クリスマス

第46話/クリスマスツリーの悲劇


気づけば十二月中旬。

朝宮は初雪が今か今かと、毎朝リビングの窓から外を眺めるのが日課になっていた。


「おはよう」 

「おはようございます!」

「今日は雪の予報らしいぞ」

「本当ですか!?」

「しかも初日でめっちゃ積もるらしい。自転車使えなくなるな」

「それくらい良いじゃないですか! 雪が降れば、サンタさんも働き始めますから!」

「サンタ?」

「はい! プレゼントを運んでくるんですよね!」


まさかだけど、朝宮ってサンタを信じてるわけじゃないよな‥‥‥。


「今までクリスマスプレゼントって、どんなもの貰ってたんだ?」

「お姉ちゃんにお菓子をもらってました!」

「それだけ?」

「サンタさん宛に欲しいものを手紙に書いてたんですけど、来てくれたことないんですよね」


これ‥‥‥本気で信じてるっぽいな‥‥‥。


「今年も手紙書いたのか?」

「はい! もちろんです!」

「ん、んじゃ、俺が出しといてやるよ」

「嫌です! 掃部かもんさんに届いたらどうするんですか?」

「男しかサンタの住所を知らないんだよ。だから手紙は男が出さなきゃいけないんだ」

「え!? だから今までサンタさんが来てくれたことないってことですか!? 私の家、お父さん関連でちょっと複雑なので、だからですか」

「そ、そうかもな」


複雑の内容を知っていると、なんとも言えない気持ちになるな。


「それじゃ、ちゃんと出してくれます?」

「約束する」

「中見ないでくださいね!」

「分かった」

「よかったです! これです!」


手紙をリビングのテーブルの上に置き、朝宮はスクール鞄を手に取った。


「お願いしますね! 私は先に行きます!」

「朝ごはんは?」

「コンビニでなにか買っていきます!」

「了解」

「そういえば、掃部かもんさんはサンタさんに手紙書きました?」

「俺は書いてないけど」

「大人になると来なくなるって言いますもんね! 高校生には無理ですね!」

「朝宮も高校生だろ」

「私はサンタさんが来たことがないので、ノーカンですよ、ノーカン!」

「そうだな。そんじゃとにかく、手紙は任せろ」

「はい! 行ってきます!」

「いってら」


一時はどうなることかと思ったけど、これで欲しい物が分かる。


朝宮が家を出ていったのを確認して、さっそく手紙を開くと、欲しい物が【可愛い写真立て】だということが分かった。

簡単に買えそうな物でよかった。


手紙を大切にカバンにしまい、さっさと朝ごはんを食べて家を出ると、さっそくチラホラと雪が降り始めていた。





教室に着くと「さみぃー」と言いながら教室のヒーターの前を陣取っている絵梨奈と日向の二人と目が合い、日向が近寄ってきた。


「頭に雪ついてるよ! 取ってあげるね!」


素早く日向の手をかわして自分の席にカバンを置くと、朝宮と他の女子生徒の会話が聞こえてきた。


「いきなり雪すごいね!」

「そうですね」

「初雪ってテンション上がるよねー!」

「寒いですし、雪はきが大変なので迷惑なだけです」

「やっぱり和夏菜ちゃんは大人だね!」


改めて思うけど、家との温度差すごいな。

本当は今すぐ外に飛び出したいとか思ってるだろうに。





午前の授業は、降る雪を眺めているうちに終わってしまい、昼休み、自販機でジュースを買うために教室を出ると、島村が廊下に新聞を貼っていた。


「今日も頑張ってるな」

「はい。クリスマスイベントのお知らせです」

「この学校、イベント多すぎないか?」

「二千円台のプレゼントを持ち寄って、ランダムでプレゼント交換するみたいです。後は体育館でバイキングを楽しんだりするみたいですよ」

「へー」


また朝宮がニッコニコで楽しみにしちゃうやつじゃん。

めんどくさいな。


「終業式の日がクリスマスなので、一度帰って夜からということもあって、参加は自由みたいです」

「俺はパスしたいけど、どうなるかなー」

「あぁ、そういうことですか」

「どういうことですか」

「ただの勘です。それに、こんな場所で言ったら、掃部かもんさんは絶対に怒ります」

「なるほどな。理解したわ」

「はい。三階にも貼ってきます」

「がんばれー」

「ありがとうございます」


こういう時に、自然に手伝えば好感度あがりそうなのになと、陽大を思い浮かべつつ、自販機の前にやってくると、便所飯中の朝宮からメッセージが届いた。


『雪すごくないですか!?』と、嬉しさを我慢できなかった様子のメッセージで、俺は少しからかってやろうと思い、『今、みんなで雪だるま作ってるんだ! 羨ましいだろ!』と、嘘のメッセージを返すと、『あっそ』と冬の隙間風ぐらい冷たい返事が返ってきた‥‥‥。

冗談が通じないのか、嫉妬しているのか、はたまた興味すらないのか。

考えたら悲しくなってきたから、今日はちょい高なエナジードリンクを買おう。





学校が終わった頃には雪も積もり、自転車で登校してきた生徒達は、一部ヤバい奴らを除いては、悲しそうに自転車を押して帰っていった。


「一輝も入ってく?」


校門付近で自転車集団を眺めていると、傘をさした絵梨奈が相合い傘に誘ってくれたが、既に絵梨奈の隣には朝宮がいた。


「いや、いい。お前ら仲良くなったのか?」

「絵梨奈さんが私の傘を奪っただけです」

「途中までなんだからいいじゃん」

「寒いので早く行きますよ」

「じゃあね!」

「おう」


同じタイミングで同じ方向に歩くのは不味いかな。

近くのホームセンターで時間潰すか。


朝宮と時間をズラすためにホームセンターにやって来ると、クリスマス用品が売っていて、尚且つクリスマスセールで色々安くなっていた。

そんな中で目を惹いたのは、サンタのコスプレ衣装だった。

クリスマスの夜、朝宮の部屋にプレゼントを置く時、最悪朝宮に見られてもサンタのコスプレをしていれば、なんとか誤魔化せるかもしれないし、三千円が今なら千五百円‥‥‥。

よし、買っておこう。


あとはー、クリスマスツリーはさすがにいらないよな。

いや、待て待て。サンタを信じる純粋な女子高生だぞ。

絶対喜ぶよな。よし、買おう。


組み立て式の大きなクリスマスツリーと、クリスマスツリーを煌びやかにする飾りも購入することにし、まさかの出費になってしまったが後悔はしていない。


朝宮がゆっくり帰ってるとしても、これ買って帰ればちょうどいいぐらいか。





サンタのコスプレだけカバンに隠して家に帰って来ると、朝宮は玄関に走ってきて、食い気味に聞いてきた。


「手紙出してくれました!?」

「バッチリだ!」

「やった! ありがとうございます! で、それはなんですか?」

「クリスマスツリー買ってきたから、リビングに飾ろうぜ!」

「私、お家にクリスマスツリー飾るのが夢だったんです!」

「よかった! でも、一回も飾ったことないのか?」

「私は覚えてないんですけど、小さい時に私がツリーを倒してしまったらしくて、それで食器とかがたくさん割れたとかで、飾らなくなったみたいです」

「食器は今でも割るけどな」

「早く作りましょ!」

「反省しろ」

「反省しました!」

「よし」


きっと、これで許してしまう自分の甘さがいけないんだろうな。


それから俺は一人でクリスマスツリーを組み立て始めたが、三分割されているだけで、簡単に組み立てることができた。


「飾り付けは朝宮がしてもいいぞ」

「いいんですか!?」

「ほい、これ飾り」

「わぁ! 可愛いですね!」

「好きに飾れ」

「はい!」


楽しそうにクリスマスツリーに飾り付けする朝宮を眺めながら、クリスマスイベントのことを聞いてみることにした。


「学校のクリスマスイベントは参加するのか?」

「しませんよ!」

「おっ、珍しいな」

「だって、早く寝れば、早くサンタさんが来るかもしれないじゃないですか!」

「あぁー確かに。んじゃ、クリスマスの日は早めに寝ろ」

「はい!」


よっしゃー!

クリスマスイベント回避!

しかも早く寝るってことは、プレゼントを置くために夜更かししなくて済む!

クリスマス万歳!


それからしばらくして飾り付けを終えた朝宮は、リビングの電気を消して、クリスマスツリーの撮影を始めた。


「どの角度から見ても綺麗で可愛いです! これはサンタさんも喜びます!」

「あっ、そうだ、いい子にしてないとサンタさん来ないからな」

「今日からクリスマスまで掃除します! 皿洗いも! お風呂とトイレ掃除も!」

「よく言った! 頑張れよ!」

「早くクリスマス終わりますように。早くクリスマス終わりますように」

「聞こえてるぞ」

「さーて! さっそくお風呂掃除してきますね!」

「っ!? 朝宮!!」


朝宮がノリノリで歩き出した時、クリスマスツリーのライトアップされた飾りが揺らめき、次の瞬間、クリスマスツリーが派手に倒れ、なにか重いものも倒れる凄い音が聞こえた。


「コードに引っ掛かっちゃいました‥‥‥」


恐る恐る電気をつけると、ツリーが当たり、テレビがテレビ台から倒れてしまっていた。


「あー!!!! テレビが!!!!」

「大変です! クリスマスツリーが!」

「テレビの方がやばいだろ!!」


朝宮は倒れたテレビをテレビ台に戻し、リモコンのスイッチを押すと、テレビの液晶が割れていて画面はカラフルにチラつき、音声だけが正常に聞こえるガラクタになってしまっていた。


「このままじゃ、サンタさんが来てくれません!」

「かもな‥‥‥」

「テレビさん‥‥‥大丈夫ですか? 私は怪我もなく大丈夫です。要するに、何もなかった。そうですよね? 分かりましたか?」

「何もなかったことにすんな!!」

「私のせいですよね‥‥‥」

「あっ、いや‥‥‥」


急に悲しそうな顔をする朝宮を見て、怒るのが申し訳なくなってしまった。


「私がダメな人間だから‥‥‥」

「そんなことないぞ」

「だから‥‥‥転んだ時にポケットの煮干しが粉々になってしまったんですね!!」

「え?」

「粉々になると、匂いが取れにくくて最悪なんです!」

「いや、え?」

「許すまじ煮干し!!」

「テレビは? ツリーは?」

「なにを心配してるんですか!! 私のポケットが臭いことの方が問題です!」

「なんだお前」

「あぁ! 最悪です! 今日は煮干しじゃなくてスナック菓子でした! 粉末くらえ!」

「お、おい! かけんな!」

「スナック菓子の粉末で汚れた床、ちゃんと拭いてくださいね」

「‥‥‥」

「返事をしてください!」

「今日という今日はマジで怒った」

「今日という今日はマジでごめんなさい」

「絶対許さないからな!」

「絶対許されてやりますからね!」

「バカにしてんのか!!」

「それ以上私を怒らない方が身のためですよ!」

「なんでだ、言ってみろ」


朝宮は目を閉じて深呼吸をし、ゆっくりと目を開けた。


「あれ!? クリスマスツリーが倒れてます! しかもテレビが壊れてますよ!? なにがあったんですか!?」

「は?」

「まったく掃部かもんさんは暴れん坊さんなんですから!」

「必殺、記憶飛ばしってやつか」

「なんなことですかー? 私分かりませーん」

「朝宮ぁー!!!!」

「あはははは!」

「待て!!」


朝宮は笑いながら二階へ逃げてしまったが、なんだか、朝宮の笑い声を聞いて、怒りがおさまってしまった。

これが可愛いは正義ってやつか。

いや‥‥‥こんなことで‥‥‥


「許してたまるかー!!!!」

「怒るとサンタさん来ませんからねー! 良い子にしてくださーい!」

「二階から煽ってんじゃねぇ!!」

「キャッキャッキャッ!」

「小猿みたいな笑い方やめろ!!」

「ウホウホ!」

「ゴリラなら良いと思ってんのか!!」

「ポウポフポウ」

「今はのなんだ?」

「釣り上げらたこいです」

「朝宮ぁ〜!!」

「怒るところおかしいですよ!!」

「鯉をバカにすんな!」

「魚愛が強すぎます!」

「お前はブヒブヒ鳴いてればいいんだよ!」

「誰が豚ですかー!!!!」


朝宮はドタドタと足音を立てて階段降りて来て、俺は慌ててトイレへ逃げ込んだ。


「ごめんごめんごめん!!」

「反省しないと、次からトイレ流しませんからね!」

「やめて!? トイレ入るたびに気絶しちゃうよ!?」

「なら謝ってください!」

「ごめんなさい!」

「そんなに許してほしいなら、許してあげなくもないです! まったくー、掃部かもんさんは私にかまってほしくて、すぐ酷いこと言うんですから」


なんでいつも俺が負けみたいになるんだ‥‥‥。


「ほら! 開けてください! ぎゅーしてあげますよ!」

「まだ怒ってるよね!? 抱きしめて俺を殺すのが目的だろ!」

「フハハハハ!」


すっげー怖い笑い声。

しばらくトイレ掃除しながら、トイレに引き篭もろう。

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