無意識乙女の朝宮ちゃん

第58話/一番楽しい花見に


「桜咲いてますかね!」

「まだ」

「ニュースでは今日ぐらいには咲くって言ってましたよ?」

「満開は明後日ぐらいだろうな。ちょうど日曜だし、花見は明後日な」

「はーい!」


四月中旬になり、朝宮は毎日花見を楽しみにして、東京はもう咲いて散ったとか、桜の動画を見せてきたり、桜にまつわる曲を歌ったりと、最近は桜のことばかりだ。


「見るだけじゃなくて、ブルーシート敷いて弁当とかも食べるだろ?」

「はい! おにぎりとサンドイッチがいいです!」

「おっけー」


弁当の練習は必要無かったな。





花見当時。


「お友達と花見なんて初めてですよ! 掃部かもんさんはあります?」

「あのさー、まだ寝てる奴起こして、最初の質問がそれかよ」


朝早くから、おたまで鍋をカンカンするベタな起こし方で起こされて、俺は少々機嫌が悪い。


「ねぇねぇ、あります?」

「寧々とある。陽大と、日向とも」

「あっそ!! 早く準備してください!!」

「なんなんだよ」

「今日が今までで、一番楽しい花見になれば別にいいです! あー、なんかムラムラしてきました!!」

「朝から発情すんな!」

「イライラの間違いです!」

「最低な間違え方だな」

「準備準備! 早く早く!」

「分かったから。飯作ったりするから、一時間半ぐらいはゆっくりしてろ」

「分かりました!」


とは言ったが、朝宮は金髪ギャルの変装をして、ずっと玄関の魚を眺めながら待機している。

服装もなにもかも、今までのイメージとはかけ離れてるが、顔が清楚なだけに、金髪清楚系美少女という最強変装になっている。

軽くアイラインとか、ナチュラルなツケマもしてるっぽくて、割と俺は嫌いじゃない。


そんなこんなで全ての準備が終わり、二人で荷物を分けて、桜が満開の山の麓まで歩きでやってきた。


「わぁ! 下の方も満開ですよ!」

「上はもっとすごいぞ。てか、マスク無しで大丈夫か?」

「さすがに金髪ですから大丈夫です! メイクで軽く顔の印象も変えてますし! どうです? 可愛いです?」

「う、うん」


すると朝宮は、素早く顔を逸らしてしまった。


「朝宮?」

「バ、バス来ますよ」

「乗るわけないだろ。待ってる人数を見てみろよ。満員だ」

「歩いて登るんですか!?」

「うん」

「マジ、チョベリバなんですけどー」

「はいはい、行くぞギャル子ちゃん」

「マジ、テン下げ〜」


歩きと言ってもそんな高い山じゃない。

ちょっと上り坂がキツいだけだ。


俺達はゆっくり歩き始め、歩きを嫌がっていた朝宮だったが、歩きでしか見られない桜に囲まれた道に満足しているようだった。


「桜って、散ってるところが一番綺麗ですよね!」

「そうだな。よく、桜が散り始めましたとか言うけど、満開の時点で常に散って舞ってるしな」

「一年に一度しか咲かないのに、満開の時点で風が吹くだけで散るなんて、もっと丈夫に咲かせる努力とかしないんですかね」

「根っこが本体だからな。木からすれば花びらなんて、爪が伸びたから切るような感覚なんだろ」

「夢のないこと言わないでもらえます!? 桜と爪を一緒にするなんて最低です!」

「でも綺麗だからいいじゃん」

「桜が?」

「うん」

「なんかイラッとしました」

「は?」


そんな会話をしているうちに、頂上の花見スポットに着き、朝宮は走って、ギリギリ空いていた桜の木下を陣取った。


「ナイス!」

「こういうことは任せてくださいよ!」

「にしても、昼に出てたらヤバかったな。朝からこんなに人がいるとは」

「起こしてあげたことに感謝してください!」

「起こし方考えろよ」

「目覚めのキスしろってことですか!?」

「寝起きで殴るぞ」

「ディープがいいなら、そう素直におねだりしてくださいよ。ベロ噛み切ってあげますから」

「殺す気!? とにかく朝飯食べてないし、さっそく食べようぜ」

「はい!」


朝宮は少し大きめの石を拾ってきて、ブルーシートの四角を固定し、清楚な女の子座りで座った。

見た目がギャルでも、実は清楚なのを隠しきれていない。


「サンドイッチ美味しそうですね!」

「多分上手く作れた。食べてみ」

「いただきまーす!」


朝宮はサンドイッチを一口頬張ると、美味しそうなのが素直に顔に出ていて、作った俺まで嬉しくなってしまった。


「美味しいです! 私、掃部かもんさんの手作り好きなんですよ!」

「へー、なんでだ?」

「なんででしょう。飽きたりしても、毎日食べたいなーなんて思うんですよね。作ってくれるのが嬉しんですかね」

「自分のことなのに分かんないのかよ。まぁいいや、俺も食べよ。ふぁ! うまっ!」

「あはは! 自分で作ったのに、変ですね!」

「マジで美味いぞ! おにぎりはどうかなっ」

「あっ」


同時におにぎりを取ろうとして、手が触れそうになった瞬間、朝宮はすぐに手を引っ込めた。


「ごめんなさい」

「ギリギリセーフ! 気にすんな」

「あの」

「なんだ?」

「寧々さんは身内だから触られても平気なんですよね」

「そうだな。親も平気だ」

「私は掃部かもんさんと暮らして、来月で一年になります。私は掃部かもんさんにとって、どんな立ち位置なんですか?」

「なんか家に住んでる同級生」

「家族みたいにはなれないんですか?」

「なに? プロポーズ?」

「違います違います! まだお付き合いもしていないのに!」

「まだって、一生ないんだけど」

「‥‥‥」

「バカバカバカ!!!!」


朝宮はすごいスピードでサンドイッチとおにぎりを全部一口ずつ食べ、俺が食べられないようにしてしまった。


「なにしてんの!?」

「喉渇きました!!」

「はぁー?」

「なんか買って来てください!」

「ったく、サンドイッチ一つしか食えなかったじゃんかよ。ちゃんと全部食えよ?」


飲み物を買いに行こうと立ち上がると、朝宮は体育座りをして、膝に顔を伏せてしまった。


「分かってますよ」

「お茶でいいか?」

「リンゴジュース」

「了解」


一人でブルーシートから離れると、朝宮は体育座りをしたまま桜の木を見上げて、携帯で写真を撮り始めた。


楽しんでんだか怒ってるんだか分からないな。


にしても、朝宮と桜って‥‥‥なんかいいな。

桜祭り中で、昼から出店もあるみたいだし、少し楽しませてやるか。

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