第10話 桃、絶叫? そして、魅力的なひと⁉︎

「それに、わたしたちは信じてるよぉ……。魔法も魔法使いも。なんといっても、今ココには、この世界で最強レベルの本物がいるしね? はい、さくらちゃん……? この手紙も、本物の魔法のアイテムみたいだよぉ……。書かれていた宛名が変わった……。たぶん、わたしのバングルに反応、う〜ん、共鳴したんだと思う。志乃しのさんとさくらちゃんの魔法が、時間を超えて繋がったんだよ……」


 そう言って、マリがさくらに、淡い桜色の封筒を手渡した。

 その様子を、沙羅さらが覗きこむ。

「ホントだ。この手紙、さくらちゃん宛てだ……」

「そ、そんなはずないですよ……。わたしの目の前で、お父さんが書いてくれた宛名は、確かに、志乃さんていう名前でした……。いくらわたしでも、漢字とひらがなは間違えません……ですよ」


 手紙の宛名を確認している、さくらたち三人を、ももが上目遣いに見上げている。

 その視線に気づいたマリが、一段と優しい口調で、桃に返事をする。

「だから、魔法のアイテムなんだよ、この手紙は……。志乃さんの魔法のアイテム……。桃ちゃんのお父さんは、これで志乃さんに助けを求めたんだろうね? 理由は手紙を読んでみないと解らないけど。でも、今はもう志乃さんの手は借りられないんだしさぁ……。さくらちゃんが、引き継いであげるべきだと思うけど?」

「あ、あの……、マリお姉さん? 志乃さんの手が借りられないっていうのは?」

 桃が緊張を含んだ声で聞き返してきた。


 マリは一度だけ、さくらに視線を向ける。話すことの許可をさくらに求めたのだった。

 さくらも黙って頷く。

「桃ちゃんが探していた志乃さんは、もう、この現実世界にはいないの……」

 マリの哀しそうな瞳を見て、桃も状況を理解したようだ。

 桃の口から、言葉が漏れ出さなくなった。

「この手紙に、最初に書かれていた、志乃さんっていうのは、わたしたちの商店街に住んでいた、志乃さんのことで間違いないと思うのね……。魔法使いの志乃さんというのが、この国に、ほかにあと何人いる……っていうほうが、確率低いわよね……?」

「はい……」

「それに今、この手紙の宛名のさくらちゃんも、桃ちゃんの隣にいるさくらちゃんで、間違いないと思う……」

「はい……」


「確認する方法はないの? さくらちゃん?」

 マリが、さくらに問いかける。

「母が渡したモノなら、宛名本人しか開封できない……仕様だと思います」

 さくらの返事に小さく頷いて、マリが、テーブルに身を乗り出した。三人も、それに倣うかのように近づいていく。

 ヒソヒソと会話が続いている。

「ところでさぁ……、沙羅ちゃんは、今、この国に魔法使いが何人くらいいると思う?」

「ふぇっ……? わ、わたしですか?」

「うん、そう……」

「えっと……。今ここに、志乃さんもいれたら、三人もいるんだから……。この国全体だと……、う〜ん、百人くらいはいないですかね……?」

 沙羅が自信なさ気に答えた後、自分よりも小柄なマリのことを、上目遣いに見つめている。それは、完全に助けを求める視線だった。


 マリがひとつ、ため息をいた。椅子に座りなおし、顰めていた声を元に戻して。

「そんなにいたら、この国はとっくに、魔界になってるよぉ」

「そうですよね……。へへへっ……」

「ホントです……。でも、マリお姉さんも沙羅も、わたしに気を使ってくれたのではないですか……? 志乃さんがいないことを知って、わたしが落ち込むかも……って」

 桃の言葉に、マリと沙羅が顔を見合わせている。


「うん、まぁ……、それもあるけど……」

「わ、わたしは、それくらいはいるかなぁ……って、本気で考えたんだよっ」

 今度は沙羅の言葉を聞いて、マリと桃が顔を見合わせてしまった。

 桃の表情には、あきらかに、生温かい雰囲気が浮かんでいた。

「あぁっ、桃ったら、今、わたしのことバカなの……? って思ったわね?」

「どうして、沙羅はそんなトコだけ鋭い……ですか?」

「本当に考えてやがった。このチビッコはっ」

「チビッコ……って言うな」

 再び、勃発。


「あぁ、はいはい。ふたりとも、いいかげんにしようねぇ。いくら、温厚なわたしでも、本気で怒るわよ」

 少しだけ声のトーンを落としたマリが、小さな右の拳を握り締めている。

 沙羅と桃が揃って震え上がった。

「冗談なのに……」

 マリが呟いた。

「本気だったよね? 桃……?」

「はい、結構な確率で本気だったと……。わたし、マリお姉さんの背中に鬼の顔を見ました」

 沙羅と桃が、小声を揃えて反論する。


 ふたりからの呟きを、聞こえないフリでやり過ごしたマリが、さくらに向き直った。

「はい、さくらちゃん? この国に魔法使いは、何人くらいいるの……?」

六人ろくにんくらいだと……」

「全世界では……?」

「三百人くらいかな……」

「はい、よくできました。あとで、お姉さんが、頭を撫で撫でしてあげよう……」

「い、いいですよぉ、そんな……、恥ずかしい……」

 さくらが、そう言って大袈裟に両手を振っている。

 さくらから、やんわりと拒絶されたことで、マリは一時いっとき、不満を表すように頬を膨らませていた。


 雲行きが怪しくなっているのを察知したのだろう。沙羅が次の行動をさくらに提案してきた。

「ねぇ、さくらちゃん? 魔法の話をするのなら商店街のほうがよくない? 【魔桜堂まおうどう】なら、尚更じゃないかな?」

 沙羅の隣に座るマリも、小さく首肯うなずく。

「商店街……? 魔桜堂?」

 さくらたちの会話に出てきた新たな場所に、明らかに不安げな表情を浮かべ、訝しんでいる桃。会話の中の場所を繰り返しては、ひとり、首を捻る。そして、さくらの袖口を控えめに引いた。


 それに気づいたさくらが、桃に向けて笑顔を見せた。

「いきなり、こんなハプニングに巻き込まれたら不安だよね。沙羅さんの言った魔桜堂っていうのは、以前、母の志乃がやってたお店なんだ。母が亡くなって、ぼくがそれを継いで、今は沙羅さんのお母さんにお任せしてる……」

 さくらの言葉に、桃が頷いた。そして、顔を上げた桃は、その大きな瞳を丸くしていた。


「さくらお姉さん? 今、なんて言いました?」

 桃の質問に、さくらが一瞬考え込んだあと、先の会話を、改めて話し始めた。

「違います。もっと、あとのほう……。誰が魔桜堂を継いだって言いました?」

「ぼく……が」

 桃が、両頬に手をあて、叫んでいるが声になっていない、まるで、有名な絵画のようなポーズである。

 相変わらず、さくらは、その意味を掴みきれていないようで、頻りに首を捻っている。


「あれ? 桃ちゃんって、なかなか観察力が鋭いみたいだねぇ……? 意外と早く気づいたようだし……」

 マリが誰にというわけでもなく呟く。そして、未だに首を捻っているさくらに視線を向け、さくらの優しそうな思案顔を見つめていると、その先で桃の肩が、小さく震えているのも映り込んできた。

 その桃が、突然さくらの隣で立ち上がり、正面に座っている沙羅を指差す。

「人を指差すのはいけないことだって、お父さんには言われてるけどっ。沙羅っ、さっき、ここには女の子しかいないのに……って言ったわよね。どおゆうことか、説明してくださる? ことと次第によっては、わたしの魔法で、沙羅を亡き者にしてくれるわっ」

「ふぇっ? わたし、そんなこと言った?」


「言った? ですってぇっ? 沙羅っ、そこに直ってください。沙羅は、わたしにさくらお姉さんが、本当は、さくら……おに、おに、お兄さんだっていうことを隠そうとしてました。その所為せいで、さくら……おに、おに、お兄さんに、わたしは失礼なことを言い続けてました。全〜部、沙羅の所為せいです。もおっ、許してあげません。潔くその首を差し出してください」

 桃が、その場に立ち上がり、ぷるぷると小さな肩を震わせて、沙羅を睨みつけている。

 見下ろされているはずの沙羅は、表情に余裕さえ見える。


 そして。

「さくらちゃん、こんな見た目だもんね。桃じゃなくても騙されるよ。仕方ないよね。それをわたしの所為せいにされてもなぁ……。桃さぁ、こんなにかわいいお姉さんに会ったことある? わたしよりかわいいよ、さくらちゃんって。桃がコロっと騙されちゃっても仕方ないよ。さくらちゃんのスペックが高すぎなんだよ」

 沙羅の勢いのある高説に、桃はついつい頷いてしまう。

「つ、強くて、優しくて、魅力的なひと、素敵なお姉さんだなぁって、助けてもらった時に思いました」

「ほらぁ……、わたしの所為せいじゃないじゃん」

 沙羅が、自信満々に言いきって、やはりその場で立ち上がった。物理的に桃よりも上からの視線で見下ろしている。


「あっ、桃ちゃんが丸め込まれた」

 マリが呟いた瞬間、沙羅からの強烈な視線を感じて、自然に体が震えだした。

「あぁ……、沙羅さんが、凄く悪い子の顔してる……」

 さくらの呟きに、沙羅がニコリと笑顔を見せた。その笑顔からは、なんの感情も読み取ることができなかった。さくらも思わず、乾いた笑顔を浮かべている。

 そこへ、沙羅の猫撫で声が聴こえてきた。

「さくらちゃ〜ん? 悪い子の顔って……こんなのかなぁ〜?」


 さくらが、この時、戦慄を覚えたというのは、後日明らかになるのだが、今は、マリとふたりで、どうにかこの難局を脱出したいという思いに至っていた。

「さくらちゃん、商店街に帰ろうよぉ。ふたりの所為せいで、ここが被災地になっちゃう」

「そうですよねぇ……」

 ふたりのぶつかり合う視線の下で、さくらとマリの密談が緊急で行われていた。

「とにかく、沙羅ちゃんをなんとかして。桃ちゃんは、きっとだいじょうぶだから……」

「そうですよね。じゃあ……」


 ふたりの考えがまとまったのだろう。

 さくらが、おもむろに立ち上がた。

「沙羅さん、ごめんなさいっ」

 一言だけ呟いた後、沙羅の眉間に優しく、さくらの指先が触れていた。

「沙羅ちゃん、帰るよぉ……」

「はい……」

 マリの終結を宣言する言葉に、沙羅がなんの反論もせず、ただ、短く返事をした。


「さくら、おに、お兄さん、今、沙羅に……なにをしたですか?」

 桃が、自分より背の高いさくらを見上げて、問いかける。

 さくらが、優しい笑顔を桃に向けたまま、その問いに答えた。


「うん……、隷属魔法さいみんじゅつ使っちゃった」

 そう独白して、席を立ったさくらを、桃が慌てて追いかけていった。

「そんな魔法も……あるんだぁ」

 そんなことを呟いた瞬間だった。今まで滞在していた店内が、淡い桜色の光に包まれた。

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