第69話/恋愛裁判


肝試しの日が迫り来る中、朝宮との日常で、俺はずっと疑問を感じていた。


「朝宮?」

「はい?」

「なんでまだ俺の部屋で生活してんの?」


そう、親が日本を出てからも、朝宮は俺の部屋で生活し、俺はまだ敷布団生活をしている。


「お話し相手がいて楽しいじゃないですか。部屋も綺麗ですし」

「朝宮が出したゴミを、俺がすぐに片付けるからだろ」

「よっ! 全自動掃除機!」

「朝宮までその名前でいじるなよ!」

「吸引力凄すぎて、なんか、酸素薄くなってきた気がします‥‥‥」

「酷い。寝る」

掃部かもん‥‥‥さん‥‥‥」

「‥‥‥朝宮?」


朝宮はベッドに倒れ、ピクリともしなくなってしまった。


「朝宮!? 朝宮!! お、おい! どうしたんだよ! きゅ、救急車!」

「ドッキリでーす!」

「‥‥‥よかった」

「怒らないなんて珍しいですね」


焦りすぎて、安心の方が勝ってしまった。


「それに一つ分かったことがあります!」

「なんだよ」

「私がピンチの時も、掃部かもんさんは私に触らないということです! 最低」

「いや、えっ? ごめんね?」

「私が溺れたら、人工呼吸器とかできるんですか?」

「その辺の人に頼む」

「うっわ!!」

「ちなみに陽大は中学の時、川で溺れて、知らないおじさんの人工呼吸でファーストキスを卒業したんだぞ」

「そんなんですか!?」

「しかも意識あったのに、おじさんが慌ててやったから、陽大は意識がハッキリした中でおじさんとキスをして、おじさんの息が口に入ってきたんだ」

「グロテスクです!」

「なかなか衝撃的な話だろ」

「はい! 掃部かもんさんの昔の話とかはないんですか? いろいろ聞いてみたいです!」

「俺の話かー、小学生の頃、俺が万引きをしたって先生に言われて、めちゃくちゃ怒られた」

「万引きするのが悪いんですよ。掃部かもんさん、犯罪者だったんですね」

「本当はしてないんだけどな。朝宮の小学校にもいなかったか? 三人ぐらいのグループで、明らかに性格の悪い奴らとか」

「いましたかねー、小学生の頃は、絵梨奈さんとばかり遊んでましたから」

「へー、絵梨奈なら、朝宮の知らないところで守ってくれてた可能性もあるな」

「確かに、絵梨奈さんは小学生の頃から女子生徒の中心でした。ボス的な意味で」

「なんか想像つくわ」


朝宮が俺の部屋で生活するのは本当に迷惑だけど、こうやって寝る前に話すのは、そこまで嫌な気はしないな。

普通に話す分には何故か落ち着くし。





学校では、放課後になると、爽真が俺の言う通りに朝宮が荷物を運ぶのを手伝ったりして、相変わらず素っ気ないけど、簡単な会話ぐらいはできるようになっていた。


「和夏菜さんは売店のプリン好き?」

「一年生の頃に、たくさん貰った時以来食べてません」

「美味しくなかった?」

「別に」


今も二人とすれ違う時に、悲しいぐらい冷たい会話が聞こえた。

でもこれは、大きな進歩だな。


「一輝くん、ちょっと時間ある? あるよね? 来て」


ついに咲野様のお出ましか。


「うぃ」


咲野に声をかけられ、素直に咲野の後ろをついていくと、何故か新聞部の部室へやってきた。

不思議に思いながらも部室に入ると、島村が微妙に似合う丸眼鏡とちょび髭をつけて、厳ついハンマーを握っていた。


「俺、今からリンチでもされんの?」

「これより、恋愛裁判を始めます」

「恋愛裁判?」

「私が裁判長を務める、しーちゃんです。そして、咲野さんは掃部かもんさんに質問をします」

「はい、座って」

「ご丁寧に、椅子にビニールかけてあるじゃん」

「こういう時、私が握っている情報は役に立ちます。座ってください」


島村と向かい合うように椅子に座り、咲野は右中央の椅子に座ったが、長テーブルで絶妙に三人の距離ができて、変にリアル感が出てしまった。


「これより、恋愛裁判を始めます」

「それ、さっき言ってたぞ」

静粛せいしゅくに」

「はい」

「咲野弁護士、なにか質問はありますか?」

「弁護士だったんだ」

「静粛に」

「はい、すみません」


咲野は立ち上がり、俺を見つめて口を開いた。


「最近、一輝くんは爽真くんと和夏菜ちゃんをくっつけようとしてるね」

「死刑囚、発言をどうぞ」

「俺って死刑囚なの!?」

「質問に関する発言だけでお願いします」


なんなんだこの茶番は。

さっさと帰りたいのに。

普通に答えて、できるだけ早く終わらせよう。


「はい、その通りです」

「一輝くんはそれでいいの?」

「なんでそんなこと聞くんだよ」

「私は人の心が読める」

「超能力者!?」

「特に和夏菜ちゃんと一輝くんはずっと見てるから、二人のことなら分かっちゃう!」

「いや、さらっと怖いこと言うなよ」


次の瞬間、島村がハンマーでテーブルを二回叩いた。


「判決、二人は両想い」

「ちょ、ちょっと待てよ! 全然話が分からんないだけど!」

「ちなみに、テーブルが欠けましたので、修理代を請求します」

「それは絶対俺悪くないだろ。それよりだ、勝手に両想いとか決めつけないでくれ」

「なら、和夏菜ちゃんに言ってあげる。一輝くんは和夏菜ちゃんがどう想ってようが、絶対和夏菜ちゃんを好きにならないって。そんでぇー♡ 私が一輝くん奪っちゃう♡」

「‥‥‥」

「あれぇー? どうしたのかなぁ♡ 不機嫌そうな顔して、怒っちゃった?」

「別に?」

「私は一輝くん好きだよ」

「一回嫌いになっただろ」

「惚れ直す理由があったんだよぉ♡ しーちゃんのことでいろいろしてくれたしぃ♡ だから、私的には好きな人と好きな人が結ばれないとダメなんだよ。歪んだピースに綺麗な丸いピースはどう頑張ってもハマらないし、歪んだピースが繋がって、一つの綺麗ななにかになるからいいんだよ!」

「俺は歪んでる。歪みまくってる。でもな、朝宮は案外歪んでないと思う。あいつの心は綺麗だ」

「やっぱり好きなんだ!」


咲野のその言葉で、身体がブワッと熱くなった。


「お、俺じゃ釣り合わない。爽真の方が朝宮を幸せにできる」


俺がそう言うと、島村はまたハンマーでテーブルを二回叩いた。


「あっ、穴開きました」

「えぇ‥‥‥」

「判決、様子見」

「そうしてくれ。修学旅行が終わるまでは、この件は保留にしてくれ」

「修学旅行で爽真くんが告白するとか?」

「そうなる」

「なら、それからのことは私の独断で動いてもいいよねぇ♡」

「嫌な予感しかしないけど、修学旅行後のことには関与しない。もう俺には無関係だ」

「分かった! 修学旅行が終わるまでは、私もなにもしないって約束する!」

「ありがとう」


突然行われた恋愛裁判も、意外とスムーズに終わり、何故か俺がテーブルに空いた穴をガムテープで隠してあげて部室を出た。





肝試し当日。


「帰ってきましたけど、またすぐに学校に行かなきゃいけないなんて大変ですよね」

「俺は行かないぞ?」

「ダメですよ!? 役割とかもあるじゃないですか!」

「朝宮は爽真と同じ教室で殺人鬼やるんだろ? 朝宮には迷惑かからないし、気にせず頑張ってこいよ」

「体調でも悪いんですか?」

「いや? 潔癖症レーダーが危険を察知したから」

「なら私もバックれます!」

「ダメだ! 朝宮は行け!」

「二人でのんびり過ごしましょう?」

「お前の姉に怒られるぞ」

「それは掃部かもんさんも同じことです! 明日から夏休みに入りますし、今日中に宿題を終わらせちゃいましょ?」

「のんびりするんじゃなかったの!?」

「また最終日に徹夜して手伝うとか嫌ですもん! ほら、始めますよ!」


ここで無理矢理にでも行かせられない俺は、やっぱり心のどこかで、爽真と朝宮をくっつけることに本気になれてないのか?

やっぱり俺は朝宮のことが‥‥‥。


「無い!!」

「なんですか!?」


思わず口に出して、朝宮を驚かせてしまった。


「い、いや、ごめん」


結局俺と朝宮は肝試しをサボり、夜になると、芽衣子先生からお怒りの電話がかかってきたが、朝宮の体調が悪いから看病中だと嘘をついて、なんとか事なきを得た。


でも、イベント大好きな朝宮がバックれるなんて、どうしてなんだ?

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