第76話/大凶


芽衣子先生は俺がラーメンを食べ終わった頃に、店員さんからお冷をもらって酔いを覚ましたが、何故だか俺は今、店内で無言で睨まれている。


「な、なんですか」

「私は酔ったことがありません」

「んじゃ、俺と結婚したいのは本心ってことでいいですか?」

「待って? なにそれ」

「俺と結婚するって、ずっとしつこかったですよ? だいぶ飢えてるんですね」

「いいことを教えてあげます!」

「はい」

「大人が酔ってる時に言った言葉や約束は、全て信じちゃいけません!」

「朝宮と一緒に暮らしたくて、寂しいってのも嘘ですか?」

「‥‥‥そんなことも言ってた?」

「はい、ハッキリと。しかも泣きながら」

「聞かれたのか一輝くんじゃなかったら、旅館から飛び降りてたよ」

「旅館に迷惑かかるのでやめてください」

「はい、先生」

「先生は貴方です」

「はい」


まだ完全にはお酒が抜けてないみたいだな。


「正直なとこね」

「はい?」

「和夏菜ちゃんのことは大好きだよ」

「嘘だ!!」

「やっぱり誤解されてると思った」

「だって、無関心というかなんというか」

「どう接するのが正解か分からなくなっちゃったのよ。なのに、君は和夏菜ちゃんと上手くやってる。私は姉失格ね」

「そうですね」

「あのさー!! もう少し年上を労われねぇのかよ!! あぁ!?」

「ご、ごめんなさい!!」


やっべ!完全に昔の血が疼いてる!

想像の倍は怖い!!


「最近は身内かなんだか知らねぇけど、後輩に掃除させて、調子乗ってんじゃねぇ!!」

「今関係あります!? て、店員さん! もう一回お冷お願いします!」

「あいよー」


芽衣子先生は水を飲むと、あっさり怒らなくなったが、また急に泣き始めてしまった。


「どうしよう! もう和夏菜ちゃんと仲直りできないかもしれない!」


うわー‥‥‥この先生、本当にめんどくさいな‥‥‥。





結局また飲み始めた芽衣子先生を居酒屋に置いて旅館に戻ってくると、見事に他のクラスの先生に捕まってしまった。


「旅館から出てなにやってた!」

「芽衣子先生に付き合ってました」

「芽衣子先生? いないじゃないか」

「先に戻ってろと言われたので、明日にでも事実確認してください」

「そうか。静かに戻れよ」

「はい」


芽衣子先生だって、絶対お酒飲んでたってバレたらヤバいだろうし、上手く話を合わせてくれるはずだ。

もしもそうじゃなかったら、居酒屋で酔っ払ってたことも正直に言おう。


部屋に戻ってくると、二人はぐっすり眠っていて、明日も早起きということもあって、俺もすぐに眠りについた。





「おはよう!」

「うぃー。おっ、いいじゃん」


朝になって起きると、爽真は気合いを入れて髪をセットしていた。


「午前中はまたバスで色々見て周るけど、午後からの自由行動は男三人で行動するんだよね?」

「そうだ。夜に夜景が綺麗な場所に来る様に、朝宮に言っとく」

「分かった! そんなことより、誕生日おめでとう!」

「あぁ、ありがとう。てか、陽大はどこ行ったんだ?」

「朝ごはんが待ちきれなくて、先に一階に行ってるよ! 早く行っても時間は決まってるのにね!」

「相変わらずだな」


俺達も準備をして、朝食の時間に合わせて旅館のバイキングにやってきた。

バイキングということで食べ放題なのはいいが、陽大は朝から見てるこっちがキツくなるレベルの量を食べている。


俺は俺で、潔癖症的な意味合いでバイキングが苦手ということもあって、みんなが取ろうとしない、どデカいフランスパンを素早く取り、あとは他に大丈夫そうなものがないかウロウロしている最中だ。


「一輝」

「おう、おはよう」


フルーツを盛り合わせた皿を持った絵梨奈が声をかけてきたが、何故か小声だ。


「おはよう。今日の自由行動なんだけど、そのうち現在地送るから、暗くなってからそこに来て」

「なに? 俺埋められたりしない?」

「そんなことしないよ」

「でもあれだ、暗くなってからは用事があるんだ。朝宮を若草山ってとこに連れてきてくれ」

「あの夜景が凄いとこじゃん」

「そう。ここだけの話、爽真が最後の挑戦ってことで、朝宮に告白する」

「はぁ!?」

「静かに」

「マジ?」

「マジ」

「いやダメ。和夏奈は行かせない。一輝が私達のところに来て」

「なんでだよ」

「来なかったら後悔するよ」

「わ、分かった。俺がそっちに行って、そのあと若草山に移動する。いいな?」

「それならいいよ」

「とにかく朝宮に食べ物持っていって、無理矢理食わせろ」

「なんで?」

「あいつ、食べたい物食べるのが恥ずかしいみたいなところあるから、ノリで食わせてやってくれ」

「分かった! 私に任せな!」


朝宮はクールに白米と味噌汁だけ食べてるけど、絶対メロンとか食いたいだろ。

本当、食で遠慮しちゃうところは直してやらなきゃな。


こうして、爽真のこれからと、俺のこれからが決まる一日が始まった。





「やっと自由行動だ!」


クラスごとの移動も終わり、男三人での自由行動が始まった。


「掃除機くん! 今日までの僕はどうだった?」

「滑り込みでギリギリセーフかな」

「どういうことだい?」

「さっきのクラスでの見学も、だいぶ朝宮と話せるようになってたし、悪くないと思う」

「よし! 夜までに心の準備しなきゃ!」

「そんなことより、まだ行ってないお寺で恋みくじ引くんだよね? 早く行こうよ!」

「そうだな。陽大は島村とどんな調子なんだ?」

「えっ! 陽大くんってそうなのかい!?」

「ま、まぁね。ずっと新聞部の仕事ってことでいろんな場所に行って、こっそりデート気分味わってる感じかな」

「やるじゃないか! 僕も陽大くんを見習わなきゃね!」

「でも、全然進展はないんだけどね。今は今で楽しいからいいかなって感じだよ!」

「応援してるからな」

「ありがとう!」


意外と陽大も頑張ってたんだな。

にしても、男だけの自由行動は気楽で楽しい。


それから、ずっと恋話をしながら恋愛で有名なお寺にやってきた。


とりあえずお賽銭を入れて、手を合わせたが、爽真と陽大の表情を見るに、絶対恋愛のお願いしたな。

てか、陽大のとこの寺も恋愛の神様だろ。

そんな、ここでお祈りすることに特別感はないだろうな。


続いて、さっそく恋みくじを引くことになった。


「僕は小吉だ。一輝はどうだった?」

「あ、あは‥‥‥大凶なんだけど‥‥‥」

「大丈夫大丈夫! 大凶はグンッ! と一気に運勢が上がるからね!」

「トラブルが起きるって書いてるぞ」

「そのトラブルを乗り越えたら、大吉レベルのことが起きるってことだよ」

「彼女いらないから、トラブル無しとかにならないのか?」

「それは分からないけど。爽真くんはどうだった?」

「聞いてねーよ。さっきから嬉しそうな顔でおみくじの文字読んでるし、大吉だろ」

「よかったね!」

「うん! なんだか今回は、本当にいける気がしてきたよ!」


爽真が大吉で俺が大凶って、今日の結末を暗示してるみたいな結果だな。


「それじゃ、次の場所行こうか!」


おみくじも引き終わり、俺達はほとんど無計画に奈良の街を練り歩いて満喫し、気づけば陽が沈みかけていた。


「そろそろ若草山に行っててくれ」

「掃除機くんは一緒に行かないのかい?」

「ちょっと行く場所があるんだよ。後で隠れて見とくから、しっかりやれよ」

「頑張るよ!」

「おう」



絵梨奈から現在地の地図が送られてきて、それを見て一人で歩き出したが、意外と距離があって、すっかり空が暗くなってしまった。


時間的にはまだまだ余裕があって、のんびり歩いていると、絵梨奈から電話がかかってきた。

遅いとか文句言われそうだな。


「早く来て!!」


ほらやっぱり。


「なんだよ。今向かってるって」

「和夏菜が落ちた!」

「は?」

「夜景が見えて、人がいない場所と思って山に来てたんだけど、足踏み外しちゃって! 早く来て!!」

「‥‥‥今すぐ行く! 絵梨奈は芽衣子先生の携帯に電話しろ!」

「わ、分かった!」

「ま、待て! 朝宮は見えてるのか?」

「暗くて見えないし、返事もない!」

「分かった。とにかく電話は頼んだ」

「うん!」


俺は走りながら朝宮の携帯に電話をかけたが、コール音は鳴るものの、電話には出ない。

これは中止だな‥‥‥。


それから、走りながらすぐに爽真に電話をかけた。


「もしもし」

「中止だ! 朝宮が怪我をしたかもしれない!」

「どういうことだい!?」

「山から落ちたらしい」

「い、生きてるんだよね?」

「分からん。高さも詳しいことは知らないし、とにかく俺はそこに向かってる。地図送るから、タクシー使って来い!」

「わ、分かった! 陽大くん! 緊急事態だよ!」



大凶のトラブルってこれのことなのか?ふざけんなよ。

頼む朝宮‥‥‥絶対怒ったりしないから、いつもみたいに、ドッキリでしたって待ち構えててくれ!!

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