第56話/実花の姉と左おっ◯い


何故か朝宮の機嫌が悪かった翌朝、朝宮は家を出ようと靴を履く俺を呼び止めた。


掃部かもんさん」

「んー?」

「今日のお昼なんですけど、学校抜け出して何か食べに行きません? 奢りますよ!」

「後輩と食べる約束してるから無理だな」

「お! ご! り! ま! す! よ!!!!」

「だから、約束してるって」

「私がお金出すなんてレアですよ!?」

「なら明日コンビニ弁当奢ってくれ」

「それをどこで食べるんですか?」

「どうだろうな。後輩と食べるかな? それにしばらくは陽大の様子が見たいし、昼は忙しいかもな」

「もう絶対に奢ってあげませんから!!」

「はいはい、お先に行ってきまーす」

「もう帰ってこないでください!!」

「俺の家だわ!!」


朝から情緒不安定な朝宮は放って置いて学校へやってくると、島村が今日も今日とて新聞を貼っていた。


「毎日お疲れ」

「おはようございます」

「うわぁ、陽大のこと書いたのか」

「はい」


でもまぁ、悪くは書いてないな。


「最近はネタもなくて大変です」

「そうなのか、そんじゃ、いいこと教えてやろうか?」

「情報屋はやってませんよ?」

「たまたま廊下で会った知り合いが、たまたま話しかけてきた流れの会話だ。情報屋とは関係ない」

「なら教えてください」

「この潔癖症の俺が唯一触れることができて、触られるのもオッケーな人間、気にならないか? 一年かけて、俺の潔癖症は学校中に知れ渡っただろ? 少なくとも一年生以外は見てくれそうじゃないか?」

掃部かもんさんに興味があるのは少数です」

「陽大も同じじゃね!?」

「陽大さんは女子生徒に人気がありますよ? 先輩からですが」

「そうなの!?」

「ぽっちゃりで肌も綺麗で、マスコット的な存在として人気があります」

「なんか可哀想」

「本人は嫌がってません。よく言うじゃないですか、前向きなデブは魅力的って」

「あー、なるほど」

「そうだよ! 前向きが一番だよ!」

「おぉ、陽大、おはよう」

「おはよう!」


登校してきた陽大は、板チョコをかじりながら話に混ざってきた。


「またチョコなんて食って、テニス部やめたんだから、食事制限しろよ」

「バカ言うな!」

「えぇ!?」

「いったいこれまで、このボディーに幾らかけたと思ってるの!?」

「なんかごめんね!?」

「一輝なら分かってくれると思ったよ!」


陽大って、なんか怖い。


「部活、やめたんですか?」

「うん! 新聞部に入るためにね!」

「迷惑なんですけど」


一瞬で空気が重くなったその時、咲野がスキップしながらやってきて、背後から島村を抱き寄せた。


「おはよー♡ 今日も小さくて可愛いねぇー♡」

「離れてください」

「お胸はー?♡」


咲野は周りの目を気にせずに、島村の胸を触りだした。


「お胸も小さーい♡ 可愛いねぇー♡」


胸を触られる島村を見た陽大は顔を真っ赤にし、島村は静かに振り向いて、すごい速さで咲野に往復ビンタをした。


「し、しーちゃん? 唯さんを怒らせない方が‥‥‥」

「そ、そうだ、その辺でやめておけ‥‥‥」


すると島村はピタッと止まり、後ろに二歩下がった。


「私の顔が腫れちゃったらどうするの? あぁ♡ そっかぁー♡ しーちゃんが責任取ってくれるんだねぇー♡」

「は、腫れてないので大丈夫です」


その時、一連の流れを見ていた一年生男子が、笑いながら言ってしまった。


「人の顔より、自分の胸が腫れたらいいのに! ってね!」


次の瞬間、咲野は恐ろしい表情で男子生徒を睨みつけた。


「しーちゃんを馬鹿にしたの? お前、同じ中学の後輩だよね。 私の怖さ知らないのかな?」

「せ、先輩もイジってたので‥‥‥」

「咲野さん、下がってください」

「しーちゃん?」


島村は俺達の前に出て、小さな声で言った。


「元恋人にキスしようとして、目の前でゲップして振られた」

「ど、どうしてそれを!」

「私はもう、情報屋はやっていませんが、相談なら乗ることがあります。その際に、一方的に情報をくれる人がいるので」

「俺の黒歴史をいったい誰が!!」

「私でーす!」

「出たな元カノ!」

「元カノ呼ばわりするな!!」


まさかの元カノ登場で、ごちゃごちゃしてきたし、島村も案外強いしで、なんか疲れそうだから教室に行こう。


そうして教室へやって来ると、寧々ねねが俺の机を綺麗にしてくれていて、絵梨奈と爽真の目が点になっていた。


「掃除機くん、あの優しそうな美少女は君の彼女かい?」

「マジか、私じゃ敵わなそう‥‥‥」

「絵梨奈はなに言ってんだ? 寧々ねね、なにしてんだ」

「おはよう。毎日綺麗にしてるって噂で聞いてたから、綺麗にしておいたよ」

「あ、アンタね!」

「絵梨奈?」

「手袋もつけないで一輝の机に触れるとか、全然分かってないじゃん!」

「そうなんですか? それはごめんなさい」

「いや、寧々なら別にいいけど」

「あれぇ〜?」

「だそうです!」

「ありがとうな。できれば毎日頼む」

「私に任せて。今日のお昼も屋上に来る?」

「行く」

「分かった。待ってるね」

「おう」


寧々が教室を出て行こうとした時、扉の所に立っていた朝宮が、そのまま道を塞いだ。


「あ、あの、通してもらえますか?」


朝宮はクールな眼差しで無言のまま寧々と見つめ合い、それを見た男子生徒達が盛り上がり始めた。


「うぉー! 一番の美少女を決める対決か!?」


そしてすかさず写真を撮る島村。


「ぼ、僕は和夏菜さんを応援するよ!」


爽真はいい加減相手にされてないの分かれよ。


盛り上がりが絶頂に達した時、朝宮は冷ややかな目をして席につき、小説を読み始めてしまった。

当人同士でしか分からないであろう目での語り合いが行われた場合、嵐の前の静けさってやつだろうか。

でも、朝宮が寧々を嫌う理由なんて‥‥‥あぁ!

まさか!嫉妬!?自分の住処が奪われる危機感とか感じてたりするのか!?

だとしたら面白いから、しばらく泳がせておこう。

俺は陽大と島村の件でそれどころじゃないし。





昼休みは約束通り寧々と食事をし、放課後、新聞部の部室に行くと言う陽大について来てほしいと言われて一緒に部室にやってきた。

すると、島村は俺達二人を見て少し嫌そうな顔をして作業を続けた。


「なにか手伝うことある?」

「ないです」

「せっかくだし、なにか手伝ってもらえって。陽大は意外と器用だぞ?」

「‥‥‥」

「失礼します」

寧々ねねじゃん」


何故か寧々が新聞部の部室へやってきた。


「一輝先輩と陽大先輩が何故ここに?」

「ちょっといろいろあってね! 寧々ちゃんは?」

「新聞部の人が情報屋もやってると聞いたので」

「今はやってません」

「そうなんですか? でも、ちょっと困ってまして」

「どうしたんだ?」

「和夏菜先輩? でしたっけ? その人にさっき、すれ違いざまに脅されて」

「はぁ!? 朝宮はなんて?」

「えっと『調子に乗らないことですよ』って言われました」

「あ、あれだろ、寧々が入学早々周りからチヤホヤされてるから嫉妬してんじゃないのか?」

「チヤホヤなんてされてないよ? なんか、和夏菜先輩ってクールで怖くて、私どうしたらいいか」

「そうだ! しーちゃん!」

「はい?」

「僕がこの件に関して、誰も嫌な気持ちにならないように情報を集めるから、それを新聞にしなよ!」

「誰も嫌な思いしないようになんて、できるわけないです」

「もしできたら?」

「本当にできたら、その時に考えます」

「よし! 寧々ちゃん、この件、僕に任せてくれないかな」

「解決するなら誰でもいいですよ?」

「ありがとう!」


よし、いいぞ陽大!

これは大きな一歩だ!

でも、島村が陽大を新聞部に入れるのと、島村の心が救われるのは別なような気がするんだよな。

咲野に相談してみるか。


「んじゃ、俺は帰るから」

「家まで送るよ?」

「大丈夫だ」

「分かった。また明日ね」

「おう。寧々も気をつけて帰れよ」

「私は体験入部だから」

「そうか、頑張れ」


俺は新聞部の部室を出て、咲野に電話をかけてみた。


「あ、出た」

「なに?」

「今どこにいる? 実花さんのことについて、もっと詳しく教えてくれないか?」

「わかった! なら、家に行ってみよ!」

「え?」


それから、壁に貼られた新聞をいじっている咲野と合流した。


「なにしてるんだ?」

「角度を直したり、生徒がぶつかって破けたのを直してるの!」

「毎回こんなことしてんの?」

「私だけじゃないよ? 同じ中学だった同級生は、気づいたらみんなやってる。しーちゃんにバレないようにだけどね!」

「島村は愛されてるな」

「うん! それじゃ行こうか!」

「おう」


いきなりお邪魔して大丈夫か不安だが、こうなったら行くしかない。





「ここだよ!」

「思ったより遠かった‥‥‥」

「疲れた?」

「いや、チャイム押してくれ」

「わかった!」


咲野がチャイムを押すと、芽衣子先生ぐらいの年齢に見える、ピアスをつけて、暗めの茶髪、ちょっと昔ヤンチャしてましたみたいな人が出てきた。


「はい」

「久しぶりです!」

「は、はじめまして」

「唯じゃん! おひさー! 君は?」

「私のかれぴ♡」

「違います」

「なんだ違うのか。体だけの的な?」

「はい♡」

「違います」


高校生になんて質問してるんだ!やめてくれ!


「今日は、久しぶりにお線香あげにきました」

「よっしゃ、上がれ」

「お邪魔します!」

「お邪魔します」


随分ノリのいい人だな。


家に上がらせてもらって、仏壇のある部屋に案内されると、実花さんであろう写真が飾られていた。

本当にちょんまげで、明るい笑顔だ。


すると咲野はすぐに線香をあげ終えてしまった。


「一輝くんも!」

「お、おう」


座布団に座りたくないけど、ここは我慢だな。


俺もなんとか線香をあげ終えると、出迎えてくれた女性が俺達二人を見ながら険しい顔をし始めた。


「その制服さ」

「静鐘高校ですよ!」

「やっぱり芽衣子の勤め先じゃん!」

「芽衣子先生知ってるんですか!?」


咲野が驚いて聞くと、女性は笑顔で答えた。


「私と芽衣子は高校の時の同級生だぜ? 芽衣子が教師になるなんて思っても見なかったけど」

「どうしてです?」

「私と一緒にヤンチャしてたもん。四人の男にナンパされて、芽衣子一人で四人ぶっ飛ばした時は最高だったよ! 毎日、街歩くたびに喧嘩、夜は先輩のバイクの後ろに乗ってドライブ! 懐かしいなー」


えぇ‥‥‥芽衣子先生って、本当は怖い人なんだ‥‥‥。

今まで怒られたこと何回かあるけど、あれは全然優しい方だったんだな。


「まっ、そんな昔話はいいとして、紫乃は元気?」

「同じ学校です!」

「おっ! んじゃ二人には、一つお願いしちゃおうかな」


そう言ってどこか違う部屋に行ってしまった。


「あの人は実花ちゃんのお姉ちゃんのれいちゃんだよ!」

「へー。それより、芽衣子先生ヤバいな」

「さすがに私達の秘密にしてあげようね」

「そりゃそうだな」


数分後、玲さんが戻ってきて、咲野に一枚の手紙を渡した。


「これは?」

「実花が『自分になにかあった時は、しーちゃんに渡して』ってさ。本当はすぐ渡したかったんだけど、なかなか会えないし、葬式にも来なかっただろ? だから、今更だけど渡してやってくれ」

「分かりました」


それから俺達は家を出て、その日は帰ることになった。





手紙には何が書いてあるのか、気なりながらも家に帰って来ると、朝宮はリビングでプリンを食べていて、既に四個の空のプリンカップがテーブルに置いてあった。


「食いすぎじゃないか?」

「ストレス解消方です」

「あっ、そういえば朝宮、寧々に喧嘩売ってなにがしたいんだ?」

「喧嘩なんて売ってません! あの子は掃部かもんさんのなんなんですか!!」

「ははぁーん。嫉妬してんのかー」

「してませんけど!! ただなんか、むしゃくしゃするんですよ! この感情はなんなんですか!」

「知るかよ」

「冷たいです!」

「いつもこんな感じだろうが」

「なんかいつもと感じ方が違います! なんかこう、左おっぱいがムズムズって!」

「感じてんの?」

「セクハラですか?」

「今のは失言」

「とにかくおっぱいがですね」

「胸って言えよ」

「私の左胸ぱいがですね」 

「おい」

「ムズムズしたり、サワサワしたり、内側から小人がハンマーで叩いてきたり」


朝宮の左おっぱいはメルヘンだということだけが分かった。

よく、胸には夢と希望が詰まってるって言うけど、朝宮に詰まってるのはメルヘンだったか。


「なんかの病気じゃないのか?」

「でも痛くはないです」

「シコリあったりしないのか?」

「寒いとコリコリって」

「ちょっと待て、余計なことは言わなくていいからな」

「ち! かちゃん、貴方は、クビ! よ」

「急にどうした。ちかちゃん誰だよ」


三文字だけ力強かったことは絶対に突っ込まないぞ。絶対にだ。


「まぁ、今日はピザでも頼むから機嫌直せ。好きだろ?」

「す、好き!?」

「は? ピザ好きだったろ」

「あっ、はい! 食べましょ!」


朝宮の様子がおかしい日が明らかに増えてきた。

正直、俺とて鈍感なわけじゃない。

もしかしら俺のこと好きなのか?とか感じることだって当然ある。

でも、朝宮に限ってあり得ない話だ。

考えるだけ意味ない。

そんなことを割と頻繁に考えている。


にしても、手紙といい陽大の入部チャンスといい、いい方向に進んでるな!

もしかしたら、あの手紙で島村の心になにか変化が起きるかもしれないし。

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