第51話/貴方に渡したい......


***



私が掃部かもんさんの家に住み着いてから、約九ヶ月。

未だに私の詳しい話は教えてないし、わがままで迷惑ばかりかけているけど、掃部かもんさんは私の知る誰よりも優しいと確信している。

そんな掃部かもんさんに、私だって色々してあげたい気持ちはあるけど、なんせ掃部かもんさんは極度の潔癖症で、してあげられることには限度がある。

でも、なんとなく引いた恋みくじには、遠慮するなって書いてたし、二月に入った今、私、朝宮和夏菜!頑張ります!


今日は二月六日の土曜日。

まず私は目を覚ますと、ゴミ屋敷レベルの自分の部屋を見て、テンションが下がるが、切り替えて部屋を出る。


起きてリビングへ行くと、大抵は掃部かもんさんが掃除をしているかテレビを見ている。

テレビは私が壊してしまったから、今日も相変わらず掃除中だ。


「おっはようございまーす!」

「おはよう」

「今日はちょっと出かけてきますね!」

「一人でか? 珍しいな」

「はい! 帰りは遅くなるかもしれません!」

「不倫する奥さんみたいな出かけかただな」

「なんなら束縛してくれてもいいですよ? ぎゅっと抱きしめて、『一生お前を離さない』とか言ってみてくださいよ!」

「ビンタ飛んでくるか、そのまえに抱きついたまま気絶するぞ」

「ビンタなんてしませんよ? グーでいきます!」

「抱きしめてみてとか言っといて酷すぎだろ!」

「まぁまぁ! シャワー浴びたら行きますね!」

「おう」


軽く会話をして、私はシャワーを浴びるためにお風呂にやってきた。


最初は頭から洗うタイプで、手が埋まるほど泡を立てたいタイプの私は、自分のシャンプーが勿体なくて、二日に一回は掃部かもんさんのシャンプーを混ぜて使っている。

これはちょっとした秘密。


全身を洗い終わると、鏡でウエストや二の腕の様子を確認して、ちょっとたるんできたと感じたら、食べすぎた時同様に、必ず部屋で軽い筋トレをしている。

そう、私は掃部かもんさんが思うより、頑張り屋さんなのです!


でも最近は、クリスマスに貰ったお菓子を毎日つまんじゃって、ちょっと罪悪感。





準備を終えると、特に変装することもなく家を出て、まだ溶けない雪のせいで掃部かもんさんの自転車も使えなく、歩きで本屋さんにやってきた。


学校で読む小説と、あとはお目当てのこれ!

私の遠慮なしの作戦に必要な本!


小説とお目当ての本を手に入れ、少し離れた図書館へ行き、お目当ての本を開いた。


結構必要な物が多いんですね。

バレずに持って帰れるかな。


確認したかったことを確認し終わると、すぐに図書館を出て、ホームセンターへやってきた。


ボウルと、なにより、証拠隠滅用に燃やせないゴミの袋も必要ですね。


大量の買い物を済ませて、コンビニでとあるお菓子を買い、掃部かもんさんの家に帰ってきた。


掃部かもんさーん!」

「おかえりー」

「リビングに居ます?」

「居るけどー?」


今がチャンス!

素早く自分の部屋に荷物を隠して、何食わぬ顔でリビングへやってきた。


「ただいまです!」

「うん、おかえり。どこ行ってきたんだ?」

「小説を買ってきました!」

「また学校で読むやつか?」

「はい! 今回は恋愛物語です!」

「へー」


まるで私のことに興味がないのが丸分かりな反応に、ちょっとムカっとしながらも、小説ではない方の本を読みたくて、私は自分の部屋に閉じこもった。





数日が経って二月十四日。

私は日曜日だというのに早起きをして、スヤスヤ眠る掃部かもんさんの鼻に炭酸飲料を垂らしている。


「ぬがっ!!」

「おはようございます!」

「なんだこれ!! 鼻痛いんだけど!!」

「炭酸を垂らしました!」

「はぁ!? いきなりなんなんだよ!!」

「早く起きてほしかったので! ちなみに、私の部屋にあった残り物炭酸です!」

「‥‥‥鼻を伝って飲んじゃったんだけど」 

「寝起きは喉が渇きますから、よかったじゃないですか!」


掃部かもんさんは真っ青な顔をして一階へ走っていってしまった。

普通に冷蔵庫に入ってやつなのに、今の嘘はやりすぎましたかね。


数分後、掃部かもんさんは明らかに怒った様子で部屋に戻ってきた。


「朝から吐かせんな!!」

「吐いたんですか!?」

意識朦朧いしきもうろうの中でな!!」

「新品のジュースですよ?」

「はぁ!? え? マジでどっち?」

「本当に新品です」

「んじゃ、俺は無駄に吐いたのか!?」

「はい! バカですねぇー」

「謝れよ!!」

「すんまそん!」

「クソガキが」

「殴りますよ?」

「すんまそん」

「はい! それじゃ私服に着替えてください!」

「どっか行くのか?」

「はい! 見ててあげるので、早く着替えてくださいよ!」

「見るなよ!」

「今更パンツぐらいで恥ずかしんですか? 既に恋人でもない私にモロで見せてるのに」

「忘れくれ‥‥‥」

「脳裏に焼き付いて、フランクフルトが食べられなくなりました。ちなみにビッグフランクフルトは食べられます」

「今、サラッと馬鹿にした?」

「それじゃ、リビングで待ってますね!」

「おいこら、バカにしたよね? 泣くよ? いいの? 泣くからね?」


掃部かもんさんをおちょくってリビングへ行き、着替えてくる掃部かもんさんを大人しく待つことにした。


携帯をいじってしばらく経つと、しっかり厚着をした掃部かもんさんがリビングへやってきた。


「どこ行くか知らないけど、さっさと行くぞ」

「それじゃ、私は今から掃部かもんさんに抱きつきます! 私は本気です!」

「へ?」


そう言って掃部かもんさんに向かって歩き出すと、掃部かもんさんは素早く家を飛び出した。


「よし、鍵を閉めて、完璧です!」

「はぁ!? なに鍵閉めてんの!?」

「私がいいと言うまで帰ってこないでください!」

「はぁー!?」

「陽大さんとでも遊んできてくださいよ!」

「なんでだよ!」

「私の言うことを聞かないと、家中に唾付けますからね!」

「やめてくれ!」

「なら言うことをきいてください! 返事は?」

「はい!」

「返事はワンでしょ!」

「それこそなんでだよ!」


そんなこんなで、なんとか掃部かもんさんを追い出すことができて、私はすぐに部屋に荷物を取りに行き、エプロンをつけてキッチンへ立った。



***



「なんなんだかなー」


朝宮に追い出された俺は、陽大に電話してみたが、まだ寝てるのか、電話に出てくれなかった。


朝六時にコンビニ以外が開いているわけもなく、適当にコンビニで立ち読みしていると、外を歩く咲野と目が合った。

俺と目が合った咲野はコンビニに入ってきて、俺の横までやってきた。


「こんな時間から立ち読み?」

「朝宮に追い出された」

「は? 和夏菜ちゃんに変なことしたの?」

「なにもしてねぇよ」

「あー、なるほどー。え? ん? あぁ」

「は?」

「暇なら私の家に来なよ!」

「嫌だ。拷問とかされそうだし。そもそも咲野はなにしてたんだ?」

「朝の散歩!」

「そんなことするタイプに見えないけどな」

「実際してだんだけど。家が嫌なら一緒に歩こうよ!」

「そうだな。それならいい」


俺は本を閉じて、缶のホットココアを二つ買ってコンビニを出た。


「ほれ、やるよ」

「ありがとう!」


ココアを飲みながら、目的もなく歩き出すと、咲野は息を白くして喋り始めた。


「和夏菜ちゃん、最近表情が柔らかくなったよね」

「そうか? いつも無愛想だろ」

「そうだけど、目が優しくなったような気がする! どっちの和夏菜ちゃんも、食べちゃいたいぐらい可愛いけど♡」

「咲野は相変わらずだな」

「それで? パズルのピースはくっつきそう?」

「なんのこと言ってんだ?」

「前にスーパーで話したじゃん!」

「あー、話したな。忘れてたわ」

「次から忘れないように、私の言葉をその体に刻んであげようか?♡」

「怖い! って、前にもそんなこと言ってなかったか?」

「そうだっけ?」

「いや、よく怖い夢見るから、ごっちゃになってるかも」

「そういうのあるよね!」


そんな会話をしながら咲野と散歩をしている時、制服姿で歩く、黒川を見つけた。


「黒川」

「あら、お久しぶりですね。なにしてるんですか?」

「暇で散歩してた」

「生徒会の仕事で学校に行きますけど、暇なら来ます? 暖かい飲み物でよければ出しますよ。それとクッキーも」

「せっかくだし行こう!」

「私服でいいのか?」

「もちろん。私が許可するわ」


そして俺達は桜城里高校にお邪魔することになった。





お昼も弁当を買ってきてくれて、生徒会の仕事を手伝っているうちに、気づけば十六時。


「咲野は帰らなくて大丈夫なのか?」

「全然大丈夫!」

「そうか」


その時、朝宮から『もう帰ってきていいですよ』とメッセージが届き、俺は立ち上がった。


「俺はそろそろ帰るわ」

「なら私も帰ろうかな」

「長い時間手伝ってもらっちゃったわね。ありがとう」

「暇だったから全然いいよ」

「久しぶりに会えてよかったわ」

「おう。んじゃ、またな」

「また」

「バイバイ!」


桜城里高校を出て、咲野と途中まで一緒に帰り、やっと家に帰ってこれた。

本当にやっとだ。


「ただいまー」


リビングから鼻歌が聞こえてきて行ってみると、朝宮はクリスマスの時にあげたお菓子を未だに食べ終えていなく、それを食べながら携帯をいじっていた。


「あっ、おかえりなさい!」

「うぃ。何してたんだ?」

「い、いや? 特になにも」

「顔にうんこ付いてるぞ」

「はい!?」


朝宮の右頬に茶色いなにかが付いていて、それを指摘すると、朝宮は慌てて洗面所に行って戻ってきた。


「ただのチョコじゃないですか! あっ‥‥‥」

「ん? どうした?」

「なんでもないです!」


なにかしていたのは確実だけど、お菓子のゴミ以外荒らされた形跡はない。

一応俺の部屋も見ておくか。


「そういえば」

「ん?」

「陽大さんとは楽しめました?」

「いや、コンビニで咲野と会って、一緒に散歩してたんだけど、途中で黒川と会ってな」

「なんで私以外の女の子と遊ぶんですか!!」


朝宮は椅子から立ち上がって大きな声を上げた。

なんで俺は怒られたんだ。


「はっ、は? なんで朝宮に言われなきゃいけないんだよ」

「た、確かに、なんででしょう。今日の私、なんか変ですね」

「いつも変」

「おいこら」

「おぉ、口調が俺に似てきたな。俺は部屋に行くから、何かあったら呼んでくれ」

「分かりました!」



***



リビングを出て行く掃部かもんさんの背中を見送り、私は考えた。

どうしてあんなことでイライラしたんだろう。

それに、いざとなったら、何故かチョコが渡せない。

せっかく頑張ってバレンインに間に合うように材料を買って作って、コンビニに売ってたプレゼント用のチョコと中身をすり替えたのに。

そもそも‥‥‥どうして私は、掃部かもんさんに食べてほしいなんて‥‥‥。



***



結局朝宮に声をかけられることなく、夜まで漫画を読んで過ごしてしまった。

そろそろ夜ご飯作らなきゃな。


重い腰を上げて部屋を出ると、何故か目の前に朝宮が立っていて、俺と目が合った瞬間、ポッと頬が赤くなった。


「な、なんですか?」

「こっちのセリフなんだけど。今、夜ご飯作るから待ってろ。今日からサラダにも挑戦だ」

「は、はい!」





初めてサラダを作ってみたが、朝宮は満足そうに全て食べてくれた。


「どうだった?」

「美味しかったです! また作ってください!」

「おう! んじゃ、明日も作ってやる!」

「嬉しいです! ありがとうございます!」


その後はいつも通り朝宮が一番風呂で、いつもと変わらない時間が過ぎていった。

だが、いつもと違うことが一つ。

なんか今日は、頻繁に朝宮の視線を感じる。

またパシられる予感がするな。

なにか言われる前に寝よ。


「あ、あの!」


リビングから部屋に戻ろうとした時、朝宮は慌てた様子で俺を呼び止めた。

遅かったか‥‥‥。


「なんだ?」

「‥‥‥お、おやすみなさい!」 

「おやすみ」


なんか変だな。

また俺の知らないところで食器でも割ったのか?

破片でも見つけた時には、全力で問い詰めてやろう。



***



渡せなかった‥‥‥。


私は一人になったリビングで、掃部かもんさんに渡すはずだったチョコの箱を開けて、一粒食べてみることにした。


「‥‥‥うん、完璧な味」

「あぁ、そうそう」

「は、はい!」


急に戻ってきた掃部かもんさんに驚いて、咄嗟にチョコの箱を背中に隠してしまった。


「来週、親が新しいテレビ送ってくれるから」

「よかったですね!」

「やっとだよ本当。んで、背中になに隠した!! なんか怪しいと思ってたんだよ!! 見せてみろ!!」

「嫌です!!」

「んじゃ、テレビは俺の部屋に置く」

「分かりました! 見せます!」

「よろしい」 

「チョコです!」

「なんだチョコか。歯磨きしたあとに食べてんじゃねぇよ」

「あはは‥‥‥」

「箱にリボンなんか付いてんだな。誰かにもらったのか?」

「バレンインの日まで、限定でコンビニに売っていたので‥‥‥」

「へー、限定のチョコか。ちょっと見せてくれ」

「は、はい」


箱を開けてクマとハートの形のチョコを見せると、掃部かもんさんはハートのホワイトチョコを一つ手にとった。


「もーらい」

「え?」

「限定のチョコの味が知りたい!」

「‥‥‥」  


そして目の前で、何も知らずに初めて私の手作りを食べてくれた。


「すげぇ! めっちゃクリーミー!」

「す、凄いですよね!」

「うん! あっ、また歯磨きしなきゃな。朝宮も早く寝ろよー」

「はい!」


私はまたリビングに一人になり、一つ無くなったハートのチョコを見て、思わずニヤけてしまった。


「へへっ♡」


渡せなかったけど、食べてもらえた!

よかった‥‥‥‥‥‥え?


ふと、自分の感情に違和感を感じた。


こんなに嬉しいはずのことじゃなかったんだけど、たたバレンインにチョコを渡したいって思って‥‥‥もう意味わからない!!

やっぱり今日の私は変なのかな。



***

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る