第88話/これが私達の......


恋愛緊急会議が始まり、最初に絵梨奈が口を開いた。


「まず最初に言っておきたいんだけど」

「絵梨奈さんどうぞ」

「一輝はみんなを巻き込んだとか、そういうこと思わないでね? みんな、和夏菜が好きだったり、一輝のいいところを知ってるからここに集まってるの」

「今回ばかりは絵梨奈ちゃんに同意」

「唯もいいとこあんじゃん!」

「当たり前でしょ!!」

「みんなありがとう」

「それでは会議に移りますが、掃部かもんさんは朝宮さんと付き合うのが目的なのか、引き止めるのが目的か、どっちですか?」


急にドストレートな質問だな。日向の前で気まずいけど、言わなきゃな。


「‥‥‥できればどっちもだ」

「ハッキリ言って、付き合うのは簡単だと思いますよ?」

「おい寧々、付き合うのが簡単なわけないだろ。爽真なんて何回振られたと思ってる」

「爽真くんは特殊だからね!」


陽大の一言で、爽真は悲しげに俯いてしまった。


「そ、爽真? 元気出せよ」

「いや‥‥‥イライラしてるんだ。和夏菜さんは、君が恋人になって、もっと早く引き止めておけば転校しなかったんじゃないのかい?」

「そればかりは親の都合だから」

「芽衣子先生は学校に残るって言ってた。芽衣子先生と暮らすこともできるじゃないか!」

「‥‥‥」


確かにそうだ‥‥‥。


島村はハンマーでテーブルを叩き、俺を見つめた。


「これで、引き止められる可能性が見えました。日向さん、なにか意見はありますか?」

「女の子は、好きな人のためならなんでもしてあげたくなる人は多いと思う。告白してキスして引き止めよう!」

「キス!?」

「好きならできるでしょ?」


それを聞いて、絵梨奈は真っ赤な顔で咲野を見て、咲野はニヤニヤしながら絵梨奈を見つめ返した。

こいつら、お互いにファーストキスの相手だもんな。

それよりキスって‥‥‥絶対無理。


「キスしなくても、ハグぐらいはできない?」

「それは‥‥‥頑張れば」

「なら決定じゃない?」

「でも、俺は朝宮の家を知らない。連絡も取れないし、会うにも会えない状況だ」

「私、家ぐらいなら知ってるよ?」

「本当か!?」


絵梨奈は昔から朝宮と仲がいいから、こういう時頼りになる。


「うん! でも、和夏菜って何回か引っ越してるから、私の知ってるアパートに今も住んでるか分からない」

「和夏菜ちゃんはアパートじゃなくて一軒家だよ?」

「咲野も知ってるのか?」

「ストーカーだもん」

「一回捕まれ」

「でも、これで私は絵梨奈ちゃんより役に立つね!」

「あ?」

「争いは禁止です。ハンマーで殴りますよ」

「しーちゃんが一番物騒だぞ」

「静粛に」

「はい」

掃部かもんさんは咲野さんと一緒に、朝宮さんの家に行ってください」

「分かった。咲野、頼む」

「任せて!」

「咲野先輩、一輝お兄ちゃん達の邪魔しないでくださいね?」

「寧々が私の言いたいこと言ってくれた!」

「はい? 桜ちゃんはそんなこと言わないよね?♡」

「邪魔しちゃダメだよ?」

「‥‥‥しーちゃん?♡」

「遠くから隠れて見てるだけにしてくださいね」

「私ってそんなに信用ない!? ねぇ桜ちゃん! どうなの!?」

「わ、私?」

「教えて!」

「ま、まぁ‥‥‥不安要素ではあるかな?」

「爽真くん!! 陽大くん!!」


二人は咲野に詰めよられて、完全に怯えてしまった。


「みんなを困らせるな。早く行くぞ」

「行くって、まだお昼休みだよ?」

「早めの方がいいだろ。先生に怒られても大丈夫だ。俺は芽衣子先生の弱み握ってるし」

「分かった! 行こ!」

「掃除機くん」

「ん?」


爽真は俺の背中を叩き、笑顔で言った。


「必ず付き合って、和夏菜さんを連れてくるんだよ!」

「‥‥‥‥‥‥」 

「掃除機くん?」

「俺に‥‥‥俺に触るな!!!!」

「えぇ!?」

「きったねぇな!!」

「えー‥‥‥」


不思議だけど、未だに朝宮以外に触られるのは無理なんだ。

潔癖症が治ったわけじゃない。


「陽大」

「なに?」

「俺、頑張る」

「うん! 帰りを待ってるね!」

「おう。日向」

「ん?」

「行ってくる。いろいろごめんな」

「‥‥‥頑張って!」

「ありがとう。寧々」

「なーに?」

「朝宮と仲良くなってくれてありがとう!」

「また遊びたいら、必ず連れ戻してね?」

「任せろ。絵梨奈は、また三人でボランティア行こうぜ!」

「もちのろんだぜ!」

「爽真」

「なんだい?」

「お前が残念な奴でよかった」

「う、うん‥‥‥」

「あと、優しくてよかった。ありがとう」

「僕達は友達だからね!」

「えっ」

「えっ‥‥‥」

「しーちゃんはあれだ。ずっと髪結んでると、そこから髪が薄くなっていくぞ?」


俺がそう言うと、島村は慌ててヘアゴムを取ったが、癖がついてしまって、前髪が立ったままバサーっと横に広がってしまった。


「あと、早く陽大の気持ちに気付いてやれ」

「一輝!?」

「いや、あの、気付いてますよ? あえて気付いてないフリしてたんです」

「そうなのか? なんで?」

「だって困りますし、私は高校生の間は恋愛するつもりないので」

「あー、ごめん陽大。お前、振られたっぽい」

「そんなー!! 酷いよ一輝!!」

「青春は大学でしようと思います」

「だってよ! よかったな!」

「あ、別に陽大さんとするとは言ってませんが」

「やめて!? これ以上陽大を悲しませないで!?」

「一輝だよ!!」

掃部かもんさん、元気出ましたね。早く行ってください」

「えっ、もしかして、俺が元気になるように、わざと嘘ついたのか?」

「ほらほら一輝くん! 急ぐよ!」

「お、おう」


俺はみんなに見送られ、咲野と一緒に学校を抜け出した。


「無事に抜け出せたね!」

「バレなくてよかった。朝宮の家は遠いのか?」

「一輝くんの家からは結構あるけど、学校からならそんなに遠くないよ!」

「よかった。てか、上着持たないで抜け出してきたの失敗だったな」

「風邪引いちゃうかもね」

「帰りにカイロかってやるから、それまで耐えられるか?」

「大丈夫!」


しばらく凍えながら歩いていると、咲野は曲がり角で立ち止まった。


「左の深緑の屋根が和夏菜ちゃんの家だよ」

「あ、あれか」


ここまで来ると緊張してきたな‥‥‥。


「私はここにいるから、頑張って」

「おう。咲野もなんだかんだ、いつもありがとうな」

「うへへ♡ 一輝くんに感謝されちゃったぁ♡ うへっ♡」

「い、行ってくるわ」


恐る恐る朝宮の家の前にやってくると、朝宮が玄関前の雪はきをしていて、俺達は目が合ってフリーズした。


「‥‥‥」

「朝宮!? おい!」


朝宮は素早く家に入っていき、俺はすぐにチャイムを押した。

すると朝宮は玄関の扉を少しだけ開けたが、顔は出さない。


「ひ、久しぶりだな」

「‥‥‥怒ってますよね」

「別に?」

「嘘です。絶対怒ってます」

「多少な」

「も、もう会わないと決めたんです。帰ってください」

「でも、写真立てと自転車忘れてるぞ? ことごとく俺からのプレゼント忘れていきやがって」

「返してください」

「なら取りに来い」 

「嫌です」


扉を閉められてしまい、それ以降、朝宮は一切出てこなかった。

こんなことで諦めきれなかったが、一度咲野の元へ戻ってきた。


「ダメだった。少し話せたけど、家から出てこなくてなっちまった」

「また時間を置いて来てみよ」

「うん‥‥‥」

「好きって伝えられたの?」

「言ってない」

「次は言おう!」 

「が、頑張る」


それから俺達は学校に戻り、状況を説明しつつ、まだ諦めてないことも伝えると、みんな優しく応援してくれた。





夜になり、また静かな家で一人の時間を過ごしているが、寂しくて気が狂いそうだ。

朝宮と出会う前は、こんな気持ちになったこなんかなかったのに‥‥‥。

なにもしていないと気が滅入ってしまい、気を紛らすためにドアのネジ穴でも埋めようと、工具を取りに地下室へやってきた。


「えっと、確かこの辺に」


電気を付けずに工具を探していると、奥の方に赤く光る二つの目のようなものが見え、一瞬で背筋が凍った。


「久しぶりだな」

「あっ、ロボ犬!?」

「そうだ」


だとしても怖いよ。


「お前、連れて行ってもらえなかったのか」

「ご主人は冷たいからな」

「知ってるか? お前が地下にいる間、子供に悪影響だって、回収騒ぎになってたぞ」

「そうなのか。人間は愚かだ」

「そういうこと言うからだろ。旧式は?」

「あいつは先に逝ってしまった」

「えっ」

「それと、私も長くない」

「暗い場所なら省エネモードになるんじゃなかったっけ?」

「あれはジョークだ」

「説明書にジョーク書くなよ。つまんないし」

「ともかく、私は最期の時間を使って、重要な任務を与えられた」

「任務?」

「とにかく電気を付けてくれ」

「わ、わかった」


相変わらず意思疎通できるの凄いな。

絶対販売する時代を間違ったんだろうな。

そんなことを考えながら電気を付けると、ロボ犬はゆっくり俺の足元までやって来た。


「ご主人から録音を預かっている。再生するか?」

「録音機能なんてあったのか。って、朝宮からか!?」

「あまり喋らせるな。寿命が近い」

「いや‥‥‥ま、まぁ、とにかく再生してくれ」


そう言うと音質が変わり、ガサゴソした音が聞こえた後、朝宮の声が聞こえてきた。


「えっと、まずは、いきなり居なくなってごめんなさい。ずっと、転校することを言い出せなくてごめんなさい。掃部かもんさんとの別れが辛くて‥‥‥会えなくなることをなかなか口にできませんでした。もしかしたら、この録音に気づく頃には、すっかり私のことは忘れてるかもしれませんね。もし早めに気付いて、掃部かもんさんが私に会いに来ても、私はきっとそっけない態度を取ると思います。それは別れが辛くなるからです。なので許してください。最後に、私は掃部かもんさんと出会えてよかったです! 毎日が楽しかったです! もう会えなくなるけど、掃部かもんさんが私のことをどう思っていたのか、最後に聞いてみたかったです‥‥‥。それじゃ、さよなら‥‥‥」

「‥‥‥了解。ありがとうロボ犬」

「‥‥‥」

「ロボ犬?」


最後にカッコいい死に方しやがって。

本当、不思議なロボットだったな。


それから俺はすぐに家を出て、雪で道路が滑る中、自転車で朝宮の家に向かった。





「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥」

「‥‥‥また来たんですか?」


家の前で自転車を止めると、朝宮はまた雪はきをしている最中だった。


「なんだ、また雪はきか? 随分いい子ちゃんになったな」

「うるさいです。部屋に戻ります」

「なぁ朝宮」


朝宮は俺を無視して玄関の方へ歩きだしたが、俺は自転車に跨ったままハンドルをグッド握り、覚悟を決めて言った。


「好きだ」

「‥‥‥」

「ず、ずっと、朝宮のことが好きだった‥‥‥本当に行くのか?」

「‥‥‥」

「‥‥‥頼む。行かないでくれ」


朝宮は静かに家の中に入ってしまい、俺は顔を伏せて、もうダメなんだと確信したその時、朝宮が家から出てきた。


「少し歩きませんか?」

「あ、あぁ! 歩こう!」


家の前に自転車を停めさせもらい、俺は朝宮と二人で、雪が降る夜道を歩き出した。


「マフラー、つけてくれてるんだな」

掃部かもんさんはつけてくれてないんですね」

「そ、それは急いで来たから!」

「腕が治ったばかりなんですから、転んでまた折ったら大変ですよ? もう、毎日料理してくれる人は居ないんですからね」

「‥‥‥」


それから一言も喋らずにしばらく歩き続け、暗い路地裏にやってきた。

こんな場所、誰も通らなそうだな。


「こんなとこに来て、道に迷ったりしないか?」


俺がそう聞いた瞬間、前を歩いていた朝宮は振り返り、俺に抱きついて泣き出してしまった。

今はもう、抱きつかれても気を失わない。

俺、本当に朝宮のことが好きなんだ。

俺も朝宮を優しく抱きしめて、グッと涙を堪えた。


「行きたくないです‥‥‥」

「行かなければいいだろ」

「もう、向こうの学校での手続きが終わってます‥‥‥」

「‥‥‥」

「私も掃部かもんさんが好きです‥‥‥ずっと前から大好きです‥‥‥」

「よかった。両想いじゃなかったらどうしようかと思ってた」

「好きにならないわけないじゃないですか‥‥‥」

「だったら‥‥‥俺と付き合ってくれ!」

「‥‥‥ダメですよ‥‥‥もう会えないんですよ?」

「必ず会える。絶対にまた会おう」

「‥‥‥はい‥‥‥」

「だからもう泣くな‥‥‥このままだと俺も‥‥‥」


堪えきれず流れた涙を見た朝宮は、冷たい手で涙を拭ってくれた。

そして何故か、ポケットからマスクを取り出した。


「これをつけてください。会えなくなる前に、しておきたいことがあります」

「しておきたいこと? まぁ、なら、つけるぞ?」

「はい」


よく分からないが、とりあえず渡されたマスクを身につけた。


「私の中古マスクですが」

「えっ」

「寒くてつけていたものです」

「えっ」

「こんな時に気絶されたら困るので‥‥‥これで失礼します‥‥‥」

「!?」


朝宮はまた俺を抱きしめ、マスク越しにキスをしてきた‥‥‥。

マスク越しでも分かる柔らかい唇。

さっきまで寒かったのに、一瞬にして体が熱くなった。


「これが私達のファーストキスです」

「っ、あっ、えっと、そのっ」


俺が動揺していると、朝宮は俺に抱きついたまま胸に耳を当てて言った。


「浮気しないでくださいね」

「す、するわけないだろ」

掃部かもんさんはモテますから、少し心配です」

「もうみんな、俺と朝宮は付き合ってると思ってる。だから大丈夫だ。それより、まだ引っ越しまで時間があるなら学校に来いよ。みんな待ってる」

「明日のお昼に家を出るんです。ごめんなさい‥‥‥」

「そうか‥‥‥」

「写真立ては、掃部かもんさんのお部屋に飾っていてください」

「うん、分かった」

毎日掃部かもんさんを想っています」

「俺もだ‥‥‥」

「しばらく、このまま抱きついててもいいですか?」

「何時間でもいいぞ」

「ありがとうございます‥‥‥」


俺も朝宮を信じて、また会える日を待ち続けよう。

そう覚悟を決めた。





「そろそろ戻らないと心配されてしまいます」

「そうだな、帰るか」

「はい‥‥‥」


手を繋いで、会話が無いままゆっくり歩き、朝宮の家の前に戻ってきた。


「本当にさよならです」

「また会える」

「約束します。必ず私の方から会いに来ます」

「ずっと待ってるからな」

「はい。それじゃ‥‥‥」

「おう、またな」

「はい‥‥‥また‥‥‥」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る