第57話/短い手紙


玲さんに手紙を受け取った翌日、朝から咲野と一緒に新聞部の部室へやってきた。


「おはよー!」

「おはようございます」

「本当、いつもここに居るな」

「朝と昼と放課後は基本居ますよ。落ち着くので」

「そうか、そんなしーちゃんに渡したいものがある」

「なんですか?」

「咲野、渡してあげろ」

「うん! 実花ちゃんから手紙を預かってるよ!」


島村は一瞬目を大きく開いたが、すぐに無表情に戻って作業を再開させた。


「二人のどちらかが書いたんですよね。騙されませんから」

「玲ちゃんが、しーちゃんに会った時渡すものだったんだって。実花ちゃんが、自分になにかあった時、しーちゃんに渡してって書いてたものみたい」

「い、一応貰っておきます」

「今読もうよ!」


島村は静かに手紙を受け取り、まったく期待していない様子で手紙を開いた。

それから数秒後、島村の目に涙が溢れ出し、震えた声で言った。


「‥‥‥実花ちゃんの字です‥‥‥」

「なんて書いてあった?」

「短いですが『楽しそうに新聞を作るしーちゃんが大好き。もしも私を想って泣いているなら、今すぐ前髪あげて笑え! 情報屋は任せたよ。楽しくやりな』って‥‥‥」

「そっか。前髪は上がってるし、さっそく笑おう!」


島村は手紙を持つ手を震わせ、大粒の涙を流しながらぎこちない笑顔を見せてくれた。


俺はすかさずそれを携帯で撮り、島村に見せつけた。


「次の記事決まったな!」

「な、なんですか?」

「しーちゃんはたくさん心配されてきた。だからその人達にしか伝わらなくても、たまには明るい新聞書こうぜ! 見出しは【私が笑った日】これで行こう!」

「嫌です」

「あれ? ダメだったか」

「見出しは【実花ちゃん】にします。実花ちゃんがどんな人だったのか、そしてこれからの私がどうしていくのかをみんなに知ってもらいます」

「いいね! 私も手伝ってあげる!」

「一人でやらせてください」

「分かった。頑張ってね!」

「はい」

「んじゃ、俺は教室行くわ」

掃部かもんさん」

「ん?」

「お金全部返すので待っててください」

「いや、いいよ。いくら渡したか覚えてないし」

「全員分メモしてあります」

「すごいな。でもそうだなー、みんなから貰って貯めた金で大量の花でも買って、みんなに宛にお礼を言う新聞でも作れ。みんな納得するはずだから」

「‥‥‥実花ちゃんは死んでませんよ」

「‥‥‥」

「分かってます。全部理解してます。ただ、生きていると思いながら、実花ちゃんがワクワクしてくれるような新聞を作っていきたいだけです。そう思えました」

「そうか! 楽しみにしてるからな!」

「はい」


手紙一つで島村の心に変化をもたらすなんて、やっぱり、島村にとって実花さんは偉大だったんだな。

今の流れなら、陽大もいい感じに部員になれそうだけど、上手くインタビューしてるのかね。


そんなこんなで部室を出ると、急に咲野がポケットからカッターを取り出した。


「お、お前、なんのつもりだ?」

「ポイッ」


危機感を感じたが、咲野はカッターを廊下のゴミ箱に投げ入れ、また普通に歩き出した。


「私も変わろうと思ってさ!」

「おぉ、そりゃ助かる」

「次からコンパスと縄とかにする」

「咲野さん? 悪化してますよ?」

「それはそうとさ! ありがとうね!」

「俺は何もしてない」

「そう? あっ、正直な話してもいい?」

「どうぞ」

「私がちょっと変わった人とか、なにか抱えてそうな人が好きな理由なんだけど、実は、そういう人ならしーちゃんを救ってくれるんじゃないかって思ったんだよね」

「ほへー」

「興味ないのかなー? 刺しちゃうよん♡」

「興味ないし回りくどい」

「ん?♡ もう一回言ってみて?♡」

「最高に興味ある」

「嘘つき」

「いやいや怖いって、目見開かないで?」

「まぁー、それでも和夏菜ちゃんへの愛は本物なんだけどねー♡ 毎日和夏菜ちゃんの髪の毛と寝てるしー♡」

「さ、咲野! 黙れ!」

「また新しいのちょうだいね♡」


目の前に朝宮いるからー!!!!


咲野は朝宮にぶつかり、もし訳なさそうに俺を見つめた。


「へー、そう。へー」


朝宮はそれだけ言ってどこかへ行ってしまった。


終わった。

また俺の玉を潰されかけるかもしれない。

家出しようかな‥‥‥。



***



朝宮は一輝に苛立ちを覚えながらも、陽大に屋上に呼ばれ、嫌々屋上にやってきた。


「来ましたけど、告白ですか? ごめんなさい」

「ち、違うよ!」

「それじゃなんですか?」

「寧々ちゃんのこと、詳しく教えてなかったから教えようと思って!」

「そうですか。なら聞いてあげます」

「ありがとう。寧々ちゃんは、一輝のお母さんの双子の妹の娘さんだよ!」

「ちょっと待ってください。貴方は前に、唯一、掃部かもんさんに触れられる他人って言ってませんでしたか? 確かに言いましたよね、他人と」

「あれは最初の頃、一輝に聞いても他人としか言われなかったから、癖で思わず」

「なるほど」

「でも、二人は仲が良すぎてカップルに見えるよね」

「別に」

「でも嫉妬してたよね? たがら寧々ちゃんに一言言っちゃったんじゃないの?」

「憶測で語らないでください」

「それじゃどうして? 違う理由なら言えるんじゃない?」

「‥‥‥嫉妬ってなんですか?」

「好きな人が奪われるんじゃないかと思うと、ムカムカしたりかな?」

「‥‥‥」

「大丈夫! 一輝には絶対に言わないよ!」

「好きなんかじゃありません」

「それじゃ、一輝にそう伝えていい? 嫌いだって」

「き、嫌いじゃありません」

「どちらかと言うと?」

「‥‥‥」

「夏祭りも初詣も、一緒に来てたよね? 僕は全部知ってるし、本音を話せる人がいないと、苦しくなっちゃうよ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥正直、私にも分かりません。それは本当です」

「分からない?」

「でも確かに、掃部かもんさんが突然現れた女子生徒と仲良くして、普通に手を握ったりしているのを見て、嫌だな‥‥‥とは感じました。だから言わなくていいことも言ってしまったんだと、反省はしています」

「それが聞けてよかった! 話は終わり!」

「誰にも言わないでください」

「約束するよ!」

「信じません」

「え?」

「信じませんが、裏切ったら許しません」

「うん! 分かった! ついでに寧々ちゃんには謝っておいてあげるね!」

「自分から謝ります」

「それならよかった!」


和夏菜は不安感を残しながら教室に戻って行き、陽大は走って新聞部の部室へ飛び込んだ。


「しーちゃん! 聞いてきた! 解決してきた!」

「そうですか」

「和夏菜さんの気持ちも聞けたよ」

「教えてください」

「それなんだけど、ごめん! 誰にも言わないって約束したから言えないや」

「‥‥‥」

「ごめん‥‥‥」

「放課後にまた来てください。入部届にサインが欲しいので」

「てことは!」

「嫌な思いにさせないって、私との約束も守ったので合格です。部室の掃除係が欲しかったので、よろしくお願いします」

「やったー!! って、え?」


陽大は思った役割は与えられなかったが、好きな人と二人きりの部活に入れたことに満足して、一輝にそれを伝えた。



***



昼休み、あんなに食べるのが大好きだった陽大が、島村の手伝いをすると言って、クリームパンを一瞬で飲み込み、走って教室を飛び出していった。


「一輝先輩」

「おう」


今日は一人でお昼を食べるのかと思った時、寧々が教室にやってきた。


「屋上行こ」

「いいけどさ、ずっと気になってたこと言って言い?」

「なに?」

「なんで俺に先輩付けてんの?」

「学校では付けないと、周りに私たちの関係がバレちゃうかもしれないじゃん」

「おい、全員の視線が集まったぞ。妙な言い方すんな。あのな、みんなに言っとくけど、こいつは母親の妹の娘だからな」


あっ、朝宮にバラしちゃった。

もうちょっと反応見たかったのに。


でもみんな、真実を知った途端に興味を無くしたみたいだ。

一部を除いては‥‥‥


「一輝くん、今日の放課後遊びに行かない?」

「初めて俺と会話したな。寧々はやらんぞ!!」

「そこをなんとか!!」

「断る!」

「私からもごめんなさい」

「くそー!! 夢が一瞬で砕けたー!!」


寧々を狙う男が俺を経由するようになったらめんどくさすぎる。

真実を話すのは、やっぱり失敗だったか。





「へーいへーい!」


やっぱり失敗だった。

家に帰ってきてから、朝宮のテンションが昨日とはまた違うめんどくささに変化してしまった。

両手を広げながら俺の周りをピョンピョン飛び跳ね始めたのだ。


「どうして本当のこと隠してたんですかー? へーいへーい!」

「静かにしろ」

「お母さんのおばあちゃんが愛した犬を売ったペットショップの常連だった女子高生のお爺さんの財布を拾った小学生の友達のお母さんの妹の娘さんだったって、どうして隠してたんですかー?」

「長い!! もはや誰だそいつ!!」

「私のセリフです!」

「俺のだよ!?」

「え‥‥‥掃部かもんさんの娘さん?」

「話をややこしくするな」

「へいへーい!」

「なんなんだよ」

「身も心も軽くなった気分でーす!」

「んじゃ、どれだけ高くジャンプできるかやってみ?」

「なんですかそれ。子供じゃないんですからやりませんよ」

「おいこらお前」

「でも私、元気になったと同時に怒ってます!」


絶対髪の毛のことだ‥‥‥。


「理由は分かりますよね? 許してほしいですか?」

「許してください」

「条件を提示します!」

「はい、なんでしょう」

「寧々さんとお昼を食べるの禁止です!」

「あのさ、やっぱり朝宮って‥‥‥」

「なんですか?」

「いや、なんでもない」


好きなのかなんて聞けるわけがない。


「条件は飲みますか?」

「まぁ、んじゃ三人で食うか」

「それは嫌です!」

「なんでだよ」

「トイレが落ち着きます!」

「相変わらず気持ち悪いな。なら、他に男連れて行って三人で食べる」

「それならいいですよ! 二人きりはダメです! 深い意味はありませんけどね! 全然本当に意味なんてありません!」

「分かってるよ」

「それならいいんです! さーて! 腕を広げてたら肩が凝りました! あぁん♡」

「急にマッサージ始めんな! ビックリするだろ!」

「だってぇ〜♡」


こいつ、マジでアホだな。





数日後、島村の情報屋復活に、意外と大勢が喜び、死んだような目も生気を取り戻したような気がする。

相変わらずテンションは変わらず、元気になったとかは無いが、島村はこれでいいんだと思う。

陽大は陽大で、時間をかけて関係を深めていくみたいだし、とりあえずは全部解決かな。

島村も、もっと早く玲さんに会っていればなんて考えても意味ないし、今、前を向けた島村を見守ろう。


そんなこんなで、近々桜が咲くとニュースでやっていたのを見た朝宮が、花見に行きたいということで、俺は俺で、ピクニックに持っていく弁当の作り方を勉強し始めた。

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