第60話/朝宮争奪戦の前日


五月に入り、朝宮が俺の家に住み着いてから丸一年。

俺は朝から、芽衣子先生に生徒指導室へ連れてこられた。


「なんですか? これじゃ、俺が悪いことしたみたいじゃないですか」

「普段から目立ってるんだから大丈夫じゃないかな?」

「悪目立ちは懲り懲りです」

「とにかく、朝のホームルームに遅れないように、本題に入りますね」

「はい」


やっぱりこうやって話してみると、こんな清楚な先生が元ヤンだなんて、いったい誰が思うだろうか。


「これ、和夏菜ちゃんの母親から」

「なんですか?」


芽衣子先生はテーブルに封筒を置いたが、少し嫌な予感がする。


「二十万円入ってます」

「はい!?」


やっぱりお金か。


「一年間の宿泊代としては安すぎるかもしれないけど、受け取ってほしいって」

「お金で解決するんですね」

「お金で解決できることならね」

「芽衣子先生はどう思ってるんですか? この一年間のこと」

「私には関係ありません」

「本気で言ってます?」

「とにかく受け取りなさい」

「いりません」

「親は海外で仕事中なら、こっそりお小遣いにすればいいじゃない」

「安心してください。お金なんか払わなくても、朝宮の意思で帰りたいって言うまで帰す気ありませんから」 

「へー、とうとう惚れた?」

「そういうわけじゃありません。とにかく受け取れないので」


俺はお金を受け取らずに教室に戻り、その後、何食わぬ顔でやってきた芽衣子先生と目を合わせることもなく、朝のホームルームを終えた。


そして休憩時間、朝宮は花見の時以降、学校でも朝宮の方から話しかけてくるようになったが、あくまで真面目ちゃんだから、あの小説が面白いとか、基本は本の話ばかりだ。

ただ、やっぱりその光景を男子生徒は鋭い目をして見つめてくるけど、俺と朝宮が一緒に居るのが当たり前になれば、そういうのも落ち着いてくるだろう。


「それで、この小説はですね」

「あ、うん」


小説を読まない俺にとっては、ちょっと退屈な時間なんだけどね‥‥‥。


「掃除機くん! 君に挑戦を申し込む!!」

「へ?」

「俺も!!」

「僕も!!」


朝宮と話す俺に、男子生徒達がなにやら挑戦を挑もうと集まってきた。


「掃除機くん! 君は最近調子に乗っている!」

「そうだそうだ!」

「えぇ‥‥‥」

「和夏菜さんはみんなのアイドルだ!」

「そうだそうだ!」

「みんなのアイドルに告白したの誰だよ」

「そうだそうだ!」

「えっ、みんな!?」

「面白そうなことやってますね」

「会長!」


え?会長? 

会長って女なんだ。

この、上から下まで校則守った身だしなみの、高めのポニーテールちゃんが会長?

興味なさすぎて初めて知ったわ。


「なぜに会長が二年生の教室に?」

「たまたま通り掛かったら、随分盛り上がってたから! そこでなんですけど、この高校はイベントが多いこともあって、体育祭がありません。それに、この高校のイベントと言えば、どうしてか男女の仲をくっつけるようなイベントが多いですよね」

「はい」

「ということで、会長権限で決めました。和夏菜さんとのデートを掛けたマラソン大会をやります!」

「おぉー!!!!」

「会長、私の意思は」

「面白ければいいでしょ? 参加者自由! 女子生徒の参加もオッケーです! ルールは外周二周! さっそく明日やります」

「俺は不参加で」

「君が参加しないと、男子生徒は納得しないんじゃない?」

「そうだぞ一輝! お前に勝たなきゃ意味がない!」

「掃除機くん! 陸上部の実力を見せてあげよう!」

「爽真って陸上部だったんだ」

「知らなかったの!?」

「だから陸上部のマネージャーって多いのか。納得だわ」

「私が一位になったら、デートできるんだぁ♡ 密室デートがいいなぁー♡」

「おい咲野、なんで当たり前のようにA組に居るんだよ」

「へへへー♡」


なんか、思いもしなかっためんどくさいことになってしまった。


サラッと走って、一位を回避すればいいか。

まぁ、頑張っても一位にはなれないだろうから、俺が一位になってブーイングをくらうことはないだろう。





その日、明日のマラソン大会の話は校内放送および、新聞部の新聞によって一気に広まり、一日前から盛り上がっている。

中には『俺、一位になったら告白するんだ』と、死亡フラグみたいなものを立てている生徒もいる。

話を聞くに、爽真は陸上部の長距離エースみたいだし、一位は間違いなく爽真になるだろうな。



放課後になると、朝宮は素早く帰って行き、男子生徒が明日のマラソンに闘志を燃やす中、島村と陽大が【アルバイト募集中】の看板を持って昇降口に立っているのを見つけた。


「アルバイト?」

「明日のマラソン大会、いろんなシーンを撮りたいから、カメラマンを募集してるんだよ!」

「それなら写真部とかなかったっけ? 同好会だっけ?」

「私が声をかけましたが、みんなマラソンに参加するそうです」

「そうなのか。にしても、アルバイトとか先生に怒られるぞ」

「報酬が朝宮さんとお揃いのシャーペンです。先生から許可もおりました」

「シャーペンとか、自然とお揃いになってる奴もいるだろ。朝宮の写真とかにしろよ」

「朝宮さん以前に、咲野さんに怒られる危険性があるので無理です」

「前までは平気でやってたのにな。まぁ頑張れ」

「一輝が一位になったら、インタビューに行くからね!」

「なれるわけないだろ。じゃあな」

「また明日!」


今は明日のことより、急遽決まったこの事態にストレスを溜めているであろう朝宮のケアをしなきゃいけない。

焼きプリン買って帰るか。

そう思い、帰り道の途中にあるコンビニに寄り、朝宮に電話をかけた。


「あ、もしもし?」

「なんですか?」

「普通のプリンと、焼きプリンと、チョコケーキ、どれ食べたい?」

「普通のプリンと焼きプリンとチョコケーキです!」

「どれか一つ」

「普通のプリンがいいです!」

「了解。飲みたいものは?」

「ママのミルク!」


素早く電話を切り、プリンだけを買ってコンビニを出た。





「プリン買ってきたぞ」

「ありがとうございます!」


朝に芽衣子先生と話したことは黙っておいたほうがいいかな。


「明日のマラソンさ」

「そのことですけど、一位になった人が私とデートって、ふざけてると思いません?」

「ふざけてるとは思うけど、社会勉強で行ってこいよ」

掃部かもんさんが一位になれば、楽でいいんですけどね」

「なれるわけないだろ。日頃から運動もしてないし」

「私とデートしたくないってことですか!?」

「逆にしたいの!?」

「したいわけないじゃないですか!! その辺の男とするよりマシなだけです!!」

「なら、俺が一位になったら、全部朝宮の奢りでデートな!」

「あぁいいですとも!! お小遣い全部使いますよ!! 四百円しか余ってませんけどね!!」

「はぁ!? めっちゃ持ってなかったか!? あのお金はどこに消えた!?」

「プリン! ジュース! お菓子! 必需品! 課金!」

「課金すんなよ!!」

「私、課金してる時だけ心臓動いてるので」

「おい、重症じゃねぇか」

「とにかく明日、期待してますね!」


期待に応えらるわけないのに、そう言われると、ちょっと頑張ろうとか思っちまう。

反則技を使えば勝てるかもしれないけど、足を引っ掛けるにも、相手に触れたくない。


やっぱり適当に走ってやり過ごそう。

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