第98話/卒業


「掃部さーん! 起きてくださーい!」


抱きつかれながら耳元で大声を出されて起きない奴がいないわけがない。


「今日は卒業式ですよ! 卒業式が終わったら合格発表を見に行きます!」

「嫌だ」

「また駄々こねて、赤ちゃんプレイちたいんでちゅか? そもそも、お昼まで一回も起きないとか逆に心配です!」

「ふぁ〜、行く行く」

「赤ちゃんプレイでイ、イッ!?」

「なに言おうとしてんだ!!」

「怒らない怒らない」


朝宮は俺の体を抱き寄せ、おでこにキスをしてきた。

これは怒る気もなくしてしまう。


「準備して行きましょ? 今日は私達が出会った高校に通える、最後の日です」

「だな、一緒に行くか」

「はい!」





高校最後の登校ということもあり、自転車ではなく、手を繋いで学校にやってきた。


「見せつけてくれるね!」


校門をくぐると、爽真が爽やかに声をかけてきて、朝宮は繋いでいた手を離してしまった。


「貴方誰ですか?」

「最後までその感じなのかい!?」

「爽真はあれだな、大学では恋愛上手くやれよ」

「僕はずっと和夏菜さんを好きでいるさ!」

「なんかあいつキモくね?」

「掃除機くん!?」

「気持ち悪いですね」

「和夏菜さんまで!」

「早く教室行こうぜ」 

「行きましょう」


爽真を無視して教室に向かう途中、メイクをして更に綺麗になった芽衣子先生が、嬉しそうに話しかけてきた。


「和夏菜ちゃん!」

「なに?」

「お母さんとお父さん、卒業式見に来てるよ!」

「へー」


興味ないふりをして、嬉しそうな表情を隠せていない朝宮を見て、芽衣子先生は優しい笑みを浮かべながら職員室のある方へ行ってしまった。


「よかったな」

「は、はい」


それからすぐに教室に入ると、何故か絵梨奈が俺の席に座っていた。


「なにしてるんだ?」

「あ、おはよう!」

「おは」

「今までだったら怒られただろうけど、卒業式なら怒られないんじゃないかチャレンジ中」

「なるほど。俺はいいんだけどさ」

「ん?」

「朝宮はあぁ見えて嫉妬深いからな。俺が朝宮にしか触れたりしないことに特別感を感じてる」

「つまり?」

「怒られるぞ」

「そう?」


絵梨奈が隣に座る朝宮の顔を見て、顔を引きつらせて立ち上がり、俺に視線を移した。


「ト、トイレ行ってくる」

「お、おう」


きっと怒った顔してだんだろうな。

怖いから横は見ないでおこう。


それから一時間ほどみんなとたわいもない話をして、静かに体育館前に移動してきた。

俺は絵梨奈、陽大、爽真、咲野、島村、日向、そして朝宮の顔を見て、もうこの学校でみんなを見ることないんだと、少しだけ寂しい気持ちになった。

三年生になった時は、まだ一年もある。早く卒業したいとか思ってたけど、最後の一年は早かったな。


「卒業生、入場」


そして、遂に卒業式が始まってしまった。


体育館に入ると、保護者席に朝宮の父親を見つけ、その隣に一際綺麗な女性が座っている。

朝宮と芽衣子先生は母親似なんだな。





「掃部一輝」

「はい」


卒業証書を受け取ってステージを降りる時、涙ぐむ寧々と目が合い、思わずもらい泣きしそうになって床を見ながら歩いた。


それから朝宮も卒業証書を受け取った。

朝宮はステージを降りると、俺を見つめて微かに微笑んでから椅子に座った。

今思えば、中学の時にいじめられて落ちぶれなければ、この高校に来ることもなかったし、ある意味日向には感謝だな。

そういえば、陽大は島村とどうなったんだ?

言われてないだけで、もう付き合ってたりするのかな。後で聞いてみるか。





なんとか泣かずに卒業式を終えて、みんな教室で賑やかに会話を楽しんでいる。


「はーい、みんな座ってください!」


芽衣子先生も教室へやってきて、最後のホームルームが始まった。


「まず最初に、誰一人欠けることなくこの日を迎えられでよかったです」


芽衣子先生がそう言うと、隣に座る朝宮が、こっそり俺の手握ってきた。

本当、朝宮が欠けることなく卒業できてよかったと心から思う。


「実は私は、みんなが入学する数日前に先生になりました。なので、みんなと一緒に成長できた三年間だったなと思います! もちろん、みんなもとても成長しました!」


そう言って、俺と朝宮をチラッと見た芽衣子先生は、すぐにみんなに視線を戻して話を続けた。


「すでに合格した人もいますが、合格発表がまだの人もいます。合格したら電話でもいいので、ぜひ報告待ってますね! そしてこれから、進学する人や就職する人に分かれますが、みんなの未来が明るいことを心から願っています。それでは、起立!」


最後の号令が始まり、みんな一斉に立ち上がる。


「礼! 卒業、おめでとうございます!」

「ありがとうございました!」

「先生」


号令が終わると、朝宮が芽衣子先生に言った。


「私達、A組全員からプレゼントがあります」

「え! なんだろう!」


なにそれ、俺聞いてない。


「みんなからの寄せ書きです」


なにそれ、俺書いてない。


朝宮はカバンから大きな色紙を取り出して、芽衣子先生に渡した。


「ありがとう!」


芽衣子先生が嬉しそうに色紙に目を通した後、真っ直ぐ俺を見つめた。


「な、なんですか?」

「一輝くんは書いてくれなかったの?」

「いや、俺何も聞いてなかったんで」

「和夏菜ちゃん?」

「忘れてたのよ」

「一番忘れちゃいけない相手だろ!」


廊下に集まっている保護者達が笑い出し、朝宮の父親の笑い声が特にうるさい。


「もう書くところ無いから、裏に書いてもらおうかな!」

「分かりました」


朝宮からマジックペンを受け取り【元ヤンありがとう】と書くと、保護者の前ということもあるのから、引き攣った笑顔で静かに色紙を受け取った。


それからクラス全員で写真を撮ることになり、朝宮が積極的に芽衣子先生の隣に行くのを見て、なんだホッとしたと共に、朝宮の成長を感じた。


「撮りますよー!」


クラス全員で写真を撮り終わり、俺は陽大と爽真の二人と話をするために、教室の後ろの方に集まった。


「卒業しちゃったねー」

「爽真は合格したのか?」

「バッチリだよ!」

「陽大は?」

「これから、しーちゃんと見に行くんだ!」

「陽大も今日なのか。てか、島村とはどうなんだよ」

「僕も気になってたんだ! 陽大くん、教えてくれよ!」

「この後、無事に合格してたら告白するつもりだよ」

「おぉ! マジか!」

「僕が告白のアドバイスをしてあげるよ!」

「おい、陽大が振られたらどうすんだよ。爽真は、一番人にアドバイスとかしちゃいけない人間だろ」

「なら僕も、和夏菜さんに再び告白を!」

「どうしてそうなるの?」

「本当だぞ。しかも彼氏の目の前で」

「現実ってさ‥‥‥残酷だよね」

「なに当たり前のこと言ってんだ。現実ほど見ないに越したことはないぞ」

「でも、見なきゃいけない時もあるよね」

「僕も現実を見よう‥‥‥掃除くん」

「なんだよ」

「もう、キスはしたのかい?」

「あぁ、今日、寝起きでされた」

「‥‥‥寝起きで? え?」

「そ、爽真くん! 外に行こう! 後輩が待ってるよ!」

「陽大くん、今、掃除機くんは寝起きって言ったよね」

「いいからいいから!」


俺としたことが、最後の最後でやらかしたな。


「一輝!」

「はい、なんでしょう」


絵梨奈は笑顔で俺に近づき、腕を組んでツーショットを撮ってきた。


「やった!」

「‥‥‥」


やばい‥‥‥卒業式で気絶するわけには‥‥‥!


「‥‥‥あ、あさっ‥‥‥」


俺が朝宮に助けを求めようとしたその時、朝宮は素早く俺の腕にアルコールスプレーを吹きかけ、俺の体を支えてくれた。


「大丈夫ですか?」

「お、おう。ありがとう」

「絵梨奈さんも気をつけてください。掃部さんから見れば、絵梨奈さんは歩く排泄物なんですから」

「私‥‥‥そんな風に思われてたんだ‥‥‥」

「あはははは! 可哀想な絵梨奈ちゃん!」


落ち込む絵梨奈の目の前に、笑いながら現れたのは咲野だ。

当然、二人はすぐに睨み合い、無言の圧がぶつかり始めた。


「お前ら、卒業式ぐらいは」


二人を宥めようとしたその瞬間、二人は泣きながら抱きつき合った。


「もっと早く仲良くなればよかったー!」

「絵梨奈ちゃーん!」

「えっ、お前ら、いつの間に仲良くなったんだ?」

「二人は冬休み中に決闘してます」

「へ? 尚更なんで仲良くなったんだよ!!」

「さぁ?」

「なぁ咲野、なんで仲良くなったんだ?」

「え? 卒業式だから、仲良いふりしてるんだよ!」

「そうそう、仲が悪かった二人が卒業式には仲良しになってるとかドラマっぽくでいいっしょ?」

「怖っ‥‥‥」

「そんなことより和夏菜ちゃーん!」

「お座り」

「わん♡」


朝宮に飛び付こうとした咲野は、完全に躾けられていて、ただの雌犬になっていた。


そして俺も外に出ようかとカバンを持った時、廊下で小さく手招きをしている島村と目が合い、俺も廊下に出た。


「どうした?」

「いえ、ただ謝りたくて」

「そうだな。理由は分かる! 深々と頭を下げろ!!」

「そこは『もういいって』とか言って優しくするのが卒業式のセオリーです」

「知るか」

「なら、しょうがないので謝ります」

「おいこら」

「三年間、私の新聞で迷惑をかけてごめんなさい」

「まぁ‥‥‥」

「すごい楽しかったです」

「おいこら」

「それじゃ私は大事な用事があるので」

「陽大の気持ち、答えてやれよ?」


俺がそう言うと、島村は小さく親指を立てて学校を後にした。

それから俺も外に出ると、寧々が小さな花束を持って駆けってきた。


「卒業おめでとう」

「おぉ! ありがとう!」

「これからも和夏菜先輩と仲良くするんだよ?」

「当たり前だろ」

「てことで、第二ボタン貰っていくね」

「へ?」


寧々は素早く俺の制服から第二ボタンを奪い取ってしまった。


「紗雪ちゃんにあげる」

「あの告白してきた子か」

「そう! またね!」

「う、うん」


寧々が校内に戻っていった瞬間、殺気のようなものを感じて教室の窓を見ると、朝宮と咲野が目を見開いて俺を見つめていた。

人生からも卒業したくない俺は、すぐに家へ帰ろうと歩き出すが、すぐに背後から「あの」と声をかけられた。

その声は聞いたことのない声だった。


「はい?」


振り返ると、そこにいたのは朝宮のお母さんだった。


「貴方が一輝くんよね?」

「は、はい」

「いつも娘がお世話になってます」


深々と頭を下げられ、さすがに気が引いてしまった。


「全然大丈夫ですよ」

「あの子、掃除もしないし大変でしょ?」

「いえ、最近はするようになりました。途中で投げ出す時もありますけど、頑張ってますよ」

「そうですか。あの子は人一倍わがままですが、人一倍優しい子です。どうか、あの子をよろしくお願いします」

「はい! 任せてください!」

「結婚の報告待ってますね」

「けっ!?」

「二人はきっと、そうなるような気がしたので」

「そ、そうですか。あの、お父さんは」

「芽衣子と話してると思います。呼んできますか?」

「いえいえ! 大丈夫です!」


その時、校門から聞き覚えのある二人の声が聞こえてきた。


「一輝〜!」

「おーい!」


それは紛れもなく俺の両親だった。

二人は慌てた様子で俺と朝宮の母親の元へやってきた。


「親父!? お母さん!?」

「あら! 朝宮さん!」

「あの時はどうもです」

「え!? 会ったことあるの!?」

「あるわよ? 友達ですもんねー!」

「え、いや、えっ」


母親は朝宮の母親と肩を組み、朝宮の母親は完全に困った顔になってしまった。


「お互いの子供が仲のいい友達なんですから、私達も仲良くなりましょ? 過去は過去ですよ!」

「あ、ありがとうございます」

「あ、友達じゃなくて、もう付き合ってる」

「でしょうね!!!!」

「う、うん、なんかごめん」

「んで、朝宮さんはなんでそんな大人しいの?」

「え?」

「和夏菜ちゃんの母親が大人しいとかあり!?」

「えっ」

「すみません。俺の母親、少し変なので」

「なに言ってんの!! 掃部さんは素敵な母親よ!!」

「はい!?」


朝宮の母親は態度が急変し、俺は思わず一歩後ろに下がってしまった。


「そうだそうだ! 私は素敵だー!」

「そうだそうっ!? ぐぃゃ〜!! 舌噛んだぁ〜! 一輝くんが変なこと言うからですよ!」

「えぇ‥‥‥」


朝宮の母親はプクーっと頬を膨らませ、まさに朝宮そっくりだ。


「やっぱり和夏菜ちゃんそっくり! クールそうに見えて、お茶目で怒り方が可愛い!」

「怒ってないです!」 

「朝宮は怒ると猿みたいになるんですよ」

「娘が猿ですって!? ムキー!」


朝宮って、母親に似たんだ‥‥‥。


「まぁまぁ、とにかく一緒に卒業式見ましょう!」

「えっ、終わりましたけど」

「えぇ!?」

「つか、卒業式のためだけに海外から来たのか!?」

「当たり前じゃない!! 息子の卒業式に駆けつけない親が居るもんですか!!」

「終わったならしょうがないな。卒業おめでとう!」

「おめでとう!」

「あ、ありがとう」

「それじゃパパとママは海外戻りまーす!」

「えぇ〜!?!?!?!?」


二人は嵐のように去っていった。


「すごいお母さんですね」

「貴方もですよ」

「私もですか?」

「朝宮そっくりでビックリしました。怒り方とか」

「旦那はチンパンジーって言って火に油を注いできますけどね。だから豚の真似したり、魚の真似をして反抗します」

「朝宮もしますよ。あれ、反抗だったんですね」

「あの子は私の真似をするのが、小さい頃から好きだったので」

「なんかよかったです。朝宮が家に帰りたくないって言っていた頃も、お母さんの真似をしていたって考えると、ちゃんと親のこと好きだったんだなって。あっ、とにかく俺は帰ります! 朝宮のことは任せてください!」

「ありがとうございます!」

「はい!」


朝宮の母親にも別れを告げ、校門に向かって歩いていると、日向が携帯をいじっているのを見つけた。


「日向」

「一輝くん! 卒業おめでとう!」

「日向もな」

「ありがとう!」

「さっそくだけど、右手をパーにして顔の高さに上げてくれ」

「こ、こう?」

「それでいい」

「なにするの?」

「日向が居たから今がある」

「え?」 

「ありがとう。じゃあな」


日向とハイタッチをして、そのまま校門を出た。


「ありがとう」


日向の小さな声を聞き逃さず、そして振り向かず、俺は家に向かって歩き続けた。




そして家に帰ってきてすぐ、大事なことを思い出した。


「あ、合格発表忘れてた」


朝宮と一緒に行く約束してたけど、家まで帰ってきてしまった。あとで朝宮から結果を聞くか。

俺もその方が気が楽だし。

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