素敵な時間

第91話/朝宮が居るだけで


携帯の電源が切れたことも信じてもらえず、また音信不通が続いて夏休みに入り、早くも三日が経った。


「暇だ‥‥‥」


リビングの冷えた床に寝そべって、セミの鳴き声を聞くだけの時間を過ごしていると、家のチャイムが鳴り、ゆっくり体を起こしてモニターの場所へ歩き出した。


「また変な勧誘かな」


最近多いんだよな。


怠い気持ちの中、モニターのスイッチを押すと、馬の被り物をして、カメラにフォークを向ける人が映り、言葉を失った。


「‥‥‥」

「開けろ」

「い、嫌です!!」

「お前の彼女は預かった。返してほしければ開けろ」


あっ‥‥‥指のホクロ‥‥‥しかもよく聞けばこの声‥‥‥わざと声を低くした朝宮か?

え?朝宮!?!?!?!?


「お、お前、朝宮か‥‥‥?」

「‥‥‥」


その人が馬の被り物を外すと、確かに朝宮で、俺は慌ててボサボサの髪を押さえた。


「ちょっと待て! 今髪直すから!」

「はい? そんなの気にしなくていいですよ」

「ダ、ダメだ! 恥ずかしいだろ!」

「昔よく見てたじゃないですか」

「ダメなものはダメだ!」

「なら出直します」


朝宮が玄関を離れ、俺は急いで水道の水で髪を濡らした。

朝宮が会いに来た!やっとだ!

やばい‥‥‥こんなに嬉しい日があるかよ。


髪を濡らし終わると、またチャイムが鳴ってモニターを確認した。


「は、はい」

「貴方は神を信じますか?」

「デジャブ!!!!」

「早く開けてくださいよ!!」

「まだ髪乾かしてないんだよ!」

「もういいです」

「ま、待てって!」


朝宮が帰ってしまうと思い、焦った瞬間、玄関の鍵が開いた。


「朝宮!?」

「合鍵です!」

「あ‥‥‥」


俺達は急な再会をして玄関で見つめ合ったが、朝宮は俺から目を逸らして金魚を見つめた。


「ただいま」

「俺に言えよ!!」

「あら、居たんですか?」

「さっき話したよね!?」


朝宮は靴を脱ぎ、手に持っていたカバンを下ろすと、急に俺の肩の上に手を回して、抱きついてきた。


「ただいまです」

「おかえり」

「少し身長伸びました?」

「変わらないと思うぞ?」

「そうですか」


俺達は玄関でしばらく静かに抱きしめ合い、その後、俺の部屋に移動してきた。


「座ってください!」

「お、おう」


言われるがままベッドの横に座ると、朝宮はベッドに座り、俺の髪を乾かし始めた。


「あ、ありがとう」

「熱かったら言ってくださいね」

「分かった」


朝宮との久しぶりのスキンシップ。

今は顔が見えないけど、やっぱりこの家に朝宮がいる景色はいいな。





「乾きましたよ!」

「ありがとう!」

「急に来てビックリしました?」

「ビックリだよ。嬉しいけどな!」

「ちなみに、夏休みの間はずっとここに泊まりますよ!」

「本当か!?」

「はい!」

「よっしゃ! パスタ食うか? すぐ作るぞ!」

「食べます! 掃部かもんさんも一緒に食べましょ?」

「おう!」


さっそくリビングへ行き、パスタを茹で始めると、朝宮は後ろから俺の腰に腕を回し、ピッタリくっついてきた。


「危ないぞ?」

「暑いので離れてくれます?」

「え? 俺が言うやつだよね。 照れ隠し下手子ちゃんなの?」

「は、離れてほしいですか?」

「今は離れてくれ」

「嫌です」

「なんでだよ」

「い! や! で! す!」

「分かった分かった! ちょっとレトルトのソース取ってくれ」

「分かりました!」


朝宮は、棚に収納されたパスタソースを取るために、あっさり俺から離れた。


「あ、離れた」


俺がそう言うと、また素早く俺にくっついてきた。

それから、作業しにくい中で幸せを感じながら、なんとかパスタ作りを続けた。





「いただきまーす!」

「はい、どうぞ」

「ん! 懐かしいです! お金持ちの家で食べる微妙なパスタ!」

「ん? なんだって?」

「あ、相変わらず美味しいですね!」

「よろしい。秋田には家族と来てるのか?」

「一人で来ました!」

「すごいな」

「当然です!」


やっぱりいい。

朝宮が居るだけで、食事も楽しいな。


食事が終わると、特に特別なことをするでもなく、会えなかった分たくさん話をして、時間が過ぎていった。





夜になるとお互いに風呂を済ませて、久しぶりにパジャマ姿で二人同じ部屋。

冷静になってみると、付き合ってからは初めてなんだよな。


「どうします?」

「なにがだ?」

「今日から一緒にベッドで寝ます?」

「そ、それはダメだ!」

「それじゃ、今日は新幹線に揺られて疲れたので寝ますね?」

「お、おう。おやすみ」

「おやすみなさい」


久しぶりに敷布団で寝るな。

明日は早く起きて、朝宮との時間を大切にしよう。


俺も寝ようと目を閉じると、急に掛け布団がめくれ、寝返りを打った時には目の前に朝宮の顔があった。


「なっ! なにしてんの!?」

「ただ寝るだけです。長い間会えなかった分、す、少しでも‥‥‥一番近くに居たんです。ダメ‥‥‥ですか?」

「‥‥‥す、好きにしろ」

「はい!」


朝宮は俺の胸に顔をうずめ、ティーシャツをギュと握りながら寝てしまったが、俺はドキドキしすぎて寝れる気がしない‥‥‥。





なんだかんだで俺も寝れたが、朝になって目を覚ますと、脚を絡ませてガッツリ抱きつかれていて、身動きが取れない状態になってしまっていた。

しかも顔が目の前にあって、一瞬で眠気が飛んでしまった。


「あ、朝宮? 起きろ‥‥‥」

「んー‥‥‥朝ですか? っ!?」


朝宮は目を開けると、俺の顔を見て素早く布団から飛び出した。


「な、なんで抱きついてたんですか!」

「朝宮が抱きついてきたんだよ!!」

「まったく、変なことしてないでしょうね」

「してないわ」 

「してくれないんですね!! ふん!!」

「えぇ‥‥‥俺はどうしたらいいんだよ」

「付き合ってるんですから、少しぐらいなにかしても怒りませんよ?」

「たとえば?」

「ほ、ほっぺぷにぷにしたり‥‥‥」


エッチなことじゃないんかーい!!!!

まぁ、朝宮がそういうことしてほしいとか思うわけないしな。


それからというもの、毎日同じ布団で寝るようになったが、ほっぺをぷにぷにしてあげないと、朝宮は寝てくれなくなってしまった‥‥‥。

もちろん、それ以外のことは一切していない。





夏休みも残り半月。

俺達は今日も俺の部屋で肩を寄せ合って、同じ漫画を読んでいる。


「漫画もいいけど、夏休み中、ずっと家にいるのも退屈になってきたな」

「そうですか? 私は結構満足してますよ?」

「朝宮がいいならいいけど‥‥‥」


付き合ってるんだし、実はデートしたいとか死んでも言えない!!


「あっ!」

「なんだ!?」

「夏休みも残すところ半分! 毎日楽しいですが、なにか忘れてるなと思ってたんです!」

「それは?」

「デートしてません!!」

「‥‥‥」

「どうしました?」


朝宮はそういうことをハッキリ言えるのに、俺は‥‥‥。


「俺ってやっぱり、男らしくないかな」

「んー、はい」

「うぁ〜!!」

「急にどうしたんですか!」

「俺は男らしくなりたい!!」

「大丈夫ですよ!」

「なにがだよ!!」


朝宮は優しい笑みを浮かべて、俺の手を握った。


「私だけが知っています! 私に告白する時、とても男らしくてカッコ良かったですよ!」

「な、なに言ってんだ。デデッ、デート行くなら早く行こうぜ」

「準備に十五分かかります!」

「なげーよ!」

「早い方だと思いますよ?」

「そうなのか?」

「普通、女の子の準備は一時間はかかるかと」

「なんで朝宮はそんなに早いんだ?」

「着る服も決まってますし、掃部かもんさんなら、私が何を着ても褒めてくれる気がするからです!」

「なるほど。一階に居るから、着替えたら来い」

「分かりました!」


俺は一人でリビングへ行き、頭を抱えた。

褒めるってなに!?

普通に『可愛い』とか『似合う』の一言でいいのか!?

多分、シンプルでストレートなのが一番喜ぶよな。

よし、可愛いと似合うのダブルでいこう。





「お待たせしました!」

「可愛い! 似合う! えっ」

「今、見る前に言いましたよね」

「いや、えっ」


二階から降りてきた朝宮は、バニーガール姿で、下だけズボンを履いていた。


「どうしました?」

「どんな格好だよ!! 恥ずかしくてズボン履くなら、最初から着るなよ!!」


胸ドエロいしよ!!!!


「だって! すごくギリギリなんですもん!」

「なにが?」

「下、見えそうです」

「それは大問題だ。早急に普通の私服を着てこい」

「はい!」

「ちなみにあれか、ズボンの下は生脚かタイツかだけ教えてくれ」

「変態!!」

「その格好の奴に言われたくありませんけど!?」

「せっかく掃部かもんさんを喜ばせてあげたかったのに」

「ならズボン脱げよ」

「や、やっぱり変態です!! 罰として、このバニーガール着てください!!」

「そんな地獄絵図、誰が見たいんだよ!! それこそ変態じゃねぇか!!」

「お似合いだと思いますよ?」

「その人を見下す目を今すぐやめろ」

「きゃるん♡」

「子犬みたいな目もやめろ」

「あぁー」

「白目やめろ」

「さて、着替えてきますね!」

「次はちゃんと準備しろよ」

「はーい! どこ行くか考えててくださいね!」

「ほーい」


十五分待った報酬がエチエチな上半身。

まぁ、うん、悪くない。

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