第77話/本気で思ったんだ
山の麓に着くと、絵梨奈と、タクシーで先に来ていた陽大と爽真が俺を待っていた。
「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥」
全力で走って急に止まったから脇腹がいてぇ。
「今先生が来るって」
「朝宮はどこから落ちたんだ」
「こっち!」
また走って朝宮が落ちた場所までやってくると、崖にたくさん木が生えているのは分かっても、下の方までは暗くて見えない。
「結構高いね‥‥‥」
「一輝!?」
「俺が下まで行く」
「危険だよ! 先生を待った方がいい!」
「一旦落ち着こうよ!」
「先生を待って、そこから状況を確認してレスキューを呼ぶのか? もしも‥‥‥もしもだ‥‥‥朝宮の呼吸が止まってたら、今すぐにでもいかないと‥‥‥」
「僕も行く」
「よし」
「二人とも、定期的に声かけるから、必ず返事して」
「分かった」
「本当に気をつけて」
「おう」
心配する二人を置いて、爽真と二人で、木にしがみつきながらゆっくり崖を下り始めた。
「爽真」
「なんだい?」
「もしも俺が落ちて、下で俺と朝宮を見つけたら、先に朝宮を助けてやってくれ」
「落ちないことに集中してくれよ」
「そうだな。あとさ」
「うん」
「下から歩いて行った方が良かったと思わないか?」
「それじゃかなり遠回りになるよ。この下には川が流れてるからね」
「川!?」
「来る時に気づかなかったのかい?」
「必死だったからな。朝宮‥‥‥川に落ちてないといいけどな」
「そんな結末、僕が許さないよ」
「‥‥‥」
不安が募っていく中で、慎重に崖を下り続け、しばらくすると川の流れる音が聞こえ始めた。
「おーい! 大丈夫ー!?」
「おーい!」
絵梨奈と陽大の声だ。
「大丈夫だ!」
「問題ないよ!」
「あっ!?」
「掃除機くん!!!!」
気が緩んだせいで足を滑らしてしまった。
あーあ‥‥‥死ぬのって怖いな‥‥‥。
「うっ! くぅ‥‥‥いってぇ‥‥‥」
川を挟む砂利に落ちた俺は、全身に激痛が走っていたが、頭も打たず、命は無事だった。
「くっ‥‥‥」
立ち上がろうとすると脚が痛すぎて、一気に身体中から嫌な汗が噴き出てくる。
腕も違和感を感じる。
呼吸を整えながら周りを見渡すと、砂利の上に倒れていて、ピクリとも動こない朝宮を見つけた。
「‥‥‥朝宮? 朝宮‥‥‥おい‥‥‥」
脚の激痛で、途中這いつくばりながら朝宮の元までやってきたその時、爽真が無事に崖を降りてきた。
「無事かい!?」
「爽真‥‥‥」
「‥‥‥」
朝宮は頭から血を流していて、呼吸しているのかも分からない状態だった。
「何か握ってるよ」
「なんだ?」
「トンボ玉の店のポチ袋かな?」
「あぁ〜!!」
「大丈夫かい!?」
「あぁ‥‥‥」
俺は気合いを入れて立ち上がった。
「とにかく和夏菜さんを連れていかなきゃ!」
俺が無事だと分かった爽真は、朝宮の体を起こそうとした。
「触るな!!」
「え?」
「あっ、いや‥‥‥俺が山の麓まで運ぶ」
「君じゃ無理だ! まず、人に触れないじゃないか! それに君は怪我をしてる!」
「爽真は先に行って、先生達に状況を説明して、救急車を呼んでおいてくれ」
「‥‥‥やっぱり運べなかったとか言ったら、僕は君を殴る」
「‥‥‥分かった」
爽真は砂利道を走って行き、すぐに姿が見えなくなった。
「朝宮、お前がピンチの時、そんな時でも俺はお前に触れることはないって、朝宮が怒ったの覚えてるか? あの日のこと、ちゃんと俺に謝れよ? ‥‥‥おらぁー!!!!」
激痛に耐えながら朝宮の体を起こし、朝宮をおんぶして、ゆっくり歩き出した。
始めて朝宮に触れた‥‥‥。
想像より軽いな‥‥‥それに、不思議と鳥肌も立たない。
とにかく少しでも早く歩かなきゃな。
ただ前だけを見つめて歩いていたその時、朝宮の手がピクッと一瞬動いた。
「生きてたか!」
「‥‥‥高野‥‥‥さん?」
「‥‥‥」
「違いますね‥‥‥いつでもこんな石鹸のいい匂いがする人‥‥‥他にいません‥‥‥でも少し、アルコールの匂いがして」
「喋らなくていい。もう大丈夫だからな」
「‥‥‥」
「朝宮?」
また朝宮の力が抜けたのを感じて、俺は力を振り絞って歩くスピードを上げた。
そして、救急車の赤いランプが見え、その側に多くの人集りが見えた。
「和夏菜ちゃん! 一輝くん大丈夫?」
芽衣子先生が走ってきて、朝宮の腰を支えた。
芽衣子先生‥‥‥また泣いてるよ。
「大丈夫じゃないっす。全身が悲鳴あげてます‥‥‥」
「後は私が運びます」
「はい‥‥‥」
「一輝くんも救急車に乗って」
みんなの元へやってくると、みんな俺を心配しているのか、焦ったような表情をしてるけど、なんだかみんなの声が遠く感じる。
「君! 早く座って!」
頑張りすぎたのか、意識が朦朧とする中、気づけば病院のベッドの上で目を覚ました。
「起きたわね」
「芽衣子先生‥‥‥? 朝宮は!?」
「はい、朝宮です」
「そういうボケいらないんですけど」
芽衣子先生はベッドの横にある椅子に座っていた。
「和夏菜ちゃんは頭を打って脳が揺れちゃったみたいでね、傷口の治療だけして、後遺症と無く、もう旅館に戻りました」
「よかった‥‥‥」
「それで、助けに行った君は脚を痛めたけど、数日で治るって」
「それもよかったです」
「右腕折れてますけどね」
「うぇ!? うわっ! ギブスしてる!」
「よく和夏菜ちゃんをおんぶできましたね」
「あの時は腕より脚の方が痛かった気がするんですけど」
「アドレナリンが出まくってたのかな? それで、危ない行動をした一輝くんは今すぐ帰宅」
「えっ‥‥‥」
「と言いたいところですが、妹を助けてくれてありがとう。明日も楽しみなさい。昨日お酒飲んでたのを黙ってくれてたお礼も兼ねて見逃します」
「いや、楽しむって、腕折れてるんですけど」
「しばらくは和夏菜ちゃんが右腕になってくれるんじゃないかな?」
なんだろう。なんかいやらしい意味に聞こえる。
「歩くの大変だと思うけど、旅館に帰りますよ」
「はい」
※
芽衣子先生と一緒に旅館に帰ってくると、旅館のロビーには先生が全員集合していて、怒られるかと思ったが、なんか、朝宮を助けたことを褒めてもらえた。
そして部屋へ向かう途中の廊下では、陽大と島村がなにかを話していた。
「写真を撮らなかったとはどういうことですか」
「僕は山の上に居たから」
「よっ」
「一輝! 大丈夫!?」
「右腕折れたっぽいけど、なんとか大丈夫だ」
「骨折!? で、でも生きててよかったよ」
「
「あぁ、いいから陽大を責めないでくれ」
「そうですね。ごめんなさい」
「いいよいいよ!」
「でも、カメラすら持ち歩かなかったのは、修学旅行が終わったらお説教です」
「はい! それじゃ部屋に戻ろう! 爽真くんも心配してるから」
「そうだな。俺も疲れたから、早く部屋に行きたい」
「それじゃ、しーちゃんも早く寝なね」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ!」
「おやすみー」
島村も自分の部屋に戻って行き、俺も自分の部屋に戻ってきた。
「ただいまー」
「掃除機くん! 怪我はっ‥‥‥大怪我だね」
「文化祭もこのままやることになりそうだ。利き手とか最悪だよな」
「でも、生きてるだけでよかったよ」
「それはそうだな。朝宮も問題なくて、今は部屋でゆっくりしてると思う」
「よかった! やっと安心できたよ! 告白はできなかったけど、まだ明日があるし、なんとかなるよね!」
「‥‥‥」
「そうだ! 僕は飲み物買ってくるね!」
陽大は俺の顔を見つめた後、俺の気持ちを察したのか部屋を出て行った。
「爽真」
「なんだい?」
「朝宮のこと、諦めてくれないか」
「どうしてだい? 君が思ってること、素直に聞かせてほしい」
「‥‥‥朝宮を失いたくないって、本気で思った。それと同時に、誰にも渡したくないと思った。自分勝手だって分かってる。朝宮がどう思ってるかも分からないけど‥‥‥朝宮を俺にくれ」
「やっと素直になったね! よし、これで諦めがついた!」
「あ、ありがとう‥‥‥」
「でも、ビックリするほどお似合いじゃないね」
「うっせ。あと、このことは誰にも言わないでくれ」
「ごめん、聞いてた」
「陽大!? 飲み物は!? 爽真お前! 分かってながら話してたな!!」
飲み物を買いに行ったと思った陽大は、扉を開け閉めしただけで、部屋から出ずに俺の後ろにいた。
「いいじゃん! 三人の秘密!」
「なんだっけ? 『朝宮を俺にくれ』だっけ? 掃除機くんはカッコいいね!」
「や、やめてくれ! もう寝ようぜ」
「ダメだよ! 今から朝まで恋話だ!」
「おー!」
「嫌だぁ〜!!!!」
※
結局寝ずに話明かし、朝が来てしまった。
「やっぱりさ! 好きの一言ってなかなか言えないよね!」
「僕は好きなら言っちゃうけどね!」
「お前ら‥‥‥本当元気だな‥‥‥」
「あっ! バイキングの時間だ!」
寝不足でぶっ倒れそうになりながら朝のバイキングへ行き、頭に包帯を巻いた朝宮と目が合ったが、すぐに目を逸らされてしまった。
なんか気まずいな。
そもそも、俺がおんぶしたことは覚えてるのかな。
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