第72話/プレゼントは...貴方


***


今日は私の十七歳の誕生日!

十八歳なら十八禁がどうのって、掃部かもんさんをからかえたのに、それまで後一年あるなんて長い!


それはともかく、今日は掃部かもんさんも、きっとなにか考えてくれてる!

夕方には去年一緒に行けなかった、隣街の花火を見に行こうって言ってくれてるし。


そして、今はちょうどお昼なわけだけど、掃部かもんさんは学校に行くとか言って、普通に私服で家を出て行った。

絶対学校じゃない!

絶対なにかしてくれてる気がする。

そんな期待を抱きながら、私は掃部かもんさんに褒められるために、キッチンの水周りを洗うことにした。





洗おうと思ったけど、シンプルに食器を割ってしまったので、やめて家を出ることにした。


お昼なら家族はみんな仕事のはずだから、今日は前々から取りに行きたかった物を、自分の家まで取りに行くことにした。



***



俺は、誕生日プレゼントに朝宮用の自転車を買うために、わざわざ歩きて自転車屋に来ている。

そこに爽真も呼んでいて、朝宮と会わせることはできないが、朝宮宛の誕生日プレゼントを受け取るためだ。


「来たよ」

「おう」


安い自転車を見ている時、爽真がやってきた。


「君が渡してくれるんだよね?」

「必ず渡すから安心しろ」

「ありがとう! それで、どうして自転車なんて見ているんだい?」

「ちょっと壊れてな」

「ちょっとなら、修理の方が安いんじゃない?」

「いや、ママチャリとか七千円以下だし、新品でもいいかなって」

「随分お金持ちだね」

「陽大のところでバイトしただろ? そのバイト代を使うんだよ」

「なるほどね! それじゃ僕は帰るよ!」

「おい、肝心なプレゼント受け取ってないぞ」

「そうだった! 危ない危ない」

「それを忘れて帰ろうとするとか、本当に朝宮のこと好きなのかよ」

「当然じゃないか。これね! よろしく頼むよ!」

「うぃ」


なんか、プレゼントにしてはやたら小さな袋を渡され、爽真はどこかへ行ってしまった。

とりあえず袋ごと消毒しとこう。


それて、自転車は安いママチャリでいいよな。

ほとんどの生徒がママチャリだし。

よし、花火大会で使えるお金減っちゃうけど、買おう!


「すみません!」

「はーい」


決まればすぐにママチャリを購入してしまった。

なんか、保険がどうのこうのとか、難しい話をされて汗をかいたが、なんとか無事に店を出ることができた。


そしてちゃっかり、それに乗りながら家に帰ってきた。


家に着いたはいいものの、自転車を裏庭に隠そうか悩んで裏庭に居たその時、玄関の方から自転車のブレーキ音、そして自転車を停める鉄の音が聞こえ、アポ無しで陽大か寧々でも来たのかと思って玄関へ来てみると、そこには、自転車の鍵を閉める朝宮が居た。


「あ、掃部かもんさんもお帰りなさい!」

「た、ただいま。その自転車は?」

「自転車が無い生活が、ずっと不便に感じてたので、家に取りに行きました! これで夏休み明けから自転車登校できます!」


なんで!?

家に帰りたくないんじゃなかったの!?

しかもなんで今!?買っちゃったよ!?

プレゼントっぽくしたくて、ハンドルにリボンまで付けちゃったよ!?


誕生日プレゼントが無駄になっちゃったとか、そういうレベルのサイズじゃないものなだけに、これはかなりの絶望感だ。


「そ、そっか。良かったじゃん」

「はい! 花火大会は何時に行きます?」

「まだ四時間後とかでいいと思う‥‥‥」

「楽しみですね!」

「そうだな‥‥‥」





裏庭に自転車があることがバレないまま時間が過ぎていき、花火大会へ行くために駅へ向かわなければいけない時間になってしまった。


掃部かもんさん掃部かもんさん! 駅まで自転車で行きましょ!」

「嫌だ」

「どうしてですか! 楽でいいじゃないですか!」

「なんか嫌だ!!」

「今日の掃部かもんさんはわがままですね。私に甘えたいんですか?」

「ちげーよ。とにかく歩きで行くぞ」

「しょうがないですね! 今日の私は寛大なので、バブちゃんのわがままに付き合ってあげますよ! ほら、ママに付いてきなさい!」

「はーい」

「え、気持ち悪いんですけど」

「おい」


なんとか歩きで行けることになったけど、誕生日プレゼントはどうすればいいんだ。

今年は花火も買ってないし、またプリンってわけにもいかないだろう。

そもそも自転車が誕生日プレゼントって時点でセンスのカケラもなかったんじゃないか?

考えれば考えるほど嫌になってきたわ。





そんなこんなで花火大会の会場に着き、花火が上がるまでの時間、祭りを楽しむことにした。


「いちご飴でも食べるか? 今日は奢るぞ」

「私はそんなもの食べません」


あー、真面目ちゃんモードか。

真面目モードの朝宮だと、祭りの楽しみ方がいまいち分からないんだよな。

神社とは違って人も多いし、隠れて食べるのもなかなか難しいだろうし。


「ぶはっ!!」

「っ!?」


屋台を見て歩いていた時、突然顔面に何かがぶつかり、痛さのあまりうずくまってしまった。


「こんなところで危ないわよ」

「すみません会長」


この声は、黒川とエリナ!!

なるほど、ボール当てられたのか。

マジでやるのかよ。


「めちゃくちゃ痛いんだが!!」

「エリナはバレー部エースだから、そりゃ痛いわよ。久しぶりね」

「そうですね!!」

「お久しぶりです」

「久しぶりですね!!」

「なにを怒っているんですか?」

「お前がボール当てるからだろ!? なに澄ました顔してんの!? ぴゃぁ!?」


朝宮は俺の顔に消毒液を吹きかけ、俺はビックリして変な声を出してしまった。


「変な声出さないでください」

「お前が吹きかけるからだろ!? なに済ました顔してんの!? つか、目に染みる〜!!」

「あらあら」

「あらあらじゃねぇよ!」

「お二人は制服を着ていますが、見回りですか?」

「はい、生徒会は毎年見回りをしなければいけませんから」

「大変ですね。それでは頑張ってください。行きますよ、掃部かもんさん」

「お、おう」


朝宮は少し不機嫌そうに歩き出した。

前から黒川の話とかすると不機嫌になってたし、やっぱり嫌いなのかな。



そのまま朝宮に着いていくと、朝宮は金魚掬いの店の前で立ち止まった。


「ダメだぞ」

「わ、分かってますよ」


金魚掬いの店の前には、イチゴ飴、チョコバナナ、クレープと、朝宮が好きそうな店があり、やっぱりその店を見た朝宮は、一瞬フリーズして、店から顔を背けた。


「別に食べればいいだろ。みんなにプリンとシュークリームが好きだって言ってるんだし、甘い物食べるぐらい、なんにも思わないって」

掃部かもんさんがそう言うなら、しょうがなく食べてあげてもいいですけどね」

「んじゃ食べなくていい。他の店行こうぜ」

「食べるの! っ、た、食べます」

「食べたすぎて、真面目スイッチが一瞬切れてましたけど」

「そんなことないです。そもそもスイッチってなんですか? 私はいつだって真面目です。にぁ!!」

「ごめんなさい、外しました」


またしてもエリナの登場で、まさかのボールが朝宮に当たってしまった。


「まったくなんなんですか!」

「いえ、会長を捨てた男を成敗しなければと思いまして」

「こんなの暴行と変わりませんよ!」

「ごめんにゃ」

「馬鹿にしてますよね」

「許してにゃ」


そこから無言の圧と圧のぶつかり合いが始まり、俺は一歩下がって見守ることしかできなかった。


「もういいです。次ボールを当てたら許しませんからね」

「にゃ」

「‥‥‥貸してください」

「えっ?」


朝宮は通りかかった女子中学生の水ヨーヨーを借りて、ブンブン振り回し始めた。


「あ、朝宮落ち着け! その水ヨーヨーでなにするつもりだ!?」

「当てます!」

「あっ」


エリナの顔目掛けて飛んでいった水ヨーヨーは、エリナにはたき落とされて、見事に割れてしまった。


「べ、弁償します‥‥‥」

「は、はい‥‥‥」


なんか、最終的に朝宮が悪い感じになり、気づけばエリナは姿を消していた。


それから俺達は三連続で甘いものを食べ、朝宮は満足気だが、俺は塩辛いものが食べたくてしょうがない。


「射的やりましょ」

「そんな小さい声で喋らなくて大丈夫だって。同じ高校の奴ら、さっきから全然見ないし」

「念のためです」

「まぁいいけど、ちょっと焼きそばかなにか食べたい」

「私も食べます」

「オッケー。んじゃ行こうぜ」

「はい」


そういえば、祭りのいい感じの景品を誕生日プレゼントにするのはどうだ?

悪くないんじゃないか?

よし、そうしよう!


爽真からのプレゼントを渡すタイミングも大事だけど、そもそも、爽真からって言ったら、朝宮は容赦なく捨てるような気がするんだよな‥‥‥。

一旦、爽真からって言わないで渡すか。





それなりに祭りを楽しんで、花火打ち上げ五分前、俺達は花火を見るために川へやってきて、今か今かと夜空を見上げている。


「掃部さん」

「んー?」

「大事な話をしてもいいですか?」

「う、うん」

「裏庭に見知らぬ自転車がありました」

「‥‥‥」

「あの家に、誰かが住み着いているかもしれません」

「マジ? 怖いな」


自転車見つかってたのかよ。


「だから今日は帰らずに、ラブホテルに泊まるのはどうでしょう」

「欲求不満なの?」

「はい」

「えっ」

「私は最近、なにかが満たされないと感じます。それがなんなのか分からないので、性欲なんじゃないかと思っています」

「恥ずかしげもなく、よく言えるな」

掃部かもんさんにしか言えません。抱いてください」

「嫌です」

「断られても、どうしても抱かれたいとか、そんな感情にはなりませんでした。やっぱり性欲じゃないのかもしれません」

「んじゃ、なんなんだよ」

「‥‥‥」


朝宮は黙ってしまったが、家族関係のことかもしれないと思い、なにも追求しないことにした。


「そういえば、誕生日おめでとう」

「あ、ありがとうございます!」

「本当は祭りの景品をプレゼントしようと思ったんだけど、なにもゲットできなくてごめんな」

「全然気にしません」


あれ?

これ、爽真からって言わないで渡せなくなったんじゃないか?

うん、オワタ。

すまん爽真、今日はプレゼント渡せないわ。



***



なにかが満たされないのが性欲なんかじゃないことぐらい分かってます。

ただ、私は‥‥‥触れることが許されなくてもいいから‥‥‥貴方が‥‥‥。


その時、花火が上がり始め、嬉しそうに花火を見上げる掃部かもんさんの横顔を見つめていると、私は自分の気持ちを我慢できなくなってしまった。


「プレゼントは、掃部かもんさんになりませんか?」


花火の音に紛れて言ったその言葉は、当然掃部かもんさんには届かなかった。


届かなくてよかった‥‥‥。



***



なんで朝宮は俺を見てんだ。


「おい」


朝宮と目を合わせると、朝宮は何故か慌てて花火を見上げた。

今日も今日とて変な奴‥‥‥いやいやいやいや!

花火じゃなくて俺に見惚れてたんじゃないの!?

なんてな。ないない。





何百発も上がる花火を眺めて、遂にラストの大きな花火が空に花を咲かせ、ゆっくりと消えていった。


「綺麗だったな!」

「はい! わたあめ買って帰りませんか?」

「真面目ちゃんはもういいのか?」

「だって思いのほか、本当に同じ学校の生徒を見かけないので」

「ほらな。わたあめだけでいいのか? 景品取れなかったし、食べ物ぐらいなら何でも奢るぞ」

「わたあめ、たこ焼きと牛串、鮎の塩焼き、ぺろぺろキャンディーと」

「多い」

「サンギョプサル」

「無い」

「サンギョプサルって知ってますか?」

「知らないけど多分無い」

「はい! 祭りにはありませんね!」

「あるもの言えよ!」

「あるもの」

「つまんねぇー返ししてんじゃねぇよ」

「早く買って帰りましょ?」

「なんだっけ? わたあめとたこ焼きと塩焼き?」

「牛串が抜けてます! あれが一番奢ってほしい物なんですから!」

「牛串は美味いもんな」

「はい! 千円しますし!」

「金額かよ! つか、たっか!!」

「さぁさぁ、行きますよ!」

「誕生日じゃなかったら絶対買ってやらないからな」

「ちなみに明日も誕生日です」

「嘘つくな!!」





結局、食べ物でお金をつかまくり、それを一口も食べずに地元まで帰ってきた。


「やっぱり地元の夜道は人が居なくていいですね!」

「だな」

「牛串食べながら帰りましょ!」

「俺の分は無いけどな」

「あらあら、哀れですね。牛串一本すら買えないだなんて、親の顔が見てみたいわ」

「そのまま母親に伝えておくから」

「ごめんなさい」

「よろしい」


朝宮は謝った後、ビニール袋を漁って牛串を探し始めた。


掃部かもんさん!」

「あ?」

「あーん!」

「んっ」


朝宮は牛串の一口目を俺にくれ、俺も普通にそれを食べてしまった。


「美味しいですか?」

「冷えて硬くなってる。微妙だな」

「もう! あげなければよかったです!」

「悪かったよ。美味い美味い」

「私が一回舐めたやつがですか!?」

「はぁー!?!?!?!?」

「嘘です」

「よかった‥‥‥」

「嘘は泥棒の始まりですからね。反省してください」

「お前がな!!」


こうして、賑やかに会話をしながら家の前まで帰ってくると、朝宮は中に入ろうとせず、玄関前で立ち止まった。


「入らないのか?」

「‥‥‥無いんです」

「おいおい、財布でも落としたか?」

「私の自転車がありません!」

「えっ」

「誰かに盗まれました!」

「鍵閉めてただろ」

「閉めましたけど」

「ならどうやって盗むんだよ。鍵は持ってるのか?」

「持ってるわけないじゃないですか」

「は?」

「鍵を閉めて、鍵は付けっぱなしですよ? 閉まってるから問題ないですよね」

「‥‥‥」


待てよ‥‥‥かまってほしくて、わざとバカやってるのかと思ったけど、朝宮って本当にアホなところあるんだ‥‥‥。


「とにかく警察に電話します!」

「ま、待て待て!」

「どうしてですか? 盗まれたんですよ? 犯罪ですよ?」


これはある意味チャンス!!


「そんな警察だなんて! あはははは!」

「私の不幸がそんなに嬉しいですか。ムカつくんですけど」

「まぁまぁ! 裏庭の自転車なんだけどな!」

「はい」

「あれ、実は俺からの誕生日プレゼントなんだ」

「え? 自転車がですか?」

「毎日歩きは大変だろうと思って、そしたら朝宮が自転車持ってきちゃったから焦ったけど、盗まれたんなら仕方ないな!」

「さすがです掃部かもんさん!」

「おうおう! 喜べ喜べ!」

「わーい! 新品の自転車嬉しいです!」


その時、携帯に咲野から『感謝してね♡』とメッセージが届いた。


ずっと見てるからこそできた行動‥‥‥。

そして今もどこかで見てるってことだよな‥‥‥。

怖すぎるよ咲野‥‥‥。


朝宮の自転車のサドルに顔を擦り付けている写真付きのメッセージは、いろんな意味の恐怖がギュッと詰まっていた‥‥‥。

そしてありがとう。


こうして今年もあっという間に夏休みが終わり、学校生活はこのためにあるんじゃないかとも思えるビッグイベント。

そう、修学旅行がヒシヒシと迫っていた。

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