかに書かれたものはなかった。

 さくらが、両手で、その封筒を持ち、短い言葉を唱える。そして、左手から淡い光が手紙に注がれた。

「さくらちゃん? それ、詠唱が必要なほどのモノなの?」

 小百合が問いかける。その言葉に、マリと美亜もさくらを見つめている。普段のさくらが魔法を使う時、詠唱などしないのだ。先の、小百合が沙羅に魔法をかけた時も、詠唱はされなかった。

「いえ……、詠唱は、ぼくが宛名本人かどうかの確認用みたいです」

 さくらから注がれた光を、手紙が吸収し終えると、封がされていた部分が音もなく開いた。

 中に入っている便箋も淡い桜色をしている。

 その便箋を取り出した。それは、几帳面に四つ折りされていた。

 さくらが、それをひろげる。書かれているだろう文面に、視線を落とした。


「中の宛名は、母の名前のままです……」

 さくらは、それだけを告げると、そこにある文章を読みはじめた。

 今、ここ【魔桜堂まおうどう】にいる全員が、固唾を呑んで見守っている。

 五回目の、そして、最後の便箋が擦れる音が、店内に流れる。

 読み終えたはずのさくらが微動だにしない。そんなさくらの手から、揃えたばかりの五枚の便箋が、マリたちの座るテーブルに、静かに落下した。

 落としたことに気づいて、さくらが便箋を拾おうと手を伸ばす。伸ばした指先が微かに震えている。落とした便箋に、震える指先が触れた瞬間、さくらの頬を涙の雫が一粒、つたった。


「沙羅っ、今すぐ、さくらちゃんを支えなさいっ」

 店内に、小百合の声が響き渡る。その声に、沙羅が即座に反応し、崩折くずおれそうなさくらの体を支える。次いで、小百合の瞳が紅く輝いた。そして、沙羅の瞳に色が戻り始める。

「さくらちゃんっ、どうしたの?」

 さくらの重みを受け止めた沙羅が叫ぶ。受け止められたさくらの体が震えている。

「ぼくは、どうしたらいいんですか……?」

 それだけの言葉を、漸く、さくらが絞りだした。


 小百合が、落とされたままの便箋を拾い集める。

「わたしが……読んでも?」

 小百合の言葉に、さくらが小さく頷いた。さくらの返事を待って、小百合が、その手紙を読み始める。



高遠たかとお志乃しのさま


 私が、志乃の前から姿を消して、どれほどの時が過ぎたことでしょう。

 その後、勝手に送りつけた手紙と離婚届。志乃が記入して返送してくれるとは思ってもおらず、志乃の優しさに甘えてしまったことを、今更、許してほしいと、言えた義理ではないのだが……。


 しかし、あの当時は、志乃が魔法使いだという事実を受け止めきれず、ましてや、生まれたばかりの子どもが、更なる魔力を宿していることを知り、それが恐ろしくて、志乃の前から逃げ出してしまった。

 どれほど、詫びの言葉を並べても、志乃が救われることはないのかもしれない。それでも、本当にすまないことをしたと思っている。


 あの時、生まれたばかりの子どもは、今では高校生くらいだろうか? 元気に育ってくれているだろうか? 志乃が『さくら』と名付けた男の子は?

 ただ、元気でいてほしいと願うばかりだ。

 生後間もないこの子に見つめられただけで、畏怖の念、恐怖の念を抱いてしまった父親である私が、会わせてほしい……とは、今でも口にしてはいけないと思っている。

 さくらには、私は一生許されることはないのだろうな。


 そして、更に、私の勝手な願いを聞いてほしいと思い、志乃からもらったアイテムを使わせてもらった。

 私の娘『桃』が、この手紙に導かれて、志乃の元に辿り着くことができたならば、どうか、桃の魔力を封印してはもらえないだろうか?

 この子も、強力な魔力を持って生まれてきたようだ。周囲に被害が及ぶ前に、普通の女の子として暮らせるようにしてはもらえないだろうか……。


 志乃と離婚して、私は新たな家族を持った。

 その相手との間に生まれてきた子が、志乃やさくらと同じ魔法使いだったということに、私は耐えられそうにない。

 魔法について、私は何も知識を持ち得ていないのだ。志乃、君の力で、どうか、桃の魔法を封じてほしい。魔法など使えなくても良いのだから。

 私の最期の我儘を、どうか聞き届けてはもらえないだろうか……。


高遠○○』



 桃が持っていた手紙には、悲痛な想いが綴られていた。重大な過去の真実と真意が記されていた。そして重要な関係が。

 読み終え、小百合が大きなため息を、ひとついた。そして、呟く。

「これは……、さくらちゃんには酷だったわね」

 小百合が、沙羅に代わるようにして、さくらのことを抱きしめた。ぽんぽんと背中を優しく叩く。

 さくらの肩が小さく震えている。さくらの頬を伝った涙の雫が、足元に、また落ちた。


「母とお父さんが離婚したのはいいんです。仕方ない事もあるでしょうし……。その分、母からはたくさん優しくしてもらったと思います。でも……、お父さんが母と離婚した理由が、母の魔法が恐ろしくて……って。そして、生まれてきたぼくも、母の魔法使いの血を受け継いでるのが判って怖かったから……って。それじゃあ、母の離婚の原因は、ぼくなんですよね? ぼくさえ生まれてこなかったら……」

 さくらも思い余ったのだろう。次第にネガティブな考えに流されていく。

 小百合が、抱きしめていたさくらを、一度放して、正面から、その瞳を見つめている。


 そして。

「さくらちゃん、それは違うと思うわ。志乃ちゃんとお父さんが別れたのは、大人おとなの勝手な都合。お父さんが、さくらちゃんをダシに使うのはよくないわね。そして、さくらちゃんが卑下するのは、もっとダメよ。桃ちゃんまで巻き込んでしまうから……」

 そう言って、小百合が桃に視線を移していく。そこには、美亜に抱きしめられた桃が、厳しい表情を浮かべていた。

「さくらちゃんが、強力な魔力を持って生まれてきたのは、喜ばしいことよ。だからこそ、桃ちゃんていう、妹に出逢えたんだから。さくらちゃんが魔法使いでなかったら、この出逢いはなかったかもしれない……。だって、今ここには、志乃ちゃんもいないのだから……」


「それから、桃ちゃん。今、わたしは、さくらちゃんの味方をしたけど、それは、桃ちゃんを否定したわけではないの。桃ちゃんにとっても衝撃だったでしょう? いきなり、さくらちゃんがお兄ちゃんだって言われて……」

 桃が、美亜に抱きしめられたまま、小さく頷いた。

「わたしのお父さんが、さくらお、おに、お兄さんのお父さんでもあったっていうことですよね? 驚きましたけど、嬉しい気持ちのほうが大きいかもしれません。こんな素敵な人と兄妹だなんて……。そんなの……、漫画やドラマだけの出来事だと思ってましたから……。でも、お父さんは、わたしの魔力も怖かったんですね? ……それだけが悲しいです」

 桃の言葉は、店内に、哀しく流れて消えた。

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