第8話 さくら降臨 そして、生意気なロリ⁉︎

 駅前ロータリーの正面に建つ、高層ビルの隅に三人は立っていた。このビルには、飲食店も入っていたので、行きかう人の数は多かった。そのため、このビルの一階部分には交番まであったが、そこの警察官は、観光客への道案内に注意をさかれていた。


 ビルの壁を背に、小学生くらいの女の子。

 それを取り囲むように、大学生くらいの大柄な男たちがふたり、女の子を見下ろすように立っている。

 女の子は、その視線に抗いながら、ずっと、そのふたりの大人を睨み続けている。

「あの……、この子が何かしましたか?」

 優しく声をかけたつもりだった。今まで、ふたりの大人を睨み続けていた女の子が、まず、声の主、さくらに視線を移してきた。次に、大柄な大人ふたりが相次いで、声のしたほうへと振り返った。


 そして、唸るような低い声が聞こえる。

「姉ちゃんには、関係ないだろっ。ケガしたくなかったら、とっとと消えなっ」

「姉ちゃんて……。それに、凄みかたまでなんてベタな……」

 さくらがそう言ってうなだれる。

 その様子を見て、女の子が反応した。

「ガラの悪いお兄さんたちですねっ。わたしの次は、そのお姉さんに絡んでいくつもりですかっ」

 さくらは、左手で自分の顔を覆ってしまった。


「平和的に解決……するつもりだったのになぁ」

「わたしだって、そのつもりだったですよ」

 小さな女の子は、少しだけ背伸びをして、大人ふたりを超えて、さくらに向かって声をかけてきた。

「お姉さん、迷わずここにきてくれましたけど、わたしのこと……、助けてくださるつもりでしたか?」

「そのつもりだったけど。もしかして……、あまり困ってなかったの?」

「はいっ。わたしには、いざという時の必殺技がありますから。でも、お言葉に甘えます。お姉さん、か弱き小さな女の子のわたしを助けてください。えへっ……」

「必殺技って一体、なにをするつもりだったのかなぁ? それに……」


 さくらと女の子のやりとりに、大柄な男たちはこめかみのあたりを、ピクピクさせながら、なおも凄んでみせた。

「おいっ、なにが、えへっ……だぁ。おまえたちは自分の状況がわかってねぇのか?」

「状況って言われても困りますよ。これじゃあ、完全に弱い者虐めじゃないですか? ここまでのことをなかったことにして、やり過ごしていただけると、助かるんですけど、ねぇ?」

「はいっ。このお兄さんたち、わたしがだいじょうぶです……って言ってるのに、場所を教えてあげるぅ……とか、そこまで、連れてってあげるよぉ……とかって言うのです」

「そうなんだ? う〜ん、困ったおとなの人たちですね」


 女の子には優しく返事をして、さくらがふたりの大人たちへ厳しい視線を向ける。

「なっ、なんだよっ。生意気な姉ちゃんだなっ」

 さくらの、ふわりとした優しげな見た目とは、正反対の厳しい視線を受けて、たじろぐ男たち。

「このお兄さんたちは、小さな女の子にしか興味が持てないんですよ。そういう人たちのことを、なんて呼ぶのか、わたし知っています。確か……、ロ、ロ……」

 ふたりの大人が顔を真っ赤にして怒鳴りだす。

「だっ、だれがロリコンだぁっ」

「わたし、まだそこまで言ってないですっ。でも自覚はあったですね……」

 周囲の人だかりから笑いが漏れている。


 さくらも苦笑するくらいしか、できることが思いつかなかった。

 それほど、女の子の言っていることが的確だったのか、男たちのほうが大声で威嚇し始めた。

「なっ、なんだとおおっ」

 その大声に反応するように、さくらたちの周囲に、人垣ができ始めている。

「都合が悪くなると、大声をあげればいいとでも思ってるですか? お兄さんたちは」


 小さな女の子に、ここまで言われたところで、男たちは怒りが頂点に達してしまったようだった。

「生意気なガキだなっ」

 片方の男が勢いに任せて、手を上げた。

「おっ、おい、相手は小さな女の子だぞ。本気になったお前の力だと、大事おおごとになるって」

 もうひとりが必死に止めようとしているが、すでに止められる雰囲気ではないようだ。


 まず、小さな女の子が覚悟を決めた、かのように瞳を閉じた。その小さな体をギュッとこわばらせて動かずにいる。

 周囲の観客たちも、同じように固まっている。顔を背けた人もいた。こんなに小さな、それも女の子に何をするのかと、その場の全員が同じ悲劇を想像していた。

 そんな中、いつの間にか、さくらが男と小さな女の子の間に、割って入り込んでいる。それが、どのような動きだったのか、認識できた者がいないまま、自分の背後にかばうように女の子を隠した。


 そして、未だに優しい言葉を、怒りに我を失っている男に向けて発した。

「お兄さん、ホントにそのくらいにしませんか? 観衆もたくさんになってますし。それ以上やったら、本当に大問題になってしまいます……」

 そんな、さくらの優しい声も、もう届かないくらいに興奮しきった男が、大きな腕を振り下ろしてきた。

 その、風を切るような音に、観客の誰もが息を飲んだ。誰もが、さくらの敗北を感じ取っていた。

 それほど、大柄な男と、細身で華奢な体格のさくらとでは、そこには、あまりにもかけ離れた体格差があったのだ。


 ドサッ。


 高層ビルの広い範囲に、鈍い音が轟いた。

 観客は、一瞬の出来事に、そこでなにが起きたのか、すぐには理解できなかった。

 今まで、さくらを見下ろしていたはずの男が、今では、さくらのことを見上げている。さくらたちを、取り囲んでいた観衆全員が、信じられないといった表情を浮かべている。

「あぅ……、ご、ごめんなさい……。思わず……」

 なぜか、さくらの口から謝罪の言葉が溢れだした。


「お姉さん……、ス、スゴイですっ」

 さくらの背後に庇われたことで、一部始終を見ることができたからだろうか、助けられた女の子が、興奮冷めやらぬ様子で、さくらに飛びついてきた。

「いやいや、こんな筈では。平和的な解決が目標だったのに……」

 嘆くさくら。


「お姉さん、落ち込んでないで逃げますよ。これではどちらが加害者だか判らないです。それに警察の人も気がついたみたいです」

 そう言いながら、女の子がさくらの袖口を掴んで促した。

「うぅ……。そうだよね。あっ、少しだけ待って……」

 さくらが、未だに起き上がれずにいる男に近づいていった。その前にしゃがみこんで、小声で何かを言っている。さくらの左手が僅かに光った。


「ケガだけは治しておきますから、悪く思わないでくださいね。あの、それから……、ぼく……、姉ちゃんではありませんから」

「お姉さん。早くっ、早くですっ」

「う、うん……」

 小さな女の子に、手を引かれるようにして、さくらたちが、周囲を囲んでいた人の中にまぎれこむように駆け出していく。

 ふたりの背中に次々と、賞賛の声がかけられた。

 小さな女の子は、さくらの手を引きながら、もう一方の手を観客に向けて振りかえしている。


「さくらちゃん、おつかれ。ホントに柔道までできたんだぁ? とにかくこの場から逃げ切りましょっ。マリさんもがんばりましょうね……」

 人ごみの中でマリと沙羅が手を振っている。

 沙羅が走ってきたさくらたちに声をかける。最後は運動苦手を自称するマリを気遣っての言葉のようだったが。

「うん……。わたしも、がんばるよぉ……」



 四人になった、さくらたち一行が、事件現場になった高層ビルを後にして、警察官の追跡をかわすのは、それほど難しいことではなかった。

 五分ほどの逃走劇の後、四人はファストフード店の、二階の窓際に落ち着いた。周囲に無関係な人たちが多いところで、ほとぼりを冷まそうという、沙羅の提案に全員が賛成した結果だった。

 特に、走るのを苦手と公言していた、マリが真っ先に手を上げたのだ。

「うん……。そこまでは、なんとかがんばるよぉ……」

 マリの弱々しい口調に、沙羅たちは苦笑を浮かべていた。


 さくらが、全員分の注文を済ませ、二階に上がってきた。

 そこで、さくらに向けて手を振っている、沙羅たちを見つける。

「マリ姉も、沙羅さんも、今日はごめんなさい」

 さくらが目の前に座っていたふたりに謝っている。

「どうして、さくらお姉さんが、謝るですか?」

 さくらの隣に座った女の子が、素直に疑問を言葉にする。それに対しても、さくらが優しく答える。


「うん、それはね、今回は平和的に解決してくるはずだったからね。あれ? どうして名前を知ってるの? 教えたかな?」

「いえ、先ほど、このお姉さんが、さくらちゃんて……。でもっ、わたしのこと助けてくれましたよ」

「うん、そうだけど、あの男の人にケガさせているし……」

「でもっ、それは自業自得じゃないですか? さくらお姉さん……」


 さくらと女の子が、それぞれの思惑の中で、沈んだ表情をしている。ふたりの対面ではマリと沙羅が互いに顔を見合わせている。我慢しきれなくなった沙羅が口火を切った。

「あのねっ、ふたりとも、どうしてそこまで落ち込んでいるのかが、いまいちわからないんだけどさぁ……、さくらちゃんは、この子を助けてきたんだよ。いいことしてきたんじゃないの。それから、えっとぉ、あなた名前は? わたしは沙羅で隣はマリさん」


もも……です」

「そう、桃ちゃんは、さくらちゃんに助け出してもらったの。わたしたちも含めて、四人とも無事だったのよ。それだけでいいと思わないと……」

「でも、ケガさせているし……」

 それでも、さくらの顔にいつもの優しい笑顔が戻らない。


 さくらのその様子を見て、マリが呟いた。

「でもさぁ、さくらちゃんたら、その人のケガ、治してきたでしょ。最後に……」

 沙羅が、となりのマリの顔を一度見つめたあと、さくらに向かって振り返った。

「治してきたですってぇ? さくらちゃん、あなたって人は……」

「ごめんなさい……」

 沙羅の言葉に、小さくなりながら謝るさくら。沙羅はため息をつきながら、その場に座り込む。


「一歩間違えれば、さくらちゃん、あなたが、あぁなってたのよっ。自分のケガは治せなかったわよねぇ?」

「はい……」

「沙羅ちゃんも、そのくらいにしてあげよぉ……。止めに入れなかった、わたしたちにも責任はある訳だし……」

「それはそうですけど。あれほど、一瞬のうちに投げ技極められてたら、止めるタイミングなんてありませんよ。ホントに瞬殺って感じでしたし。でもマリさん? さくらちゃんがケガを治してるって、よく見えてましたね」

「うん、それはねぇ……」


 マリが、正面に座っている桃の顔を見つめている。話していいものか迷っている感じだ。

「信じてる人には見えるのよぉ……」

「そうなんですか? わたしのところからは見えませんでしたよ。さくらちゃんのその力って、どこまでも不思議なモノなんですね……」

 沙羅も、マリの言いたいことが理解できたようだ。核心部分を濁している。


 そんなふたりのやりとりを、黙ったままで見ていた桃が、じっとマリを見据えている。

 そして。

「あの……、さくらお姉さんが最後に、投げ飛ばした男の人に駆け寄った時、左手が光ってました。そのことを言ってるですか?」

 その、桃の返事を聞いて、驚いた顔のマリがいる。

「桃ちゃん……。あなたも見えてたのぉ?」

「はい」


 沙羅も、その返事に驚きを隠しきれていなかったが、マリに代わって話を続けた。

「桃ちゃん、それを見てても、驚いてなかったよね?」

「はい、あの時は、さくらお姉さんが、何をしてるのか解りませんでしたし……」

 落ち着いた受け答えである。

「でも、あれが……、さくらお姉さんの不思議な力……、いえ、あれは、さくらお姉さんの……魔法ですよね?」

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