アフターストーリー/大人編

第100話/それでも俺はやってない。


今日は朝宮の二十歳の誕生日。

当然、二年もすれば大学にも慣れた様子だが、俺に気を遣ってか、携帯に男の連絡先は一切入ってないみたいだ。

新しい女友達にも恵まれているみたいだし、それなりに大学を楽しんでいるみたいでよかった。


それで俺はと言うと、黒髪の清楚系ギャルになった絵梨奈と毎日仕事を頑張り、絵梨奈と一緒に正社員に昇格して、給料もガッツリ上がった。

未だに絵梨奈と同じ職場なのはバレてないけど、朝宮のお父さんが言ってしまったらと、二年間怯えて生きている。

別にやましいことじゃない。サラッと言ってしまえば『そうなんだ』の一言で終わることだ。

言うタイミングがあったら言おう。





「一輝! 今日もご飯食べに行こうよ!」


今日も仕事が終わって、絵梨奈に食事に誘われた。

最近はいつもそうだ。

絵梨奈と二人で食事してるから帰りが遅いとも言えず、普通にやましい隠し事みたいになってしまっている。


「今日は朝宮の誕生日だから、ごめんな」

「あー、今日かー。でも、一人で食べるの寂しいー」

「知るか」

「今日は遅くならないようにするからさ! 一時間だけ付き合って!」

「んー、一時間なら、まぁ」

「よし!」


最近、絵梨奈は酒の味を覚えて、毎日酒を飲む。

高校の時から飲んでそうな風貌だったのに、本当、悪いことしたと言えば、朝宮のポケットに煮干しを入れてたことぐらいだな。

どんだけ煮干しのカスで床を汚されたことか。





そんなこんなで、お決まりの居酒屋にやってきたが、絵梨奈は今日もお酒を飲み始めてしまった。


「飲んだら遅くなるだろ」

「一輝も飲め!」

「俺は未成年だ」

「うわっ。成人女性と付き合ってる未成年発見。その逆も」

「言い方に悪意ありすぎだろ!」

「誕生日おめ!」

「は? なに言ってんだ?」

「掃部さん」

「‥‥‥」


なぜだ。何故朝宮の声が俺の背後から‥‥‥。


「どうしました? どうして振り向こうとしないんです?」

「‥‥‥」


振り向いたら許してくれる!?

声からして怒ってるし!!


「絵梨奈さん、お久しぶりですね。みんなが大学生になって髪を染める中、絵梨奈さんはその逆ですか」

「和夏菜は相変わらず綺麗な黒髪だね」

「ありがとうございます」


やべぇ。怖くて後ろ振り向けない。


「なぁ絵梨奈」

「なんだね」

「朝宮、どんな顔してる?」

「あっ! そのちょんまげは、しーちゃん!?」

「無視しないで!? って、しーちゃん!?」


驚いて振り向くと、クールに冷めた目で俺を見下ろす朝宮の背中から、ちょんまげがはみ出していた。


「し、しーちゃん、ヘルプ」

「恋愛さいばーん」

「うわ、懐かしいな」


朝宮と島村は同じテーブルを囲むように座り、絵梨奈は呑気に二杯目のお酒を注文した。


「さて死刑囚」

「やっぱり俺は死刑囚かよ」

「静粛に」

「はい」

「私は常日頃から、朝宮さんに相談を受けていました。その内容は、掃部さんがエッチをしてくれっ」


島村は朝宮にちょんまげを掴まれ、最後まで言わなかったが、夜の営みの件も相談してたのがバレバレだ。


「か、掃部さんの帰りが毎日遅いと相談されてました」

「あぁ、それは私がご飯に誘ってるからだよ!」

「卒業してからも繋がっていたんですか?」


朝宮が絵梨奈に聞くと、島村は絵梨奈の焼き鳥を一本持って、朝宮に咥えさせた。


「朝宮さんは静粛に。私は全ての情報を握っていますから、順を追って説明します」

「お願いします」

「私は見ました。掃部さんと絵梨奈さんが、ラブホテルから出てくるところを」

「順を追って説明して!? 飛ばしすぎだろ!!」

「行きましたよね?」

「行ったよ!」

「絵梨奈!?」


朝宮は鋭い目つきで俺を睨みつけ、俺は思わず目を逸らしてしまった。


「判決。掃部死刑囚の浮気発覚により、これより死刑を実行します」

「待て待て!! 俺の話を聞け!!」

「朝宮さん、どうしますか?」

「死刑でお願いします」

「ちょっ!?」

「あはははは! 頑張れー」

「お前もちゃんと説明しろ!!」

「私が濡れて大変だから、一輝が『しょうがない奴だな』って、私をラブホに連れて行った!」

「誤解しか生まない言い方すんなよ!! 冤罪だ!!」

「島村さん」

「しーちゃんです」

「早く呼びなさい」

「分かりました」

「え? 誰か来るのか? あっ、陽大か! 陽大なら話せば分かってくれる! 陽大を呼んでくれ!」


島村は誰かに電話をかけて言った。


「掃部さんの死刑が決定しました。眠らせてください」


眠らせる?何言ってんだ?

そう思った次の瞬間、誰かに背後から抱きつくように首に腕を回されて、一瞬で全身に鳥肌が立った。


「浮気は良くないなー。でもね? 和夏菜ちゃんに捨てられちゃう一輝くんは、私がもらってあげるね♡」

「‥‥‥」

「でもでもー、一輝くんは悪い子だから、ペットとしてかなー♡」


聞き覚えのある声で、耳元で吐息混じりに囁かれ、俺は意識が朦朧としていき、最後に、絵梨奈が俺の後ろの人を見て驚いた顔をしているのを見たことを最後に意識が途絶えた。





意識を取り戻すと、そこは家のリビングで、俺は椅子に拘束され、目の前には怒った朝宮と、棒立ちしている島村。

呑気に缶のお酒を飲む絵梨奈と、何故か日向。

そして、長く綺麗な黒髪をポニーテールにした美少女さん‥‥‥。


「誰!?」

「私!」


その美少女はポニーテールを解いて、両手でツインテールにした。その姿を見てすぐに咲野だと理解できた。


「なんで咲野が居るんだ!?」

「一輝くーん! お邪魔してまーす!」

「日向もなんでだよ!」

「浮気は良くないよ?」

「してねぇよ!」

「あははははは!」

「お前は笑ってんじゃねぇ!!」


絵梨奈は他人事のように笑ってばかりで、完全に酔ってしまっている。


「一輝くん?」

「は、はい」


大人びて綺麗になった咲野が顔を近づけてきて、カッ!と目を見開いた。


「和夏菜ちゃんみたいな綺麗な人と付き合ってて、調子に乗っちゃったの?」

「違うんだ!!」

「ところで絵梨奈ちゃん」

「ん?」

「ん? じゃねぇー!!」

「ふぁー!?!?!?!?」


咲野はテーブルをひっくり返し、絵梨奈も咲野に掴みかかってしまった。


「なんだよ!!」

「日向! 二人を止めろ!」

「絵梨奈は怒ると、本当手がつけられないからね」

「し、しーちゃん!」

「お誕生日おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「今!? それ、今じゃなきゃダメ!?」


絵梨奈と咲野はリビングにあるものを投げ合い、もうめちゃくちゃだ。


「掃部さん」

「あ、朝宮、俺は浮気なんかしてないぞ」

「ラブホテルに行ったのにですか? 絵梨奈さんが黒髪になって目移りですか? 次は咲野さんですね」

「違うんだって!!」


絵梨奈と咲野が喧嘩をし、日向と島村が雑談している横で、俺は身動きできないまま説明を始めた。


「絵梨奈が雨でびしょ濡れになってさ! 風邪気味だったこともあってすぐに入れる場所を探したらホテルがあって、部屋に入るまで分からなかったんだよ!」

「それで? なんでわざわざ室内に? 走って帰ればよかったですよね。まず、二人が会っていた理由はなんですか?」

「お、同じ職場だから‥‥‥」

「いつから隠していたんですか?」

「二年前‥‥‥」

「浮気する気満々じゃないですか」

「朝宮が知ったら嫉妬したり、不安になるかもと思って言い出せなかったんだよ!」

「‥‥‥それは分かりました。次は何故わざわざ室内に入ったかです」

「朝宮の友達が倒れたら、朝宮が心配するだろ! 休ませたかったんだよ!」

「なるほど‥‥‥咲野さん」

「はい!♡」


朝宮が咲野を呼ぶと、二人の喧嘩はピタリと止まったが、リビングがぐちゃぐちゃだ‥‥‥。

誕生日を祝う前に掃除だな。


「絵梨奈さんを二階へ連行しなさい」

「了解!」

「はぁ!? なんで!?」

「日向さんも協力しなさい」

「分かった!」

「桜まで!」

「島村さんは画像検索の用意」

「なにを調べますか?」

「未経験と経験済みの違い。これでお願いします」

「うおぁ〜! やめろー! 私になにする気だぁ〜!!!!」


なにか今から、良くないことが行われようとしている気がする‥‥‥。


絵梨奈は三人に二階へ連れて行かれ、朝宮は俺を見下ろして口を開いた。


「これで分かります」

「可哀想すぎないか?」


その時、二階から「きゃ〜!!!!」と絵梨奈の声が聞こえてきて、島村がリビングに戻ってきた。


「あの」

「なんですか?」

「絶対妹の借りたんだろうなって下着を着ていたので、多分そういう経験もないかと。仮に掃部さんと一度でもあるのなら、掃部さんと会う日にそんな下着を身につけるわけありません」

「ほらな!!」

「妹のって、どんな感じですか?」

「英語とか書いてるダッサイやつです」


そんなハッキリと‥‥‥可哀想に。


「一輝く〜ん♡ やっぱり一輝くんが浮気なんてありえないと思ってたよぉ〜♡」


二階から戻ってきた咲野に抱きつかれ、また気を失いかけたその時、鬼の形相をした朝宮が咲野の服を引っ張った。


「掃部さんから離れなさい」

「ごめんごめん!」

「わ、分かってくれたのか?」

「はい」 

「謝罪は?」

「掃部さんの隠し事がなければ、今回みたいな誤解は生まれませんでしたよ?」

「はい、ごめんなさい」

「私もごめんなさい」

「お、おう」

「解きますね」

「ありがとう」


やっと拘束から解放されて、二階から、顔を真っ赤にした絵梨奈と、それを励ます日向も戻ってきた。


「朝宮、ちょっと二階に来てくれるか?」

「は、はい」

「絵梨奈と咲野はリビングを片付けろ」

「はーい!」

「分かってるよ」


俺は朝宮を連れて二階の部屋へ向かった。

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