第2話 魔法少女? そして、不条理なコス⁉︎

 さくらが、マリとしのぶのふたりに引きずられるように連れてこられたのは、さくら通り商店街の左側五軒目、大きな桜の樹の下に、隠れるようにひっそりと佇む、一軒の古びた店舗だった。

 その店同様に古い看板からは、どうにか読めるくらいの文字が見てとれた。


魔桜堂まおうどう


 そう書かれているようだ。


 この賑わっている小さな商店街の中でも、この店の前だけは、観光客が誰ひとりとして足を止めることがなく、まるで、そこには最初から何も無かったかのような、静謐な雰囲気とともに静寂が漂っていた。

 五人は、そのひっそりとした魔桜堂の入り口をくぐり、中へと入っていった。それでも、五人の後に続く、ほかの人影は見当たらない。


 さくらたちの姿を飲み込んだ【魔桜堂まおうどう】の中は、外見の古びた造りとは反対に、きれいに整理されていた。店の内壁はほんのりと桜色。照明は少しだけ明るさが落とされ、店内の一角には、十数点の雑貨が置かれている。そして歴史を感じさせるような古い木製のカウンターと、窓際には、いくつかの四人掛けのテーブル席。

 そして、カウンター越しに、店内の壁面にしつらえられた棚には数枚の写真が飾られていた。


 カウンター席に先に座ったしのぶが、隣にさくらを無理やり座らせ、奥に向かって話しかけた。そこでは、沙羅の母である小百合が苦笑を浮かべている。

「小百合さんっ‼︎ きっと、さくらちゃんたら、今日は早く帰ってきたから、お店番しよっ……とか考えてたんですよ」

「えぇ、勿論そのつもりでしたけど。まだ怒ってるんですか? けんさんのこと」

「当然でしょっ。あのセクハラ親父ときたら。そうだっ、もう一発、ぶん殴ってくる」

 しのぶが物騒なことを言いながら、席を立った。

「もう許してあげましょうよ。拳さんも反省してますって、きっと……。わっ、マリねえまで拳さんのところに行くつもりですか? ダメですってば」

 さくらが必死になって、しのぶを止めている。揃って立ち上がったマリは、隣に座っていた沙羅に宥められ、もう一度腰を下ろした。


「さくらちゃんの頼みだから、聞いてあげるけどぉ……? あぁ、しのぶさん? さくらちゃんが困ってますよぉ……。小百合さんも苦笑いしてるし……。ちょっと落ちついてくださぁい」

 小柄なマリは、沙羅に抱き寄せられ、盛大に頬を膨らませたまま、感情の籠もらない声をしのぶに向けている。


「でもさぁ、さくらちゃん? 拳さんたら、わたしの胸を見て、また、ペッタンコだって言ったんだよぉ……。確かにしのぶさんほど大きくないけどさぁ。沙羅ちゃんよりもっさいけどさぁ。酷いと思わない? わたしのだって、これから大きくなるわよぉ。ねぇ? 美亜ちゃん?」

「マリさん、どうして、そこでわたしに話が飛んでくるんです?」

「う〜ん、美亜ちゃんよりは大っきいかな……って?」

「そうですねぇ……。歳の差分くらい……ですか?」

「うん‼︎」

 店内では、胸の大きさを比べ合う、桃色の雰囲気が蔓延しているはずなのだが、なにか、殺伐とした空気が流れていく。

 さくらが魔桜堂の天井を見上げて、大きなため息をいた。


「そっ、そうだ、お茶、淹れますから、しのぶさんもマリ姉も少し落ち着きましょう。沙羅さんも美亜さんも……」

 その、殺伐とした怒りの矛先を変えようと、さくらがカウンターの中に入っていった。

「小百合さん、手伝います」

 小百合への挨拶もそこそこに、四人専用のカップを用意しはじめた。

 その様子を見ているうちに落ち着きを取り戻したしのぶとマリは、さくらの前にカウンター越しに並んで座りなおした。

 そこに、淹れられたばかりのお茶が、さくらの手で差し出された。


「悪いわね。でも今日は、この時間にさくらちゃんが帰ってきてくれてよかったわよ。まったく、拳さんの所為せいで……。ねぇ、マリちゃん?」

「そうですよぉ……。全部、拳さんの所為せいです。でも、さくらちゃんにとっては迷惑だったでしょぉ……?」

「そんなことないですよ。夏休み前で学校も半日で、帰ったら小百合さんの手伝いをしようと考えてたところですから。沙羅さんも、そんなこと言ってたらしいですし……?」


 さくらが、その言葉とともに沙羅を見る。見つめられた沙羅は頬を紅くし、その様子を見てしまった美亜は肩を震わせ、笑いたい衝動を必死に堪えている。

「あら、沙羅もたまには親孝行しようとか思うことがあるのね?」

 母親からの、意外と辛辣な指摘に、今度は、沙羅が肩を震わせている。

「たまには……ってのは酷くない?」

「あら、そう? ここに来て初めてのことだったから気づかなかったわ。いつもは、そこに座って、さくらちゃんの手際を……こう、あつ〜く見つめてるだけじゃないのよ?」


 母親からの爆弾発言に、沙羅が思わず吹き出した。口に含んでいた紅茶が、沙羅の周りに飛び散ろうとした瞬間、店内が淡い桜色に輝く球体に包み込まれた。

「相変わらず、さくらちゃんの魔法には驚かされるわ」

 沙羅の飲み物を吹き出すという定番の暴挙に、身構えていたしのぶが呟く。

「沙羅ごと魔法で閉じ込めてくれてよかったのよ」

 未だに咳込んでいる沙羅をジト目で睨み、母親の小百合は、こう言ってため息をいた。


「さくらちゃん、今、どんな魔法を使ったの? 科学的に証明してみ?」

 カウンターに、勢いよく手をつき、その小柄な身を乗り出してきたのは、マリだった。どこから出したのか、普段使いのタブレットを展開させている。

 そして、美亜はというと。

「さくらくんの、『いつも落ちついて、即問題解決……って素敵♡』って、沙羅がいつも言ってたわ」

 その芝居がかった台詞に、改めて咳込む沙羅をちらりと見て、手の甲で口元を隠し、遠慮気味に笑う。


 なんとなく、周囲にイジられている想いを感じ、沙羅が話題を変えようと反論する。

「さくらちゃん、簡単に、公衆の面前で魔法なんか使っちゃダメでしょっ。ほかの人たちに見られたらどうすんのよ」

 そう言って慌てる沙羅。カウンター越しに、さくらに声をかける。

「大丈夫ですって。商店街の人たちは皆さん知ってますし……。母からは小さいころから言われ続けてきましたから、商店街以外では使わないように気をつけてはいるので……」

 さくらの優しい声が、店内に流れていく。


「そうだったわね。志乃しのさんの口癖だったものねぇ。『ほかの人が、自分が努力することで叶うことには、さくらも魔法は使わずに精一杯の努力をしなさい……』だったよね?」

「はい」

 それは、さくらが、高校に入学する少し前に亡くなった母が、いつもやさしく話しかけてくれていた言葉だった。

「はい。母のその教えがありましたから、学校では使わないように気をつけてます。でも、あの……、美亜さんの時は緊急事態でしたから、一度だけ使いましたけど……、それだけですよ」

「さくらちゃんは、今でもしっかりと、志乃しのさんに言われたことを守っているのねぇ」

 しのぶが、関心、関心と頷いている。

 隣のマリも、しのぶと一緒になって頷いていた。


 それでも、沙羅の不服そうな表情が変わらない。あかくなったりあおくなったり、膨れたりしぼんだり。ひとり、忙しい。


 さくらが誰に言うわけでもなく、呟くように話し出す。

「この国には、今も数人の魔法使いが存在しているって、母は言ってました。母も魔法使いのひとりでしたし……。そうなると、世界中に三百人くらいはいる計算になります。その中には自分が魔法使いだって、気づいていない人もいるそうです。でも、魔法使いの、その魔法の力が周囲で恐怖心を生むことで、迫害を受けているのがほとんどだそうです。魔法使いだってひとりの人間です。なんでもできる訳ではなくて、たくさんの人たちの集まった力には適うわけなんてなくて……。中には迫害された魔法使いもいるって……。未だに魔女狩りみたいなことをするところもあるらしくて……」

 さくらの言葉が、そこで途切れた。


「でもさぁ、さくらちゃんは偉いわよ。志乃さんが亡くなって、まだ半年でしょ。それなのに、言われたことをしっかりと守って、一人で生活してきたもの。今は小百合さんたちもいるけど」

「しのぶさんたらっ、またぁ、さくらちゃんの前でぇ……」

 マリが慌てて、しのぶを止めにはいる。

「母のことなら、もう大丈夫ですよ。マリ姉も気にしない」

「でっ、でもぉ……。さくらちゃん、寂しくないの?」

「この商店街で、マリ姉やしのぶさんたちと一緒にいたら、寂しがってる時間なんてありませんでしたし。今なんてもっと……」

 さくらがそう言って、沙羅に一度視線を向け、クスクスと笑っている。


「さて、それでは、拳ちゃんの所為せいで、イライラしてるお姉さまたちを、沙羅たちで癒してあげなさいな。さくらちゃんの魔法なら簡単よね?」

 そう、切り出したのは、カウンターの内側で、それまで、おとなな対応をしていた、沙羅の母親の小百合だった。小百合の瞳の中の虹彩が、一瞬だけあかく輝いた。それに気づいたのはさくらだけだった。


「なにさせる気? わたしに?」

 沙羅は頬を膨らませたまま、小百合に向き合う。

「あなたたち……によ。わたしが、魔法少女と言っても憚られない年齢としだったら、自分でやりたいわ」

「沙羅ちゃん……、かっこいい」

 マリのキラキラした瞳に見つめられ、意味もわからないまま照れる沙羅。

「美亜ちゃんもかわいいわ。小柄な女の子のこの姿は、保護欲を掻き立てられるわね」

 しのぶの興奮ぶりに、身構える美亜。そんな牽制をものともせず、しのぶが美亜を、大きな胸に抱きしめる。

「しのぶさん……苦しい、です」


 ひとしきり、【魔桜堂まおうどう】の店内が華やかな色に染まった後、小百合さんが、ポツリと呟いた。


「じゃあ、さくらちゃんも参戦しようか? 特別バージョンで」

「小百合さん? なんですか、その笑顔は? イヤな予感しかしませんが?」

「だいじょうぶよ、本人に被害は出ないからね。沙羅たちとは違って、見る側の主観に反応させてるだけだから……。今度も、さくらちゃんの魔法を使わせてもらおうかしら……? はいっ‼︎」


「おおおおおおぉぉ……っ」

 さくらと小百合を除いた、四人の声が揃った。

「さくらちゃん、か、かわいい……。トレイを胸の前で抱えてみて、こんなふうに」

 マリの実演どおりに、さくらが動く。またしても驚愕の声が揃った。

「さくらちゃん、わたしと一曲踊ってくれないか……。って言いたくなるわ」

 そう言いながら、さくらの前で片膝をつき、右手を差し出すしのぶ。思わず、その手に自分の左手を差し伸べたさくらに、またどよめく四人。

「さくらくんって、なに着ても似合うから……ズルいわ」

 そう言って、美亜も、頬をわずかに染めて、さくらの姿を見つめている。

「さくらちゃん、わたしよりかわいい……って、どういうことよっ。不条理だわ」

 最後に、沙羅が、そう捲し立てたところで、さくらが、それまで抱えていた疑問を口にした。


「皆さんの目に、ぼくはどう映ってるんです?」

 一瞬の沈黙があった後。

「黒のメイド服を着た、ショートカットの、華奢でかわいい女の子。因みに、衣装は美亜ちゃんとお揃い。美亜ちゃんもかわいいけど。男の姿のさくらちゃんだとインパクトが違うわね。それから、沙羅ちゃんの執事服は凛々しいわよ」

 しのぶが、さらりと解説を終えた。


「今日は三人にいっぱい癒してもらったからね。午後もお仕事、がんばれる気がするわ。さて、今日の夜は、あなたたち三人の『一学期終了お疲れさま会』やるからね。集合すんのよ」

 夏休みの始まりをを、明日に控えた、ある日の午後の騒動ひとまくである。

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