第2話 魔法少女? そして、不条理なコス⁉︎
さくらが、マリとしのぶのふたりに引きずられるように連れてこられたのは、さくら通り商店街の左側五軒目、大きな桜の樹の下に、隠れるようにひっそりと佇む、一軒の古びた店舗だった。
その店同様に古い看板からは、どうにか読めるくらいの文字が見てとれた。
【
そう書かれているようだ。
この賑わっている小さな商店街の中でも、この店の前だけは、観光客が誰ひとりとして足を止めることがなく、まるで、そこには最初から何も無かったかのような、静謐な雰囲気とともに静寂が漂っていた。
五人は、そのひっそりとした魔桜堂の入り口をくぐり、中へと入っていった。それでも、五人の後に続く、ほかの人影は見当たらない。
さくらたちの姿を飲み込んだ【
そして、カウンター越しに、店内の壁面に
カウンター席に先に座ったしのぶが、隣にさくらを無理やり座らせ、奥に向かって話しかけた。そこでは、沙羅の母である小百合が苦笑を浮かべている。
「小百合さんっ‼︎ きっと、さくらちゃんたら、今日は早く帰ってきたから、お店番しよっ……とか考えてたんですよ」
「えぇ、勿論そのつもりでしたけど。まだ怒ってるんですか?
「当然でしょっ。あのセクハラ親父ときたら。そうだっ、もう一発、ぶん殴ってくる」
しのぶが物騒なことを言いながら、席を立った。
「もう許してあげましょうよ。拳さんも反省してますって、きっと……。わっ、マリ
さくらが必死になって、しのぶを止めている。揃って立ち上がったマリは、隣に座っていた沙羅に宥められ、もう一度腰を下ろした。
「さくらちゃんの頼みだから、聞いてあげるけどぉ……? あぁ、しのぶさん? さくらちゃんが困ってますよぉ……。小百合さんも苦笑いしてるし……。ちょっと落ちついてくださぁい」
小柄なマリは、沙羅に抱き寄せられ、盛大に頬を膨らませたまま、感情の籠もらない声をしのぶに向けている。
「でもさぁ、さくらちゃん? 拳さんたら、わたしの胸を見て、また、ペッタンコだって言ったんだよぉ……。確かにしのぶさんほど大きくないけどさぁ。沙羅ちゃんよりも
「マリさん、どうして、そこでわたしに話が飛んでくるんです?」
「う〜ん、美亜ちゃんよりは大っきいかな……って?」
「そうですねぇ……。歳の差分くらい……ですか?」
「うん‼︎」
店内では、胸の大きさを比べ合う、桃色の雰囲気が蔓延しているはずなのだが、なにか、殺伐とした空気が流れていく。
さくらが魔桜堂の天井を見上げて、大きなため息を
「そっ、そうだ、お茶、淹れますから、しのぶさんもマリ姉も少し落ち着きましょう。沙羅さんも美亜さんも……」
その、殺伐とした怒りの矛先を変えようと、さくらがカウンターの中に入っていった。
「小百合さん、手伝います」
小百合への挨拶もそこそこに、四人専用のカップを用意しはじめた。
その様子を見ているうちに落ち着きを取り戻したしのぶとマリは、さくらの前にカウンター越しに並んで座りなおした。
そこに、淹れられたばかりのお茶が、さくらの手で差し出された。
「悪いわね。でも今日は、この時間にさくらちゃんが帰ってきてくれてよかったわよ。まったく、拳さんの
「そうですよぉ……。全部、拳さんの
「そんなことないですよ。夏休み前で学校も半日で、帰ったら小百合さんの手伝いをしようと考えてたところですから。沙羅さんも、そんなこと言ってたらしいですし……?」
さくらが、その言葉とともに沙羅を見る。見つめられた沙羅は頬を紅くし、その様子を見てしまった美亜は肩を震わせ、笑いたい衝動を必死に堪えている。
「あら、沙羅もたまには親孝行しようとか思うことがあるのね?」
母親からの、意外と辛辣な指摘に、今度は、沙羅が肩を震わせている。
「たまには……ってのは酷くない?」
「あら、そう? ここに来て初めてのことだったから気づかなかったわ。いつもは、そこに座って、さくらちゃんの手際を……こう、
母親からの爆弾発言に、沙羅が思わず吹き出した。口に含んでいた紅茶が、沙羅の周りに飛び散ろうとした瞬間、店内が淡い桜色に輝く球体に包み込まれた。
「相変わらず、さくらちゃんの魔法には驚かされるわ」
沙羅の飲み物を吹き出すという定番の暴挙に、身構えていたしのぶが呟く。
「沙羅ごと魔法で閉じ込めてくれてよかったのよ」
未だに咳込んでいる沙羅をジト目で睨み、母親の小百合は、こう言ってため息を
「さくらちゃん、今、どんな魔法を使ったの? 科学的に証明してみ?」
カウンターに、勢いよく手をつき、その小柄な身を乗り出してきたのは、マリだった。どこから出したのか、普段使いのタブレットを展開させている。
そして、美亜はというと。
「さくらくんの、『いつも落ちついて、即問題解決……って素敵♡』って、沙羅がいつも言ってたわ」
その芝居がかった台詞に、改めて咳込む沙羅をちらりと見て、手の甲で口元を隠し、遠慮気味に笑う。
なんとなく、周囲にイジられている想いを感じ、沙羅が話題を変えようと反論する。
「さくらちゃん、簡単に、公衆の面前で魔法なんか使っちゃダメでしょっ。ほかの人たちに見られたらどうすんのよ」
そう言って慌てる沙羅。カウンター越しに、さくらに声をかける。
「大丈夫ですって。商店街の人たちは皆さん知ってますし……。母からは小さいころから言われ続けてきましたから、商店街以外では使わないように気をつけてはいるので……」
さくらの優しい声が、店内に流れていく。
「そうだったわね。
「はい」
それは、さくらが、高校に入学する少し前に亡くなった母が、いつもやさしく話しかけてくれていた言葉だった。
「はい。母のその教えがありましたから、学校では使わないように気をつけてます。でも、あの……、美亜さんの時は緊急事態でしたから、一度だけ使いましたけど……、それだけですよ」
「さくらちゃんは、今でもしっかりと、
しのぶが、関心、関心と頷いている。
隣のマリも、しのぶと一緒になって頷いていた。
それでも、沙羅の不服そうな表情が変わらない。
さくらが誰に言うわけでもなく、呟くように話し出す。
「この国には、今も数人の魔法使いが存在しているって、母は言ってました。母も魔法使いのひとりでしたし……。そうなると、世界中に三百人くらいはいる計算になります。その中には自分が魔法使いだって、気づいていない人もいるそうです。でも、魔法使いの、その魔法の力が周囲で恐怖心を生むことで、迫害を受けているのがほとんどだそうです。魔法使いだってひとりの人間です。なんでもできる訳ではなくて、たくさんの人たちの集まった力には適うわけなんてなくて……。中には迫害された魔法使いもいるって……。未だに魔女狩りみたいなことをするところもあるらしくて……」
さくらの言葉が、そこで途切れた。
「でもさぁ、さくらちゃんは偉いわよ。志乃さんが亡くなって、まだ半年でしょ。それなのに、言われたことをしっかりと守って、一人で生活してきたもの。今は小百合さんたちもいるけど」
「しのぶさんたらっ、またぁ、さくらちゃんの前でぇ……」
マリが慌てて、しのぶを止めにはいる。
「母のことなら、もう大丈夫ですよ。マリ姉も気にしない」
「でっ、でもぉ……。さくらちゃん、寂しくないの?」
「この商店街で、マリ姉やしのぶさんたちと一緒にいたら、寂しがってる時間なんてありませんでしたし。今なんてもっと……」
さくらがそう言って、沙羅に一度視線を向け、クスクスと笑っている。
「さて、それでは、拳ちゃんの
そう、切り出したのは、カウンターの内側で、それまで、おとなな対応をしていた、沙羅の母親の小百合だった。小百合の瞳の中の虹彩が、一瞬だけ
「なにさせる気? わたしに?」
沙羅は頬を膨らませたまま、小百合に向き合う。
「あなたたち……によ。わたしが、魔法少女と言っても憚られない
「沙羅ちゃん……、かっこいい」
マリのキラキラした瞳に見つめられ、意味もわからないまま照れる沙羅。
「美亜ちゃんもかわいいわ。小柄な女の子のこの姿は、保護欲を掻き立てられるわね」
しのぶの興奮ぶりに、身構える美亜。そんな牽制をものともせず、しのぶが美亜を、大きな胸に抱きしめる。
「しのぶさん……苦しい、です」
ひとしきり、【
「じゃあ、さくらちゃんも参戦しようか? 特別バージョンで」
「小百合さん? なんですか、その笑顔は? イヤな予感しかしませんが?」
「だいじょうぶよ、本人に被害は出ないからね。沙羅たちとは違って、見る側の主観に反応させてるだけだから……。今度も、さくらちゃんの魔法を使わせてもらおうかしら……? はいっ‼︎」
「おおおおおおぉぉ……っ」
さくらと小百合を除いた、四人の声が揃った。
「さくらちゃん、か、かわいい……。トレイを胸の前で抱えてみて、こんなふうに」
マリの実演どおりに、さくらが動く。またしても驚愕の声が揃った。
「さくらちゃん、わたしと一曲踊ってくれないか……。って言いたくなるわ」
そう言いながら、さくらの前で片膝をつき、右手を差し出すしのぶ。思わず、その手に自分の左手を差し伸べたさくらに、またどよめく四人。
「さくらくんって、なに着ても似合うから……ズルいわ」
そう言って、美亜も、頬をわずかに染めて、さくらの姿を見つめている。
「さくらちゃん、わたしよりかわいい……って、どういうことよっ。不条理だわ」
最後に、沙羅が、そう捲し立てたところで、さくらが、それまで抱えていた疑問を口にした。
「皆さんの目に、ぼくはどう映ってるんです?」
一瞬の沈黙があった後。
「黒のメイド服を着た、ショートカットの、華奢でかわいい女の子。因みに、衣装は美亜ちゃんとお揃い。美亜ちゃんもかわいいけど。男の
しのぶが、さらりと解説を終えた。
「今日は三人にいっぱい癒してもらったからね。午後もお仕事、がんばれる気がするわ。さて、今日の夜は、あなたたち三人の『一学期終了お疲れさま会』やるからね。集合すんのよ」
夏休みの始まりをを、明日に控えた、ある日の午後の
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