アフターストーリー/卒業

第96話/唯一の光


***



「それで、川島さんとはどうなんですか?」

「何故私はパンケーキを奢られて、恋話させられているのでしょうか」


私は島村紫乃。

最近十八歳になったピチピチの記者系女子高生。

そして、何故か放課後に朝宮さんからカフェに誘われて、パンケーキを奢られている。

絶対に裏があるに決まってる。

だって私、朝宮さんと仲良くないし。


「私が掃部かもんさんと付き合うまでの間、ずっとちょっかいをかけてきたのは、紛れもなく貴方ですから。次は貴方の話です」

「はぁ」


やっぱり裏があった。

ハッキリ言ったから、裏でもないのかもしれないけど。


「それでどうなんですか?」

「陽大さんが私のことを特別な意味で好きでいてくれてるのは知ってます」

「貴方の気持ちはどうなんですか?」

「どうでしょうね。雑草程には好きですよ」

「それは嫌いということですか?」

「私、雑草って結構好きですよ? 踏まれても抜いてもまた生えてきますし、強くていいじゃないですか」

「ふ、不思議な感性を持ってるんですね」

「朝宮さんが掃部かもんさんを好きなのも、私からすれば不思議な感性です」

掃部かもんさんはカッコいいじゃないですか」

「どこがです?」

「そう聞かれると分かりませんが、現に掃部かもんさんはモテます」

「嫉妬しないんですか?」

「たまにお家で、お尻を蹴って発散しています」

「可哀想に」

「私の話はいいんです」

「嫉妬とかしたくないですし、別れが来るなら出会いなんてなかった方がいい。そう思うタイプなので、だから私は恋愛をしないんだと思います」

「だとしても、誰かに恋しない人はいないと思います」

「朝宮さんは、掃部かもんさんと付き合う前に好きだった人とかいるんですか?」

「それがいないんですよ。私は初恋なのに、掃部かもんさんは‥‥‥」


朝宮さんは嫉妬に震えて、握っているフォークが皿に当たってカタカタ音を出している。


「って、また私の話になってます」

「インタビュー癖で質問してしまいます」

「とにかく私達も卒業です。部活もそろそろ終わってしまいますよ?」

「大学でそういうサークルか同好会に入りますから、少し経てばまた活動開始ですよ」

「そうですか」

「はい。ちなみに朝宮さんは、好きな人のお願いならなんでもしてあげたいタイプですか?」

「そうですね。死ぬこと以外は、素直にお願いされたらなんでもしてあげたいですね」


やっぱり、この時間は掃部かもんさんが一枚噛んでる。

陽大さんの幸せを願う掃部かもんさんが、朝宮さんを使って私から色々聞き出そうとしているに違いない。


「貴方はどうなんですか?」

「恋をしてみないと分かりません」

「でもいいんですか? 卒業したら、川島さんとは会えなくなるかもしれないんですよ?」

「同じ大学に行くと言われていますから」

「知らないんですか? 川島さん、今の成績じゃ無理だって話になって、進学はしないらしいですよ」

「えっ」

「少し悲しそうな顔しましたね」

「してません。私は帰ります」

「このパンケーキもらっていいですか?」

「私のお金で買ったものじゃないので、お好きにどうぞ」

「ありがとうございます」


私は席を立ち、店を後にした。


そっか。

陽大さんとは卒業したら終わりなんだ。

正直、大学が同じだと思ってなにも考えていなかったけど‥‥‥なんだかな‥‥‥。

高校三年の十月後半に知るなんて、ちょっと遅かったかも。

そして‥‥‥


「なにしてるんですか?」

「え!? あっ、えっと‥‥‥」


店を出てすぐ、店の前の電信柱の後ろに身を潜める掃部かもんさんを見つけて、私の読みが確信に変わった。


「朝宮さんに変なお願いしないでください」

「あはは‥‥‥バレちゃったか。朝宮は店を出ないのか?」

「幸せそうにパンケーキを食べてます。どんなにクールぶっても、口元にクリーム付けちゃって、本当、隠しきれませんね」

「そんなとこも可愛いからいいんだよ」

「惚気ですか?」

「違う違う! んで、陽大とはどうなんだよ」

「別になにもありません。私は帰ります」

「そうか、気をつけてな」

「ありがとうございます」





翌日の放課後、部室で作業をしていると、陽大さんはいつも通り、すぐに部室へやってきた。


「よし! 仕事仕事!」

「この新聞のコピーが二枚足りませんでした」

「本当!? ごめん!」

「いいですけど。陽大さん、進学は諦めたんですか?」

「あ、あれ? 誰かに聞いた?」

「はい」

「大学でも、一緒に新聞作るって言ってましたよね」

「今の成績じゃ厳しいって言われちゃってね。相談もなしにごめんね」

「行ける大学が無いわけじゃないんですよね」

「そうだけど、しーちゃんと同じ大学に行くのが目標だったから、それがダメとなると、進学する理由は時に無いかなって」

「そうですか。しばらく一人で作業しててもらえますか?」

「分かった!」


私は部室を出て、担任の村上むらかみ先生と話すために職員室へやってきた。


「あの」

「あら、どうしんですか?」


村上先生が見当たらなくて、入り口から一番近いところに座っている芽衣子先生に声をかけた。


「村上先生ってどこにいますか?」

「村上先生なら会議で他の学校へ行ってますよ? なにか大事な用事ですか?」

「進路についてです」

「なら私が聞きます。あとで村上先生にはちゃんと伝えておくから安心しなさい」

「ありがとうございます。えっと、志望する大学を変えたいんですけど」

「確か島村さんって、結構いい大学を受験する予定でしたよね」

「はい。もうちょっとレベルを落としたいと思いまして」

「村上先生から聞いたけど、島村さんは優秀らしいじゃない。レベルを落とさなくても大丈夫だと思うけど、なにか理由が?」

「‥‥‥なんとなくです。今更ダメですか?」

「全然ダメじゃないですよ! でも島村さんは、なにをしに大学に行くんですか?」

「本当は就職でもよかったんですけど、サークルとかで、新聞とか作る仲間が沢山いる環境を経験してみたいと思ったんです。それが仕事になると、サークルとかとはまた違う苦痛がありそうで、とりあえず経験を積むための大学です」

「いいですね! 大学に関しては、やりたいことがあるから行かない。やりたいことがあるから行くの二択ですからね。とりあえず学歴は増やした方がいいって考えの人は、卒業後にその学歴を活かせない人がほとんどだから、経験を積むためならいいと思います!」

「ありがとうございます」

「それじゃ、レベルを落とした大学で、サークルか同好会で新聞を作るような活動がある大学を村上先生と相談するから、多分近いうちに村上先生から話があると思います」

「ありがとうございます。それじゃ、部活に戻ります」

「はい! 頑張ってね!」

「はい」


いったい私はなにをしているんだろう。

自分の感情は理解しているけど、ここまでしなきゃいけないことだったのかは、いまいち分からない。

そんなことを思いながら、部室に戻ってきた。


「おかえり!」

「ただいまです」

「なにしてきたの?」

「先生に呼び出しを受けていて、今のままじゃ、目指してる大学は無理だと言われました」

「えぇ!?」

「なので、大学のレベルを落としました」

「え? どれくらい?」

「陽大さんでも入れるんじゃないですか?」

「ど、どこの大学!?」

「まだハッキリ決まってません。決まったら教えます」

「分かった! なるべく早く教えてよ!」

「了解です」


きっと、この嘘ぐらい許されるよね。

このまま陽大さんと終わりだなんて悲しいし、これからも一緒に頑張っていきたい。

だって陽大さんは‥‥‥私に差し込んだ唯一の光だから。



***



「朝宮!!」

「はい!! なんでしょう!! なるほど!!」

「何も言ってねぇ!!」


俺達はなんだかんだ喧嘩もなく、毎日幸せに暮らしている。

喧嘩をしないのも、だいたい朝宮が一方的に怒って、俺がすぐに謝るからだけど、今日の俺は怒っている!!

何故なら、最近クレーンゲームにドハマり中の朝宮が、毎日放課後にゲームセンターに寄り、ぬいぐるみを増やし続けているからだ。

お互いにあとは寝るだけということもあり、最近一緒に買いに行ったお揃いのパジャマを着て、ベッドに座っているが、ぬいぐるみが多くて窮屈だ。


「ぬいぐるみ増やしすぎだ!! ダニが湧くだろ!!」

「だったらなんなんです? 捨てればいいんですか? 分かりました、今すぐ全部捨てますね」

「い、いや、別に捨てなくてもリサイクルショップに持ってくとか、それに全部じゃなくても」

「いいえ、捨てます。捨てればいいんですよね」

「い、いや‥‥‥なんかごめん」

「分かればいいんです! いっぱい飾って癒されましょう!」

「そうだな‥‥‥」


今日も喧嘩にはならなかった。


「そういえば陽大の奴、また受験勉強始めたみたいだぞ」

「島村さんも隅には置けませんね。川島さんがやる気になるなにかを言ったんでしょう」

「そうだろうな! あの二人が付き合ったら、ダブルデートとか行くのかな」

「ダブルデートですか? 私は掃部かもんさんと二人きりの方が好きですけど」

「でも、きっと楽しいぞ?」

「いえ、二人きりの方がきっと楽しいです!」

「う、うん、そうだね」


嬉しいような‥‥‥なんか複雑。


「そういえば、俺達も同じ大学目指してるけど、朝宮は入学したらサークルとか入るのか?」

「興味はありますね!」

「健全なサークルに見せかけて、ヤリサーとかいうヤバいサークルが存在するらしい。だから俺の許可なくサークルを決めるなよ?」

「槍を投げるサークルですか? 楽しそうですね! 体験入部してみます!」

「いろんな体験になっちゃうからやめて!?」

「怪我が心配なら、掃部かもんさんも一緒に体験すればいいじゃないですか!」

「バカか!! ヤリサーってのはな‥‥‥」


理解していない朝宮に、俺は全てを教えた。


「なんだ、私達が毎日してることじゃないですか!」

「一回もしたことありませんけど!?!?!?!?」

「えぇ!?」

「えぇ!?」

「キスはエッチに入らないんですか!?」

「入りませんよ!?」

「わーお!」

「なんだそのテンション」

「知りません」

「あ、はい」

「私達がそういうことをするなんて、まずあり得ませんけどね」

「なんで?」

「だってこの前、キスしようと、ふざけて舌を出しながら顔を近づけたら、全力で逃げたじゃないですか」

「いや、出しながら迫ってきたらキモいだろ」

「キスの最中に出したらいいんですか?」

「無理、体内に相手の何かが入ってくるとか怖すぎる」

「女の子の気持ちが分かる特殊な男性ですね。入れる側なのに。何とは言いませんが」

「下ネタやめっ!! そもそも、そんな経験ないだろ」

「想像したら怖いって話です!」

「まぁ、俺達は子供がほしくなってからでいいだろ」

「ふぁ〜。エッチな話してたら眠くなってきました」


朝宮は可愛らしいあくびをして、俺に抱きついてベッドに横になった。


「眠くなる理由が意味分からないんだが」

「ねぇ掃部かもんさん」

「ん?」

「早くしてください」

「え?」

「私、もう我慢できないんです‥‥‥」

「‥‥‥ほ、本当に? さっきあり得ないって話したばっかりだろ」

「はい。早く寝たいので、電気消してください」

「あ、あー! そっちね! って、手離せよ」

「早くしてくださいよー。もう眠いです」

「だから離せって」

「眩しくて寝れません! こうなったら朝までやりまくりましょう!」

「なにを!?」

「き、決まってるじゃないですか‥‥‥♡ 私の口から言わせるんですか?♡」

「い、いや、まだ心の準備が。朝宮がそういう気持ちなら頑張るけど‥‥‥」

「ありがとうございます! トランプしまくりますよー!」

「‥‥‥」


俺は静かに電気を消し、敷布団を敷いて朝宮から離れて一人で布団に入った。

すると朝宮は、静かに布団に入ってきて、俺の背中にピッタリくっついてきた。


「おい」

「からかってごめんなさい」

「自覚ありかよ」

「私のためなら頑張るって言ってくれて嬉しかったですよ」

「そ、そうか、それは良かった」

「それともう一つ」

「なんだよ」

「ニンジンは蒸すより焼き派です」

「寝ろ」

「おやぷみ」

「ぷみぷみ」

「なに言ってるんですか?」

「‥‥‥」

「無視しないでくださいよー! ごめんなさいー!」


体を激しく揺らされて、俺のイライラゲージが爆発寸前まで上がっていく。


「怒らないでくださいよー! 掃部さーん!」

「朝宮」

「はい?」

「愛してる」

「きゅ、急になんですか! べべっ、別に言わなくても、わ、分かってますよ!」

「言いたくなっただけだ」

「そ、そうですか‥‥‥♡」


よし、静かになった。

なかなかに最低な技だけど、明日も学校だし、朝宮を静かにさせるには有効だ。

ただ、付き合う前からこんなウザい奴だから、これが毎日続いても嫌いにはならない。慣れってやつだ。

それに、朝宮が居ない期間を経て、朝宮が居て騒がしい時間ってのは実はちょっと幸せなんだ。

寝る前はやめてほしいけどな。

そんなことより‥‥‥俺も朝宮と同じ大学行けたらいいな。

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