第87話/決めていたこと


気づけば年が明けてしまい、芽衣子先生に会いに行けずじまいだ。


掃部かもんさん」

「んー?」

「初詣行きましょうよー」

「えー」


俺達は今、通販で買った小さめのコタツに足を突っ込んで、俺の部屋でぐーたらした時間を過ごしている最中だ。


「そんなに怠けちゃって、コタツ買ったのが間違いだったんじゃないですか?」

「コタツ入りながら水槽を眺める時間は最高だぞ?」

「水槽は気に入ってくれて嬉しいですけど」

「初詣も三日の日に行こう。人も少なくなってるだろうし、いろんな店も開いてるぞ?」

「初売りで行きたいお店あるんですか?」

「特にないかなー。朝宮は服とか買ったらどうだ? 福袋も売ってるだろうし」

「服は今ので足りてますし、やっぱり寒いですから、ここでゆっくりしていましょ」

「朝宮がそうなったら、本当にどこも行かないで正月終わるぞ」 

「今年ぐらいいいじゃないですか。ショートケーキ持ってきてください」

「寒いから嫌だ。つか、あれまだ食えるのかよ」

「ギリギリです。残り二切れですし、明日も食べて‥‥‥それで終わりです」

「んじゃ一個貰おうかな」

「ダメです」

「欲張りだな。正月太り確定だな」

「毎日腹筋してますもん」

「でも割れないよな」

「見ないでくださいよ」

「すまん」





のんびりした時間が続き、二人でコタツに入ったまま寝てしまった。






起きて時計を見ると、既に昼過ぎになっていた。


「起きろ朝宮」


朝宮は気持ちよさそうに寝ていて、声をかけても起きず、俺はコタツの上に飲み物を置いてやり、一人でリビングへやってきた。


そして冷蔵庫を開けると、言っていた通り、ショートケーキが二つだけ余っていた。

ダメって言われてるけど、一つぐらいいいよな。

なんなら、プリン買ってやればなんとかなるだろ。


そして、ショートケーキを一つ食べてみたが、スポンジが乾いていてあまり美味しくない。

朝宮にこれを食わせるのもあれだし、俺が二つ食べて、新しいショートケーキとプリン買っておくか。

あーあ、今日は家から出ないつもりだったんだけどな。


結局、古くなって美味ないケーキを二つ食べ、俺はコンビニにケーキとプリンを買いに家を出た。



***



「ふぁ〜。掃部かもんさん?」 


私が目を覚ますと、そこに掃部かもんさんの姿は無く、コタツの上に私が好きなリンゴジュースが置かれていた。

一度リンゴジュースで喉を潤し、リビングへやってきた。


掃部かもんさーん?」


リビングにも居ないし、玄関を見にいくと靴がないことに気づいた。


「まったく。私を置いて出かけるなんて酷いですよ! もう!」


ムカムカしたせいで甘いものが食べたくなり、リビングに戻って冷蔵庫を開けた。

すると、あったはずのショートケーキが無くなっていて、私はすぐに掃部かもんさんに電話をかけた。


「起きたか」

「今日は私がいいと言うまで帰ってこないでください」

「えっ、まさか、ショートケーキのこと怒ってる?」

「それは大丈夫です!」

「んじゃなんでだよ」

「なんでもです! 分かりましたか?」

「まぁー、早くしてくれよ?」

「はい‥‥‥」

「なんだ? 元気ないのか? 大丈夫か?」

「だ、大丈夫です! それじゃ切りますね」

「おう」


この家を出たくなかった。

でも、家族が宮城に行くと言うなら、私も行かなきゃいけない。

この家を出るのに踏ん切りがつかなくて、ショートケーキを全部食べ終えたら出ようって、クリスマスの日に決めてた。

さっきまで一緒に居たのに、もう‥‥‥「会いたいな‥‥‥」でも、決めたことだから。


それから私は、家中を綺麗に掃除して、私物を全てまとめ始めた。





「終わった‥‥‥」


結構時間掛かっちゃったけど、これでもう、掃部かもんさんとも終わり。

結局、なんでも言うことを聞いてくれるって話は無しになっちゃったな‥‥‥あっ、そうだ。


私は最後にとあることをしてから玄関に戻り、二匹の金魚を見つめた。


「またね」


金魚に別れを告げて家を出ると、すっかり暗くなっていて、悲しい私の気持ちを煽るように、寂しげに雪が降っていた。


赤いマフラーを身につけて、降る雪を眺めながら掃部かもんさんに電話をかけた。


「もしもし」

「おっそい!」

「ごめんなさい。もう帰ってきていいですよ」

「了解。今日は朝宮がご飯当番な」

「‥‥‥はい」

「んじゃ今から帰るから。じゃなあ」

「‥‥‥さよなら」


ゆっくり‥‥‥できるだけゆっくり歩いた。

帰る途中で掃部かもんさんと会えたら、掃部かもんさんの家に戻る。

会えなかったら自分の家に帰る。

そんな小さな望みの中歩き続け、気づけば自分の家に着いてしまった。



***



「ただいまー」


やっと家に帰ってきたけど、朝宮の靴がない。

それに、廊下がやけにピカピカだ。


「朝宮? 居ないのか? ケーキとプリン買ってきたぞ!」


なんだよ。ご飯は作ってあるのか?

そう思いながらリビングへ来てみたが、料理が無いどころか朝宮の私物が無くなっていることに気づいて、慌てて自分の部屋へ走った。


「朝宮!!」


俺の部屋からも私物が全部無くなっていて、元々朝宮が使っていた部屋も全部綺麗になっていた。


「今日なのかよ‥‥‥」


俺は全身の力が抜けて、母親の部屋に寝そべった。

すると、ベッドの下になにかが見え、手を伸ばして取り出すと、それは俺がプレゼントした写真立てだった。


水族館の写真を飾ってたのか。

立つ鳥跡を濁さずとは言うけど、やっぱり朝宮だな。忘れ物してるし。


その写真を眺めながら朝宮に電話をかけてみたが、コール音も鳴らずに切れてしまった。


それから俺は自分の部屋に戻って、とりあえず床に座ったが、朝宮が書いた【変な意味】という落書きを見て、小さなため息が漏れた。

それから部屋にある水槽を眺め、部屋を出て、ドアに空いた小さなネジ穴を見つめながら軽く指でなぞった。

今でも全部、鮮明に覚えてるもんだな‥‥‥。


次に一階の水槽を眺めた。

二匹の金魚を見て、一緒に行った夏祭りを思い出して、隣の水槽を見て、誕生日の慌ただしいサプライズを思い出してしまい、言葉にならない寂しさが胸を締め付ける。


リビングに行けば、飾ったままのクリスマスツリーと畳まれたビニールプール。

裏庭には流しそうめんで使った竹。

イライラした思い出も、今思えば全部楽しい思い出に変わってる。


「はぁ‥‥‥」


好きって言えてたら、朝宮は行かなかったのかな‥‥‥。





あれから、朝宮と話す機会が訪れぬまま冬休みが明けてしまった。


新学期に入り、俺は急いで学校へやってきて、職員室に芽衣子先生が居るのを確認してから教室にやってきた。


「おはよう!」

「おはよう! なんか久しぶりだね!」

「そうだな、おはよう」


陽大と爽真の二人に挨拶を返して、まだ朝宮が来ていないことを確認した。


「一輝くん! ちょっといい?」

「え、うん」


廊下から咲野と島村に呼ばれて、カバンを下ろして廊下に出た。


「どうした?」

「結局二人って付き合ってるのかなって、聞きたくて!」

「付き合ってないんだけどさ」

「けど、なんですか?」

「ちょ、ちょっと新聞部の部室で話さないか?」

「うん! いいよね? しーちゃん」

「はい。掃部かもんさんの表情を見るに、緊急事態だと感じます」

「あぁ、かなりな」

「早く行きましょう」


俺は二人に相談すると決めて、新聞部の部室へやってきた。


「それでは聞かせてください」

「えっと‥‥‥まず、朝宮が宮城の学校に転校する」

「ちょ‥‥‥ちょっと待って!? なに言ってるの!?」

「多分、まだ誰も知らない。それで冬休み中に、朝宮は急に俺の家から居なくなって、それから一切会ってないし話してないんだ」

「喧嘩したとかじゃないんだよね?」

「うん、そんなことはない」

「転校は決定事項ですか?」

「多分‥‥‥」


二人は露骨に悲しそうな顔をし、俺もまた悲しくなってしまった。


「一輝くん」

「なんだ?」

「これからどうしたいの?」

「‥‥‥あ、あさっ‥‥‥朝宮と付き合えたらな‥‥‥なんて‥‥‥」

「今日のお昼、緊急会議を行います」

「緊急会議?」

「はい。信用できる友達を連れてここに集合です。咲野さんも来てください」

「分かった! 今は悲しんでる時じゃないね! まぁ、二人がくっつくって、私は最初からそう感じてたけどね!」

「まだくっついてないし、振られかもしれない」

「私はずーっと言ってきたよ? 今だから分かりやすく言うけど、一輝くんのピースの形にハマるのは和夏菜ちゃんだけ! 逆もしかり!」

「うん、分からん」

「へへっ♡ ちょっとイラッとしちゃった♡」

「落ち着け、俺は今死ぬわけにはいかない」

「大丈夫! とにかく、またお昼!」

「おう、ありがとうな」

「どういたしまして!」


一度教室に戻って、すぐに朝のホームルームが始まった。


「えー、今日はみんなに大事な話があります。今日来ていない和夏菜ちゃんの話です」


おいおい‥‥‥まさか、もう転校済みとかじゃないよな‥‥‥。


「まだしばらく秋田には居るんだけど、もうこの学校に来ることはありません」

「どういうこと!?」

「先生! 説明してください!」


絵梨奈と爽真が立ち上がる中、俺は自分の机の木目だけを見つめて、静かに話を聞いた。


「落ち着いてください。私はこの学校に残りますが、和夏菜ちゃんは親の都合で宮城の学校に転校することになりました。寂しいかもしれませんが、来年の春別れるか、今かの違いです。みんなはこれから、いろんな別れをたくさん経験していきます。今回もそれの一つです。和夏菜ちゃんは、悲しくなるから、最後にみんなには会わないと自分で決めました。受け止めてあげましょう」

「‥‥‥ハロウィンとか、和夏菜さんのおかげで楽しかったのにな」

「文化祭も盛り上がったもんね」


みんな、悲しさを押し殺すように、朝宮との楽しかった思い出を話し始めた。

そして、この話は一瞬で広まり、昼休みになると、こっちから誘わなくても、陽大と爽真と絵梨奈、寧々と日向の五人が心配そうに俺の元へやってきた。


「みんな、今から新聞部の部室に来てくれないか」


俺がそう聞くと、みんなすぐに頷いてくれた。


すぐに新聞部の部室へやってくると、咲野と島村は既に待機していて、島村は恋愛裁判の時に使ったハンマーで、テーブルを一回叩いた。


「これより、恋愛緊急会議を行います」

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