第61話/俺を舐めるなよ!!!!


急遽決まったマラソン大会当日。


マラソンは放課後だというのに、学校では朝からストレッチする者や、咲野に脅されてる生徒がどこを見ても視界に入ってくる。


俺が脅されないのを考えるに、マラソンにおいて俺は脅威にならないんだろう。


朝宮はというと、相変わらず本を読んで周りを気にしていないふりを貫いてるし、ある意味本日の主役なのにな。





放課後になるにつれて、変な緊張感を感じ始め、帰りの会が終わると、参加する生徒はジャージに着替え、参加しない生徒も、みんなグランドに集まり始めた。

だけど俺は、まだ着替えずに教室からグランドを見下ろしている。


「一輝は行かないの?」


首からカメラをぶら下げた陽大が声をかけてきて、一緒にグランドを見下ろした。


「始まるの三十分後だろ? みんなが早すぎるんだ。んで、アルバイトは見つかったのか?」

「うん! ばっちりだよ!」

「よかったな」

「うん。でさ、和夏菜さん、きっと一輝に一位になってほしいと思うよ」

「はっ、は? 急に何言ってんだ」

「最近、二人仲良いじゃん? 他の男子生徒とは、会話することすらレアだし。なんでか分からないけど、一輝には心開いてるんじゃない?」

「さぁな。どうでもいいよ」

「もしも一位取る気があるなら、いいこと教えてあげるよ!」

「一位になる気はない」

「いいの? デートが楽しかったら、他の男に取られちゃうかもよ?」 

「そもそも、朝宮は俺のじゃないからな。着替えてくるわ」


教室を出ようとしたその時、俺の携帯の通知が鳴った。


朝宮?


『しょうがないから、掃部かもんさんとデートしてあげますよ』と上から目線のメッセージが届き、返事を返すか悩んでいると、すぐに朝宮から電話がかかってきた。


「どうした?」

「帰りたいです‥‥‥」


か弱い小さな声でそう言われ、本当にこのマラソンを嫌がっていることを知った。


「一輝先輩」

「ちょ、ちょっと切るぞ」


寧々が桜と一緒に教室にやってきて、思わず電話を切ってしまった。


「珍しい組み合わせだな」

「私達、友達になったの!」

「へー」

「一輝お兄ちゃん、じゃなくて先輩」

「別にいつもの呼び方でいい。どうしたんだ?」

「和夏菜先輩が元気なさげにしてたから、やっぱり、一番にゴールするのは一輝お兄ちゃんがいいなと思って」

「そうそう! 最近仲良いしね!」

「みんなしてそればっかだな」

「二人もそう思ってるんだし、やっぱり一輝が一位取らなきゃダメなんだよ!」

「だから、頑張っても無理があるんだって」

「ショートカットを使えばいける!」

「近道ってことか?」

「そう! 校舎裏の柵の扉を開けておくから、そこに入って柵に沿って細道を走れば、校門に出る。普通に外周を走るよりも、かなり体力も削らずに済むけど、二週目しか有効じゃない」

「まぁ‥‥‥気が向いたらそうする」

「頑張ってね、一輝お兄ちゃん」

「頑張ってね、元カレ」

「お兄ちゃんの元カノなんですか?」

「おい、変なこと言わなくていいからな」

「それが原因で、去年までは結構複雑な関係だったんだよね!」

「陽大?」

「ごめんごめん! 頑張って!」

「うぃ」


どうせ無理。

そればかりか頭をよぎりながら着替えを済ませてグランドへやって来ると、朝宮はパイプ椅子に座らされていたが、俺から見ても、あまり元気が無いように見える。

いつものクールな表情とはまた違う感じだ。


「やっと来たね! 掃除機くん!」

「なぁ、爽真」

「なんだい?」

「やっぱり一周目は体力温存するものなのか?」

「そうだね! でも、一定の速さを保つよ! 二週目で一気に抜かすか、二週目も相変わらず一位かな!」

「敵にそんなこと教えて大丈夫か?」

「掃除機くんは敵だけど、あまりやる気が無いみたいじゃないか」

「悪いけど、ここに来て事情が変わった」

「それは楽しめそうだね」


俺が負けたら、朝宮の性格上、帰ってからもテンションを引きずる。

俺は、俺がしんどい時に馬鹿みたいなテンションで元気をくれる朝宮の方がいい。

だからやるしかない。


「これより、マラソンのルールを説明します!」


さて、会長のお出ましだ。


「ルールは外周を二週して校門から入ってきた後、グランドに戻ってきて、グランドを半周した先のゴールテープを一番先に切った生徒が、和夏菜さんとのデートの権利を手にします! それでは、参加者の皆さんは位置についてください!」


不正についてのルール説明をしなかったのはありがたい。

後からどうにでも言い訳できるし、不正はバレなければ不正にはならない!


俺は一番前の列に並び、隣の咲野と無言で見つめ合った。


「‥‥‥」

「‥‥‥」

「本気の目も素敵♡」

「そりゃどうも」

「位置について、よーい!」


ピストルの音が鳴り、俺はそれと同時に最初から全力で走った。


「おっと!? 掃部一輝が凄まじいリードを見せている! 二周持つのか!?」


最初から差をつけて、二周目に校舎裏に入って、更に差をつけてゴールする!

後からみんなを抜かせる気がしないんだ。

俺には最初から全力しか選択肢がない!!


「うぉー!!!!」


外周に出て一周目の半分、振り向けば、まだみんなが見える距離だ。


「頑張れー!」

「絵梨奈! 歩道の真ん中で転んだフリしろ!!」

「えっ!?」

「やれ!!」

「わ、分かった!」


応援してくれている絵梨奈が歩道に横たわり、みんなが助けようとするのを期待したが、俺の考えが浅はかだった。

みんな朝宮目当てだから、絵梨奈をスルーしやがる。

ごめんな、絵梨奈。

そんでもって、もう息が上がってきた。まずいな。


そして、二周目に入る前に四人に抜かされ、二周目に入ってすぐ、爽真が俺の横に並んできた。


「やぁ!」

「随分余裕そうだな」

「そうだね! お先に失礼するよ!」


こんなことになるなら、普段から運動しとくんだった。

脚がつりそうだ。


だが俺は、そのまま先に行こうとする爽真に追いついた。


「やるね! でも、ここからは本気だよ!」

「うるせぇ、妖怪メチャコックルーのくせに」

「よく分からないけど、一位はもらうよ!」

「クソがー!!!!」


空に響くほどの声を出して、必死に爽真に食らいつき、先を走る四人もそのまま追い越すことができた。


さすがに爽真も焦り始めたのか、一言も喋らず、横顔はマジモードだ。


そして、健気に倒れ続ける絵梨奈が俺を見て立ち上がった。


「なにさせたいわけ!? ふざけんなよ! ちょっと一輝!?」


喋る余裕も無く、絵梨奈を無視して走ったが、爽真に十歩ほど先を行かれてしまった。


「一輝! こっちこっち!」

「まさか不正をする気かい!?」

「一輝!!」

「思ったより勝てそうだ! 俺を舐めるなよ爽真!!」


俺は不正ルートを使わずに走り、更にスピードが上がる爽真の後ろを走り続けた。


そしてラストスパート、グランドへ戻ってきた。


「トップで走り出した掃部一輝! まさかの陸上部エースのすぐ後ろを走っている!」

「がんばれー!」


応援する声が響く中、椅子から立ち上がって俺を見る朝宮と目が合い、自然と力が出てきた。


そのまま爽真と並び、ゴールテープが見えたその時、脚に限界がきて、右脚に激痛が走った。


どうして今なんだ‥‥‥。


俺は右足をつってしまい、ゴール手前で転んでしまった。


もちろん一位は爽真。

続くように大勢がゴールしていく中、俺はゆっくり立ち上がり、しばらく地面を見て立ち尽くした後、ゆっくり白いラインを踏んで、そのまま朝宮の顔を見ることなく、教室に戻ってきた。


「意外だったねー」


教室には、芽衣子先生が一人で椅子に座っていた。


「見てたんですか」

「ずっと見てましたよ? 転ぶ瞬間も。 さすがに和夏菜ちゃんの顔は見れなかったかな?」

「今、自分にイライラしててヤバいんで、俺のこと煽らないでください」

「負けは負け」

「うるさいですよ、元ヤン」

「‥‥‥」

「玲さん」


そう言うと、芽衣子先生は勢いよく立ち上がり、目を鋭くさせて俺の目の前でやってきた。


「誰かに話しましたか?」

「い、いえ」

「誰かに言ったら、前回のテスト四点だったことをクラスのみんなの前で言います」

「大人げなっ!」

「子供の心を持ったピュアな大人です」

「そういう屁理屈言うところ、朝宮そっくりですね」

「とにかく、和夏菜ちゃんと爽真くんのデートで決まったみたいだし、良いもの見れたから仕事に戻ります」

「俺は帰ります」

「保健室で消毒しなさいね?」

「帰ってからで大丈夫です」


そこで初めて膝から血が出ていることに気付いて、気付いてから痛みが出始めた。


それから、盛り上がるグランドを横目に一人で帰り、家に着いた俺は膝を洗う体力も残っていなく、リビングの椅子に座って、天井を見上げた。


いきなり本気出したと思えば転んで、めっちゃ抜かされて、俺、クソダサいじゃん。

朝宮のために頑張っちゃったのも、これでバレバレだし。





しばらく椅子に座って脱力していると、朝宮が帰ってくる音が聞こえたが、すぐに二階へ上がって行ってしまった。


やっぱり落ち込んでるのかなと考えていると、ダッダッダッと階段を駆け降りてくる音が聞こえ、勢いよくリビングの扉が開いた。


「オペを始めます!」

「ナース服!?」


朝宮は何十にもした使い捨て手袋を身につけて、ミニスカナースのコスプレをしていた。


「ジッとしていてください!」

「何する気だ!? 触るなよ!?」

「怪我をした膝をそのままにしていてはいけません! 手袋越しに触れることぐらい慣れてください!」

「わ、分かったけど、痛くしないでくれ」

「少しは滲みるでしょうけど、我慢してください」


朝宮は、わざわざ買って帰ってきたのか、俺の膝に消毒液をつけて、優しくガーゼを貼ろうとしてくれている。


「‥‥‥かっこよかったです」

「は?」

「あんなに足が速かったんですね」

「馬鹿力ってやつだ」

「やる気なかったのに、どうしてあんなに頑張ってくれたんですか?」

「‥‥‥‥‥‥」

「どうしてです?」

「朝宮には笑顔でいてほしかったから」


そう言うと、朝宮は俺のふくらはぎを両手でキュッと掴み、またなにも言わずにガーゼ貼りを続けた。


「これで剥がれないと思います!」

「ありがとう」

「それで」

「ん?」

「せっかく労ってあげてるのに、右脚が鳥肌だらけって!! どういうことですか!!!!」

「ぬぁ〜!!!!!!!!」


朝宮は俺の膝を殴り、俺は膝を押さえて床をのたうち回った。


「失礼ですよ!!」

「傷口殴るなよ!!」

「手袋してるのに、鳥肌立てるのが悪いです!! 謝ってください!!」

「ごめん!!」

「それになに転んでるんですか!! 高野さんとのデート決まっちゃいましたよ!!」

「悪かったって!」

「次の土曜日です! 彼女が他の男とデートしちゃいますからね!」

「いつ彼女になったんだよ!」

「嫉妬とかしないんですか!? 私が取られたら、もうこの家に帰ってこないかもしれないんですよ!?」

「‥‥‥そ、それはそれだろ。ちょっと疲れたし寝るわ」

「まったく。トイレ行きたくなったら呼んでくださいね。私はナースですから、カップ持っていきますから」 

「一人でできるわ!!」


デートか。

まぁ、最初の頃、爽真が朝宮と付き合えば、俺の日常が戻ってくるって考えてたし、やっぱり、そうなったらそうなっただろ。

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