第67話/足音


あれから寧々と朝宮はあっさりと意気投合し、スマホアプリで対戦したり、たわいもない話をしたりと、お泊まり会のような空気感の中、俺は一人、二人の前でも読める健全な漫画を読んでいる。


掃部かもんさんもやります?」

「携帯充電中だからごめん」

「そういえば一輝お兄ちゃん」

「ん? なんだ?」

「桜城里の本間エリナ先輩って知ってる?」

「金髪ハーフの?」

「そう! バレー部の練習試合で話す機会ががあってね、お兄ちゃんのこと言ってたよ」

「俺のこと?」

「うん『会長を捨てたクソ男、次会ったら顔面にボール当ててやる』って」

「えぇ‥‥‥」

「でも、優しくバレー教えてくれたから許しちゃった」

「許すなよ!!」


エリナが怒ってるのも衝撃だけど、寧々がバレー部に入ったの今知ったわ。


「一輝お兄ちゃんなら、桜先輩とか絵梨奈先輩が守ってくれるだろうから、いいかなって」

「うん、全然よくないよね」

「和夏菜先輩は部活入らないんですか?」

「まだお兄ちゃんとの話終わってないよ?」

「いろんな部活に誘われすぎて、迷った挙句、入らないことが一番の平和的解決だったので」

「そうなんですか。部活楽しいですよ?」

「うん、完全に話流れたね」

「すぐ帰って、掃部かもんさんの部屋を漁る方が楽しいです」

「うん、なにしちゃってるわけ?」

「ただいまー!」


急に母親と親父が帰ってきて、朝宮はすぐにベッドに潜り込み、寧々も空気を読んで朝宮と同じベッドに入った。


二十二時二十分‥‥‥。

大人しく寝るか。


「いいか? この時間だから、静かにしてれば親は来ない。もう寝るからな」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


電気を消して俺も布団に入り、睡魔で気持ち良くなってきた次の瞬間、顔に似合わない、怪獣の雄叫びのようなイビキが部屋に響き渡り、俺と朝宮は思わず体を起こした。


俺達は無言で見つめ合い、朝宮は寧々の顔に枕を押し付けたが、イビキは止まらない。


「もう起こせ」


朝宮に体を揺らされて、少し不機嫌そうに目を覚ました寧々は、体を起こしてボーっとしている。


「今度、イビキ解消グッズ買ってあげますね」

「‥‥‥」


それから俺達は寝るのを諦めて、無言でゲームをすることになってしまった。



***



一輝と寧々が寝ていると思い込んでいる一輝の母親は、自分の部屋で和夏菜の私物を一箇所にまとめる作業をしていた。


「服だけ持って帰ったのね(家に帰って、辛い思いしてるかもしれないけど、向き合わなきゃだからね)頑張れ」


ある程度、和夏菜の私物をまとめ終わり、床に座ってストレッチを始めた。


「ふぅー」


そのまま床に寝そべると、ベッドの下に何かが見えて、手を伸ばしてそれを掴み、寝そべりながらそれを自分の顔の前に持ってきた。


「へぇー。人嫌いの一輝がね‥‥‥」


和夏菜がクリスマスに貰って隠していた写真立てを見た母親は、その写真立てに飾られた、アザラシの水槽の前で笑い合う二人の写真をしばらく眺め、そっと写真立てをベッドの下に戻した。


「よし」


母親は自分の部屋を出て、リビングでなにかを考える様に、静かにコーヒーを嗜み始める。


その頃、一輝の部屋では、和夏菜がトイレに行きたくてムズムズしていた。


掃部かもんさん、トイレに行きたいです」

「多分親も寝てるし、静かに行けよ?」

「はい」


和夏菜は静かに部屋を出て、階段を降りた先にあるトイレにやってきて、なんとか用を済ませてトイレを出た時、リビングの扉の前で待ち構えていた母親と目が合ってしまった。


「‥‥‥」

「リビングに来なさい」

「はい‥‥‥」

「座って」


完全に諦めてリビングへ入ると、一輝の母親は、和夏菜に砂糖入りのコーヒーを作ってあげ、それを差し出した。


「あちっ」


緊張からすぐにコーヒーに手をつけた和夏菜は、舌を火傷してしまった。


「焦らないの」

「ご、ごめんなさい」

「それで? ずっと隠れてたの?」

「はい‥‥‥でも、どうして気づいたんですか?」

「ずっと会ってなくてもね、家族の足音は分かるものなの。だから逆に和夏菜ちゃんの足音にも気づいたの。聞き慣れない足音だったからね」

「‥‥‥私の親も、私の足音に気づくでしょうか」

「試してみる?」

「え?」

「どうせ和夏菜ちゃんには帰ってもらうし、今から行ってみよう」

「さすがに寝てるかと‥‥‥」

「行ってみなきゃ分からないよ? 鍵はある?」

「はい、お母様の部屋に」

「それじゃ、早速行こうか。一輝にはバレないようにね」

「分かりました‥‥‥」


和夏菜は部屋に家の鍵を取りに行き、一輝の母親の車の助手席に座った。


「さぁ、道案内して」

「はい」


和夏菜の道案内でしばらく車を走らせ、ごく普通の一軒家の前で車を止めた。


「それじゃ‥‥‥今までお世話になりました」

「はい。またね」

「はい‥‥‥」


家の二階はまだ電気がついていて、それを見た和夏菜は静かに鍵を開けて暗い廊下を歩き、自分の部屋がある二階へ足を進めた。


すると、一階から母親の声が聞こえてきた。


「和夏菜?」

「お母さん?」

「足音ですぐ分かったよ。お帰り」

「‥‥‥」

「一年振りだね」

「そうだね。あの人は?」

「仕事で居ないよ」

「そっか」


久しぶりの母親との再会だったが、和夏菜は気まずさの方が勝ってしまい、嬉しいという感情が湧いてこなかった。


「和夏菜」

「なに?」

「お母さんを憎んでる? 本当のお父さんに引き取られた方が、和夏菜は幸せだった?」

「‥‥‥」

「まったく、子供になに聞いてるんですか?」

「あ、貴方は!?」

掃部かもんと申します」


一輝の母親は玄関先で待機し、我慢できずに扉を開けてしまった。


「あっ! 大変お世話になってます!」

「勝手に開けちゃってごめんなさいね」

「いえいえ、和夏菜を送ってくれたんですか?」

「はい」


すると、二階からドタドタと、パジャマ姿の芽衣子が和夏菜とすれ違って階段を降りてきた。


「どうもお世話になってます。担任の朝宮芽衣子と申します」

「一年生の頃に、一度旦那が会いましたね」

「はい。その節はどうもです」


和夏菜も玄関に戻ってきて、静かに三人を見つめた。


「今日は、和夏菜ちゃんが確かめたいことがあって帰ってきたんです。それは確認できた?」

「はい」

「それじゃ帰ろっか」

「え?」

「お母様、先生」

「は、はい」

「なんでしょう」

「和夏菜ちゃんが自分の意志で帰りたいと思うまで、我が家で預からせてくれませんか?」

「それはご迷惑になるんじゃ」

「それは一年前に言うべきことだったと思いますよ」

「すみません‥‥‥」

「それに、迷惑だなんて思いません。和夏菜ちゃんにとっても今は心を大切にしなきゃいけないタイミングなんだと思います。どうする? 和夏菜ちゃんが決めなさい」

「‥‥‥わ、私は‥‥‥掃部かもんさんのお家に居たいです‥‥‥」

「それじゃ、和夏菜ちゃんのことはこちらに任せてください」

「‥‥‥よろしくお願いします‥‥‥」


和夏菜と一輝の母親が家を出た後、芽衣子は小さなため息を吐き、母親を見つめた。


そして和夏菜は車に戻り、一輝の母親に頭を下げた。


「ありがとうございます」

「勘違いしないでね。和夏菜ちゃんのためじゃない」

「‥‥‥」

「和夏菜ちゃんと居る時の一輝は素敵な笑顔を見せるから、一緒に居てあげてほしいの。まだ一輝には言ってないけど、明後日には海外に戻らなきゃ行けなくてね」

「そうなんですか?」

「うん。正直、寂しい思いをさせてると思う。だから、和夏菜ちゃんが側に居てあげて」

「‥‥‥はい」

「親は、自分の子供のことになるとね、良くも悪くも自分勝手になっちゃうものなの」

「悪くもですか?」

「家族とか、一番大切にしなきゃいけない存在なはずなのに、近い存在だからこそ雑になることもあるでしょ?」

「確かにそうですね」

「和夏菜ちゃんは、お父さんをお父さん扱いしてあげてた?」

「多分、してこなかったと思います」

「和夏菜ちゃんも少しずつ考えて変わっていこうね」

「‥‥‥」


そんな会話をしながら、二人は掃部かもん家に戻ってきた。



***



「朝宮遅すぎないか?」

「お腹痛いのかな」

「どうだろうな」


そんな話をしていると、やっと朝宮が部屋に戻ってきた。


「ただいまです」

「おい、うんこ長すぎ」

「長すぎって、何センチからが長いことになるんです?」

「そっちじゃねぇよ。汚いこと言うな」

掃部かもんさんが言い出したんじゃないですか。それより、掃部かもんさんのお母さんにバレました」

「はっ!?」

「でも、これからもこの家に住めることになりましたよ」

「えっ、そうなのか?」

「はい! だから、もう堂々と喋れます!! わーい!!」

「うるさい!!」

「ひぃ!」


朝宮の声に怒った母親が部屋に入ってきて、朝宮をベッドに背負い投げし、なにも言わずに部屋を出て行った。

それを見て、本当に朝宮が居ても、もう大丈夫なんだなと理解できた。


「あ、朝宮? 大丈夫か?」

「ふふっ」

「へ?」

「あはははは! 私をこんな風に扱ってくれるの、掃部かもんさんのお母さんだけです! なんだか嬉しいです!」

「ドMかよ」

「多分、どっちもいける口です」

「聞いてない」

「寧々さんはどっちですか?」

「寧々に変なこと聞くなよ」

「ドSでいじめてた相手に、仕返しだって言われていじめられたいドMです」

「マニアック!!」

「だから和夏菜先輩は最強です」

「相性ピッタリですね!」

「そんな相性どうでもいいんだよ! 寧々は今の、絶対に他の人には言うなよ?」

「分かってるよ」

「とにかく掃部かもんさん」

「はい?」

「これからもよろしくお願いします!」

「おう!」

「一輝お兄ちゃん、和夏菜先輩と一緒にいれて嬉しいって顔してる」

「し、してないけど!?」

「してたよ?」

「いいから寧々は黙ってろ!」


今だけだ。

来月に夏休みに入って、それが終われば修学旅行がある。

俺はそこで、爽真にチャンスを作るつもりでいる。

だから、それまでは朝宮と一緒に居たいだなんて、柄にもなく思ってしまったんだ。

でも、朝宮は修学旅行が終わる頃には、爽真と幸せになって、俺は朝宮と出会う前の日常に戻る。

少し友達も増えたし、出会う前よりは、きっと楽しく学校生活を送れる。

それに、朝宮に一途な爽真なら、きっと朝宮を任せられるだろう。

俺が与えられなかった、俺じゃ与えられないこと。

朝宮が辛い時、爽真なら頭だって撫でてやれる。

優しく抱きしめてやれる。

頼むぞ‥‥‥爽真。

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