第84話/好きって言ったら


なんかずっと揉めてるけど、こんなことしてる場合じゃない。

プロレスショーが始まってしまう。


「朝宮、プロレスショー見に行くぞ」

「そうですね」

「そうだった! 私も急がなきゃ!」


絵梨奈は慌てて走って行ってしまった。


「あいつ、さっきから忙しいな」

「文化祭を楽しんでるんだよ」

「爽真、お前は二度と変なこと企むな」

「しーちゃんの案だったんだけどね」

「しーちゃんは咲野に全身舐められる刑で」

「私、普通に男の人が好きです」

「聞いてない」


それから俺と朝宮も体育館を出て、咲野のクラスにやってきた。


「すごい人気で、立見しかないけどいいかな」

「逆に助かる」


立見席に案内されたけど、なにがそんなに人気なんだ。


「さぁさぁ始まりました! 犬猿の仲の二人が先生に怒られることなく拳を混じり合う! プロレス! ボクシング! なんでもありなデスマッチ! 本日四組目の対決です!」


ほぉ、なんか面白そうだな。

教室の中とは思えないほど、リングもちゃんとしてるし、期待できる。


「私、暴力は嫌いです」

「なら、もうビンタとかするなよ」

「あれは別腹です」

「ビンタで腹一杯にすんな」


そして、派手な音楽に合わせて入場してきたのは、咲野と絵梨奈だった。


「あいつら‥‥‥」

「グローブしてますけど、あの二人に殴り合いなんてさせたら大変なことになりますよ」

「だろうな」

「咲野さんは絵梨奈さんの強さを知りません」

「えっ、そんな強いのか?」

「咲野さん、多分ワンパンで逃げ出します」

「えっ」

「レディー! ファイト!!」


試合のゴングが鳴り、咲野は絵梨奈を挑発し始めた。


「いつも生意気に突っかかってきてさ、もう生意気なこと言えないように、試合が終わったら私の犬にしてあげっ‥‥‥」


絵梨奈の容赦ない無言の腹パンで咲野はリングに膝をつき、客席も引いてしまった。


「あ、あれヤバくないか? 文化祭でこんなガチなのいいのかよ」

「絵梨奈さんは格闘技を習っていた訳でもないのに、小学生のころ、私にちょっかいかけた中学生男子三人を殴る蹴るで倒して、一度大問題になってます」

「‥‥‥エグっ」


咲野はお腹を押さえながら立ち上がり、絵梨奈の顔目掛けてパンチをくり出したが、絵梨奈はそれを避けて咲野から距離を取った。


「降参した方が身のためだよ」

「いつもいつも和夏菜ちゃんとベタベタして!! 絶対許さない!!」

「嫉妬でちゅかー? 可愛いでちゅねー。私は小さい時から和夏菜の友達だから」


絵梨奈の煽りスキルもエグいな‥‥‥。


「‥‥‥へっ♡ きゃは♡」


あっ、咲野にスイッチ入っちゃった。


「朝宮」

「はい?」

「絵梨奈は確かに強いけど、咲野は強さじゃないヤバさを身に宿してる。多分咲野が勝つぞ」

「絵梨奈さんが勝つにジュースを賭けます」

「んじゃ俺は咲野が勝つにジュース」


朝宮と賭けの勝負をし、咲野がどう動くのか様子を見ていると、まさかのグローブを外してしまった。


「なに? 降参?」

「絵梨奈ちゃんが強いのは分かった!」

「そりゃどうも」

「これからは仲良くしよ?♡」


咲野は腕を広げて、絵梨奈にハグを求めるように歩み寄っていく。


「おっと!? まさかの仲直りかー!?」


いや違う。咲野のあの表情は仲直りなんか望んでない。

絵梨奈が咲野に乗れば、咲野が勝つ!!


「ったく、しょうがないな。あんまり殴りたくないのが本音だし、いいよ」

「へへっ♡ ありがとう♡」

「ん〜!?!?!?!?」


咲野は絵梨奈をガッチリ抱き寄せ、迷いもせずに口にキスをしてしまった‥‥‥。


「な、なんだこの展開は!!」

「えへへ♡ 降参するなら今のうちだよぉー♡」

「やめっ! んー!!!!」

「ねぇねぇ♡ 絵梨奈ちゃん、キス初めてでしょ♡ 私も初めてしたんだけど、絵梨奈ちゃんの唇、柔らかくて可愛いー♡」

「わ、分かった! 降参!」

「最初からそうすればよかったの」


咲野が絵梨奈を離して絵梨奈に背を向けた。

勝敗ついたのか?


「するわけねーだろ!!!!」

「うぎっ!!」


咲野は尻を思いっきり蹴られて、リングに這いつくばってしまった。


「私の大事なファーストキスを!!!!」

「こ、降参!!」


絵梨奈が拳を振りかぶり、咲野が降参宣言をした瞬間ゴングが鳴り、俺は賭けに負けた。


「なんか、すごいもの見たな‥‥‥」

「ですね‥‥‥」

「ジュース買いに行くか」

「外でラムネが売っています」

「はいはい」


外へ行き、冷えたラムネを買って、校舎裏にやってきた。


「もう人目はあまり気になりませんよ?」

「ちょっとな」


朝宮の父親と話した場所に腰掛け、朝宮がラムネを開けているうちに、俺は朝宮の父親に電話することにした。


「お父っ、兄貴」

「誰だお前」

「一輝ですよ!!」

「あー、どうした。俺は今忙しい」

「はい? なにしてるんですか?」

「メイド喫茶に来てる」

「本当怒りますよ? 今すぐさっき話した場所に来てください」

「おう! 了解だ!」


まったく、娘の就職先でなにしてるんだか。


「あぁ! 噴き出しました! エッチです!」

「お前はなに言ってんだ!!」

「それより、誰か呼んだんですか?」

「朝宮の父親」

「‥‥‥わ、私帰ります」

「今帰るなら、俺の家に帰ることは許さない」

「どうしてそんな意地悪するんですか?」

「朝宮のためだ。お前の父親、案外いい人だと思うぞ? 誤解されるようなことになったのも父親が悪いけど、今日は勇気出して来たみたいだから、話だけでもしてみろ」

「あの人が私と話すわけありません。私のことなんて、どうとも思ってないんです」

「話せたら、朝宮が好きなもの買ってやる。二千円ぐらいのものでよろしく」

「物で釣られたりしません」

「なら、一つだけ言うことを聞いてやる」

「なんでもですか?」

「なんでもだ」

「はぁ‥‥‥」


朝宮はまたコンクリートに座りなおし、それからすぐに朝宮の父親がやってきた。


「お前の父親、歩き方忘れてるぞ」

「ふざけてるんじゃないですか?」


朝宮の父親はロボットの様なぎこちない歩き方で俺達の目の前にやってきた。


「よ、よぉ坊主!」

「なんで俺しか見てないんですか?」

「な、何言ってんだよ! 俺は常に未来を見ているぜ?」


なに言ってるんだろこの人。


「朝宮」

「なんだ」

「兄貴じゃないです」

「なんですか?」

「なにか質問とかないか?」

「ありません」

「兄貴」

「なんだ」

「朝宮に質問とかないですか? ありますよね。はい、どうぞ」

「あ、あぁ! あるるるるある!」

「落ち着いてください」

「わわ、わわわわわわ!」


本当に大丈夫かこれ。


「わっ、和夏菜!」

「はい」

「えっと、あのですね」


娘に敬語‥‥‥ダメだこりゃ。


「‥‥‥」

「‥‥‥なぜ私に会いに来たんですか?」


朝宮が逆に質問すると、朝宮の父親は真剣な表情に変わった。


「お、お父さんな、和夏菜を無視してたわけじゃないんだ」

「‥‥‥」

「俺達の関係はデリケートな問題だと思って、最初に、なんて声をかけるべきか分からなくて、そうこうしているうちに話すタイミングを見失っちまった。悪かった」

「どうでもいいです」

「朝宮」

「坊主、大丈夫だ」

「‥‥‥」


冷たい朝宮を注意しようとしたが、朝宮の父親は満面の笑みで朝宮を見つめて、それを見た朝宮は静かにその笑顔を見つめた。


「難しい話は嫌いだ! とにかくよ、俺のプリンを好きって言ってくれてありがとうな!」

「‥‥‥つ‥‥‥次は十個じゃなく、もっと多く‥‥‥多くした方がいいと思います」

「お、おう! そうだな! 次は二十! いや、三十個だ!」

「あと、千円も高いと思います」

「だな! 百円にしよう!」

「会社潰れますよ」

「なら二千円だな!」

「それはぼったくりです。さすがにあのプリンに、二千円の価値はないです」

「なんだと!!!! 俺が毎日頑張って、周りに冷たい言葉浴びせられながらも頑張り抜いて作ったプリンを馬鹿にすんなよ!!!!」

「‥‥‥」

「わ、和夏菜?」


よかったな朝宮。

ちゃんと怒ってもらえて。


「と、とにかく、私は家に帰りません」

「や、やっぱり俺のこと嫌いか?」

「はい」

「グサッ!!」

「ついさっきまでは」

「さっきまで? どういうことだ?」

「時間をかけてゆっくり、仲良くなれたらと思います。お父さん」

「うぉー!!!!」

「とはまだ呼びませんが」

「あれ?」

「私達は家族です」

「そうだ。誰がなんと言おうと家族だ。話すまで時間かかって悪かったな。寂しかったか?」

「別に平気です。掃部かもんさんが居ますから」

「それはいいことだな! 俺から見てもこいつは良い男だ! 何故なら俺の話を聞いてくれたから!」


朝宮の父親、朝宮と話せて嬉しそうだな。

なんだか俺まで嬉しくなってきた。


掃部かもんさんの良いところ、それだけですか?」

「ま、まだあるぞ? んー、えっとな、んー」

「無理しなくていいですよ。たいしてありませんから」

「おいこら」

「ならいっか!」

「こらこら、怒りますよ?」

「掃除しかできない、掃除機くんです」

「朝宮?」

「不良品じゃないといいな!」

「兄貴?」


どうして俺がいじられてるんだ。

そんな不満を抱きながらも、二人があっさり話せるようになった安心感を感じている。


「それじゃ、私達は校内に戻ります」

「おう! 楽しめよ!」

「それじゃ失礼します」

「ありがとうよ! 掃除機!」

「あ、怖い人じゃないのが分かったので一言言わせてもらいますけど」

「なんでも言ってくれ!」

「いじるんじゃなくて感謝だけしとけ!!!!」

「はい!!」

「俺のことは兄貴と呼べ!!」

「兄貴!! ありがとうございました!!」

「よろしい。じゃあな坊主」

「お前、和夏菜と結婚する時、絶対そのテンションで挨拶来いよ?」


なんかサラッと怖いこと言われた。


「け、結婚とかしないんで!」

「ふーん」

「なっ、な? 朝宮」

「えっ、えっと、はい」

「それじゃ失礼します」

「またな!」


芽衣子先生、そして父親。

時間はかかってるけど、関係がいい方向に進んでるのは間違いない。


それから俺達は校内に戻って来たが、朝宮は鋭い目で俺を見つめてくる‥‥‥。


「どうした?」

「お父さんと繋がっていたんですか?」

「今日初めて会った」

「そうですか。なんだか、掃部かもんさんと出会ってからいろんなことがいい方向に進んでます」

「んじゃ、なんでそんな不満そうな顔してるんだよ」

「学校ですよ? 気を緩めたら笑顔になってしまいます」

「いいじゃん」

「私の笑顔なんて見たら、みんなますます私に惚れてしまいますよ」

「んじゃダメだな。学校で笑うな。一年生が作った映画見に行こうぜ」

「いいですけど、な、なんでダメなんですか?」

「別に?」

「教えてくださいよ」

「嫌だ」

「‥‥‥もう」


そんなの言えるわけないだろ。





朝宮と十五分の映画を見終わり、いろんな教室を周っていると、見回りをしている芽衣子先生が廊下で声をかけてきた。


「どう? 楽しんでますか?」

「あ、はい」

「さっき、お父さんと話したわ」


それを聞いた芽衣子先生は少し驚いた顔をした後、優しい表情に変わった。


「喧嘩しませんでしたか?」

「大丈夫よ。思ったよりいい人で、そして変な人だったわ」

「そうですか。後夜祭も見ていくって言っていたから、頑張りましょうね」

「先生も心構えしておいたほうがいいわよ」

「なんで私が? なにを?」

「さぁ?」


前より自然に会話できてるな。

朝宮も俺も、この二年でだいぶ変わったんだな。


「なんだかプリンが食べたくなったから、メイド喫茶に行きます」

「また行くのかよ! 俺は嫌だぞ!?」

「行きます」

「あのメイド喫茶怖いじゃん!」

「プリンが食べたいなら、茶道部が抹茶プリンを出してましたよ? 行ってみたら?」

「おぉ、そっち行こうぜ」

「そうですね」


芽衣子先生に勧められて、茶道部の店の近くまでやってくると、さっきまで聞いていた声が聞こえてきた。


「うっめー!! くそ!! どうなってやがる!!」


朝宮の父親だ‥‥‥。


「おぉ! 和夏菜と坊主!」

「こ、この人、和夏菜さんのお知り合い? 茶道部のルール的に、騒がれるとちょっとあれなんだよね‥‥‥」

「いえ、赤の他人です」

「さ、さすがにそうだよね!」

「おい、この抹茶プリン、急にしょっぱいぞ」

「兄貴、泣かないでください。あと、後夜祭まで大人しくしててください」

「おう‥‥‥そうだな‥‥‥」


流石に朝宮も、この状況で家族とは言えないだろ。

朝宮の父親として、イメージとかけ離れてるし。


朝宮の父親はプリンをもう一個買って、静かに姿を消し、俺は朝宮にプリンを買ってやり、その後も色んな出店を楽しんだ。

そして文化祭が終わろうとしている時、体育館の後ろの方で朝宮と立っていると、そこに日向がやってきた。


「和夏菜ちゃん!」

「は、はい」

「一輝くんを幸せにしてね!」

「えっ、あっ」

「一輝くんはキスしようとすると慌てて逃げる癖があるから、ちゃんと捕まえなきゃダメだよ!」

「変なこと言うな!」

「キス、したことあるんですか?」

「うん、手にだけど」

「いっ!」

「一輝くん? どうしたの?」

「いや、なんでもない。後夜祭のコスプレ楽しみにしてる」

「うん! 私も言いたいこと言えたから満足! 寧々ちゃんのとこ行ってくるね!」

「お、おう」


朝宮は俺の足を踏み、グリグリと足を捻ってダメージを与え続けてくる。


「や、やめてくれ」

「あらごめんなさい? 気づかずにやってました」

「悪意しかないだろ」

「別に、キスぐらいどうでもいいですけどね」

「朝宮もキスぐらいあるだろ」

「はい、百回はしましたね」

「えっ、だ、誰と? 元カレとかいたっけ?」

「年上の方と」

「へっ、へー‥‥‥別にどうでもいいけど」

「キスした後に頭を撫でられて、心地よい時間を過ごしたりしましたよ」

「悪い。聞きたくないわ」

「相手からしてくれたこともあります」

「ちょっと黙ってくれ」

「またすることがあるんでしょかね」

「なんかムカムカするからやめてくれって!!」

「姉と」

「‥‥‥‥‥‥あっ、会長の挨拶だ! 真剣に聞かなきゃな!」


芽衣子先生かよ!!!!

恥ずかしい勘違いしてたわ!!!!


掃部かもんさん、何故ムカムカしたんですか? もしかして嫉妬しました?」

「すすっ、するわけないだろ?」

「そうですか。ちょっと私のことが好きな人探してキスして来ますね」


本気じゃないことぐらい百も承知。

なのに、歩き出した朝宮の腕を掴んでしまった。


「ど、どうしました?」

「も、もし仮に‥‥‥お、俺が、いや、好きじゃないんだけどさ、す、好きって言ったら、俺に、それはするのか?」

「‥‥‥バッ、馬鹿なこと言わないでください」

「そうだよな、悪い。でも、大人しくしとけ」

「は、はい」


なんで朝宮が顔真っ赤にして目泳がせてんだよ。

恥ずかしいのはこっちだっての。

あぁー、なんでこんなこと聞いちまったんだ。


「後夜祭が終わって帰ったら、なんで一つ、言うこと聞いてくださいね」

「お、おう。約束だからな」


こうして、心臓がバクバクする中で二年目の文化祭が終わった。

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