第80話/修羅場の始まり
「みんな! 屋上に移動するよ!」
「はーい!」
ラーメン火傷事件の翌日の放課後、爽真が仕切ってクラスのみんなを誘導し、屋上にやってきた。
「それじゃまず、この動画を見てダンスを覚えてほしんだけど、掃除機くんはダンスじゃなくて、ずっと倒れてくれればいいから!」
「それだけ?」
「うん! 詳細は後で説明するけど、タイミングに合わせてステージに登場したら、あとは和夏菜さんが殴るふりをしてくれるかさ、倒れてくれてればいいよ!」
「なにその可哀想な役」
「ダンスできるならいいけど」
「大人しく倒れておきます」
「うん! よろしくね!」
それはそうと、芽衣子先生も出るって言ってたのに、居なくて大丈夫なのか?
そう思いながらみんなが見様見真似でダンスの練習をする姿を眺めていると、あの朝宮が恥ずかしがらずに、ちゃんと練習しているのが視界に入った。
なかなか珍しいな。
いつもならクールぶって、適当に流すのが普通なのに。
自然と朝宮をずっと見ていると、目が合ってしまい、朝宮が俺のところへやってきた。
「なに見てるんですか?」
「別に? 太ったなって」
冗談で話を流そうとしたが、朝宮はクールな表情のまま俺の左頬を引っ張ってきた。
「いでででででっ!!」
「ほっぺも骨折させてあげましょうか」
「しねーよ!」
「死ねって言いました?」
「いででででででっ!!!!!!!」
「はいはい、そこ! イチャイチャしてないで練習だよ!」
「イ、イチャイチャなんてしてません」
爽真の一言で、朝宮は不機嫌そうな顔をして絵梨奈の元へ戻って行ったが、数名の男子生徒に俺が睨まれるという二次被害が起きていることを、爽真は分かっているのだろうか。
※
ダンスの練習が終わり、俺は朝宮に誘われて会議室へ向かっている途中だ。
「会議室って、実行委員が会議中じゃないのか?」
「黒川さんとエリナさんが来ていて、
「すまん、帰るわ」
「なにか、文句があるそうですよ」
「尚更帰るわっ!?!?!?!?」
背後から頭にバレーボールを当てられ、後頭部を押さえながら振り向くと、朝宮とエリナが睨み合っていた。
正確には、二人ともクールな眼差しで見つめ合ってるが、多分これは睨んでる。
だって二人とも雰囲気が怖いもん。
「怪我している相手に、なにをしているんですか?」
「制裁です」
「次、
「あ、朝宮? なに怒ってんだよ」
「怒ってません」
「二人共あれだ、え、笑顔笑顔!」
二人は目を大きく見開いて睨み合いながら、口元だけニッコリ笑顔を作った。
「いや、怖っ」
「エリナじゃん!」
「お久しぶりです絵梨奈さん」
おぉ、久しぶりの【金髪えりな】コンビだ。
「なんか、和夏菜と揉めてた?」
「いえ」
「ならいいんだけど、会長は? 今日は居ないの?」
「会長は会議室で会議に混ざっています」
「エリナはなにしに来たの?」
「寧々ちゃんにバレーを教えていました。今からまた、体育館に戻るところです」
「暇だし、私も行っていい?」
「いいですよ。行きましょうか」
「レッツゴー!」
最近は黒川より、エリナの方が危険だな。
ひとまず絵梨奈の登場で助かり、二人は仲良さげに話しながら、この場を去っていった。
「大丈夫か?」
「
「馬鹿にしてんのか」
「普通に聞いただけです。とにかく、黒川さんは手を出したりしてこないでしょうから、早く行ってしまいましょう」
「そうだな。行こう」
気乗りしないまま会議室の前までやってくると、中から真剣に会議をする声が聞こえてきて、少なくともいきなり開けて入っていい雰囲気ではなかった。
「しばらくどこかで時間潰すか」
「私は帰りますけど」
「薄情め。俺一人だけ文句言われろってか?」
「そもそも黒川さんは、
本当に帰りやがった。
「はぁ」
いかんいかん。
自然とため息が。
とにかく、会議室の前で待っておくか。
※
やっと会議が終わり、会議室から生徒が出てくるのを見ていると、出てきた黒川と目が合った。
「待っててくれたのね。ごめんなさい」
「別にいいけど。んで? 文句ってなんだ?」
「貴方、桜城里の文化祭を手伝いに来なかったわよね」
「あっ‥‥‥」
「別に強制ではないけれど、情というものがないのかしら」
「すまん」
「いいわ。お茶に付き合いなさい」
「オッケー、お詫びに奢る」
「私が奢るわ」
「あんがと」
「もっと粘りなさいよ」
「す、すまん」
そんなこんなで黒川と学校を出て、喫茶店へやって来た。
二人でホットココアとミルクレープを頼み、それを食べながら会話を始めた。
「それで、その腕は?」
「ちょっと崖から落ちてな」
「気をつけなさい。
「そんなに居ないだろ」
「日向さん、寧々さん、絵梨奈さん、咲野さん、高野さんと川島さん、島村さんと朝宮さん。それと私。充分多いじゃない」
「どうして俺の友好関係知ってんだよ。怖いんだが」
「寧々さんとエリナが仲が良くてね、いろんな話を耳にするのよ。最近は朝宮さんに触られても平気らしいじゃない」
「本当最近の話だな」
「一線でも越えて、吹っ切れたってことかしら?」
「黒川が想像してるようなことはしてねーよ」
「なら、潔癖症を克服したの?」
「いや、残念ながらそれはない」
「見れば分かるわ。まさかのマイフォークだものね」
「だってこういう店、よく見ると水垢みたいなの残ってるやつ割とあるくね?」
「失礼よ?」
「すまん。でもケーキは美味い! 本当に奢ってもらっていいのか?」
「もちろん。私と握手ができたらね」
「卑怯だぞ!」
「冗談よ。学校帰りに好きな人とケーキを食べる夢が叶えられて満足だわ」
「そういうことサラッと言うなよ。こっちが恥ずかしい」
「ごめんなさい。それと、エリナを許してあげて」
「ボールぶつけるのやめさせてくれたら考える」
「エリナは周りと馴染めなくて、私に生徒会に誘われたことで救われたと思っているのよ。だから、私を選ばなかった貴方を許せない。私のためにやっていることだから、許してあげてほしいの」
「許せない」
「何故?」
「外見てみろ。ボール構えて待ってるぞ」
「まったく。外へ行きましょ」
「お、おう」
ケーキも食べ終わり、黒川を先頭にして店を出ると、目の前の黒川の頭にバレーボールが直撃した。
「にゃ!?」
「か、会長! もう訳ありません!」
「だ、大丈夫よ」
ボールぶつけられた時のリアクションが朝宮と一緒だったな。
「怪我はありませんか?」
「無いわ」
「語尾に『にゃ』付けて馬鹿にしないのか?」
「私がそんなことする訳ないじゃないですか」
「朝宮にしただろ」
「エリナ」
「は、はい」
「次誰かにボールを当てたら、全裸で校内一周」
「別に構いません」
「いいのかよ!!」
「生徒と教師は女性しかいませんし、日頃から更衣室では服を脱いでマッサージしてもらっていますから、見られることに抵抗はありません」
そうなの!?女子高ってそういう場所なの!?
「なら、
「えっ、いや、え?」
「エリナは後輩人気ナンバーワンだから、裸を見たら、多分リンチされると思うけれど」
「それ、俺に対する罰になってない!?」
「文化祭、楽しみにしてるわね」
「ぬはっ!!!!」
何故か急に、また顔にボールを当てられた。
「会長、ボールを当ててしまいました。リンチしましょう」
「おいこらぁ!!」
「本当に分からない子ね」
「ちょっ! 会長!?」
「あ‥‥‥」
黒川はエリナのミニスカートをチラッとめくり、俺は白い下着を見てしまった。
「帰るわよ」
「ひ、酷いですよ会長! 私、初めて異性に見られてしまいました!」
「大丈夫よ。
「で、でも!」
ありがとう。黒川、お前いい奴だな。
さて、俺も帰ろう。
***
「会長!」
「しつこいわよエリナ」
「ですが、あれはさすがに」
「エリナは
「は、はい」
「私はいろんなルートから手に入れた、
「会長」
「なにかしら?」
「一生ついて行きます」
「なら、もう
「はい」
二人がそんな会話をしていることを知らない一輝は、呑気に自宅を目指した。
***
「ただいまー」
「おかえりんりん! りんゆきさん!」
「誰だよ」
「今日はグラタンとパスタですよー!」
リビングから聞こえる朝宮の声は今日も元気だ。
元気な朝宮にほっこりしつつ、俺もリビングへ行き、カバンを置いて椅子に座った。
「ポケットからなにか落ちましたよ?」
「ん?」
朝宮は俺の背後に周り、レシートのような物を拾った。
「‥‥‥へー」
「コンビニのレシートか? 捨てといてくれ」
「今日は喫茶店デート楽しかったわね♡ また、朝宮さんには内緒で♡ ね?♡」
「急になに言ってんだ?」
「喫茶店のレシートの裏に書いてあるメッセージを読み上げました」
「へ?」
「黒川さんですか? それとも他の誰かでしょうか」
「い、いや! 確かに黒川と喫茶店には言ったけど! えっ!?」
「行ったんですね。別にいいんですよ?
「そんなレシートもらった覚えない!」
「この期に及んでシラを切ると。そうですかそうですか」
声は完全に怒ってるのに、にっこり笑顔‥‥‥。
これはまずい‥‥‥。
「な、なんで怒ってるんだよ」
「怒ってませんよ? この笑顔が見えませんか?」
「見えるけど、逆に怖いと言うか‥‥‥」
「ふふふっ」
「‥‥‥」
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