第78話/握る手
朝のバイキングで、利き手を骨折したせいで、左手でぎこちなくパンを食べていると、なにも知らない咲野が朝宮を心配して大騒ぎしているのが視界に入り、朝宮が俺を指さすと、次は俺のところに咲野がやってきた。
「一輝くん! 大丈夫? 今日からムラムラしたら私を呼んで?」
「朝から何言ってんの!?」
「つか、爽真くん」
「な、なんだい?」
「なに二人に怪我させてるわけ?」
「僕は悪くないよ!」
「一輝くんの怪我に関しては、一緒に崖を下ってたんでしょ? そこは身代わりにならなきゃ!」
「僕は死んでもいいのかい!?」
「うん」
「えっ」
「爽真って、本当可哀想だよな」
「本当に僕は可哀想だ‥‥‥」
「骨折してる俺が一番可哀想だけどな」
「そんなことないよ」
「おいこら。咲野もなんか言ってやれ」
「咲野さんなら、絵梨奈さんに文句言いに行ったよ」
「あいつも忙しいやつだな」
その後、日向も心配して話しかけてきたり、母親と親父からも電話があって忙しかったが、なんとかパンも食べ終わり、バスでの移動が開始するまで、部屋で一時間の休憩が挟まれた。
「ぬぁー」
「お疲れのようだね」
俺は部屋に戻ってくると、疲労からすぐにベッドに横たわった。
「一時間後に起こしてくれ」
「了解!」
やっと寝れる。そう思って目を閉じた瞬間、他の部屋の男子生徒が部屋にやってきて、なにやら雑談で盛り上がり始めてしまった。
でも大丈夫。今の俺なら寝れる。
※
「掃除機くん! 時間だよ!」
寝れなかった〜!!!!
「お前らうっせんだよ!! 寝てるのが分からないのか!?」
「あっ、和夏菜さんを助けたヒーロー!」
「へ?」
「よくやったよ! 俺らのアイドルを、よく助けてくれた!」
「お、おう。どうも」
めちゃくちゃ怒りたいのに、なんか怒りにくいな。
まぁ、帰りの飛行機で寝れるなら、それは俺的には救いだし。
今日一日寝ないで頑張るか。
それから、みんなで旅館で働く人達に挨拶をしてバスに乗り込み、奈良の有名スポットを見学しに行ったり、いちご狩りを楽しんだが、なんだか、朝宮に避けられている気がする。
今日は朝宮と一言も喋ってないし、まぁ正直、俺も朝宮を避けてる節はあるんだけどね。
なんか変に照れ臭くて、話しかける時の最初の一言が思い浮かばないんだ。
※
何度か声をかけようと試みたが、結局話せないまま夕方になり、空港に来てしまった。
「一輝くん?」
「あっ、あぁ、日向か。なんだ?」
「なんか緊張してる?」
「飛行機が苦手でな」
「高いところ苦手だっけ?」
「かなり」
「それなのに、よく崖下ったね」
「それな。謎だよな」
「変なの! でも、命だけは無事で本当によかったね!」
「桜」
「なに?」
日向と話していると、絵梨奈が話に入ってきた。
「ちょっと一輝借りていい?」
「いいよ?」
「ちょっと来て」
「どこ行くんだ?」
「こっちこっち」
いや、どこだよ。
絵梨奈に付いていくと、何故か空港の自動販売機の影に立たされた。
「ここで待ってて」
「なんでだ?」
「いいから」
「まぁ、分かった」
絵梨奈はどこかへ行ってしまい、意味も分からず待っていると、そこに朝宮がやってきた。
「な、なぜここに
「絵梨奈にここで待てって言われたんだよ。あ、朝宮は? なんでここに?」
「絵梨奈さんに、自販機の影に行ってと言われたので」
「ハメられたな」
「ハメられましたね」
喋ってみれば案外普通で安心だ。
それに冷静になって見れば、朝宮は朝とは違って、包帯は外して、オデコにガーゼを貼っているだけになっていた。
「包帯外してよかったのか?」
「痒くなっちゃうので、我慢できなくて」
「そうか。軽症で済んでよかったな」
「でも、
「気にするな。これは俺の不注意が原因だ」
「ですね」
「おい」
「実は昨日あの山で、
「渡したい物?」
「丁度いいタイミングなので、今渡します。これなんですけど」
朝宮がポケットから出した物は、昨日気を失っていた朝宮が握っていたポチ袋だった。
「一日遅れちゃいましたが、お誕生日おめでとうございます」
「開けてみていいか?」
「はい」
袋を開けて中身を確認すると、黒に白色の小さなハートが描かれた、シンプルで可愛らしいとんぼ玉を使ったストラップが入っていた。
「可愛いじゃん! ありがとうな!」
「わ、渡せてよかったです。さよなら」
目を泳がせて逃げるように去って行った朝宮と、すぐに飛行機の中で顔を合わせた。
「どうも、さっきぶり」
「はいはいそうですね」
「顔赤いぞ? 大丈夫か?」
「
「あと真っ黄色が居れば、信号みたいだな」
「それはもう怖いですよ」
そうこうしているうちに飛行機が動き始め、眉間にシワを寄せつつ目を閉じると、朝宮は俺の左手を優しく握った。
「怖いなら、ずっと握っててあげますよ」
「あ、ありがとう」
「正直、全然覚えてないんですけど、絵梨奈さんから全部聞きました。折れた腕で、私をおぶって助けてくれたんですよね」
「まぁ、うん」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
飛行機の中で寝ようと思ったのに、朝宮に手繋がれて、緊張で寝れねぇ!!
「まだ怖いですか?」
「い、いや、それどころじゃなくなった」
「鳥肌の方は大丈夫ですか?」
「それは全然‥‥‥平気だ」
そのままみんなに隠れて、手を繋ぎながら地元の空港まで帰ってきたが、すっかり夜で、芽衣子先生が車で送ってくれることになった。
※
送ってくれるのはありがたいんだけど、なにこの気まずい空間!
朝宮も芽衣子先生も全然喋らないし!!
いや、今こそ姉妹関係を少しでも良くするチャンスなんだ!
あれを言うしかない!
「朝宮」
『はい』
二人同時に返事してきたぁ〜!!!!
「妹の方の朝宮」
「なんですか?」
「本当は、途中から朝宮を運んだのは芽衣子先生なんだ」
「そういう嘘はいりません」
「本当だ。芽衣子先生は朝宮を大切に思ってる。俺と朝宮を見つけて、芽衣子先生は泣きながら駆けつけた。そして朝宮を大事そうに抱えて救急車に走っったんだんだ。そうですよね? 芽衣子先生」
「は、恥ずかしい話ししないでくれるかな」
「‥‥‥」
これで朝宮も本当だって分かっただろ。
俺ができるのはこれくらいだけど、言わないよりはよかったはずだ。
※
「着きましたよ」
「ありがとうございます」
「荷物、玄関まで運びます」
「朝宮も体力使わない方がいい。自分で運ぶよ」
「私が運ぶから安心しなさい」
「は、はい」
結局芽衣子先生に荷物を運んでもらった。
「わざわざありがとうございました」
「どういたしまして! それじゃまた学校でね」
「はい」
芽衣子先生が車に乗り込もうとした時、朝宮は芽衣子先生の腕を掴んで俯いた。
「ん? どうしたの?」
「‥‥‥ありがとう」
よく言えた。偉いぞ朝宮。
そして芽衣子先生は、何も言わずに優しい表情で朝宮の頭を撫でて行ってしまった。
「さて」
「さて?」
「無事生きて帰ってきた打ち上げです!」
「寝かせくれぇ〜!!!!」
でも、元気な朝宮を見れて、それが嬉しくて、結局寝ずにリビングで修学旅行で買ったものを広げたりして楽しい時間を過ごしてしまった。
「そういえば、しばらく料理できないわ」
「私が作りますよ!」
「やめて?」
「スプーンで食べるようなものがいいですよね」
「うん、やめて?」
「さっそく作りますね!」
「やめて!? 話聞いて!?」
朝宮はノリノリで料理を始めてしまい、美味そうなシチューを作り上げた。
「見た目は普通。キッチンは綺麗。どうしたんだ!? 頭打っておかしくなったか!?」
「失礼ですね! ほら、食べますよ!」
「う、うん」
なんか今なら、朝宮が作った料理は抵抗なく食べれてしまう。
「どうですか?」
「ん? ちょっと薄い」
「そこは美味しいって言ってくださいよ!」
実はめちゃくちゃ美味いんだけど、なんか照れ隠しで薄いとか言ってしまった。
「食べたらシャワー浴びたいんだけど、ギブスの上からビニール被せて留めてくれないか? 濡れちゃダメなんだってよ」
「任せてください! しばらくは身の回りのこと、全部私がやりますから!」
「あ、ありがとう」
それから布団に入るまで、朝宮は積極的に動いてくれて、本当にいろいろ助かった。
「んじゃ、寝るからな」
「ちょっと試したいことがあるので、一回起き上がってくれますか?」
「めんどくさいなー。はい、起き上がったぞ」
すると朝宮は、布団の上に座る俺を、急に正面から抱きしめてきた。
だが、その瞬間から記憶が途絶えた。
***
「
手を繋げるようになったのと、私の手料理を食べられるようになったこと以外はなにも変わってないんですね。
でも、私は
***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます