第85話/カミングアウトと濡れ下着ワイシャツ


「後夜祭はちゃんと包帯つけて来てくださいよ?」

「分かってるって」


文化祭の後片付けも終わり、全員ハロウィンイベントの仮装パフォーマンスに向けて準備を始めた。


みんな早着替え用の衣装を中に着ているせいで、なんか一回り太って見えるな。

俺も早めに着替えてしまおう。





十八時丁度、後夜祭のハロウィンイベントが始まった。


「寧々ー!」


寧々が友達とパンプキンのコスプレをして出てきて、絵梨奈達が歓声を送ってくれている。

うん、普通に可愛い。

絶対友達より可愛い。


「寧々さん可愛いですね」

「そうだな。少なからず血の繋がりがあるとは思えない」

「同感です」

「朝宮が言うのは失礼だぞ」

「同意したら失礼になるなんて、世の中難しいですね」

「いちいち重いんだよ。てか、なんで朝宮は普通に制服なんだ?」

「みんながステージに出始めてから、ステージ裏で上だけ着替えます」

「なるほどな」

「それより、包帯ぐるぐる巻き似合いますね」

「片目しか出てなくて、歩くのも大変だわ。いいか? 殴るふりだからな? 本当に殴るなよ?」

「フリですか?」

「いや、本気で」

「大丈夫ですよ。私、命中力とか悪いので」

「なら安心だな」

「はい」


それからいろんな生徒が仮装とパフォーマンスを披露していき、去年スベっていた島村がステージに上がった。

島村は去年と同じく髪をスプレーで緑に染め、顔は白塗りで、去年て違うのは、顎が白い画用紙がなんかで長くなっている。


「‥‥‥大根です」


静まり返る体育館‥‥‥。

でもやっぱり、俺は案外嫌いじゃない。

てか陽大、お前だけは笑ってやれよ。





みんなの仮装を楽しんでいるうちに、俺達A組の出番が近づき、ステージ裏に移動してきた。


「芽衣子先生は?」

「反対側のステージ袖から来ます」

「なるほど。俺は朝宮と芽衣子先生が決め台詞? みたいなことを言ったら、朝宮の目の前に行けばいいんだよな?」

「言って、音楽が流れ始めたらです」 

「了解」

「続いては、二年A組の皆さんでーす!」


始まったか。


朝宮と俺以外のみんなが、ファッションショーの時と同じ衣装でステージに出ていき、朝宮はすぐに女子生徒に隠されながら着替えをした。


「オッケーです」

「意外に似合うな」

「あまり嬉しくないです」


朝宮はスケバン衣装にチェンジし、耳にはイヤリングを付けて木刀を握った。


「待って? 木刀で殴るフリ?」

「はい」

「本当に頼むぞ?」

「はい」


朝宮と一緒にステージ袖へ行くと、反対側のステージ袖に、スケバン衣装の芽衣子先生がスタンバイしているのが見えた。

やけに似合う‥‥‥。

昔あんな感じだったのかな‥‥‥。


そんなことを思っていると、朝宮と芽衣子先生は手を挙げてタイミングを合わせ、木刀を構えてステージへ出ていった。


「朝宮さーん!!」

「きゃー!♡ 芽衣子せんせーい!」

「芽衣子先生カッコいいよー!」


凄まじい歓声の中、二人はセンターの二本のマイクの前に並び、朝宮がマイクを口元に近づけた。


「今日はお前らに、一つ面白いことを教えてやる」


朝宮のヤンキー口調に、また生徒達が盛り上がった。


「私と芽衣子先生は」

「なーにー?」


みんな空気を読んで反応してくれ、本当にライブみたいな雰囲気になっている。


「実は姉妹です。あっ、ですだ、あっ、姉妹だ」


慣れない口調使うからグダグダじゃねぇか。って「えー!?!?!?!?」それ言っていいの!?


俺は知っていたが、みんなと同じ反応を声に出してしてしまった。

クラスのみんなも驚いてるし、朝宮のアドリブか?

いや、絵梨奈は知ってたって反応だな。


「ちょ、わ、和夏菜ちゃん!? それは打ち合わせになかったでしょ!?」

「ちょっとお姉ちゃん、合わせないと」

「いや、えっ!? それどころじゃ!」

「せーの、よろしく!」

「よ、よろしく!」


息の合わない『よろしく』という言葉を合図にみんながカッコよく服を脱ぎ捨て、全員ヤンキー衣装にチェンジし、音楽が流れ始めた。

そしてみんながダンスを踊り始め、朝宮と芽衣子先生が軽い振り付けをしながら綺麗な歌声で歌い始め、俺は慌ててステージに登場し、朝宮の前までやって来た。


「邪魔!」

「うっ!!!!」


見事に木刀が顔にクリーンヒットし、俺は嫌でもステージ上に倒れ込んだ。

命中力が低いあまり、俺に当てないようして当たってしまったのか‥‥‥?

ふざけやがって‥‥‥みんな笑ってるし‥‥‥後で説教だ‥‥‥。



***



そんな光景を見ていた和夏菜達の父親は、缶の酒を片手に大笑いをしていた。


「ガハハハハハ!!」

「あ、あのー、校内でお酒はちょっと」


当然の如く男性教師に注意されたが、父親は笑顔で言った。


「今日はめでたい日なんだよ! 見てみろ! ステージで歌ってる二人は俺の大好きな娘だ!」

「芽衣子先生のお父様でしたか!」

「おうよ!」

「お酒はほどほどに、最後まで楽しんでいってください!」

「ありがとうよ!」


和夏菜と芽衣子の父親は、最後まで笑顔を絶やすことなく、A組のパフォーマンスを見届けた。



***



大歓声の中でパフォーマンスは終わり、俺は朝宮に引きずられながらステージ裏に戻ってきた。


「お前‥‥‥やりやがったな‥‥‥」

「本当やってくれたわね! これからどうするのよ! きっと保護者の方にも、裏で色々言われるわよ!?」

「でも、お姉ちゃんはお姉ちゃんだわ」

「こんなタイミングで嬉しいこと言わないで!?」

「あの‥‥‥俺は放置‥‥‥?」


朝宮と芽衣子先生は同時に俺を見下ろし、同時に「あら、居たの?」と、冷たい言葉を浴びせてきた。


「おい、馬鹿姉妹。そんな冷たい言葉で息揃えんな」

「今の、先生にも言ったの?」

「あっ、いえ‥‥‥」

「二人って姉妹だったんだ!」

「まっ、私は知ってたけどね!」

「絵梨奈ちゃんは隠しててくれてありがとう」

「どういたしまして!」


俺、また放置されてるんだけど‥‥‥。





結果、盛り上がりからも分かる通り俺達のクラスが優勝し、後日、クラス全員で行く焼き肉食べ放題が生徒会から送られることになったが、俺は行く気無いし、朝宮は朝宮でそんな景品のためにあそこまでやるなんて、それがなんでなのか、俺はずっと気になっている。


そしてやっと帰れるようになり、教室を出た時、なぜか俺は芽衣子先生に職員室へ呼ばれて、一人で職員室へやって来た。


「来た来た」

「なんですか?」

「顔大丈夫?」

「まだ痛みます」

「まぁいいや」

「なら聞かないでくれます!?」

「そんなことより、お父さんが一輝くんと和夏菜ちゃんにって」

「なんですか? これ」


芽衣子先生に渡されたのは、お菓子の箱の様な物だ。


「ウイスキーボンボンらしいの。プリン以外にもこれから売り出すものらしくて、お酒は入ってるけど、未成年も食べていいものだから、二人で食べろって」

「ありがとうございます。プリンの方が食べてみたかったですけど」

「それはまた今度、数量限定でやるって言ってましたよ?」

「まぁ、もう走り回るのは嫌ですけど」

「一輝くん、ヘトヘトになってたもんね! とにかく、今日はお疲れ様。帰ったら宿題やるのよ?」

「さよなら」

「やりなさいよ?」

「はーい」


疲労でクタクタになりながら、ウイスキーボンボンの箱を眺めて、のんびり帰り道を歩いた。





「ただいまー」

「おかえりなさい!」

「元気だな、暴力女」

「わざとじゃないです!」

「もういいけど」


朝宮はまだ制服姿で、何故か文化祭のパンフレットを持っていた。

とりあえずリビングへ移動すると、朝宮も自分の椅子に座り、パンフレットを眺め始めた。


「今更パンフレットとか見てどうした?」

「思い出して楽しんでます!」

「そういうことね。にしても、なんでハロウィンイベントであそこまでしたんだ? クールなイメージも崩れるだろ」

「みんなには、修学旅行で心配と迷惑をかけてしまったので、優勝して焼き肉でもと思ったんです」

「なるほどな、優しいじゃん。あっ、これ、朝宮の父親から」

「お菓子ですか!?」

「ウイスキーボンボンらしい。お酒入ってるから一日二個ぐらいにしとけ」

「はい!」

「てことで、俺は久しぶりに湯船に浸かりたいから、いつもよりキツめにビニール頼む」

「任せてください!」


ギブスが濡れないようにビニールをつけてもらい、今日は久しぶりにシャワーではなく湯船に浸かることにした。





「あぁ〜」


やっぱりお風呂は最高だな。

今日は長風呂しちゃお。


しばらく湯船に浸かりながら、時間を忘れて目を閉じていると、お風呂の扉が開く音がして、慌てて目を開けた。


「へっ♡ へへっ♡ 掃部かもんさーん♡」

「な、なに入って来てんだよ!!」

掃部かもんさんだけお風呂で気持ち良くなってずるいです! 私も入る!」

「はぁ!?!?!?!? ちょ! ちょっと待て!!」


朝宮は制服姿のまま湯船に浸かり、気持ちよさそうな顔をしてリラックスし始めた。


「なにしてんの!?」

掃部かもんさんと一緒に入っちゃったぁ♡ カ《かもん》さんエッチなんだぁー♡」

「なんで!?」


いつもと様子が違う。

まさか‥‥‥。


「ウ、ウイスキーボンボン何個食べた?」

「えー?♡ いーっぱい! わー! って感じです!」

「お前酔っ払ってるだろ!! 早く出て水飲め!!」

「今出たら風邪引いちゃいますよー。せっかくですから、背中流してあげます♡」

「いい!! 早く制服乾かしてこいよ!!」

「あー、制服が濡れてるー。 なんで?」

「アホか!! 着たまま入ったからだよ!!」

「早く脱がなきゃ」

「待て待て!!」


朝宮は制服を脱ぎ始め、ワイシャツ姿になってまった。


「わぁ! 透けちゃった!」

「み、見てないから早くどっか行けよ!!」

「どうして私のこと見てくれないの!! ちゃんと見て!!」

「はい!?」

掃部かもんさんは私だけ見てればいいんだもん! 分かった?」

「は、はい‥‥‥と、とにかくさ、すぐ行くから、リビングで待っててくれ‥‥‥」

「なんで私を突き放すの!! ふざけないで!! 私がどれだけ掃部かもんさんに尽くしてると思ってるんですか!! もう酷いです‥‥‥」

「な、泣くなよ!」


わがままになって怒って泣いて‥‥‥酔い方が芽衣子先生のそれだな‥‥‥。


「あ、朝宮?」

「はい?」

「ちょっと、タオル持って来てくれたら嬉しいな」

「分かりました!」

「ちょー!?!?!?!?」


朝宮はいつの間にかスカートも脱いでいて、下着ワイシャツ姿で立ち上がり、俺の目の前にパンツがこんにちはしてしまった。


「今持って来ますねー♡」

「二枚頼む!」

「はーい♡」


自分にタオルを巻いてから、朝宮にもタオルを巻いてやろう。

それしかない。


「はーい! 持ってきました!」

「ありがとう」

「嬉しい? ねぇ嬉しい?」

「う、嬉しい‥‥‥」

「わーい!」


素早く自分の腰にタオルを巻こうとしたが、片手だと上手く巻くことができない。

諦めて、大事な箇所だけタオルで隠してカニ歩きで脱衣所にやってくると、朝宮はムスッとした表情をして俺のタオルを引っ張り始めた。


「やめろ!!」

「私が拭いてあげます!」

「自分で拭くって!!」

「ダメです!」

「バ、バカ!!」


強い力でタオルを奪われ、朝宮の視線は一点に集中した‥‥‥。


掃部かもん‥‥‥さん‥‥‥?」

「おいおいおい!!」


朝宮は前回同様に気を失い、俺の方に倒れてくる朝宮を片手で受け止めると、俺はそのまま後ろに倒れてしまい、裸の俺と濡れた下着ワイシャツの朝宮が抱き合ってるようなヤバい状態になってしまった。

早くなんとかしなきゃいけない。

そう思いながらも、濡れて密着度が上がった状態に耐性が無い俺もまた、気を失ってしまった‥‥‥。





しばらくして目を覚ました俺は、腰にタオルを巻いていて、リビングの床に寝そべっていた。


「一輝お兄ちゃん?」

「んっ‥‥‥寧々!?」


ムスッとした顔の寧々と、部屋着を着て、顔を真っ赤にして椅子に座っている朝宮が居た。


「二人とも連絡つかないから心配して来てみれば、二人ともお楽しみのまま果ててるんだもん。なにしてるの?」

「ち、違う! 朝宮! ちゃんと説明しろ!」

「わ、私‥‥‥何故か記憶が無くて‥‥‥目を覚まして起き上がったら、裸の掃部かもんさんに跨っていて‥‥‥実際どこまでしてしまったのかも‥‥‥」

「一輝お兄ちゃん?」

「は、はい‥‥‥」

「ウイスキーボンボンを使って和夏菜先輩を酔わせて、やりたい放題やったってわけだよね?」

「ち、違う!! やりたい放題された側だ!!」

「やっ、やっぱりしちゃったんですか!?」

「一緒に風呂に入っただけだ!!」

「和夏菜先輩、一輝お兄ちゃんは危険です。今日は違う部屋で私と寝ましょう!」

「えっ、いや、一緒に寝るのは‥‥‥」

「大丈夫です! 今晩は私が先輩を守ります」


朝宮は手を引かれて二階へ行ってしまった。

俺、絶対悪くないのに‥‥‥。

誰がなんと言おうと絶対に‥‥‥。





久しぶりに一人の部屋で、敷布団に入って寝ようとしていると、朝宮が部屋に入ってきた。


「やっぱり避難してきたか」

「はい、あれじゃ寝れませんから。それと、た、多分、私が酔っ払ってしまったせいですよね」

「そうだ。本当、勘弁してくれ」

「‥‥‥い、一生お酒は飲まないと決めました」

「あぁ、ウイスキーボンボンで酔っ払うなら酒飲んだらヤバいだろうな」

「はい」

「いいから、もうベッドで寝ろ」

「そ、その前に、なんでも一つだけ言うことを聞くって話」

「なににするか決めたのか?」

「しばらく保留でいいですか?」

「いいけど」

「なににすればいいか分からなくて、いつかお願いします」

「分かった」

「そ、それじゃおやすみなさい」

「おやすみ」


朝宮がずっと恥ずかしげな雰囲気醸し出すせいで、少し気まずい空気の中で俺達は眠りについた。

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