第9話 桜色の手紙 そして、不思議な共鳴⁉︎

「でも、あれが……、さくらお姉さんの不思議な力……、いえ、あれは、さくらお姉さんの……魔法ですよね?」


 沙羅さらとマリの動きが一瞬にして固まった。

「ま、ま、魔法って……? も、ももちゃん?」

「さ、沙羅ちゃん、お、落ち着いて……」

 そんな動揺しているふたりを、さくらは苦笑しながら見つめている。さくらの隣に座っている桃は、少しだけ冷ややかな視線を混ぜ、ふたりを見つめている。

 そして。

「マリお姉さん、沙羅お姉さん。それほど驚かなくてもいいと思います。さくらお姉さんほどではありませんが、わたしも使えますから……」


「ふぇっ……?」

 ふたりが揃って、間の抜けた返事をしている。沙羅が聞き返す。

「使える……って、何を?」

「ですから、魔法ですよ。こう見えて、わたし……、魔法使いなんです。沙羅お姉さん、何度も言わせないでください」

 沙羅が小さな小学生の桃にやり込められた。


「うっ、ごめんなさい……って、えええええぇぇっ?」

「もう、沙羅お姉さん、声が大きいです。それと、マリお姉さんもです。ふたり揃ってなんですか?」

「うぅっ……。ホントにごめん……」

 店内の客の視線を、ふたりが集めたことを、小さな桃に窘められている。


 見るに見かねたさくらが、マリと沙羅を助けるように、桃に声をかけた。

「桃ちゃんも、そのくらいにしてあげましょうか。ふたりとも、桃ちゃんが魔法使いだということに、驚いているだけみたいですし……」

「はぁい、さくらお姉さんがそう言うのでしたら」

 桃はかわいらしい笑顔をさくらに向ける。さくらの言うことを素直に聞いて、隣で座りなおした。そして目の前に置かれた飲み物に手を伸ばす。

 その一連の動作、ひとつひとつが、とてもかわいらしい。


 それを見ていた沙羅が、マリの耳元で囁く。

「マリさん。桃ちゃんたら、あんなに小さいのに、もうデレるスキルを使ってます。ここには、女の子しかいないっていうのに……」

「沙羅さぁん、桃ちゃんの話を聞いてあげましょうよ。話が進まない……」

「うっ、ホントにごめん……。マリさぁん、さくらちゃんが、あんなこと言うんですよぉ……」

 沙羅が隣のマリに、しがみつくように助けを求めた。


 マリはそんな沙羅の頭を撫でている。未だに、冷やかな視線で、沙羅を見ていた桃から、突然、名前を呼ばれた。

「沙羅お姉さん……」

「なによぉ……桃」

「……泣いたフリしてもダメです」

「あうっ」

 小学生の桃の言葉が、クリティカルな一撃となって、沙羅の防御を貫いた。


 続いてさくらからも一声。

「沙羅さんたら、大人げない……」

「あぁっ……もぉっ……」

 悔しさのぶつけどころがなく、本当に泣きそうになっている沙羅に、さくらの陰に隠れるようにしていた桃が、小さな舌を出して挑発してきた。

「あぁっ、桃ちゃんがあんなこと……」

「沙羅さぁん」

「はいぃ……」

 マリの隣で、マリよりも小さくなって座り込む沙羅。またもや撃沈。

 さくらはお手上げのポーズをしたまま、力なく笑っている。


 早くいつものポジティブな沙羅に戻ってくれることを願いながら、さくらは桃に話し始めた。

「桃ちゃんも魔法が使えるって、今、言ったよね。それってさっきの必殺技ってこと?」

「はい」

「でも、相手は、男の人ふたりだったけど、それを何とかできるほどの、強力な力だったりするの? 桃ちゃんの魔法は……」

 桃は返事に困っているようだった。少しだけ静かな時間が過ぎていく。沙羅もマリも揃って、桃の顔を見つめている。


 桃は、隣のさくらの顔を見上げると、言いにくそうにしながら。

「はい、わたしの魔法は、わたしに危険が迫ってくると、勝手に出てくるみたいです。だから……、さっきみたいな時は、たぶん、ふたりとも、跳ね返していたかと……、いえ、返り討ちくらいの事態にはなっていたかと思います」

 桃の言葉を聴いていた、沙羅が聞き返す。

「勝手にって、桃が自分で魔法を使っているんじゃないの……? 桃の考えたとおりには使えてないの?」

「お父さんには、魔法が暴走してるって言われました……」

 沙羅がさくらの顔を見る。

「暴走って……、そんな、どうなるか解らない力を使ってるの? 桃は、その……、おとなふたりを、返り討ちにできるくらいの、強力な魔法の力を?」


 桃が今にも泣きそうな表情に変わった。唇を噛み締め、涙を必死に堪えるように、小さな肩が震えている。

 今回ばかりは、沙羅が桃を言い負かした格好だが、事の重大さはそこではないのだ。

 もっと、厳しい言い方を沙羅がし始めた。さくらとマリは、そんなやり取りを見守っている。

「桃は、周りに大きな被害がでるかもしれないって、わかってるの? その、勝手に暴走している、自分ではなんともできないほどの魔法のせいで……」

 桃の大きな瞳に、涙の粒が浮かんできた。

わかって……ますっ。そんなことっ」


 今まで大人びた態度を取っていた桃が、感情を露にして大きな声で沙羅に反論する。

「わたしの暴走した魔法を止めようとして、お父さんが……ケガしました」

 桃の押し殺すように発せられた言葉に、さくらたち三人の動きが、一瞬だけ止まった。

「それで……、桃のお父さんはどうしたの? その……」

 沙羅が、代表する形で、桃に問いかける。言葉の最後は濁した形になっていたけれど。


 さくらとマリは、ことの成り行きを、見守るほかなかったようだ。

「お父さんはだいじょうぶって、言ってくれましたけど……。ひどいケガだったと思います……」

「だったと思う……って?」

「三日間入院してました。でも、そのあいだ、わたしは、お父さんに会わせてもらえなかったんです。退院してきたお父さんは、体のあちこちに包帯が巻かれてたけど。わたしには、だいじょうぶだから……って。でも、お母さんが……」

 桃が、そこで言い淀んだ。


「ところでさぁ……、桃?」

「なんですか……? 沙羅?」

 つり目がちな大きな瞳で、小さな桃を見下ろす沙羅。

 その視線に、一歩も引かずに、正面から見据える桃。

 ふたりのぶつかり合う視線の中に、激しく飛び交う火花を垣間見て、さくらとマリが揃って、大きなため息をついた。

 泣きそうになっている桃を思って、沙羅が気を利かせて、話題を変えたのだろうと、さくらとマリが感心したばかりだった。

 どうして、一触即発みたいな雰囲気になったのだろうか。


「ここは、桃みたいなチビッコが、ひとりでウロウロするには、危険すぎる街だと思うのよ……」

「チビッコ……って言うな。わたしだって、こんなトコで、好きで絡まれてたわけではないんですよぉだ。用事があるから、仕方なく……」

「その用事……ってなによっ。この電気街には、ロリ趣味なおとなが、たくさんいるんだからねっ。今回は、わたしたちが通りかかったから、たまたま助かったようなものでしょうが」


 沙羅が、そう言いきって、仁王立ちの姿勢から、なおも桃を見下ろしている。

「わたしのこと、助けてくださったのは、さくらお姉さんですよ……」

 沙羅の威嚇するような視線をものともせず、桃が事も無げに、事実の訂正を加える。

「沙羅ちゃん……? いまの発言には、随分な偏見と誤解が混じってるよぉ。この街の人たちは、そんな悪い人たちばかりじゃないよぉ。それに、わたしたちは隠れてただけでしょ……?」

 マリが控え目に話し出した。


「そ、そうですけど……。ごめんなさい……」

 沙羅が、今までの立居振る舞いから一転、その身を小さくしていく。

 そんな沙羅を、桃は視線の端に捉えながら。

「ふふんだ……。沙羅みたいにがさつな女の子は、ロリ趣味なおとなは、絶対に相手なんかしてくれませんよぉ……だ。この中で、ロリ趣味のゲージを強力に破壊できるのは、わたしのほかには、マリお姉さんくらいだと思いますけど……?」

「な、なんだとっ。チビッコの分際で……」

「チビッコ……って言うな」

 ここで、また、振り出しに戻る。


 さくらとマリが、互いに顔を見合わせては、揃って、何度目かの大きなため息を漏らした。

 その後、マリの小さな声が、さくらの耳に届いた。

「ねぇ……、さくらちゃん? この状況なんとかなる? このままじゃ、無限に続いちゃうよ?」

「そこまでは続かないとは思いますけど……。沙羅さんが言い負かされておしまい……みたいな? でも、店内各方面からの、迷惑だな、いいかげんにしろよ、おまえたち……っていう視線も浴びていることですし、そろそろ、なんとかしましょうか?」

 さくらも苦笑を交えたまま、小声でマリに返事をする。

「ん……。そだね……」

「はい……」

 さくらとマリが、もうひとつ大きなため息を漏らした。


 そして。

「桃ちゃんが、電気街にやってきた理由を聞かせてもらってもいいかな……?」

 さくらが、優しい声音で、核心をつく話題を切り出した。

「はい……。さくらお姉さんが、そう言うのでしたら……」

 さくらの言葉に、桃が素直に応じる。明らかに、沙羅に対していた態度から一変した。

「このっ、チビッコめ。わたしへの態度とまったく違うとは……」

「まぁまぁ……、沙羅ちゃんも、おとなの余裕を見せつけてあげようよ……」

「マリさんが、そう言うのなら……」

 マリの言葉に、沙羅が渋々引き下がる。


「わたしのほうがおとなのようですから……。沙羅からの三度にわたる、チビッコ発言は許してあげます」

「なんだとっ……?」

 再燃。

「話が進まないですから……、まずは、桃ちゃんの話を聞かせてもらいます……。いいですねっ? 沙羅さん?」

 さくらが、肩を落とした状態で、桃に聞いてきた。少しだけ口調が強くなったように聞こえるのも、仕方のないことだろうか。

 立ち上がったり、シュンとして座り込んだり、沙羅は忙しい。


 さくらの、あまりの疲労困憊ぶりが、さすがに気の毒に感じられたのだろう。桃がさくらだけを見て話し始めた。

「わたしは、お父さんの知り合いだっていう、魔法使いさんに会いに来たんです……」

 さくらたち三人の注意を引くには、これ以上の言葉は必要なかったようだ。

「お父さんは、志乃しのさん……って呼んでいました」

「ええぇっ……」

 今度は三人が、揃って短く叫んだ。


 続けて、それぞれの思いが、言葉になって溢れ出す。

「母の……?」

「志乃さんの……?」

「志乃さん……って、さくらちゃんのお母さんの志乃さんだよね?」

 それぞれの呟きを、桃は首を捻りながら聞いていた。

「はい、さくらお姉さん……? わたしのお父さんが、その志乃さんていう魔法使いさんに会ってみなさい……って。この魔法のアイテムが、必ず巡り合わせてくれるから……って」

 そう言って、膝の上に抱えていた、自分の鞄から、一通の手紙を、三人に差し出して見せた。


 マリが、その差し出された手紙を受け取る。

 その手紙は、透き通るような淡い桜色をした封筒に入った、普通の手紙となんの遜色もないものだった。

 その手紙を、しげしげと眺めている。

 そして、その様子を、桃は不安を含めた視線で見つめていた。

「わたしのお父さんから、その志乃さんていう魔法使いさんに、魔法のアイテムだって教わった手紙を渡されました。本当に困った時に、使うように言われたそうです……。でも……、信じてはもらえませんよね? こんな話?」

 桃の言葉が、次第に小さくなっていく。


「ん……? どして?」

 手紙を眺めていた、マリが聞き返す。

「どして……って、この現代社会の現実世界に、魔法だなんて……。誰が信じるって思いますか? それも、おとなの人たちが?」

 桃の質問に、マリが不思議そうな表情を見せた。


「桃ちゃんが、自分で言ったのに。魔法使いです……って」

「そうですけど……」

「それに、わたしたちは信じてるよぉ……。魔法も魔法使いも。なんといっても、今ココには、この世界で最強レベルの本物がいるしね? はい、さくらちゃん……? この手紙も、本物の魔法のアイテムみたいだよぉ……。書かれていた宛名が変わった……。たぶん、わたしのバングルに反応、う〜ん、共鳴したんだと思う。志乃さんとさくらちゃんの魔法が、時間を超えて繋がったんだよ……」


 そう言って、マリがさくらに、淡い桜色の封筒を手渡した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る