第71話/カッコ良かったです
なんだかんだ海以外にも、一緒にショッピングに行ったり、魚達の用品を買いにペットショップに行って水族館気分を味わったりしながら、夏休みを過ごしている。
そして八月中旬になった今日、俺達は今、電車で海に向かっている。
「楽しみですね!」
「だな。ちゃんと水着持ってきたか?」
「当然です!」
「朝飯食べないで出てきたから、着いたら先にご飯食べよう」
「食べるより遊びたいんですけど」
「んじゃ俺だけ食べてるから、先に遊んどけ」
「すぐ食べ終わってくださいね」
「オッケー」
そんなこんなで話しているうちに電車から海が見え始め、朝宮は目をキラキラさせながら海を見つめた。
「人多そうだな」
「海を見て、最初の言葉がそれですか?」
「わー、きれーい」
「よろしい」
棒読みで許されるのかよ。
※
電車を降りて、歩きで海を目指し、砂浜に足を踏み入れてすぐに、俺はブルーシートで自分達が休憩する場所を作った。
「なにかあったらここ集合な」
「分かりました! 私は脱ぎます!」
朝宮はその場でスカートを下ろしてしまい、俺は慌てて朝宮にバスタオルを持たせた。
「なにやってんの!?」
「中に水着着て来たんです!」
「あぁ、そういうことね」
「あとは上着を一枚脱げば、どうですか? 似合ってます?」
「ティーシャツじゃん。俺のだし」
ティーシャツデカくて、下の水着もチラ見えだし。
勿体なすぎる。
「私が全部見せるのは、心を許したか、好きな人だけです!」
「去年、俺に見せただろ」
「心を許してましたから!」
「そうなのか。とにかく俺は海の家に行ってくる」
「了解です!」
俺は海の家に食事に行こうと歩き出し、なに気なく振り返ると、朝宮は脚だけ海に入り、遠くを見つめていた。
その姿は、青春を謳歌している、周りの賑やかさすら邪魔に感じないほど、朝宮一人の空間に見えるような、とても絵になる光景だった。
「一輝?」
「え? 陽大!?」
何故か陽大と島村が、唐揚げを持って海の家から出てきた。
「ふ、二人とも、まさかの海デート!? いつの間にそんな関係に!?」
「ち、違うよ! 海に来てるカップルに取材しに来たんだよ!」
「あぁ、なるほど」
まずい。非常にまずいことになったぞ。
朝宮と来てることがバレたら、さすがの友達でも夏休み中に二人で海とか怪しすぎるもんな。
島村は一緒に暮らしてるの知ってるし、島村にだけは事情を説明しておくか?
「一輝は誰と来てるの?」
「お、俺!?」
「朝宮さんじゃないですか?」
島村てめぇー!!!!
「そっか! 相変わらず仲良いね!」
あれ?
案外普通の反応だな。
「ま、まぁな。取材頑張れよ」
「しーちゃんは先に行っててくれる?」
「分かりました。唐揚げ食べたら取材しておきます」
「僕もすぐ行くね!」
「はい」
何故か陽大は残り、まだ手のつけてない唐揚げ棒を俺の口元に差し出した。
「まだ新品だから一つあげるよ!」
「お、おう! ありがとう」
そして唐揚げを一つ食べた瞬間、陽大は目を細めた。
「僕の唐揚げを食べたってことは、それなりの代償が伴うよ」
「はぁ!? 性格悪っ!」
「質問その一、一輝は迷ってるね?」
「な、なんの話だ?」
「爽真くんと和夏菜さんを付き合わせる大作戦を一人で頑張ってるのは見てて丸分かりなわけだけど、一輝は心のどこかで、和夏菜さんを手放したくないと思ってるんじゃない?」
「いやっ、えっと、まぁ‥‥‥」
陽大にはちゃんと話さなきゃダメだよな。
「なぁ陽大」
「なに?」
「俺は陽大のこと、一番信用してるし、一番の友達だと思ってる」
「僕もだよ!」
「ごめん」
「どうして謝るの?」
「ずっと隠してたことがある。話し、聞いてくれるか?」
「和夏菜さんと暮らしてることなら、一輝の誕生日の時だったかな? その時から知ってるよ?」
「‥‥‥え?」
「僕が先に一輝の家に行った時、和夏菜さんが慌てた様子で一輝の家から出て来たんだよ。それで僕達は、その場で会ったことを無かったことにするって約束をした」
「しっ、知ってたなら言ってくれよ!」
「今言った!」
「まったく、朝宮もなんで黙ってたんだよ」
「僕にバレたって知られたら、一輝に嫌われるって思ったんだよ。健気だよね! それで、実際はどうなの? 迷ってる?」
「‥‥‥‥‥‥かなり」
「声が小さいよ!」
「かなり!!」
「爽真くんにも相談されたから知ってるんだけど、修学旅行で告白するんでしょ?」
「その通りだ」
「僕の予想だと、間違いなく爽真くんは振られるけど」
「ま、まだ時間もあるし、これから振られないようにするんだよ」
「一輝は頑固だからね! 考えはなかなか揺るがないだろうから、僕は一輝を応援するか、励ますかの二択になっちゃうね」
「も、もし爽真が振られても、俺は朝宮の親と会って、ちゃんと話をして家に帰らせる予定だ」
「それは和夏菜さん、泣きそうだね」
「‥‥‥」
「そろそろ行かなきゃ! またいつでも話聞くから! あと、いろいろ秘密にするから安心して!」
「おう」
朝宮の涙か‥‥‥見たくねーな。
にしても、陽大にバレてたのか。
一番の友達に対する隠し事が無くなって、なんかスッキリしたからいいか。
俺は海の家で焼きそばとかき氷を頼み、それを美味しくいただいて、店を出る時に、朝宮に渡すように、またかき氷を買った。
そしてブルーシートに戻ってきたが、朝宮は居なく、海を見渡しても朝宮の姿は無い。
「これ、溶けちゃうぞ」
そう思って砂浜を見渡すと、朝宮は高校生ぐらいの、チャラそうな二人の男に声をかけられていた。
「絶対めんどくさいことになってんな‥‥‥。大人しくここで待とう」
そう決めてブルーシートに座ったはいいものの、やっぱり朝宮が気になって、結局かき氷を持ちながら朝宮のところへ向かった。
「名前ぐらい教えてよ」
「マジ美人じゃね?」
「朝宮、かき氷食うか?」
「なんだ?」
「はぁ? 彼氏連れとかダルいわー」
そのノリが怠いわ!!とか、絶対口に出せない。
だって俺、平然装ってめちゃくちゃビビってるから!!
チャラそうな見た目の学生とか、普通に不良に見えるし!!
「こんなヒョロイ彼氏ほっといて、俺達と遊ぼうぜ!」
朝宮は一人の男に肩を組まれ、怯えた様子で俯いてしまった。
「つか、彼氏かどうかも怪しくね?」
「ただの金ズルとか?」
「あははははは!」
「てかさ、お前も高校生?」
「そうだけど」
「何年?」
「三年」
戦略的嘘!!
不良ってのは意外と上下関係に厳しい!!
この嘘は効果あるはず!!
「へー、俺ら一年だけど、文句ある?」
年齢の差とか気にしないタイプの奴だったー!!
やだ怖い!!
「も、文句っていうか、嫌がってるから離してやってくれ」
「いやだねー」
「早く行こうぜ」
「離せって!!」
「あ?」
やべっ、完全に怒らせちゃった!?
逃げる!?朝宮置いて逃げちゃう!?
いやいや、そんなことできなねぇよな!!
次の瞬間、一人の高校生に胸ぐらを掴まれ、全身に鳥肌が立ち、呼吸も乱れ始めてしまった。
「こいつ、胸ぐら掴まれただけでビビっちゃったよ!」
「ダッセー」
「冷たっ!」
俺は相手が着ていた洒落たシャツに、イチゴシロップたっぷりのかき氷を容赦なく擦り付けてやった。
「おい! 汚れただろうが!」
「弁償しろ!」
「俺の趣味と特技を教えてやるよ!!」
「あぁ!?」
「きたねー物を綺麗にすることだ!! おりゃー!!!!」
「掃部さん!?」
「うぉぉい!?」
俺は馬鹿力で一人の男を担ぎ上げ、そのまま海に飛び込んだ。
「テメェ!! なにしやがる!!」
「やっべ‥‥‥」
「お、おい、どうした」
「死ぬ‥‥‥」
「バカバカ! 溺れるぞ!」
知らない人にガッツリ触れた後遺症が一気にきて、俺は海の中で気を失いそうになってしまった。
「触るな‥‥‥」
「いや、マジで死ぬぞ」
そこに、もう一人の男がやってきた。
「大丈夫か? お前、ふざけやがって」
「こいつ、体調悪いのに彼女守るために」
「マジ?」
「なんかさ、かっこよくね?」
「それな」
「彼女じゃねぇ‥‥‥」
「は?」
「でも‥‥‥本当はさ‥‥‥彼女に‥‥‥‥‥‥」
「おい!! 沈んだぞ!!」
「助けるぞ!!」
「おう!!」
※
雨‥‥‥?
頬に水滴のようなものが当たり、伝っていく感触を感じた。
「起きたぞ!」
「よかった!!」
「
意識を取り戻すと、俺の視界には涙を流す朝宮と、大勢の大人達、そして、あの男達が目を閉じて手を合わせていた。
「掃部さん、死んじゃったかと思いましたよ‥‥‥」
「涙当たってんだよ」
「ご、ごめんなさい!」
でも不思議と気にならない。本当不思議だ。
「二人はなにしてるんだ?」
「合掌」
「生きてんだよ!!」
「なんだ、元気みたいだね! よかったよかった!」
大人達が立ち去っていき、二人の男は、素直に謝罪を始めた。
「悪かった」
「ごめん!」
「かき氷弁償」
「わ、分かってるよ。一個だろ?」
「二つに決まってんだろ!!」
「なんでなん!?」
「いいから行け!!」
「は、はい先輩!!」
二人は海の家に走っていき、朝宮は俺の隣で体育座りをして体を丸めた。
「助けてくれてありがとうごさいます」
「かっこ悪い結果になったけどな」
「‥‥‥かっこ良かったです‥‥‥」
「んっ、あっ、えっと、気を失う前さ」
「な、なんですか?」
「朝宮は、なにも聞いてないよな?」
「はい。私は浜辺に居たので」
「そっか、ならよかった」
自分の死を悟って、赤の他人に漏らした、心の底から出た本音。
正直、自分で自分の本心を初めて知ったような、変な気分だった。
それからなんだか気まずくて、会話もないまましばらくして、ナンパ男からかき氷を受け取り、二人は俺達から離れた場所で、男二人で海を満喫していた。
「結局濡れちゃったし、海入るか」
「私、浮き輪持ってきましたよ!」
「新品?」
「はい!」
「膨らましてやるから貸してみ」
「どうぞ!」
浮き輪を口で膨らませていると、朝宮は俺から浮き輪を奪い取った。
「遅いです! もう私がやります!」
まーた平気で間接キスしちゃってるよこの子。
朝宮の口元を見ていると、朝宮は俺の視線に気付いて、少し頬を赤らめながら照れたように笑みを浮かべた。
俺はすぐに目を逸らしてしまったが、朝宮が間接キスを間接キスとして、意識してしていることを知ってしまって、なんだかこっちまで照れ臭い。
それから俺達は海に入り、朝宮を浮き輪に座らせて、俺が後ろから浮き輪を押す係となった。
「いいか? 倒れそうになったら前か横だ。後ろに倒れてきたら俺はまた溺れるからな」
「そんなことより、なんか下が変なんです! 変な生き物居ないか見てください!」
「はぁ? しょうがないな」
海に潜って朝宮の足元や尻を‥‥‥尻!!!!
浮き輪にすっぽりハマって、強調された朝宮の尻をガン見してしまい、俺は慌てて海から顔を出した。
「な、なにもいなかった」
「いひひ♡」
あっ、完全にからかわれたな。
俺の反応を見て楽しんでやがる。
よし、こうなったら。
俺は途中から静かに陸に戻り、ぷかぷかと浮き輪に浮く朝宮を遠くから眺めた。
「夏の海、カップルインタビューです」
「しーちゃん? 俺と朝宮はカップルじゃないぞ?」
一人になった俺の元に、島村がやってきた。
「さっき、朝宮さんをナンパから救った時の心情をお聞かせください」
「新聞にされるから嫌だ」
「そうですか。今日撮った二人の写真、いつか使える日が来ることを願ってます」
「どういう意味だよ」
「陽大さんが盗撮犯と間違われて連れて行かれました」
「話を変えるな。って、え!?」
「カメラには貝殻やカニしか写っていないので、そのうち戻ってきます」
「ビビらせるなよ」
「それでは失礼します」
相変わらず自分勝手なやつだな。
前より楽しそうに活動してる感じはあるからいいけどね。
※
約十分程経った時、やっと朝宮が戻ってきた。
「酷いですよ!」
「悪い悪い」
「私を一人にして、せっかくお尻見せてあげたのに!」
「やっぱりわざとかよ!!」
「別に、水着の生地多いやつなので恥ずかしくはないですし!」
「しっかり食い込んでだけどな」
「う、嘘!」
「嘘」
「もう!!」
「てか浮き輪は?」
「あれ?」
まさかと思い、海に目を凝らした。
「‥‥‥浮いてるー!!!!」
「そりゃ浮き輪ですから浮きますよ! 学校での
「やめて、傷つく」
「浮き輪取ってきてください、浮き
「誰が浮き男だ。着替え持ってきてないから濡れたくないんだよ。だいぶ乾いてきたし」
「私の心も乾き切ってます‥‥‥」
「おぉ、どうしたどうした」
「お腹減りすぎて、早く満たされたいです!」
「よし、浮き輪取ってこい」
「ムキー!」
「はいはい、お猿さん、早くしようね」
「私、あの浮き輪取って戻って来れたら、唐揚げ食べるんだ」
「そんな理由で死亡フラグ立てんな」
「いざ参る、やっぱやめる!」
「韻踏みながら諦めんな!!」
「あ‥‥‥」
「あ‥‥‥」
周りに誰も居ない俺達の浮き輪の元へ、レスキューのボートが行ってしまった‥‥‥。
「朝宮、謝ってこい‥‥‥」
「嫌です。謝らなくていいように、もう一回あの辺で溺れてきてください」
「さっき泣いてたやつとは思えない発言に俺涙」
「君に涙は似合わない。さぁ、カバンに入った私のパンツで涙を拭いてください」
「謝りに行ってくるわ」
「パンツ拒否されて私涙」
そんなこんなで、俺一人で事情を説明して謝罪し、それからも夕方まで海を満喫した。
朝宮も満足な一日だったのか、帰りの電車でも終始笑みが絶えなかった。
※
そして家に帰ってきて、俺はすぐにシャワーを浴びて、部屋に戻ると朝宮は疲れたのか、こっちに背を向けながら眠ってしまっていた。
「‥‥‥朝宮、俺さ、多分、朝宮のこと‥‥‥」
寝てる相手の背中に向かって、俺は何言おうとしてんだ。
寝てない朝宮には絶対言わないだろうけど。
***
寝たふりして、急に驚かそうとしただけなのに、なんなですか!?
掃部さんは、私のこと‥‥‥なんなの?
ダメ!鼓動の音が聞こえちゃう!
静まって!!
***
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