第99話/明るい明日
***
私は陽大さんと二人で、卒業式が終わった流れで受験番号が張り出されている場所へ向かって歩いている。
「なんか緊張してきたよ。しーちゃんは大丈夫?」
「私は平気です。レベルを下げて受かっていなかったら死にます」
「死なないでよ!?」
「ほら、着きますよ」
「う、うん!」
人混みの中をかき分けて、掲示板の目の前までやって来た。
「ありました。二百十二番」
「おめでとう!」
「ありがとうございます。陽大さんは何番ですか?」
「二百三十六番なんだけど、怖くてその辺りを見れないんだよね」
全く関係ない番号の方を見る陽大さんをよそに、私はすぐに陽大さんの番号があることを確認して、陽大さんは想いを伝えてくれるのかどうかで頭がいっぱいになってしまった。
「しーちゃん、代わりに見てくれない?」
「あ、はい。いや、その、おめでとうございます」
「本当に!?」
「自分の目で確認してみてください」
陽大さんは、自分で自分の番号を確認して、明るい笑みを浮かべた後、少し頬を赤らめて私を見下ろした。
「それじゃ、僕の気持ち聞いてくれる?」
「い、今ですか?」
「僕は‥‥‥」
みんなの喜ぶ声にかき消されそうな小さな声で、陽大さんは気持ちを伝えてくれた。
私の好きなところを何個も口に出して言ってくれて、私の体温は上がり、恥ずかしくて、周りの声も遠く感じるほど頭がボーッとする。
「だから、よかったら、僕と付き合ってください」
「‥‥‥えっと、はい」
「やったー!」
「こ、声が大きいですよ」
「みんなも喜んでるから大丈夫だよ!」
陽大さんはニコッと笑ってくれて、私はさっそく、実花ちゃんのお墓参りに陽大さんを誘った。
初デートがお墓参りは変だと思うけど、優しい彼氏ができたことを実花ちゃんに教えたかったから。
***
家で朝宮の帰りを待っていると、陽大から電話がかかってきた。
「はーい」
「一輝! 大学受かったよ!」
「おめでとう! んで、告白は?」
「今、しーちゃんが横にいるから代わるね!」
「お、おう」
電話が島村に変わり、島村は緊張したようなカタコトで言った。
「ヨウダイサント、オツキアイヲハジメマシタ」
「マジカ、オメデトウ。オレモウレシイヨ」
「ナンデカトコトナンデスカ」
「こっちのセリフだ!!」
「いや、あのですね、陽大さんとお付き合いを初めて、掃部さんに、今までの仕返しとかされないか怖くて」
「あぁ、覚悟しとけ。街で見つけるたびに茶化してやるよ」
「二度と会いたくない人リストに書いておきますね」
「陽大と付き合うなら、俺とも仲良くしなきゃな!」
「チッ」
「舌打ちした!? したよね!?」
「舌でタップダンスしただけです」
「朝宮が言いそうなこと言うな」
「それじゃ、私達はカラオケに行きます。じゃあな」
「彼氏できてキャラ変わってるぞ」
「正気を保ててないだけです。さよならです」
「おう! お幸せに!」
「ありがとうございます」
電話を切り、俺は一番の親友が幸せになったことの安心で肩の荷が降りた気分だ。
あとは俺の幸せだ。
朝宮と同じ大学に行って、幸せな大学ライフを送る!
※
「ただいまでーす!」
陽大の電話から約一時間後、朝宮が帰ってきたが、明るい声にホッとしながら玄関にやってきた。
「お帰り」
「あ、第二ボタンください♡」
全て分かっていながら、笑顔で手を前に出すとは、こんな怖いことがあるだろうか。
「どうしたんですか? 私、卒業したら絶対欲しいと思ってたんです♡」
「み、見てただろ? 寧々に取られたよ」
「ん?♡ ください♡」
「す‥‥‥すみませんでした!!!!」
「はい、よろしい」
「ありがとうございます!!!!」
「その代わり、制服ください!」
「別にいいけど、ずっと一緒に暮らしてるのに、わざわざ貰わなくてもよくないか?」
「それとあれとこれとあれは別なんですよ!」
「多いな。んで、合格発表見てきたか?」
「お腹空きましたー」
「聞いてるんだけど」
「お腹空きました!!」
「分かった分かった!! 今すぐならおにぎりぐらいしかないからな!」
「はい!」
急いでおにぎりを作り、制服姿のまま幸せそうにおにぎりを頬張る朝宮を見つめながら、再び合格発表のことを聞くタイミングを考えた。
「制服脱がないのか?」
「もう見れなくなりますよ? 制服姿の私とイチャイチャできるのは今日で最後です!」
「それも勿体無く感じるな」
「お風呂入るまでは着てますよ!」
「ありがとうな。んで、合格発表なんだけど」
「うっ、急にお腹がっ」
「美少女はうんこしないぞ」
「しますよ!!」
「そんな堂々と言われると、分かってても夢が崩れるわ!!」
「なにに夢見てるんですか!! そんなんだから大学落ちるんですよ!! あっ」
「‥‥‥今、なんて?」
何かの間違いだと思いたい朝宮の言葉聞いて、全身に鳥肌が立った。
「その‥‥‥‥‥‥番号‥‥‥ありませんでした‥‥‥」
「だ、誰の?」
「掃部さんの」
「朝宮のは?」
「私のはありました」
「‥‥‥そっか! よかったな! お祝いにプリン買ってきてやる!」
「気を使わなくて大丈夫です!」
「いいからいいから」
俺は家を出て、ゆっくりコンビニへ向かって歩き、帰り道の公園に寄って、またゆっくり家に向かって歩いた。
※
「ただいま! 自分の分も買ってきちゃったぜ!」
「‥‥‥」
朝宮は俺の帰りを玄関で待っていて、とても悲しそうな顔をしながら俺を優しく抱きしめた。
「目の下‥‥‥赤くなってますよ」
「‥‥‥そうか‥‥‥擦っちまったからな‥‥‥」
「私、大学行くのやめます」
「ま、待て待て! どうしてそうなる!」
「掃部さんが私と同じ大学に行きたいって言って頑張ってくれて、私の中でも大学に行く理由が、掃部さんと通いたいって理由に変わってしまっていたんです。だから、もう行く意味はありません」
これで、本当にドッキリじゃないことを確信して、また涙が出そうになり、グッと堪えた。
「我慢しないでください」
「大丈夫だ。朝宮は大学に行け」
「嫌です」
「ダメだ。親が金払って勉強させてくれたんだから、ちゃんと行け」
「‥‥‥」
「俺は仕事を探してお金を貯めて、生活はしばらく、今まで通り親のお金に頼らせてもらう。それで、朝宮が頑張って大学を卒業したら‥‥‥」
「なんですか?」
「籍‥‥‥入れるか」
俺がそう言うと、ギュッと俺を抱きしめる力が少し強くなり、俺の耳元で囁いた。
「はい、喜んで」
「ごめんな。今、自分の心が弱ってるのが自分で分かる。だから、朝宮に縋るようにプロポーズしたのかもしれない。でも、毎日思ってた。絶対朝宮と結婚したいって‥‥‥それは本当なんだ」
「大丈夫ですよ。掃部さんがどんなどん底に居ても、必ず私が掃部さんの側に居るんですから。私には、掃部さんを笑顔にする権利があります。そして掃部さんは、いつでも私の側で、幸せな笑みを浮かべる権利があるんです」
「ありがとう‥‥‥好きだ」
「好きですよ。大好きです。愛してます」
それから俺達は静かにリビングでプリンを食べ、朝宮はいつまで経っても暗い俺を見かねたのか、椅子に座る俺の膝に跨って、手のひらで両頬をウネウネと回すように揉んできた。
「なんだよ」
「元気出させてあげます!」
「頼む」
すると朝宮は俺の右手を掴み、自分の胸に俺の手を置いた。
「なっ!? いっ!? えっ!?」
「げ、元気になりました?」
「は、はい」
「なんで敬語なんですか?」
「なんとなく」
「も、揉んでも怒りませんよ?」
「きょ、きょきょっ、今日はいい」
「分かりました。でも良かったですねー!」
朝宮は立ち上がり、笑顔でまた俺の頬に触れた。
「なにがだ?」
「これから、女子高生の胸を触ったら犯罪になる年齢真っしぐらです! 制服姿のギリギリ女子高生の私を触れて! 違うところが元気になって!」
「うるせぇな!! なってねぇよ!!」
「あっ! 元気になりました!」
「だから! なってないって!」
「いつもの掃部さんに戻りました!」
「あっ、本当だ」
「私ほど掃部さんの扱いが上手い人、他にいませんよね!」
「だな。よし、合格してたら渡そうと思ってたプレゼントでも渡すか!」
「えぇー!? マンションですか!?」
「ハードル上げんな!!」
「えへへ♡」
俺は前もって買っておいたものを地下室に取りに行き、リビングに戻ってきた。
「袋開けてみ」
「はい!」
ワクワクした様子で大きな袋を開け、朝宮は嬉しさを素直に顔に出して、プレゼントを取り出した。
「大きい!」
「バケツプリンが作れるやつだ! プリン食べたばっかだけど、一緒に作るか!」
「はい! 早くしましょ!」
「分かった分かった」
それから、一緒に笑いながら楽しくバケツプリンを作り、無事に冷蔵庫でプリンを冷やし始めた。
※
「まだかなまだかなー」
「まだ一時間だぞ?」
あと二時間は固まらないし、朝宮がバケツをひっくり返さないか見張っておかなきゃな。
※
あと一時間。
朝宮は何回もバケツの蓋を開けて中を確認して、まるで小さな子供のようだ。
「もう固まってますよ! プルプルしてます!」
「またまたー、見せてみ?」
「ほら!」
「本当だ。出してみるか!」
「やったー!」
バケツプリンの蓋をテーブルにセットし、プリンが入ったバケツを二人で持って、慎重に傾けた。
「いくぞ?」
「一気にいったほうがいいです!」
「おっけー。せーの!」
勢いよくバケツを逆さまにすると、表面以外全部液体のままで、テーブルと床がベトベトな液体まみれになり、俺達二人の間に長い沈黙が続いた‥‥‥。
※
月日は経ち、朝宮の入学式当日の朝。
「んじゃ、俺は先に行くから、男に声かけられても付いていくなよ?」
「はい。信じてください」
「おぉ、クールモードの顔、久しぶりに見たわ」
「頑張ってきてくださいね」
「おう!」
「いってらっしゃい!」
「行ってきます!」
俺は朝宮の父親が経営する、プリンとウイスキーボンボンの製造工場でアルバイトを始め、下積み一年で、バイトを辞めなければ正社員にしてくれるということで、毎日仕事を頑張っている。
ちなみに、朝宮には嫉妬するから言っていないが、絵梨奈も同じとこでバイトしていて、黒髪になって急に落ち着いた絵梨奈との仕事は案外楽しめている。
絶対やめないでお金を貯めて、朝宮と結婚するんだ。
よし、頑張ろう!
***
数時間後、紫乃も無事に入学式を終えて、陽大と二人でサークルの勧誘で盛り上がる大学の入り口付近を歩いていた。
「新聞のサークルがあると、先生が言っていました」
「この中から探すのは大変そうだね」
「頑張りましょう」
その時、空から大量の新聞が降ってきて、島村と陽大はそれを拾った。
「新聞サークルの勧誘です」
「こんなド派手に勧誘するなて、凄いサークルなのかな」
「‥‥‥いえ、凄い一年生が入学したみたいです」
「え?」
島村の視線の先にいたのは、笑顔で屋上に立ち、メガホンを持った、ちょんまげ頭の女子生徒だった。
「あの人! 試験で見た人だよ!」
「やっぱりですか」
「聞けー! 私は今日入学してきた
「‥‥‥似てます‥‥‥」
「似てる?」
「行きましょう」
「う、うん」
二人は屋上に走り、屋上に着くと、紗良は先生に注意され、それが終わったタイミングだった。
「おっ! 君達も新聞サークルに入りたい人?」
「はい」
「ちょんまげお揃いだね! おでこを出すと、笑顔が明るく見えていいよね!」
「そうですね」
「名前は?」
「島村紫乃です」
「川島陽大です!」
「それじゃ、よっちゃんと、君はしーちゃんだね!」
「はい!」
「おっ! しーちゃんの笑顔可愛いー!」
陽大は、紫乃の明るい笑顔を初めて見て、内心驚いた。
「先輩によると、新聞サークルは学年で作る新聞が分かれてて、毎月、何年生の新聞が良かったか、アンケートで競うんだって!」
「それは面白そうですね」
「ねっ! だから私が情報屋として面白い話持ってくるから、しーちゃんとよっちゃんが文字にする! これで行こう!」
「分かりました! しーちゃんも頑張ろう!」
「はい!」
こうして、それぞれが明るい明日を目指して一歩を踏み出した。
***
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