隠し事
第86話/言えなくて...
月日は経ち、冬休み前の終業式が終わり、クリスマス当日。
俺は学校帰りに地元の病院で、やっとギブスを取ってもらえることになった。
「はい、取れましたよ」
「ありがとうございます!」
「まだ完全には治ってないから、これからはお家で軽いリハビリをして、一月の中旬ぐらいにまた病院に来てみて、なんともなければもう大丈夫です」
「分かりました!」
「それにしても、
「いえ、まだなにも考えてません」
「医者を目指すなら、君をサポートしてくれる人は沢山いるから、考えてみなさい」
「は、はい」
医者になるつもりは一切ない。
なるまでが大変って聞くし。
それから俺は身軽になった腕で、ケーキ屋に立ち寄った。
「あれ?
「なんだ、朝宮も来てたのか」
まさかの朝宮も学校帰りにケーキ屋に来ていた。
「はい! ケーキは私が買いますよ!」
「なら、チーズケーキがいいな」
「分かりました! ショートケーキお願いします!」
「話聞いてた?」
「良ければ、ハーフケーキと言って、半分をチーズケーキにできますが」
「なら、半分はチョコレートケーキでお願いします」
「いや、チーズケーキにしろよ。てか、二人なのにホールケーキ買うのか?」
「何日かに分けて食べましょ!」
「それならいいけど」
「あと、単品でチーズケーキを一つお願いします」
「かしこまりました!」
「おぉ、ありがとう」
「どういたしまして!」
「プリン買ってやろうか? ケーキ屋のプリンはやたら美味いからな」
「嬉しいです! 帰りにオードブルとかも買って帰りましょ?」
「おっけー」
俺達は付き合ってこそいないが、学校ではもうカップルだと思われていることもあり、あまり人目を気にしないで二人で買い物が行けるようになったのだ。
さすがに同じ家に入る瞬間は周りを気にしてしまうけど、今のところ誰かに見られたことはない。多分。
そして変わったことがもう一つ。
朝宮は家族との関係も良くなっていき、家で家族と電話することが増えていた。
※
「ただいまー!」
「ただまー」
「今から準備しますからね!」
「頭と肩、雪積もってるぞ」
朝宮の体から雪を払ってやると、朝宮はニコッと笑みを浮かべて俺の体からも雪を払い始めた。
「え?」
「ん?」
「ギブスが取れてます!!」
「今かよ!!」
「治ったんですか!? おめでとうございます!」
「あと一ヶ月ぐらいで完治らしいけど、もうある程度自由に動かせる」
「よかったです! ずっと申し訳なく思っていて、料理も掃除も大変で、今日からパラダイスですね! さぁ! パーティーしますよー!」
「掃除はこれからも続けろよ」
「断る!!!!」
「力強いな」
「掃除は人をダメにします!」
「んじゃ自分の部屋で生活しろ。俺の部屋をゴミだらけにされたらたまんないからな」
「嬉しくてたまらない!?」
「逆だわ!! とにかく腹減った。パーティーしちゃおうぜ」
「はい!」
帰ってきてすぐにパーティーの準備を始めたが、朝宮はクリスマスツリーを見ながらニコニコしているだけで、結局俺一人で準備を終わらせた。
でも、長い間いろんなことを任せっきりだったから、全く文句とかは無い。
「朝宮」
「はい!」
「食べようぜ」
「はい!」
さっそく食事を始めたが、朝宮はチキンや寿司を差し置いて、最初にケーキから手をつけ始めた。
「ご飯食べられなくなるぞ?」
「ケーキが食べれなくなる方が問題です!」
「んじゃ、俺もチーズケーキ食べちゃお」
「ケーキはデザートで食べなさい!」
「どの口が言ってんだ!!」
「えっ‥‥‥上の口ですけど‥‥‥もしかして下の」
「おい、なに言おうとしてる」
「ど下ネタです」
「サンタ来なくなるぞ?」
「へっ。
「去年信じてただろ!!」
朝宮はバサッと髪をなびかせ、クールな表情で俺を見つめた。
絶対しょうもないこと言おうとしてるな。
「過去を振り返る時、人の過ちばかりを話す人間がいます。例えば元恋人のこと、あいつはあぁだったとか、人の悪いことばかり。ゴミクズですね」
なんか全然しょうもなくなかったわ‥‥‥。
ちょっと自分に思い当たる節あるし‥‥‥。
「あ、朝宮のは過ちじゃないだろ?」
「ですよねー! でも、過去を振り返った時、楽しかったなーとか、前向きな方がいいですよね!」
「それはそうだな! 朝宮は楽しい過去の思い出とかあるのか?」
「ありますよ? 昨日、一昨日、その前も、
「でも、たまーにイラッとすることもありますが、
「うん、嬉しさ返して?」
「んー! このチーズケーキ美味しいです!」
「バカ! 俺の食うなよ!」
「やーだーねー!」
「クソガキ!!」
「一口しか食べてないじゃないですか!」
「食べかけが嫌なんだよ!」
「元に戻しますよ。うえー」
「吐こうとするな!! そんなもの食えねぇよ!!」
「あっ!
「人の話を聞け!」
※
クリスマスでテンションが上がった朝宮に長い時間付き合って、やっと入浴タイム。
久しぶりに右腕を洗えて気持ちと気分がいい。
「
「なんだー?」
脱衣所の外から朝宮に呼ばれて耳を澄ます。
「入浴剤無かったですけど大丈夫ですか? 今から買ってきましょうか?」
「いや、近いうち買ってくるからいい」
「分かりました!」
そんな小さなことも気にかけてくれるなんて、なんだかちょっと嬉しいな。
※
そして、二人同じ部屋で寝床に着き、しばらくの沈黙の後、朝宮が口を開いた。
「あの、早く寝てもらっていいですか?」
「朝宮も早く寝ろよ」
「私は眠くないので」
「俺も眠くない」
こっそりクリスマスプレゼントとして用意した赤いマフラーを枕元に置くまでは寝れない。
なのに、このままじゃ寝てしまいそうだ。
***
どうして今日に限って寝ないんですか!
修学旅行のお金も残して、コツコツお小遣いも貯めて買ったプレゼント。
絶対枕元に置きたいのに!
そうだ、寝たふりをすれば
***
また沈黙が続き、朝宮の呼吸が寝息に変わったのを感じだが、眠りが深くなるまで待った方がいいな。
そう思った俺は目を閉じて、朝宮が起きないように、静かにすることに全力を注いだ。
それからしばらくすると、何故か朝宮がベッドから出る音が聞こえ、タイミングを逃してしまったことにイライラしていると、俺の枕元でガサガサと袋のような音が聞こえてきた。
「いつもありがとうございます」
朝宮の小さな声。
誰かに電話でもしてるのか?
そう思った次の瞬間、朝宮は優しく俺の頭を撫で始め、なんだか起きるに起きられない状況になってしまった。
「私、家に帰ってきてほしいって言われているんです。理由は親の都合で、新学期が始まってしばらくしたら、宮城の学校へ行かなくちゃいけなくなったからです。ずっと言えずにいてごめんなさい。今になってもちゃんと言えなくて、寝てる
俺は動揺する気持ちを抑えて、寝たふりを貫いた‥‥‥。
※
あれから数時間は経っただろうか、朝宮はちゃんと寝ていたが、頬に涙の跡が残っていて、胸が締め付けられる。
きっと、俺に悟られないように毎晩静かに泣いて、起きてる時は馬鹿みたいに騒いでたんだろう。
いつ居なくなってしまうのかも分からないけど、新学期から転入ってことを考えるに、この冬休みの間に引っ越すのか?
明日か明後日あたり学校に行って、芽衣子先生に聞くか。
胸が痛む中、静かにプレゼントを置いて、俺も眠りについた‥‥‥。
※
「
「なんだよ‥‥‥」
「朝ですよ! しかも私の枕元に赤いマフラーが!!」
「俺からのプレゼントだ」
「可愛いです! すっごい可愛いです! 毎日使いますの!」
「ありがとう」
俺も布団から起き上がり、気づいてはいたが、初めてプレゼントを見たような反応をしながら、朝宮からのクリスマスプレゼントを手に取った。
「おぉ! 俺にもクリスマスプレゼントだ!」
「開けてみてください!」
「いいのか?」
「はい!」
ワクワクした気持ちで袋を開けると、黒いマフラーと、小型の水槽セットが入っていた。
「すげー!」
「玄関にまだ水槽置けますし、そろそろ違うお魚にチャレンジしてみてもいいかと思いまして!」
「てかこの水槽、ちょっと高いやつじゃなかったか?」
「はい! 頑張っちゃいました!」
「ありがとう! これでまた癒しの空間が増える! 水槽も小さいし、この部屋に置く!」
「いいですね! お部屋でアクアリウムとか絶対癒されますよ!」
「だよな! でも、何飼おうか」
「グッピーとかどうですか? カラフルで子供が増える楽しさもありますよ? 飼いやすいらしいですし!」
「いいな! それにしよう!」
※
今日は芽衣子先生に会いに行くつもりだったが、朝宮とペットショップに来て、餌の買い足しと、魚数匹とレイアウト品を買って、帰りに入浴剤を買い、時間がなくなってしまった。
そして家に帰ってきて、時間をかけて水槽に魚を入れ終えると、目新しい癒し空間と綺麗すぎる魚達に見惚れてしまった。
「素敵ですね!」
「最高だな! 本当ありがとう!」
「喜んでくれてよかったです!」
朝宮の笑顔を見ると、急に居なくなってしまうんじゃないかという不安に襲われるが、今は楽しい時間を壊さないように過ごそう。
「さて! 今日もケーキ食べましょ!」
「結構余ってるしな! 早めに食っちまおうぜ!」
「ショートケーキは私専用ですからね!」
「はぁ!? ずるいぞ!」
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