第81話/心地よい君の膝


「これは罠だ! ハニートラップだ!」

「私は別に気にしてませんよ? おやすみなさい」

「気にしてるよね!? ご飯は!?」

「今日は部屋に入ってこないでくださいね」

「えぇ‥‥‥」


朝宮は二階へ行ってしまい、力強くドアを閉める音が聞こえた。


そして「ん〜!!!!」と籠ったような謎の声と共に、ドカドカと激しい物音が聞こえてきて恐怖を感じてしまい、今日は朝宮を刺激しないように、リビングで寝ることにした。





翌朝、味噌汁のいい匂いで目が覚めると、朝宮は先に食事をしていて、何も言わないで先に学校へ行ってしまった。


まだ機嫌悪そうだけど、俺の分も作ってあるな。

昼に食べるおにぎりもだ。


学校行って気まずいのも嫌だし、今から電話で謝るか。って、あれ?


「俺の携帯は?」


近くに置いていたはずの携帯が無くなっていて、慌てて身の回りを探していると、スクールバッグの上に、一枚の置き手紙があるのを見つけた。


「なになに? 『ムカつくので携帯は預からせてもらいました。返してほしければ、今日限定のプリンと引き換えです』って‥‥‥」


待ち受け見られたらアウトじゃね!?

俺が誰にも言ってない秘密‥‥‥朝宮に知られるのが一番マズい!!

早く取り返さなきゃ!!でも、今日限定のプリンってなに!?

コンビニ?ケーキ屋さん?

調べてる時間は無いし、とにかく朝飯食ってダッシュだ!!


急いで学校に走り、呼吸を整えながら廊下を歩いている時に、島村の新聞が視界に入った。


ん?【一日限定、十個限りの高級プリン】


「これだぁ〜!! しーちゃーん!!!!」


新聞部の部室へ走り出すと、後ろから島村の声が聞こえてきた。


「後ろに居ますけど」

「おぉ! よかった! このプリンってどこで買えるんだ!?」

「お昼に、売店で売り出されます。ただ、争奪戦になることを予想して、一階に教室がある一年生が有利にならないように、プリンだけを売るおばさんが、学校のどこかに隠れて売るシステムを取るようです」

「しーちゃんなら場所を知ってるんじゃないのか?」

「知りません。ただ、朝宮さんに高級プリンをプレゼント大作戦と書いたビラを全男子生徒の机の中に入れたので」

「なにしてんだよ!!!!」

「かなり争奪戦になるのは間違いありません」

「アホ!! チビ!!」

「なんだテメェ」

「し、しーちゃん?」

「身長をいじられたら、こう言えって咲野さんが」

「ビックリさせないでくれ。とにかく、もしもプリン買えたら倍の値段で買い取る。しーちゃんもチャレンジしてくれ」

「倍って、二千円でですか?」

「一個千円かよ!! たっか!!」

「高級卵を使った、すごく美味しい物らしいので」

「わ、分かった。二千円払うから頼む」

「分かりました。努力はします」

「よろしく」


それから教室に行き、朝宮をチラ見すると、しっかり制服のポケットから朝宮に貰ったとんぼ玉のストラップが出ていて、携帯は朝宮の制服のポケットにあることが分かった。

隙を見て取れればいいけど、ますます怒ったら嫌だしな。

プリンか‥‥‥折れたのが脚じゃなくてよかったと思うべきか、片腕でもなかなかハンデありそうだけど、頑張るしかないかな。





相変わらず文化祭の準備で賑やかな時間を過ごしている時、俺は閃いた。

陽大と爽真にも協力してもらおう!

そう思い、さっそく二人を教室から離れた廊下に呼び出した。


「どうしたんだい?」

「そういえば一輝、今日は和夏菜さんと一言も喋ってないよね」

「それだよ陽大! 十個限定のプリンをゲットしたら、俺に売ってくれ!」

「なるほどね! 喧嘩したんだ!」

「そういうことか。任せてくれたまえ!」

「感謝感激、あと少しで涙出そうだから待って」

「無理に泣かなくても‥‥‥」

「涙は感情が伝わる最大の武器だろ」

「あはは‥‥‥」

「でもいいか、覚えておけ。女は嘘泣きでも可哀想って思ってもらえる可能性が高いけど、男は男のくせにとか言われるから気をつけろ。涙は平等に与えられた、悲しみ苦しみを体内から取り除くためのものなのに、本当悲しくなるよ。あぁ、涙出てきた」

「よ、陽大くん、掃除機くんはどうしちゃったんだい?」

「多分、情緒不安定なだけだと思う」

「なるほど。え、笑顔も大事だよ? どんなメイクも笑顔には勝てないからね!」

「は? 俺はメイクなんてしないから関係ないだろ。アホか」

「なんかごめん」


そんなこんなで昼休みまで三分を切った。

プリンの為なのか、昼休み一時間前になると、全生徒が教室から出るのを禁止され、完全に平等が守られ、本当に先に見つけた者が勝つ仕組みだ。

待ち受けを見られる前に!!

朝宮と仲直りして、楽しく二人で文化祭を周るために!!俺は絶対にプリンを買う!!


そして、チャイムが鳴った瞬間、朝宮以外の全員が立ち上がった。


「爽真は三階!! 陽大は二階だ!!」

「了解!」

「オッケー!」


みんなが廊下に群がり、俺は一階へ行こうと思っていたが、人混みの中を進む勇気が出ずに朝宮を見つめた。

すると朝宮は、おにぎりとレジャーシートが入った袋を持って教室を出て行った。


なるほどな、待ってろ。

絶対プリンは持っていく!!


俺は生徒に当たらないように器用にみんなをかわしながら廊下を進んでいき、体育館へやってきた。


ステージ裏や体育館倉庫を確認してみたがおばさんは居ない。


掃部かもんさん」

「しーちゃん! 見つけたか!」

「いえ、一階に存在する教室や更衣室など、全て確認しましたが見つかりません」

「保健室もか?」

「はい、全部見ました。ただ、こんな大勢で学校のどこかにいる人一人を探していて見つからないのはおかしいです」

「と言うと?」

「私が今朝話した情報、新聞に書いたことは、先生に聞いた話です。ですが私も生徒の一人。嘘をつかれた可能性が高いです」

「プリンはないってことか?」

「それはあると思います。ただ、この学校がどんな学校か思い出してください」

「んー‥‥‥イベントが多い?」

「イベントと言えば生徒会が仕切っています」

「生徒会室に走るぞ!」

「私は違う場所を探します」

「頼んだ!」


三階の奥にある生徒会室に走りながら、爽真に電話をかけた。


「三階はどうだ?」

「見つからないよ!」

「今、生徒会室に向かってる。先に行ってみてくれ」

「生徒会室なら立ち入り禁止になってたよ?」

「立ち入り禁止?」

「うん、僕はこれから二階にいる陽大くんと合流して、他を探すつもり!」

「分かった。俺も他を探す」


上は二人に任せて、俺はやっぱり一階か?

でも、プリンを売ってる人じゃないとなると、なにを探せばいいんだ。

考えながら早歩きで廊下を歩いていると、外のベンチでプリンらしき物を食べている絵梨奈と日向を見つけ、俺は急いで二人に駆け寄った。


「そ、そのプリンって!」

「いいっしょ! 限定プリン! めっちゃ美味しいよ!」

「一輝くんも探してるの?」

「どこにあった!?」

「それは秘密にしてって言われてるから」

「そこをなんとか!」

「あれはいいんじゃない?」

「人じゃなくてってやつ?」

「そう!」

「そうだね! 一輝くんだから特別に教えてあげる!」

「助かる!」

「見つけるべきは人じゃなくて引換券! 私達はたまたま見つけてラッキーだった感じだよ!」

「どこで見つけた?」

「このベンチに貼ってあった」

「日向のもか?」

「私は階段の手すりの裏に貼ってあるのをたまたま触って見つけたの! って、私達言っちゃってるじゃん!」

「ヤバっ!」

「隠してある場所はバラバラなのか。ありがとう!」

「まぁいいか、がんばれー!」

「頑張ってね!」

「おう!」


爽真と陽大に情報を共有して校内に戻り、靴を履き替えている時、また島村が声をかけてきた。


「新情報です」

「引換券だ」

「分かってましたか。既に三人がプリンを持っているのを見ました」

「絵梨奈と日向も食べてた」

「あと五つですね」

「急ごう」

「はい」


また手分けして走り出すと、プリンを持ちながらスキップする咲野を見つけた。


「咲野!」

「あっ、一輝くん! 見て見て!」

「そ、それ譲ってくれ! 金なら払う!」

「えー、お金? 体で支払ってほしいなぁー♡」

「朝宮の髪の毛」

「パンツ」

「ダメだ」

「それじゃダメだねー」

「朝宮の歯ブラシとかどうだ」

「はぁ♡ いい♡」

「よし決まりだ、そのプリンくれ!」

「でもなぁー♡」

「な、なんだよ」

「一輝くんが和夏菜ちゃんの歯ブラシを使って、それを私にくれるならいいよ?♡」

「無理」

「なら、私の歯ブラシ使って」

「嫌だ」


そんな会話をしている時、寧々が女友達とプリンを持ちながら、嬉しそうに会話をして横を歩いて行った。


「残り二つしかなかったけど、みんな見つけられるかな」

「私達は運がよかったね!」

「そうだね。嬉しい」


残り二つ!?!?!?!?


「寧々ちゃんならくれるんじゃない?」

「いや、寧々の喜びは奪いたくない」

「ちなみに一輝くんがよそ見してるうちにプリン食べちゃった!」

「なんで!?」

「まだ私の口の中にプリンの味が残ってるよー?♡ そんなに高級プリンの味が気になるならさぁ♡」

「あっ、却下で。俺急ぐから、朝宮に渡さなきゃいけないんだ」


咲野に背中を向けた瞬間「バスケ部の部室、もう一枚あったよ」と、かなり小さな声で咲野は言った。


「は?」

「ん? 何にも言ってないよ?」

「咲野お前」

「なに?」

「今日は一段と可愛いな!」

「はぁ!!!!♡ ダ、ダメ♡ 心臓とお股がぁ♡」

「お股はいかんだろうが。アウトだよ。じゃっ、じゃあな」

「はぁ♡ はぁ♡」


廊下の床に両手をついて発情してる咲野を放置して、また体育館に戻ってきた。


「えっと‥‥‥」


バスケ部の部室は確か、体育館の二階の、あの真ん中のドアだ!!


急いで階段を駆け上がり、バスケ部の部室内を見渡した。


「どこだ?」


普通に怪しいのはバスケットボールが大量に入ってるカゴだけど、ここに手を突っ込むのはな‥‥‥。


その時、生徒会長の声で校内放送が流れた。


「限定プリン、残り一個となりました! もう皆さん気づいていると思いますが、プリンの購入には、どこかに隠された引換券が必要になります! 喧嘩せず、仲良く探しましょう!」


残り一個!?

咲野がここで見つけた後、誰かが見つけてしまった可能性もあるにはある‥‥‥でも、やるしかない!!


歯を食いしばってボールの中に手を突っ込み、慣れない左手でボールを取り出していくと、一つのボールを持った時、触り心地に違和感を感じて、そのボールを確認した。

すると、セロハンテープで貼られた長方形の紙に【限定プリン引換券.千円お支払いいただきます】と書かれていた。


「よっしゃ‥‥‥よっしゃー!!!!」


引換券を剥がすと、裏には【職員室に居る芽衣子先生に持って行ってください】と書かれてあり、手をアルコール消毒して急いで部室を出た。


「一輝! あった?」

「おぉ陽大! ラス一見つけたぞ!」

「よかったね! 爽真くんにも伝えておく!」

「ありがとう!」


そして、階段を降りてすぐ、また校内放送が流れた。


「タイムアップでーす! みなさんお疲れ様でした! 残り十五分のお昼休憩を優雅に過ごしましょう!」

「タイムアップ!?」

「滑り込みでなんとかなるよ!! 走って!!」

「お、おう!!」


予告されていなかったタイムアップに、慌てて職員室へ走り、ノックもせずに飛び込んだ。


「芽衣子先生!」

「えっ」

「あっ」


芽衣子先生はちょうどプリンを一口食べたところだった。


「ひ、引換券持ってきました‥‥‥」

「一口食べちゃいました」

「なにやってんすか!! バカ教師!!」

「こらこら、そういうこと言っちゃいけませんよ?」

「ひっ!」


優しい口調とは裏腹に、他の教師に見えない角度で、とてつもなく怖い顔をされてしまい、俺は自然と一歩下がってしまった。


「ま、まぁいいです。それ五百円で売ってください」

「食べかけを?」

「食べるのは朝宮なので問題ありません」

「このプリン、食べたがってた?」

「はい」

「このプリンね、和夏菜ちゃんのお父さんが作ってるんだよ」

「お父さん? 今のですか?」

「そう! お金いらないから持っていってあげて」

「あ、ありがとうございます」

「プリンが大好物なのも、今のお父さんになってからだから、なんかいろいろ複雑だろうけどね。このプリンを食べたがってたなら、まだ救いようがあるのかな」

「どうですかね。とにかく今はそんな場合じゃないので、行きます」

「はい、スプーンもこれしかないから、このまま持っていって」

「分かりました」


食べかけになっちゃったけど、一度教室に行っておにぎりを持ち、ヘトヘトになりながら屋上にやってきた。

すると朝宮は、まだ何も食べないで、レジャーシートの上に座っているだけだった。


「はぁ‥‥‥疲れた。ほらこれ」

「ゲットできたんですか?」

「あぁ」


朝宮にプリンを渡して、俺はレジャーシートの上に仰向けで寝そべった。


「下はコンクリートです。体を痛めますよ」

「えっ、ちょっと?」


朝宮に優しく頭を支えられて、俺は膝枕されてしまった。

そして恥ずかしさのあまり、左腕を自分の目の上に被せ、朝宮と目が合わないようにした。


「食べかけですか?」

「芽衣子先生のな」

「なら、掃部かもんさんは食べられませんね」

「俺は要らないから、全部食べろ」

「本当は一口目は掃部かもんさんに食べてほしかったんです。このプリン、世界で一番美味しんですよ」

「いつか機会があったら買うよ。そんなことより、こんなところ誰かに見られたらヤバいだろ」

「でも、掃部かもんさんだって逃げようとしません」

「俺は疲れたんだよ」


初めて感じる心地良さと、プリンのガラス瓶にスプーンが当たる音と鳥のさえずり。

時間の流れがゆっくりに感じて、ずっとこうしていたいと思ってしまった。





「ごちそうさまでした。一緒におにぎり食べましょ?」

「ごめん、疲れて動けない」

「まったく、しょうがないですね」

「‥‥‥よく分かんないんだけどさ、昨日はごめんな」

「私もごめんなさい。電話で黒川さんに確認を取ったら、ちゃんとした理由が分かりました」

「もう怒ってないのか?」

「はい。それに、嬉しい発見もありましたから」


朝宮は優しく俺の左腕をどかし、そのまま優しく両頬を包み込むように触れて俺を見下ろした。


「待ち受け画面、私とお揃いだったんですね」

「か、勝手に見るなよ」


結局見られてしまった。

去年の俺の誕生日に、俺がクリームまみりれになりながらチキンを頬張り、朝宮が俺の隣で笑顔で写る写真。

水族館のと迷ったけど、なんかあの写真は好きだ。

それに、朝宮も待ち受けにしてたのか。


「携帯は返します」


俺の胸の上に携帯を乗せてきて、俺はそのまま俺を見下ろす朝宮を写真に撮った。


「ちょ、ちょっと! 二重顎とかになってませんか?」

「なってねーよ。ちょっと胸が邪魔だけど」

「セクハラですよ?」

「悪い悪い。それよりさ、文化祭なんだけど」

「一緒に周りましょ?」

「お、おう」


今更だけど、この状況と雰囲気、付き合ってない方が変じゃね?

今告白したらいけるんじゃ!?

いや、言えるわけない。

やっぱり爽真ってすごかったんだな。


「いぎっ!?」


急に鼻を力強く引っ張られて、激痛で涙目になると、さっきまで優しい表情だった朝宮が、クールな表情に変わっていた。


「それと、ハレンチな画像は消しましょうね」

「は、はぃ!!」

「あと、パスワードが私の誕生日なの可愛すぎます」

「やめて!? 言わないで!?」

「‥‥‥掃部かもんさん」

「な、なんだよ」


朝宮は鼻から手を離し、また優しい表情に変わった。


「私に言いたいことはありませんか? 今ならなんでもイエスと答えてあげます」


そう言われて俺は起き上がり、おにぎりを一口頬張った。


「‥‥‥実は‥‥‥」

「はい」

「朝宮って力強いけど、前世ゴリラだったりする?」

「イエス!!」

「ぶはっ!!」


なんか勢いよくビンタされたんですけどー!?!?!?!?

やっぱりゴリラで間違いないわ!!!!

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