第59話/自慢


お昼になり、人の数も多くなって来た頃、出店もオープンし始め、俺は後片付けを始めた。


「帰るんですか?」

「桜の木の前で写真撮りたい人もいるだろ。マナーだよ」

「すぐに誰かが場所取りしますよ」

「それならそれでもいい。出店出てるし、たこ焼きでも買ってやるよ」

「いいんですか!?」

「たこ焼きからタコの足が出てる、ビッグなやつらしいぞ」

「食べましょ!」

「片付け手伝ったら、クレープも食わせてやる」

「クレープの口移しはちょっと」

「奢ってやるって意味だよ!!」

「分かってますよー!」

「こらこら、そんな雑にブルーシート畳んだら、カバンに入らないだろ」

「そんなバカな!」


俺、ますます父親みたいになってきたような。

料理もできるようになってきたし、絶対いいお父さんになるわ。



後片付けも終わり、朝宮とたこ焼きを買いに来ると、まさかのたこ焼き屋のアルバイトが爽真で、朝宮は素早く顔を下げた。


「掃除機くんじゃないか!」

「お、おう」

「そちらさんは?」

「逆ナンされたから遊んでる」

「意外とモテるんだね」

「そんなことより、たこ焼き一パックと爪楊枝二つ頼む」

「オッケー! 六百二十円になります!」

「たっか」

「祭りなんてこんなもんだよ」

「それもそうだな」


ちょうどたこ焼きが出来上がるタイミングだったようで、すぐに受け取り、速やかに爽真から離れた場所にやってきた。


「危なかったな」

「吊橋効果みたいになりました?」

「爽真はクマかよ」

「妖怪、メチャコックルー」

「ふはっ! めっちゃ告るってことか。面白いじゃん」

「へへっ♡」

「さっそく食べてみようぜ!」

「はい!」


同じタイミングでたこ焼きを食べ、あまりの熱さにに二人して息をホフホフとさせながらも、なんとか飲み込むと、朝宮は可愛らしい笑顔で言った。


「美味しいですね!」

「タコもデカくて、これなら六百円でも納得だな!」

「はい! 残りは全部食べていいですよ!」

「体調でも悪いのか?」

「いえ、さっき、掃部かもんさんが食べられないようにしちゃったので‥‥‥さっきはごめんなさい」

「謝ってもらえたら、大抵なんでも許す! 朝宮も食え」

「それはダメです!」

「いいから食え」

「なら、掃部かもんさんは私になにをされたら嬉しいですか?」

「なにをされたら? んー、そうだな、変装を解くとか?」

「え?」

「前までは朝宮と二人でいるのを見られたら、なんかめんどくさそうだなーとか思ってたけど、いろんなことがありすぎて、そういうのにも慣れたっていうか、一緒にいてもいなくても、俺は男子生徒に良く思われないことの方が多いからさ」

「私が遊んでるなんてバレたら、真面目のイメージが崩れます」

「どんな奴でも友達と遊ぶだろ。朝宮と俺は友達なんだろ? 別にはしゃいだりしなければ、いつもの朝宮が俺と遊んでるって認識で終わる。変な噂が立てば、お互いに友達だって言えばいいし、なんなら島村に新聞を作らせて、誤解を解くこともできる」

「私が変装を解いて、掃部かもんさんが嬉しい理由が分かりません!」

「あ、あれだよ‥‥‥」

「なんですか?」


やっぱり言うのやめるか?

それじゃ朝宮の興味を引いて、結果めんどくさいだけか。

たまには俺も素直に‥‥‥。


「そりゃ、こんなんだけど、俺だって男だし、朝宮みたいな人気者と友達で、休日に遊ぶような仲とか自慢したいんだよ‥‥‥ごめん、今のキモかったわ。やっぱ無しで」

「分かりました。ちょっとお手洗いに行ってきます」

「お、おう」


朝宮がトイレへ向かい、俺は桜を眺めながらたこ焼きを食べて朝宮を待った。





「お、お待たせしました」


しばらくして、後ろから朝宮の声が聞こえて振り返ると、服装はそのままで、頑張って髪を直したのか、前髪が少しクシャッとしてしまっている朝宮が、少し恥ずかしそうにぎごちない笑みを浮かべていた。


「ウィッグは?」

「小さい女の子が欲しがったので、あげちゃいました」

「そうか」

「なんか、派手な服装でいつもの私だと、変じゃないですか?」

「いや? 案外悪くないと思うけど」

「なんだか人目が気になります」


やっぱり朝宮は黒髪に限るな。


「気にすることないって! このまま爽真のところ行こうぜ!」

「そ、それはちょっと。いつもの私服ならいいんですけど」

「そっかー、さっき、ギャルの変装してたのもバレちゃうもんなー。んじゃ、今日のところは帰るか」

「はい」

「たこ焼き残しといたから食え」

「は、はい」


変装を解いた状態で外にいると、急に大人しくなるな。


結局変装を解いた朝宮は、誰にも会うことなく帰ってきた。

そして朝宮は、俺の部屋で体育座りをしながら俺と雑談を始めた。


掃部かもんさんは楽しかったですか?」

「ん? 朝宮はウザイけど」

「はい?」

「でも、朝宮と遊ぶのとか、割といつも楽しんでるぞ? 俺は好きだ」 

「す、好きって、なにがです? 花見ですか?」

「朝宮と遊ぶこと。ちゅんと掃除もしてくれたら最高なんだけどな」

「いつかします!」

「そのいつかを待ち続けて、早くも一年が経とうとしてるんだけど」

「話を戻しますけど」

「おい」

「私は楽しかったと言いますか、なんだか良い日になりました! 掃部かもんさんは忘れていたのか、クレープ買ってくれませんでしたけど」

「あ、完全に忘れてた。って、いい日?」

掃部かもんさんの思ってることとか、あんなの、滅多に聞けないじゃないですか!」

「あれは忘れてくれ‥‥‥」

「私と一緒に居るのが、掃部かもんさんにとっては自慢になるんですもんね!」


すごく嬉しそうに笑みを浮かべる朝宮を見て、不意にドキッとしてしまった。

やっぱり最近、自分の気持ちに変な迷いが生まれてる気がするな。

ダメだダメだ。なにも考えるな。


「聞いてます?」

「聞いてる聞いてる」

「自慢なんですもんね?」

「ま、まぁ」

「だから私は幸せです!」

「そんな恥ずかしいこと、よくサラッと言えるな」

「恥ずかしいこととか言うから恥ずかしんです!!」


朝宮は急に立ち上がり、ドンドンと足で床を蹴り始めた。


「やめてくださいよ!! そういうこと言うの!!」

「分かったから蹴るなよ!」

「いいじゃないですか! こんな床! 私の落書きもありますし!」

「親が帰ってきたら、絶対に朝宮が怒られるからな」

「え? えっとー、いつ帰ってくるんですか?」

「知らん」

「私が住んでることは知ってるんですか?」

「言ってない」

「ご両親って、怖いです?」


全然怖くないけど、ここは朝宮を脅しておいた方が良さそうだな。


「死ぬほど怖い」


そう言うと朝宮は、慌てて一階へ行き、洗剤と俺のパンツを持って戻ってきた。


「うぉー!!!!」

「俺のパンツでなにしてんの!?!?!?!?」


朝宮は過去に書いた【変な意味】と言う文字の落書きを、全力で擦り始めたのだ。


「消すんですよ!!」

「もう消えねぇよ!!」

「あ、そっか! 汚いもので擦っても意味ないですね!」

「慌ててるのか、俺を煽りたいのかどっちだ!!」

「どっちだ!! 答えろ!!」

「俺が聞いてんだよ!!」

「うるさいんですよ! もう知りません!」


すると怒った朝宮は、床にパンツを投げつけて、その投げたパンツを一瞬で忘れたのか、即踏んで背中から倒れてしまい、倒れた先にあったテーブルに頭を打ってしまった。

頭を押さえながら体をピクつかせる朝宮は、可哀想というより、とにかく惨め見える。


「ぐっ、あぁ‥‥‥ぬっ‥‥‥」

「バカだな」

「うぅ‥‥‥」


あえて、頭にたんこぶができてしまった朝宮を労ることは絶対にしない。

痛みは、朝宮の成長に必要だ。

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