第12話 悪代官な母 そして、越後屋な友人⁉︎

「でも、お父さんは、わたしの魔力も怖かったんですね? ……それだけが悲しいです」

 ももの言葉は、店内に、哀しく流れて消えた。


「桃ちゃんだって、なんにも悪くないのよ」

「でも……、お母さんは、わたしが怖いって、いつも言います。それをお父さんが、そんなことないよって言ってくれるんです」

「あぁ……、だから、魔法を封印して、普通の女の子にしてくれってことなのかな?」

 桃との会話で、今後の展開を考える。この問題は、さくらひとりの手に負えることではないのだ。


「桃ちゃんは、今日は【魔桜堂まおうどう】に泊まっていきなさい。おうちには連絡しておくから……。それと、さくらちゃんも、魔法の封印には反対なんでしょ? だったら、策を考えましょう。それから、桃ちゃんのお父さんが、本当に封印を望んでいるようなら、キメ台詞ぜりふも伝えておくわ」


「お代は、あなたの夢の欠片かけらを……ひとつ、いただきます」

 ……ってね。



「あれっ、お母さん? ……桃は、どこ行ったの?」

「眠れないですぅ……って言って、さくらちゃんの部屋に行ったわよ。枕持って……。そんなことしちゃう桃ちゃんって、かわいいわよね?」

「あんのっ、チビッコ……」

「さくらちゃんのところなら、心配いらないと思うわよ……。ねぇ、美亜みあちゃん」

「はい、おばさま。沙羅さらは桃ちゃんにさくらくんが取られるかも……って、そっちのほうを心配しているみたいですよ」

「そんなことありませんっ」


「そんなに気になるなら、行ってくればいいでしょ。沙羅の相手にさくらちゃんがなってくれるのなら、お母さんは嬉しいわ……」

「な、な、なっ、なにを言っているの? お母さんは?」

「あら、違うの……?」

 慌てふためく沙羅を見つめながら、微笑む、実の母親の小百合さゆり

「わ、わ、わたしは、桃のことが心配なんですっ。だから……、よ、様子見てくる」

 その言葉に対して、今度は親友の美亜が、ニヤニヤしながら返事をする。

「はいはい、いってらっしゃい……」


 沙羅が顔を紅くして、そそくさと部屋を出ていく。

 小百合とその場に取り残された美亜は、ふたりで手を振って、それを見送っていた。

「素直になれないのね、沙羅ったら……」

「そうですね……」

「さて……と、美亜ちゃん?」

「なんです? おばさま?」


 ふたりとも、顔を見合わせながら、ニヤニヤがとまらない。典型的な悪戯っ子の表情をしている。母はいい歳したおとなのはずなのに。

「ふたりとも、さくらちゃんのところに、押しかけていったわ。なにかあるといけないわよね? 修羅場……とか」

「そうですよね。修羅場……とか」

 感情の篭っていない、台詞を棒読みするふたり。

「美亜ちゃん、わたしたちも、様子を見にいきましょう」

「はい、勿論です、おばさま……。こんなにも楽しそうなことを、見逃すわけにはいきませんよ」


「ホントよねぇ……」

「えへへっ……」

「うふふっ……」

 ふたりは、コソコソと、沙羅の後をつけて行くのだった。悪戯っ子ふたりが囁きあう。

「沙羅に見つからないといいけど……」

 小百合のセリフは、とてもおとなの言葉とは思えない。

「大丈夫ですよ、おばさま。沙羅は、緊張しまくりで、周りなんて見えてないと思いますから……」

 美亜が答える。こちらも親友の言葉とは思えない。


 まるで時代劇の、定番のやり取りのようにも見える。

『越後屋、お主もワルよのぉ……。いえいえ、お代官様こそ……』のあれである。

 ふたりがセンスの古いくだりで、沙羅を茶化しているとは、露程も考えつかない沙羅は、さくらの部屋の入り口を前にして立ち尽くしている。

 階段の影から、その様子を覗き見る、越後屋とお代官様、いや、小百合と美亜。


 小声でのふたりのやり取りが続いている。

「もう、あの子ったら……。なんて、じれったい。おもいきって声をかけるのよ」

「そうよ、沙羅っ。ここまできて、なにをもたもたしてるのよ……」

 今、この周りに他の人がいたら、『もう、そのくらいにしてあげて……』みたいになることだろう。

 本人の計り知れないところで、いじられまくりなのである。


「あっ、おばさま、沙羅の決心がついたみたいですよ……。ドアに手がかかった」

「ホントだわ。ここからは、沙羅の保護者として、沙羅がいけないことをしちゃわないかを、しっかり見張っておかないと……」

「おばさま。そこは、さくらくんのほうが……って、言ってあげましょうよ」

「さくらちゃんは、そんなことしないもの。どちらかといえば、沙羅が何もないところで躓いて、さくらちゃんを押し倒すパターンでしょ。美亜ちゃんも、そう思わない?」

「えぇ、まぁ……」

 ホントにもう……な、ふたりなのである。


 特に小百合に至っては、自分の娘のほうが信用度が低いのは、どういうことなのだろうか。

 そんな外野の騒ぎすら、気づいていない沙羅が、ドアにかけた手に力を込め、開ける準備をした上で、小さくノックをした。部屋の中にいるはずのさくらに、こちらも小さく声をかける。

「さくらちゃん……、いる……?」

 中からさくらの返事は聞こえない。もう一度、ノックをしようと思ったときに、静かに内側からドアが開いた。


「ごめんなさい、沙羅さん。聞こえてたんですけど、桃が放してくれなくて……」

「このぉ……、チビッコめぇ」

「なにか言いました? 沙羅さん?」

「いやいや、ひとり言だから、さくらちゃんは気にしないで」

「そうですか? でも、チビッコ……って」

「わきゃぁ……」

 沙羅が思わず叫びだしたところで、さくらの人差し指が、沙羅の唇の前にあてられた。


「沙羅さん、下に行きましょうか? ここ、やっと、桃が寝付いたところなので……」

「わっ、ごめん。そうだよね……」

「桃も、疲れてたんだと思います。今日一日でいろいろありましたからね」

 そう言いながら、さくらが自分の部屋のドアを、静かに閉める。少しだけ残念そうな沙羅。さくらに見えないように、頬を膨らませていた。

『なによぉ、さくらちゃんのバカぁ。わたしだってまだ、さくらちゃんの部屋に入ったことないのに……』などとは、声にすることさえできない沙羅なのである。


「ぼくの部屋は、いつでも来てくださって構わないですよ。鍵をかけてる訳ではないですし、見られて困るものもありませんから……」

 部屋を出て、歩きながらさくらが呟いた。

「わたし、今、声に出てた? それとも、顔に書いてあった?」

「いいえ……」

「なら、どうして? わたしの思っていたこと判ったのよっ?」

「なんとなく……です」

「なんとなく……って、魔法使い……、恐るべしだよっ」


 沙羅が、さくらに向かって、苦笑を浮かべてそう言ったとき、目の前にいた、小百合と美亜を見つけた。

「お母さん? なにしてるのよ? こんなところで。美亜まで、一緒に……」

「なにって、ねぇ?」

 沙羅と視線を合わせるのを、躊躇ためらう小百合と美亜。

 沙羅の背後では、さくらが項垂れていた。


「あぁっ! お母さんが入れ知恵したのねっ。さくらちゃんにっ」

「沙羅さん、声、大きいですって。桃が目を覚ましちゃいます」

 さくらに言われて、我にかえる沙羅。

 大きなつり目がちな瞳で三人を順番に睨んだ後。小さく低い声で。

「三人とも……、下にいらっしゃいっ」

「はい……」

 さくらたちは、揃って、沙羅に引きずられていった。


 リビングに入ると、三人は正座までさせられている。その様子を、完全に上からの視線で、沙羅が睨みつけている。腕を組んで仁王立ちまでしていた。

 小百合が、遠慮がちに声をかける。

「あのぉ……、沙羅ちゃん……?」

「なぁにぃ、お母さん?」

 沙羅の、大きな瞳が、実の母親だろうが、遠慮なく小百合のことを鋭く睨んでいる。

 残ったさくらと美亜のふたりが、あまりの緊張に背筋を伸ばした。


「さくらちゃんは、関係ないのよ。お母さんが、入れ知恵したわけでもないし」

「そうなの。さくらくんは、何も知らないわよ……」

「なぁにぃ、美亜まで? お母さんと一緒になって、わたしの狼狽うろたえぶりを楽しそうに見てたクセにぃ?」

「ひぃぃっ」

 あまりの沙羅の迫力に、小百合と美亜が、互いに抱きしめあう。


 ふたりはその体制のまま。

「わたしが、おばさまに、沙羅の様子を見に行きましょう……って言ったの」

「美亜のほうが主犯だったの?」

「だって……、あまりに沙羅が緊張しまくりだったから……。ねぇ、おばさま?」

「そうよ……。実の娘でなかったら、こんなに心配なんてしないわよ」

「美亜、お母さん……、そんなにわたしのこと……」

 少しだけ、沙羅の頬が緩んだ。ここまででやめておけば、小百合たちふたりの作戦勝ちだったのだが。

 この後の余計なひとことが、『さすがだな、越後屋たち』と言わざるを得ない所以ゆえんだったりする。


「沙羅があまりに緊張しすぎて、躓いた勢いで、さくらくんを、押し倒すかも……とか」

 これは美亜の言葉。本心では期待していたようだ。

「実の娘のことだからこそ、こんな面白いこと、見逃せないわよ……とか」

 こちらが小百合の言葉。

 沙羅が下を向いて、肩を震わせている。

「小百合さんも、美亜さんも、沙羅さんをからかうのは、そのへんでやめてあげてください。こじれて面倒ごとが増えるんですから」

 さくらが、『越後屋』たちを嗜める。今にも跳びかかろうとしている沙羅を、後ろから取り押さえながらなのだが。


「沙羅さんも、何しようってんですかぁ?」

「放して、さくらちゃん。今日は、本気で一発、ド突いてくる……」

「ド突いてくる……って、ガラが悪くなってますって」

「ガラが悪いのは、生まれつきですっ。それに、面倒ごとってなによぉっ。もぉぉぉっ、さくらちゃんのばかぁっ」

「えぇぇっ……?」

 とうとう、さくらにまであたりだした沙羅。もう収拾がつかないくらいになってしまっている。


 四人が入り乱れるように、大騒ぎしているところに、リビングのドアが開いて、五人目が現れた。

「うるさくて、眠れない……です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る