第66話/女王朝宮の足の裏


「ねぇ一輝お兄ちゃん」

「な、なんだ?」

「女物のシャンプーの匂いがするんだけど、シャンプー変えた?」

「あ、あぁ、変えた」


寧々は俺の肩に手を置き、頭の匂いを嗅ぎ始めた。


「違う匂いがするよ?」

「そ、そうか?」

「まぁいいや。とりあえず電気付けるね」


部屋の電気をつけられ、自然と呼吸が浅くなった。

別に俺は普通にしてればいいんだ。

平常心平常心。


『ワン!』


ロボ犬!?

そんなはずない。あいつは地下の段ボールに居るはずだ。


「犬の鳴き声しなかった?」

「う、うん」


次の瞬間、どこからか、ブゥとオナラのような音が聞こえた。


「今、オナラした?」

「寧々だろ」

「私はしてないよ!」


朝宮がしたの!?!?!?!?

初めて聞いたけど、このタイミング!?


「じ、実は俺がした」

「もう、やめてよー」


あー!!!!違う!!朝宮の携帯だ!!

犬がオナラする動画が再生されてる!!


「あれ? 携帯変えたの?」

「う、うん。最近壊れてな」

「へー」


寧々は朝宮の携帯をいじり始め、動画の検索履歴を見始めた。


朝宮‥‥‥お前なに検索しちゃってるの‥‥‥。


「いろんな犬種のオナラの動画見てるけど、そういうのが趣味なの?」

「ま、まぁな‥‥‥」


なんか俺が特殊な変態みたいになっちゃったよ‥‥‥。


「潔癖症の治し方? そういうのも調べるんだね」


そっか。

朝宮もいろいろ考えてくれてるのか。

やっぱり優しい奴だな。


「それより、どうして女の子の服があるの?」

「え‥‥‥」

「そういえば今日、二人とも休んだんだっけ?」

「朝宮も休んだのか、知らなかった」

「私は二人ともとしか言ってないよ? 和夏菜先輩も休んだの?」

「‥‥‥」

「別になんでもいいんだけどね! でも和夏菜先輩って本当にモテるよね。実は足が臭いとか、残念なところが一とつぐらいあってほしいと思わない?」

「完璧に越したことはないだろ」

「なら、いつも淑やかなのに、急に変な声出したら面白いと思わない?」

「変な声?」


すると寧々は、朝宮がいるベッドに勢いよく座ってしまった。


「うぎっ!」


朝宮‥‥‥変な声出すなよ‥‥‥。

もう完全にバレてるな。


「なんかベッドが硬いよ?」


寧々は何度もお尻で朝宮を潰しにかかり、ついに朝宮に我慢の限界が来てしまった。

朝宮は勢いよく起き上がり、鋭い目で寧々を睨みつけた。


「こ、怖いんですけど」

「わざとやってたわよね」

「みんなの人気者にこんなことできるの、滅多に無いなと思いまして」

「このこと、誰かに話しますか?」

「隠してるんですか?」

「学校の人にはもちろん、掃部かもんさんのご両親にバレてしまったら困ります」

「お座り」

「はい?」

「お座り」


朝宮は困惑しつつ、言われた通りベッドの上に正座した。


その時、一階から母親に「一輝!」と名前を呼ばれてドキッとしながら部屋から顔を出した。


「なんだ?」

「パパと病気行くから、寧々ちゃんと遊んでなさいね!」

「また行くのか?」

「ちょっとね! 行ってきます!」

「いってらっしゃい」


せっかく日本に戻って来たのに、なかなかに忙しそうだな。

でもまぁ、これで普通に喋れる。


「和夏菜先輩、どうしてベッドに座ってるんですか?」

「は、はい?」

「床」

「わ、わかりました」


朝宮は自分の立場を理解して、なんかドSスイッチの入った寧々の命令を聞いている。


「犬が正座します? 犬らしく四つん這いになってください」

「はい‥‥‥」


怒るなよ?朝宮。

今は耐えるんだ。


「お似合いですねー。学校一の美少女が、後輩に服従する姿は滑稽こっけいです」

「貴方、いったいなにがしたいの?」

「あれれー? 犬が人間語喋ってる。変ですねー」

「ワ、ワン‥‥‥」

「よくできした。よしよし」


寧々が朝宮の頭を撫でたその時、朝宮は寧々の腕を掴み、そのまま寧々を床にねじ伏せてしまった。


「あ、朝宮!? 落ち着け!」

「どちらが犬か教えてあげないといけないみたいですね」


あぁ‥‥‥頼んでもないのに女王様スイッチ入っちゃった‥‥‥。


「せ、先輩。さっきのはほんの冗談で」

「寧々は遊びたかっただけなんだ。許してやってくれ」

「ダメです。先輩への態度を改めさせます。お座り」

「ワ、ワン」


寧々は床に四つん這いになり、朝宮はその目の前でベッドに座った。


「私の足が臭かったらいいと思ってるんですよね? どうですか? しっかり確認してください」


朝宮は四つん這いで朝宮を見上げる寧々の顔に、足をピタッとくっつけてしまった‥‥‥。

俺なら秒速で吐く自信あるな。


「どうですか?」

「ボディーソープの良い匂いです」

「はい?」

「ワンワン」


俺はいったいなにを見せられているんだろうか。


「今日見たことは誰にも言わないと誓いなさい」

「ワンワン! ワン!」

「良い子ね。脚が疲れてきたわ」

「ワン!」


寧々は素直に、朝宮の脚置きにされてしまった。

俺は、こんな身内見たくなかった。


掃部かもんさん」

「ん?」

「こうすればよかったんですよね?」

「全部俺の指示みたいになるからやめて!?」

「私、普段はこんなことしませんから」

「分かってます」


学校での朝宮しか知らない相手には、かなり説得力があるだろうな。


「でも、一輝お兄ちゃんの親に内緒でこの家にいるのはさすがにダメだと思いますよ? 一輝お兄ちゃんが許可しても、保護者がその気になったら、不法侵入とかで捕まってしまいます」


わーお。一気に顔真っ青になったな。


「わ、私、今日は公園で寝ます」

「危ないからやめとけ。寧々も怖がらせすぎだ」

「ふふっ。和夏菜先輩って、本当はお茶目な一面もあるんじゃないかと思って、意地悪してみたくなるの」

「私がお茶目? そんなはずありません」

「めっちゃお茶目でうるさくて、実はド変態でめんどくさい性格してるぞ」

「ちょ、ちょっと掃部かもんさん!」

「やっぱりそうなんだ」

「酷いですよ掃部かもんさん‥‥‥」

「寧々は俺の身内だし、本当の朝宮を知ってもらう方が、いろいろ楽だと思うぞ?」

「本当の私がどっちかなんて、言った覚えありませんけど」

「二択しかないんだからどっちでもいいだろ」

「か、掃部かもんさんは、そ、その、どっちの私が好きですか?」

「えっ」

「‥‥‥あの、私が居づらい空気出すのやめてもらっていいですか?」

「と、とにかく、寧々が泊まっていくなら好都合だ。朝宮と寧々が同じベッドで寝れば、母親が入ってきても、ベッドの膨らみは誤魔化せるしな。問題は朝だ」

「問題は一緒に寝ることです」

「え、そこ?」

「寧々さんがこう見えて、イビキがうるさい可能性があります」

「おい、バレてんぞ」


寧々は顔を真っ赤にして、ベッドに潜り込んだ。


「どうして分かったんですか?」

「適当に言っただけです。病院行けば治りますよ」

「昔からだから諦めろ」

「可愛いのにもったいないですね」


朝宮もいろいろと勿体無いところが多いけどな。


「和夏菜先輩だって、私の顔に足をつけてる時、短パンの隙間から具が見えてましたよ? 美人なのに残念です」

「おいマジかよ!!」

「今日はパンツ履いてますけど? 掃部かもんさんはなぜテンションが上がったんですか? そんなに見たいなら踏んであげますけど」

「勘弁してください」

「それで、和夏菜先輩と一輝お兄ちゃんは付き合ってるんですか?」

「どうだと思います?」

「セフレ」

「寧々!! そんな言葉どこで覚えた!!」

「桜先輩が教えてくれた」


日向‥‥‥寧々に変なこと教えるなよ‥‥‥。


「知ってました? 日向さんと絵梨奈さんはそういう関係なんですよ」

「えぇ!? 女の子同士でですか!?」

「変な嘘教えるな」

「嘘かー‥‥‥」

「何でちょっとガッカリしてるわけ?」

「ちなみに私と掃部かもんさんの関係は、セいふく着たら、フたりは他人、レんけいプレイで関係を隠しましょう。訳してセフレです」

「おいこら」

「和夏菜先輩って面白いですね! 学校以外での和夏菜先輩のことは誰にも話さないので安心してください」


朝宮はそう言われると、ベッドから顔を覗かせる寧々に手を差し伸べ、寧々はその手と熱い握手を交わした。


「掃部さん掃部さん! 掃部さんと血の繋がりがある人に触れちゃいました!」

「さっきめっちゃ踏んでたじゃん」

「この流れで掃部かもんさんも私と握手しましょう!」

「却下」

「どう思います!? 寧々パイセン!」


朝宮のやつ、寧々の前では吹っ切れたな。

俺以外にもこういう一面見せれる相手が居るってのは、朝宮にとってもいいことだろう。

相手が寧々なら安心だし。


「それはやばいね、和夏菜後輩」

「私と掃部かもんさんは指先すら触れたことが無いとか、そんなのあんまりっすよね!」

「私がキツく言っておくから落ち着きな」

「マジあざっす!!」

「おうおう、ウチの後輩が世話になったみたいだな」

「あ、はい」


寧々は朝宮に付き合ってあげ、ガニ股で俺に詰め寄ってきた。


「次あいつに会ったら触ってやれや」

「何故でしょうか」

「欲求不満らしいからよ」

「わーお」

「あのデカイ胸を触れば、あいつも‥‥‥」

「ね、寧々?」

「大きな‥‥‥和夏菜先輩の胸‥‥‥」


寧々は突然しゃがみ込み、頭を抱えながら早口で喋り始めた。


「どうして私だけ小さいの? 私の周りの女の子はみんな大きいのに。遺伝? 遺伝なの? 和夏菜先輩のは服の上から見ても形がいいし、美人だし、本当なんなの? 乳毛の一本や二本生えてないと許せないよね。育毛剤塗ってやろうかな。でもさ? でもさ? 塗るためには見ないといけないじゃん? そんなの私の精神が持たないじゃん? どうする? いっそ死ぬ? 遺書に【貧乳だから死にます】って書くの? 死にきれないよ!!」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥落ち着いた?」

「うん!」

「寧々さん、こっちへ来なさい」

「は、はい」


朝宮は寧々の背中を壁に付けさせ、俺に背を向けて服をたくし上げた。


「なっ!? なにしてんの!?」

「毛なんてないもん!!」

「わー♡ きれーい♡ クソッ!!」

「うっ!!」


朝宮は寧々の拳を腹に受け、服を戻してうずくまってしまった‥‥‥。


胸のことになるともう一つの顔が出てきてしまう寧々と、外と家で性格が違う朝宮、なんだか仲良くやっていけそうだな。

それに、どっちも普段は可憐な美少女ってのがなかなかの一致だよな。

まぁ、寧々は胸の話にならなければ、スーパーいい子ちゃんなんだけど。

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