第55話/デコボココンビ
咲野はまたベンチに座り、中学時代の島村の話を始めた。
「しーちゃんはね、想像できないと思うけど、みんなの人気者だったんだよ! 明るくて、いつもニコニコしててね! 髪型もショートボブでキノコみたいだった!」
「それ可愛いのか?」
「可愛かったよ? 元々漫画家になりたかったみたいだけど、絵は諦めて、とにかく色んな人に自分の作ったものを読んでほしいって思いから、中学の頃も新聞を作ってて、でも、あの頃のしーちゃんは作ることしかできなかったから、新聞の内容も考えるだけで一苦労だったみたい」
「大変そうだな」
「うん。それで、新聞を作るしーちゃんを手伝うために現れたのが、ちょんまげヘアーの
逆にその子がちょんまげだったのか。
「実花ちゃんは、何もしないで過ぎていく毎日に嫌気がさして、情報屋として新聞のネタになる情報を集めて時間を潰そうって思ったって言ってた。それで誕生したのがデコボココンビ」
「デコボコ?」
「しーちゃんは身長が低いけど、実花ちゃんはスタイリッシュで、姉御肌って言うか、カッコいい女の子でね、しーちゃん同様人気者だった! 私も大好きな友達だったんだ」
「えっと‥‥‥その人が亡くなったのか? どうして‥‥‥」
「小さい頃から病気で、それはみんな知ってた。でも、病気だなんて感じさせない人だったんだよ? なのにさ‥‥‥」
咲野は話している途中で涙ぐみ、俯いてしまった。
もしかしたらこの話は、みんなが喋らないことを暗黙のルールにするくらい、悲しい出来事だったのかもしれない。
そう思うと、いきなり罪悪感が湧いて出てきた。
「私がしーちゃんと昇降口で話してる時、カッコいい爽やかな笑顔で実花ちゃんは言ったんだよ『また明日』って。その日の夜に容態が悪化して‥‥‥その日から、しーちゃんはずっと‥‥‥あの日の『また明日』を信じてる。まだ現実を受け止めてない。しーちゃんって呼び方も、実花ちゃんがしてた呼び方でね、多分そう呼ばれると、心に空いた穴が少し埋まる感覚がしてるんだと思う」
「だから、頑なにしーちゃんって呼ばせてくるのか」
「そうだと思う」
「私、一回だけしーちゃんに聞いたことがある」
「なにをだ?」
「どうしてちょんまげにしたの? って。そしたら『実花ちゃんが笑いながら、私を馬鹿にするために来てくれるかも。だからお揃いにしてるんです』だって。でも、美香ちゃんがちょんまげにしてたのは『顔がよく見えるから、自分に降りかかった不幸に表情が曇らないように、みんなに笑顔を見せ続けるため』って言ってた。なのにしーちゃんは一切笑ったりしない! ねぇ一輝くん」
「な、なんだ?」
咲野は涙を流しながら顔を上げて俺を見つめた。
「どうしてこんな話を聞きたかったのか知らないけど、しーちゃんを救ってあげてよ!」
「‥‥‥救うのは俺じゃない」
「それじゃ誰が?」
「陽大の役目だ。あいつは俺の心を救ったすごい優しい奴なんだ。陽大ならなんとかしてくれる」
「なら、陽大くんにも今の話聞かせてあげて」
「分かった。でも陽大は、新聞部への入部を断られてるんだ。なにかいい方法はないか?」
「分からない‥‥‥」
「そうか」
「でも、今年になってから情報屋を再開するって言ってたのに、未だに再開してない。まずは情報屋を再開する心を復活させてあげないと、しーちゃんはますます自分なんかって塞ぎ込んで行くと思う」
「なるほど」
「それと、情報屋でお金を貰ってたのは、自分の娯楽に使うためじゃないよ」
「んじゃ何のためなんだ?」
「実花ちゃんの病気を治すため‥‥‥」
「いや、でも、その実花ちゃんはもう‥‥‥」
「だから、しーちゃんの心はもう普通の状態じゃないんだよ」
「‥‥‥」
「中学から一緒だった今の二年生は、みんな口にしないけど、しーちゃんを心配してる」
重苦しく、悲しい話をしていた時、屋上の扉が開いた。
「陽大‥‥‥」
陽大は話を聞いていたのか、悲しそうな顔をして屋上へやってきた。
「僕が、絶対なんとかするよ!」
「うん、期待させてもらうね」
「うん!」
「一ついいか?」
「なに?」
「島村は実花さんが生きてる前提でお金を貯めてるだろ?」
「うん」
「でも、陽大と俺と島村の三人で買い物に行ったことがあってさ、多分あの日、墓参りに行ったんだよ。それはどういうことだ?」
「死は認めてる。でも、死んでないことにした行動とか、考えをしなきゃ、やっていけないんだと思う」
「かなりボロボロの状態だな」
「そうだね」
深入りしたのが間違いだったんじゃないかってぐらい重すぎる話に、多少後悔してしまったが、陽大は島村を助ける気満々だ。
それから俺達は、それぞれ静かに各教室へ戻った。
※
昼休みになると、陽大は積極的に新聞部の部室へ行ったが追い出され、簡単じゃないことは分かっていても、全く距離を縮められないでいた。
そして俺は、陽大が追い出されたのを見て、ジュースでも奢ってやろうと自販機がある場所へやってきたが、珍しく朝宮がジュースを選んでいた。
「早くして下さーい」
「ごめんなさい。って、貴方ですか」
「俺なら早く選ばなくていいやとか思っただろ」
「いいえ?」
朝宮は周りを見て、近くに人がいないことを確認すると、お茶を指差した。
「これがいいです」
「金づる来た、ラッキーの間違いだったか」
「はい」
「素直か。どつくぞ」
「やってみなさい。貴方が気絶するだけですよ?」
「まぁいい、せめて百二十円の小さい方にしろ」
「嫌です」
「おい」
しょうがなく大きい方のお茶を買ってやると、朝宮はお茶を持って歩き出し、その後ろ姿を見ていると、なんだか見覚えのある爽やかなロングヘアーに、薄紫色の花のヘアピンを付けた人と朝宮がすれ違った。
「あっ、居た」
「
「一輝先輩!」
「久しぶり!」
「お前、この高校に入学してたのか」
「うん!」
「とにかく離せ。学校だぞ」
「しょうがないなー」
朝宮は立ち止まって俺を見ていたが、俺と目が合うと、すぐに歩き出した。
「和夏菜さん! よかったら一緒にお昼でもっ‥‥‥」
歩き出してすぐに爽真に声をかけられたが、爽真の爽やかな笑顔が一瞬で曇ってしまった。
「な、なんか怒ってる?」
「別に。私は用事があるので」
なんだ?
朝宮、機嫌悪いのか?いや、爽真にはいつもあんな感じか。
「一輝先輩?」
「いや、なんでもない。一緒に昼飯食うか?」
「食べよ!」
「屋上集合な」
「分かった、すぐ行くね」
***
和夏菜は手を握られても気絶しなかった一輝を見て、すぐに新聞部の部室へやってきた。
「失礼します」
「なんですか?」
「情報屋の貴方にお願いがあります」
「今は情報屋はやってないんです」
「どうしてですか?」
「どうすればいいか分からなくなったと言いますか、なんといいますか」
「でも、緊急事態なのよ」
「らしくないですね。そんなに慌てて」
「べ、別に慌ててません。ただ、
「朝宮さんも清楚系美少女じゃないですか。手を握ってみたらどうですか?」
「なにを言っているの? 私はただ、
「本人に聞いてみたらいいじゃないですか。一緒に暮らしているんですし」
「学校でその話はしないでください」
「それはごめんなさい」
「どうしても調べてくれないんですか?」
「はい」
「そ、それなら僕が知ってる!」
そう言って部室に入っきたのは陽大だった。
「盗み聞きですか? さっき追い出したはずですが」
「僕が情報屋になる」
「ごめんなさい朝宮さん、さっきの話、聞かれていたかもです」
「この人は知っていると思うので大丈夫です」
「そうでしたか」
「おっ、居た居た、陽大、コーヒー牛乳やるよ」
そこにコーヒー牛乳を持った一輝が現れ、陽大と和夏菜に緊張が走った。
「あ、ありがとう」
「ん? 朝宮?」
「どうも」
「どうも。俺は
「‥‥‥」
一輝は和夏菜が部室にいたことを大して気にすることもなく立ち去った。
「川島さんには頼めません」
「どうして?」
「なんか嫌です。私は島村さんが女の子だからお願いしているんです。私の依頼も全て忘れてください」
「で、でも、僕は全部分かってるよ? 和夏菜さんが一輝のことをどう思ってるかとか、普通に考えたら分かるよ」
「勝手に決めつけないでください。私はただ、二人の関係に興味が湧いただけですから」
「なら、その答えを教えるだけ。変に詮索したりしないって約束するよ」
「なら教えてください」
陽大は部室に入り、部室の扉を閉めた。
「お金か、なにか秘密を教えて」
自分と同じように、条件を出す陽大を、紫乃は静かに見つめ続けた。
「逆になにが知りたいですか?」
「そうだなー、神社の夏祭りは楽しかった?」
「そうですね、はい、楽しかったと思います」
「やっぱり和夏菜さんだったんだね。意外と面白い性格してるんだ! アメリカ人のふりしてたよね」
「あ、貴方も面白い性格してますね。私を引っ掛けて楽しいですか?」
「楽しいとかじゃないよ」
「でも、アメリカ人のふりなんてしていませんから、人違いです」
「そうなんだね!」
和夏菜はあくまで、嘘をついて真面目な自分を貫き通した。
「早く教えてください」
「そうだね。多分、和夏菜さんが言ってる女の子は、
「していました」
「やっぱり
「‥‥‥そうですか。別に興味ありませんでしたが、教えてくれてありがとうございました」
「もういいの?」
「はい」
和夏菜が出て行った部室で、紫乃はボソッと呟く。
「興味が湧いただけって言ってたのに」
「それは言わないであげよう。それより、どうかな、僕を情報屋として新聞部に‥‥‥三人で頑張ろう!」
「‥‥‥」
紫乃は陽大の『三人』という言葉に驚き、しばらく黙り込んだ。
「‥‥‥お断りします」
「な、なにがダメだったのかな」
「和夏菜さんを引っ掛けました」
「そういうことしないと、情報引き出せないんじゃないの?」
「私もそうだと思ってましたし、新聞をみてもらうため、お金を貯めるなら、あまり人が傷つくことを考えていませんでした」
「‥‥‥」
「でも‥‥‥違うんです。私の友達はそんなやり方しませんでした‥‥‥出て行ってください」
「ま、また来るね」
陽大は今日も入部できずに、悲しくいつも通り爆食した。
***
夕食の時間、朝宮と向かい合ってカレーうどんを食べている時、目を細めた朝宮に無言で見つめられて、なんだか食事がしづらい。
「ど、どうした?」
「他の女と食べるご飯は美味しかったですか?」
「なんだその、飲み会帰りの旦那に緊張走りそうな言葉は」
「別に、どうでもいいですけどね」
そう言って朝宮は、わざとカレーを飛ばしながら豪快にうどんをすすり始めた。
「テーブル汚すなよ!!」
「ふん!!」
なんなんだよ。
たまに情緒が分からん!!
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