第4話 鬼気せまる そして、不可避な課題⁉︎
高校が夏休みに入って、一週間が過ぎようとしていた。
いつものように、【
「さくらちゃん……、外はいい天気だよ」
窓際にあるテーブル席で、夏休みの課題と格闘していた
「そうですね、沙羅さん。……どこか
カウンターの席で、ひとり本を読んでいた、さくらがそれに答える。
「いやいや、そういうことではなくてね。さくらちゃんが暇みたいだな……って、思っただけなんだけどさぁ……」
「そういう沙羅さんは、暇じゃないでしょ。というより、それどころじゃないでしょ」
「うぅぅ……、そうなんだけどさぁ……」
沙羅が返事に詰まった。
「今回も、さくらくんの勝ちだねっ。さっ、課題しようよ。沙羅が教えてくれるって言ったのよ」
「むぅ、それもそうなんだけどさぁ……。
沙羅の隣で、一緒に課題をしていた美亜が、追い討ちをかけるように言った言葉に対して、沙羅は頬を膨らませ、あきらかに不満顔をしてみせた。
三人は同じ高校に通う同級生である。
カウンター席で本を読んでいたのが、
高校一年生でありながら、この『魔桜堂』の店主をしている。小柄で華奢な体格に、小さく整った顔立ち。少し
返事のやりとりで負けた感がたっぷりの、
夏休み前にはじめて、さくらと知り合い、『魔桜堂』とさくらの秘密を知る。その後、原因さえ判らず入院していた母の療養のためにと、ここで暮らすことになったのだった。さくらと同じくらいの身長に、肩まで伸ばした栗色の髪。つり目がちな大きな瞳が、沙羅の快活さに拍車をかけていた。
沙羅を言い負かして、その反応に笑いをこらえきれていないのが、
沙羅とさくらが、知り合うきっかけとなる事件のせいで、さくらと沙羅が出会うまでの約二ヶ月を、病院のベッドで目を覚ますことなくすごしてしまった。小柄なさくらや沙羅の肩くらいまでしかない小さな背に、
その三人が、いや正確には、さくらひとりと、沙羅と美亜のコンビが、【魔桜堂】の店内の一角を使って、勉強をしているのだった。
沙羅たちと同居するようになってからというもの、店のことは、沙羅の母の
沙羅は自分の課題をしながら、二ヶ月の間、高校を休まなければならなかった、美亜のための勉強会を提案していたのだ。
「で、でもね、美亜? 夏休みになって、もう一週間もたつんだよぉ。たまには遊びにも行こうよぉ……」
「はいはい、課題の目途がついたらね」
沙羅、撃沈。
自分の座っていたテーブル席の、重厚なテーブルに額をぶつけるようにしながら、沙羅がひとりで拗ねている。
その様子を、カウンターの奥から見ていた小百合は、ついに見かねて、実の娘を素通りしてふたりに声をかけてきた。
「さくらちゃんも、美亜ちゃんも、なんだか悪いわね。どうせ、言い出したのは、沙羅なんでしょ? それなのに完全に振り回しちゃってるわね」
そう言いながら、冷たい紅茶を用意してくれた。
「そんなことないですよ。あっ、ありがとうございます。小百合さん」
読みかけの本を閉じて、用意してくれた自分用のグラスを、さくらが受け取る。
「美亜ちゃんもどうぞ」
「ありがとうございます、おばさま。あっ、あとはわたしが……」
小百合からグラスの乗ったトレイを受け取り、美亜が沙羅と自分の前に器用に置いていく。
「悪いわね。美亜ちゃん」
「いえいえ、このくらいはさせてください。さくらくんの手際のよさには、まだまだ遠く及びませんけど」
「そんなことありませんよ」
突然、話を振られたさくらは、言われなれない言葉に、頬を染めて下を向いてしまう。
「さくらくんの、そんな仕草って、ホントにかわいいよね? 沙羅?」
未だに拗ねている沙羅に話しかける美亜。
さくらはなおも頬を紅潮させていく。
その様子を見ながら、沙羅が仏頂面のまま返事をしてきた。
「はいはい、さくらちゃんはホントにかわいいわよ。女の子のわたしなんかよりもずうっと。うぅぅ、そこは、なんだか悔しいわ」
そこまで言って、またテーブルに額をぶつけている。
続けて、その格好のまま。
「だぁってぇ、さくらちゃんたら、この顔だよっ。でも……男の子なんだよ。美亜は最初から知ってたみたいだけどさぁ。反則よぉぉぉっ。わたしなんて、ホントについ最近なんだからねっ。さくらちゃんの秘密を知ったのっ。さくらちゃんたら、わたしには教えてくれなかったもん……」
「あ、あのぉ、沙羅さん?」
「なぁによぉ……」
「教えて……って、聞かれませんでしたし。知ってるものだとばかり……」
「ぬぁんでぇすぅってぇぇぇぇ? マリさんたちと、勘違いしまくりのわたしを見て楽しんでたのは、どこの誰でしたかねぇ? 謝ったって許してあげないんだからねっ」
大きなつり目がちな瞳でさくらを睨む。沙羅のあまりの迫力に、さくらが後ずさる。
「ご、ごめんなさい」
「あらぁ、さくらくんでも、沙羅に言い負けることがあるのねぇ?」
美亜と小百合がふたりで、勝ち負けの定義が解らないけどと言いながら、必死に笑いをこらえている。
沙羅はさくらを訪ねて、いや、最初はさくらの亡くなった母を訪ねて、この【魔桜堂】へ来たときから、美亜が目を覚まして、さくらの名前を呼ぶまで、勘違いしたままだったのだ。
さくらという名前が、男の子女の子、どちらでも違和感がなかったのも
「美亜だって教えてくれなかったし」
「えぇっ、わたしが悪いのぉ……? 沙羅が思いっきり勘違いしてるときって、わたしはまだ、病院のベッドの中だったのよ」
「うぅ、そぉだけどさぁ。そぉだ、お母さんは知ってたはずよね? さくらちゃんのこと?」
「さぁ、なんのことかしら……?」
「あぁっ、お母さん、また惚ける気ね」
そう言った沙羅が、自分の肩を震わせながら、立ち上がる。その右手には、あきらかに必要以上の力が込められていた。
「沙羅さん、何する気ですか?」
さくらが沙羅と小百合の間に割って入る。
「さくらちゃん、そこ、どいて……。お母さんでも、ド突く……」
沙羅は、さくらと
これは、さくらが、小百合に会ってみたいと頼んだものだったのだが。
そこでも沙羅は、さくらのことを同じ高校の女の子の友だちだと、母に紹介したのだ。
沙羅は、ここで小さい頃にさくらと出逢っていたことを、母から聞かされたのだが、女の子だと勘違いしていることについては、何一つ訂正されなかったのだ。沙羅の怒りたいという気持ちも、理解できないではなかった。
「わたしは、あなたとさくらちゃんが、昔みたいに仲良くなったのなら、どちらでもいいもの。女の子のお友だちでも、彼氏だったとしても……」
小百合は、意味ありげな視線を沙羅に向け、そう言ってのけた。
「か、彼氏……って」
沙羅は、自分の母親に言われた言葉を、思わず繰り返してみる。自然に頬が熱を帯びてくる。
「さくらちゃんは……、友だちだよ」
両手を大袈裟に振って、そう答える。小百合は、その沙羅の慌てる様子に、ジト目の視線を向けては楽しげに微笑んでいる。
「そうなの? それは残念だわ。まぁ、さくらちゃんにしたら迷惑な話よね。あなたが彼女っていうのも……。こんな、うるさくて落ちつきのない跳ねっかえり」
小百合の毒舌に、沙羅の肩が小さく震えた。
「お、お母さんっ、それが実の娘に言う言葉なの? あんまりだわっ。美亜もなにか言ってあげてよぉ……」
「へぇ、沙羅にとっては、さくらくんはお友だちなんだぁ……。だったら、わたしの彼氏になってもらおうかなぁ。さくらくんて、なんと言っても見た目がいいし……、その見た目からは想像できないくらい、頼り甲斐もあるし、強いし、優しいし、それにとっても頭もいいし……、こんな超優良物件、沙羅にはもったいないわよね……」
「あうぅっ、美亜までそんなこと……」
そんな言葉でからかわれる沙羅が、頬を膨らませている。
「ねぇ、さくらくん、わたしが彼女だとダメ……かなぁ?」
美亜が一度沙羅に視線を向けた。そして、さくらのことを上目遣いに見つめる。
「あっ、いえ、ダメ……だなんて。美亜さんにそう言ってもらえると、嬉しいです。ありがとうございます」
突然の美亜からの告白に、さくらの、少し戸惑いながらもさりげないほどの返事。
「さ、さくらちゃんたら、何てこと言うのよっ。そ、それに、美亜も美亜だよ。彼氏……って、もっとお互いのことよく知ってからじゃないと。きっと後悔することになるよっ。うん、きっと……」
「沙羅? 言いたいことがよく
あまりに突然すぎる話の流れに、沙羅が追いついていない。その沙羅に向かって、なおも美亜の鋭い攻勢が襲い掛かる。
「ど、ど、ど、どうせいぃ……?」
「そうよ、正式にお付き合いする前から、一緒に住んでるくせに。沙羅ったら、今さら何を言うかなぁ……。あっ、わたしもここに転がり込んだから、さくらくんと同棲してることになるんだわ……」
「み、美亜……? どしたの? 今日は? いつもの美亜らしくない……」
「だからぁ、沙羅は何言ってるのよぉ。これが、ホントのわたしだよ。まさか、沙羅とさくらくんのことを取り合うことになるなんて思わなかったなぁ……」
そう言って、さくらの華奢な腕に自分の腕を絡ませていく美亜。その顔には、人の悪い笑顔が目一杯浮かんでいた。
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