第94話/またすぐに会えます!


朝宮の誕生日、そして夏休み最終日まであと十日。

なんとか漫画を売って、ペアリングを買えるようになるまで、あと六百円になり、最悪誰かに借りるしかない。

そう、リビングで考えていた時、朝宮が俺の家に来た時のカバンを持ってリビングにやってきた。


「ごめんなさい。急遽帰ることになっちゃいました」

「え? な、なんで?」

「いろいろ準備しないといけなくなりました」

「準備? 花火大会は? 誕生日もあるだろ」

「ごめんなさい。でも大丈夫です!」


朝宮は椅子に座る俺の頭を胸に抱き寄せ、優しく頭を撫で始めた。


「必ずまた会えますよ」

「いつも急すぎるだろ‥‥‥」


本当に急すぎる。

でもこればかりは、朝宮は悪くないからな。


「もう行かなきゃいけません。マスクしますか?」


また別れのキスかと思い、朝宮の顔を見上げると、いつも髪で隠れて見えなかったが、おでこに小さな傷跡があることに気づいた。


「その傷」

「み、見ないでください!」


朝宮は俺から離れ、手でおでこを隠してしまった。


「修学旅行の時にできたのか?」

「そうです‥‥‥コンプレックスなので見てほしくないです‥‥‥」

「ここに座れ」

「え?」

「いいから」


俺は自分の太ももを手でトントンし、朝宮は戸惑った様子で俺の方を向いて膝の上に座った。


「マ、マスクしなくていいんですか?」

「そうじゃない」

「あっ! ダメです!」


朝宮の前髪をガバッと上にあげると、朝宮は慌ててまたおでこを隠した。


「手離せ」

「嫌です! 掃部かもんさんに見られるのが一番嫌なんです!」

「なんでだ?」

「‥‥‥好きな人だからですよ。汚いとか思われて、嫌われたら嫌なんです‥‥‥」

「初めてキスした時、朝宮からだったからさ。今日は俺からする」

「できるんですか?」


俺は何も言わずに優しく朝宮の手を下ろし、そのまま傷跡にキスをした。


「あれは大変な思い出だったけど、これで、この傷跡がコンプレックスから、俺に初めてキスされたところに変わればいいかなって」


朝宮は頬を赤くして、俺の両頬に優しく手を添えて、数秒、俺を見つめる。

そして、マスクをしていない唇に軽くキスをして立ち上がった。


「また会いましょう!」

「えっ、ちょっ」


そのまま家を出て行ってしまい、急に押し寄せた喪失感の中、俺は自分の部屋へやってきた。


朝宮の唇‥‥‥柔らかくて、いまだに胸の高鳴りがおさまらない。

にしても、服とか置きっぱなしだけど大丈夫なのか?


朝宮が散らかした服を静かに畳んでまとめていると、例のランジェリーとやらを手に取ってしまい、しばらく眺め、そっとクローゼットの中に仕舞った。





三日が経ち、また朝宮が居ない生活に孤独を感じているが、また漫画を売って、今日はペアリングを買いに、ショッピングへやってきた。


「この前はありがとうございます」

「お待ちしてましたよ! ペアリングですよね!」

「はい。八千円ので、シンプルなシルバーカラーがいいんですけど」

「それでしたら、これなんてどうでしょう!」


前と同じ店員さんが勧めてくれたのは、男性が付ける方がシルバーの普通のやつで、女性用が小さなダイヤのような石が一つだけ付いているシンプルで可愛い指輪だった。


「これ二つで八千円ですか? なんか高そうですけど」

「はい! ちなみに今日は十パーセントオフの日なので、七千二百円になります!」

「それじゃお願いします!」

「ありがとうございます! お若いのに凄いですね!」

「本当は帰った後、通販とかで安いのでいいかなって思ったんですけど、錆びたりするってレビューを見てちょっと‥‥‥」

「せっかくなら長い間つけたいですもんね!」

「はい」


いつ渡せるのかも分からなかったが、また会えると信じてペアリングを購入した。

その帰り道、俺の真横に見覚えのある車が止まった。


「一輝くん! 和夏菜ちゃんをありがとうね!」

「芽衣子先生じゃないですか」

「聞きましたよ? キスしたんですってね」

「せ、生徒をからかわないでくださいよ」

「和夏菜ちゃん、いつすることになってもいいようにって、私におすすめのリップ聞いてきたことがあってね、可愛いですよね!」

「それは、まぁ、可愛いですね」

「それで、優秀になった一輝くんなら心配いらないと思いますけど、夏休みの宿題は終わりましたか?」

「‥‥‥」

「終わりましたよね?」

「早急に帰らなきゃいけない用事ができたので失礼します」 

「はい! 終わってなかったら一ヵ月トイレ掃除してもらいますからね!」


学校のトイレ掃除だけは嫌だ〜!!!!





夏休みの宿題をしていなかったことを思い出し、ダッシュで帰ってきて、朝宮に電話をかけた。


「もしもし! ビデオ通話にするから、宿題の答え教えてくれ!」

「あ、今忙しいので」

「おい! 頼む! 切らないでください! お願いします女神様!」

「本当に忙しいです! 高校の友達と毎日遊ばなきゃいけないので!」

「そんなの夏休み明けにしろよ!」

「嫌です!」

「頼むよ! 朝宮が居ないと、俺は学校のトイレ掃除をするはめになるんだ!」

「掃除好きなんですからいいじゃないですか」

「他人が使ったトイレは無理!」

「私が使ったトイレは掃除するじゃないですか。ぺろぺろって」

「うっ‥‥‥吐きそうになるからやめろ。って、そんな変態じゃねぇ!!」

「まったく。夜でいいですか?」

「助かる!」

「全裸でビデオ通話ですからね」

「なに? 朝宮も全裸?」

「私の裸が見れるのは愛する彼氏だけです!!」

「彼氏ですけど」

「え?」

「ん? 俺以外に彼氏がいると? そうか、彼女作ってくるわ」

「おい」

「じょ、冗談だって! でも、朝宮も酷いだろ」

「ちゃんと愛してますよ。私は死ぬまで掃部かもんさんに尽くすんですから」

「なら、今から勉強を」

「しつこいので、前言撤回します。八十歳まで尽くします」

「多分、俺死んでる」

「私より先に死ぬことは許されないので、タバコとかは成人しても禁止ですからね」

「吸ったら?」

「おっぱいを吸わせません!」

「吸いません」

「え? それはどっちをですか?」

「聞かないでください」

「そうですか、それじゃさよなら」

「あ、はい」


なんか久しぶりに声聞いたけど、元気そうでよかった。

それに友達と毎日遊ぶって、今までじゃ考えられない。

朝宮も俺の知らないところで成長してたんだな。





俺は夜まで夏休みの宿題に取り組み続け、もう限界だと思って一休みしようとした時、朝宮から電話がかかってきた。


「へい! もっしー?」

「なんだよ」

「なんだよって、掃部かもんさんが勉強教えてって言ったんじゃないですか!」

「あっ、そうだったわ」

「はぁー!!!!!!!!」

「うっさ! なんだよ!」

「ムカついたので大きな声出しました!」

「悪かったよ。でも、ちょっと休憩するから普通に話そうぜ」

「いいですよ? カメラ付けますね!」

「おう!」


朝宮はアイスを食べながらビデオ通話を始め、俺はカップ麺を用意して、朝宮と話しながら食事を始めた。


「そんなもの食べて、私が居ない時は料理しないんですか?」

「うん、めんどくさいし」

「もう、次そっちに行ったら、私が作ってあげます!」

「まともに作れよ?」

「ウインナーとバナナとゴーヤとか、いろいろ使いますね!」

「闇鍋しようとしてる?」


こんな会話をしている時でも思ってしまう。

今日も可愛い。会いたいな‥‥‥なんて。


「全部卑猥な食べ物です!」

「へー」

「どうしてそんなに反応薄いんですか!」

「あっ、いや! ごめん! なんて言った?」

「なんですか? なにか考え事ですか?」

「考え事っていうか‥‥‥会いたいな‥‥‥って」

「会えますよ! またすぐに!」

「すぐにって言ってもなー。冬休み、次は俺が会いに行くよ」

「お気持ちだけで結構です! 結構けっこー、コケコッコー!」

「なに言ってんだお前」

「コケッ?」


鶏のように首を傾げてふざけているが、そんなことはどうでもいい。


「それに、気持ちだけでいいって、会いたくないのか?」

「会いたいに決まってるじゃないですか! 次会ったら、掃部かもんさんが気絶するまでキスします!」

「やめて?」

「別に私がしたいとかじゃありません! 本当です! 掃部かもんさんを気絶させたいだけで、私は全然したいとか思いません!」

「多分、もう気絶しないから、キスしなくてもよさそうだな」


俺がそう言うと、朝宮はムッとした顔をして頬を膨らませた。


「どうした?」

「なんでもないです!! 掃部かもんさんなんて、唇ガサガサになって切れちゃえばいいんです!」

「酷くない!?」

「ふん!!」


可愛い奴だな。

でも、もう朝宮にキスされようが、なにされても、朝宮相手なら気絶しない自信がある。





少しの休憩の後、朝宮に宿題を手伝ってもらい、その日のうちには終わらなかったが、眠りにつくその瞬間まで、俺達はビデオ通話で話し続けたが、毎日一緒に居た相手とは思えないほど、話が尽きることはなかった。

早く卒業して、朝宮の近くに居たい。

就職とか進学とか、まったく決まってないけど、そんな目標ができた。

そして次会った時は、必ずペアリングを渡す。

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