第49話/私のサンタさん


「またオードブル買ってきたのか?」

「はい!」

「今日は早く寝るのに、パーティーはするんだな」

「だから、今からやるんですよ!」

「今からって、まだ昼過ぎだぞ」

「いいじゃないですか! やりますよ!」


結局昼過ぎからクリスマスパーティーをすることになり、リビングのテーブルに朝宮が買ってきてくれたオードブルを広げた。


「クラッカーも買ってきました!」

「それは却下だ! 掃除終わったばっかなんだよ」

「メリークリスマース!」


朝宮はノリノリでクラッカーの紐を引いてしまった。


「話聞いてた!? あと人に向けるな!」

「ごめんなさい。お詫びに掃部かもんさんも私にどうぞ!」

「ケツ向けんな!」


朝宮は立ち上がり、前屈みになって俺に尻を向けた。

ミニスカートのこれは、もはや犯罪だろ。


「私のお尻に発射できるなんて、年に一回だけですよ!」

「意味深な言い方すんな。しかも年一オッケーなのかよ」

「さぁ! 紐を引いてどうぞ!」


俺は朝宮の頭上に振るように、クラッカーを上に向けて紐を引くと、朝宮は少し恥ずかしそうに椅子に座り直した。


「やってくれないと、私が変態みたいじゃないですか」

「誰がどう見ても変態だよ?」

「失礼ですね! 一口も食べさせませんよ!」

「悪かったって! 食べようぜ!」

「はい! いただきます!」

「いただきます」


お昼から贅沢な食事を楽しみ始め、朝宮が口いっぱいに好きなものを放り込んで、必死にもぐもぐしているのを見ていると、何故か微笑ましくて嬉しくなってしまった。


「なに見てるんですか」

「口から米出たぞ。きったねぇな」

「お米の神様ごめんなさい!」

「俺に謝ってくれる!?」

「ごめんなさいね? いつも私のお口がお世話になっております」

「口のお世話なんかした覚えないぞ」

「いつもお粗末な料理作ってくれるじゃないですか。どんどんマシになってきましたけど」

「そうか、このチキン貰うな」


自分の分を既に食べ、多分楽しみを残していたであろう朝宮のチキンを奪い、豪快にかぶりついてやった。


「あぁ!! それ私のです!! 掃部かもんさんはさっき食べたじゃないですか!!」

「これが七面鳥か! 美味いな! 朝宮も食ってみろよ!」

「殺すぞ」

「えっ、いや、ごめんなさい。本当にすみません」

「なーんて嘘ですよ! 私が今みたいな言葉遣いをしたら驚くかなと思って言ってみました!」

「そんなこと言って、今怒ったらサンタが来なくなると思って、急に怒るのやめたんだろ」

「そこまで分かるのに、人の物を食べちゃいけないことは知らなかったんですか?」

「んじゃ返す」

「分かればいいんです! って、返す時にもう一口食べないでくださいよ!」

「ごめん、美味すぎて」

「私の食べかけは絶対食べないくせに、人にやらないでください!」

「朝宮は気にしないじゃん」

「ま、毎回ドキドキしながら食べてますよ!!!!」


まさかのカミングアウトに妙な空気が流れたが、朝宮にチキンを返すと、本当にドキドキしてんのかよと思うレベルで、幸せそうにチキンを頬張り始めた。


俺には分かる。

こいつ、絶対ドキドキとかしてないわ。





食事が終わると、朝宮はすぐにお風呂に入り、まだ明るい時間からパジャマ姿で掃除を始め、いつものように俺に褒められて満足そうにしている。


「それじゃ、私は寝ますね!」

「そんな元気で、本当に寝れるのか?」

「人には、寝なければいけない時があります‥‥‥例え、宿題が残っていても、腹くくって寝なくちゃいけない日が、人にはあるんです‥‥‥」

「そんな、今から戦いに行くやつみたいなテンションで言われてもな」

「だって! 毎日頑張って、これでサンタさんが来なかったら‥‥‥私! グレてヤンキーになります!」

「やめて!? 絶対めんどくさいから! マジでやめて!?」

「はぁー、ヤニ切れだわ」

「タバコ吸ったことないだろ。それにまだグレるの早いだろうが」

「とにかく私は寝ます! 静かにしててくださいね!」

「了解」


まだ十五時だというのに、本当に寝れるのだろうか。





時刻は十九時四十分。

朝宮はバリバリ冴えた目をしてリビングにやってきて、無言で数秒俺を見つめた後「全然寝れないんですけど!!」と、大きな声を出した。


「知るか!!」

「お腹空きました!!」

「寝てると思って、なにも用意してないぞ?」

「オードブル残ってませんでしたったけ?」

「さっき全部食べた」

「なら、パスタ茹でてください!」

「ミート? カルボ?」

「ミカルボ」

「不味そっ」

「今日はミートソースでいいです!」

「はいはい」


結局寝れなかった朝宮にパスタを作ってあげ、口元にミートソースを付けながら美味しそうにパスタを食べ終えると、歯を磨いて、すぐに部屋へ行ってしまった。


それから三時間が経ち、時刻は二十二時四十分。

静かに朝宮の部屋を覗くと、朝宮はドアに背を向けてスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。


よし、とりあえずサンタの衣装に着替えるか。


自分の部屋で静かに着替え、しっかり白髭もつけて、完璧な状態に変装した。


「よし、やるか」


最初に写真立てを持って、朝宮の部屋に忍び込んだ。


慎重に忍足で枕元に近づき、靴下の底まで手を入れて、一切物音を立てることなく写真立てを靴下に入れることができた。


そして一度自分の部屋に戻ってきて、深く息を吸った。


「すぅー‥‥‥はぁー」


緊張した!

でもまだ、大量のお菓子を入れなきゃいけないのか。

袋の音で起こしたらヤバいし、少しずつ運ぶしかないな。


それからコツコツ自分の部屋と朝宮の部屋を往復し、最後のお菓子を持って朝宮の部屋に入った時、朝宮が寝返りをうち、こっちに顔を向けた。


「‥‥‥」


焦ったー!!!!寝てる!大丈夫だ!

これを入れたら終わりだ。

さっさと出て寝よう。


なんとか最後のお菓子を入れて自分の部屋に戻って来ることができた。


とんでもない達成感と疲労感を感じるが、サンタの衣装をゴミ袋に入れて、近くのゴミ捨て場に証拠を捨てて、俺は安心し切って眠りについた。



***



一輝が眠りについた頃、朝宮は、一輝がもう入ってこないと分かり、静かに目を開け、暗い部屋で大きな靴下を見つめて、思わず笑みを溢していた。

静かにお菓子を一つ一つ大切そうに床に並べ、最後に写真立てのラッピングを取り、写真立てを見ると、嬉しそうに写真立てを抱きしめた。


「本当に居たんですね‥‥‥」


そしてベッドの下から、赤いリボンの付いた薄くて黒い箱を取り出し、一輝が眠る部屋にやってきた。


しっかり一輝が寝ているのを静かに確認すると、その箱を一輝の枕元に置き、小さな声で囁いた。


「‥‥‥私のサンタさん」



***



翌朝目を覚ますと、手に固いものが当たり、それを握って自分の目の前に持ってきた。


「えっ」


見覚えのない赤いリボンの付いた黒い箱。


「朝宮か? いや、寝てたはずだけどな」


恐る恐る箱を開けると、そこには二つ折りのお洒落な財布と、一枚の手紙が入っていた。


「手紙?」

『私のサンタさんへ。何ヶ月も私を住まわせてくれてありがとう。最近、掃除をしても中途半端だったのは、あれはわざとです。そんな私を笑顔で褒めてくれることが嬉しくて、子供みたいなことをしてしまいました。財布は日頃の感謝の気持ちです。その財布に入れたお金で、私にいろいろ買ってください。朝宮より』

「おいこら。なんだ最後の」


最初から俺で遊んでたってことか。

まんまと騙されたな。


とにかく朝宮にお礼を言おうと、財布を持って部屋を出ると、ちょうど朝宮も同じタイミングで部屋から出てきて、俺達は顔を見合わせてクスッと笑った。


そして、「ありがとう! 俺のサンタ」と「ありがとうございます! 私のサンタさん」という言葉を同時に交わし、また俺達は笑ってしまった。


「つか、最初からもてあそんでとか、酷すぎないか?」

「最初は本当に信じてたんですよ!」

「んじゃなんでだ?」

掃部かもんさんに、サンタさん宛の手紙を渡した翌日、掃部かもんさんが本当にサンタさんの住所を知っているのか不安になって調べたんです」

「それで?」

「【サンタさん/住所】とか【サンタさん/いる】とかで検索したら‥‥‥私の夢が壊されました!! 私の親は、単ににプレゼントをくれなかっただけなんです! 酷くないですか!?」

「ひ、酷いな」

「そして分かったんです! あんな嘘までついて手紙を受け取った掃部かもんさんは、きっと私の夢を壊さずに喜ばせてくれようとしているんだって! それに、それから毎日、私が掃除をすると笑顔で褒めてくれました!」

「ま、まぁ。でも、わざと中途半端にしたんだろ?」

「それは‥‥‥」

「それは?」

「そんなことは、置いといて」

「置くな!」

「嘘までついて私を喜ばせて、中途半端な私も甘やかして、やっぱり絶対私のこと好きじゃないですか!」

「はぁ?」

「いや、私は掃部かもんさんのこと一ミリも好きじゃないですけどね? 都合のいい人だと思ってます!」

「おい」

「でもこれじゃ、いつ寝込みを襲われるか怖くて、夜しか寝れませんよ!」

「健康でなにより」

「それじゃ、私は夜更かししちゃったので、まだ寝ますね!」

「朝に寝るんかーい」


朝宮は朝ごはんを食べずに、本当に部屋に戻ってしまった。


朝宮が写真立てにどんな写真を入れたかは知らないけど、きっと喜んでくれた。

俺も嬉しかったし。



***



朝宮はせっかく写真立てに写真を入れたのに、写真の方を下にして、大切にベッドの下に写真立てを隠し、ベッドに潜り込んだ。


(掃除を中途半端にしても褒めてくれるのが嬉しかっただけじゃない。本当は‥‥‥甘えてみたかったなんて言ったら、きっとキモいとか思われちゃう。言わなくなくてよかった‥‥‥)


そう思いながら静かに目を閉じて、気持ちよさそうに二度寝を満喫し始め、二人の冬休みが始まった。



***

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