第45話/カップルみたいな空気感


十一月中旬、日曜日の朝、目を覚ましたタイミングで朝宮が俺の部屋に突撃してきた。


「水族館行きますよー!!」

「おぉ! 今日行くのか! 今すぐ準備する!」

「ちょっとシャワー浴びていいですか?」

「別にいいけど、朝から珍しいな」

「デートですから! 隣を歩く時に、良い匂いが香ってきたら、キュンキュンしちゃうらしいですよ!」

「そんなに密着して歩かないだろ。デートじゃないし。早く準備して行くぞ」

「そんな焦らないでくださいよー。朝ごはんもまだですし! さっさと作りやがれ!」

「おぉ、今日が水族館に行く日じゃ無かったら怒ってたわ」

「てことは、今日は怒らないってことですか!?」

「だからって調子に乗るなよ?」

「なぶり殺しにしてやる」

「いや、調子に乗るとは思ってたけど、方向性おかしいだろ」

「シャワー浴びてきまーす!」

「あ、はい」


今日も元気な朝宮がシャワーを浴びているうちに、二人分のパンを焼き、俺は俺で家を出る準備を進めた。





「うぅ‥‥‥」


シャワーから戻ってきた朝宮は、腕を組みながらゆっくりと椅子に座った。


「寒いのか?」

「この季節はお風呂上がりが地獄です。掃部かもんさんとイチャイチャするぐらいに」

「ホットココア作ってやろうと思ったけどやめた」

「作れるんですか!?」

「それくらいできるわ!」

「わーい! 掃部かもんさんとイチャイチャしたーい!」

「そう言われると、逆に作り辛いわ」

「早く作ってください! 渋ってると、どんどん行くのが遅くなりますよ!」


なんかムカつくけど作ってやるか。





そんなこんなで無事に家を出て、駅にやってきた。


「なんでビニール袋持ってるんですか?」

「座席に座る用」

「なるほど。あと、交通費お願いします」

「はぁ!? 生徒会が出してくれるんじゃねぇの?」

「水族館のペアチケットしか貰いませんでした」

「五万円分なのに勿体なくね?」

「残りは絵梨奈さんに選ぶ権利を渡すように会長に言いました」

「十八金のゴールドアクセサリーとかにすれば、売ってお金になったぞ」

「大人のおもちゃを頼める訳ないじゃないですか!」

「十八禁じゃねぇよ! まぁ、交通費ぐらいは出すけど、そのお決まりの変装、水族館でサングラスは勿体無いんじゃないか?」

「着いて、知ってる人が居ないようなら外します」

「そうか」


結局俺が朝宮の分も交通費を出して電車に乗り、水族館がある街までやってきた。


「やっと着いた!」

「魚のことになると、急に少年みたいになります

ね!」

「そうか? 朝宮も好きな物とかないのか?」

「楽しいことならなんでも好きです!」

「朝宮らしいな。早く水族館行こうぜ!」

「はい!」


そこからバスに乗って水族館までやってきて、朝宮が持っていたチケットで、ちゃんと入場することができた。


「おぉ! 見てみろよ!」


青い光が幻想的な薄暗い通路を進んで行くと、さっそく俺達を出迎えた大きな水槽にテンションが上がってしまったが、朝宮を見ると、サングラスを外して目を輝かせていた。


「綺麗ですね」

「朝宮も水族館好きなんじゃん」 

「嫌いな人の方が少ないですよ」

「それもそっか。うわぁ! デッカ! なんだあいつ!」

「コブダイですかね? あぁ! サメです!」

「本当だ! カッケー!」 

「エイもいます!」


朝宮もなかなか見れない生き物を目の前にテンションが上がってきた様子だ。

今日は運良くお客さんも少ないし、朝宮も楽しめそうだな。


「次の水槽も見に行きましょうよ!」

「おう!」


通路に沿ってトンネルに入ると、トンネルの右半分がさっき見た水槽の横になっていて、正面から見るのとはまた違う光景に足を止めてしまった。


「この調子だと、帰るのは夜になりそうですね!」

「ウミガメじゃん!」

「聞いてます?」

「ん? なんだ?」

「なんでもないです。こんなにいろんな種類が一緒に入ってて大丈夫なんですかね。特にサメとか」

「常にお腹いっぱいだと襲わないらしい」

「常にギリギリな水槽なんですね」

「確かに、腹減ったら食べちゃうと思うと怖いな」

「まるで私みたいですね!」

「間違いない」


そんな会話をしながらトンネルを抜けると、次はさっきの水槽を下から見れるようになっていて、サメの剥製なんかも飾られていた。

エスカレーターに乗ってもさっきの水槽が見える。

しばらくは初手の水槽をいろんな角度から眺める時間らしい。


二階にやってくると、さっきのメイン水槽らしきものより小ぶりな水槽が立ち並んでいて、いろんな魚を見て回った。


「海水魚もいいなー」

「クリスマス近いからって、遠回しにおねだりですか?」 

「違う違う! さすがにもう増やせないって。水槽二つにロボ犬が二匹だぞ。てか、あの気味悪いロボ犬最近見ないな」

「段ボールに入れてます! 暗い場所だと省エネモードになって静かになるらしいです! 長生きします!」

「あんなの長生きさせんな」 

「あっちは淡水コーナーですって!」

「聞いてる?」


朝宮は早歩きで淡水コーナーへ行き、水槽の前でマスクを取って、笑顔で俺に手招きをした。


「なんかいたか?」

「水槽の中に自然が作られてますよ! 滝も流れてますし、どうやってるんでしょう」 

「すごいな。ヤマメ? 食えるやつ?」 

「はい! 美味しいらしいですよ!」

「でも泳いでるの見ると、別に食べたいとは思わないな」

「そうですか? 私は食べたいです!」

「いつか本当に太るからな」

「そんなこと言わないでくださいよー」

「はいはい」


ハムスターのように頬を膨らます朝宮と淡水コーナーを進んでいき、さらに上へ行くエスカレーターに乗って三階にやってくると、そこはサンゴ礁コーナーになっていて、カラフルなサンゴの周りを小さな魚が泳いでいる水槽がたくさんあり、急に明るい雰囲気に変わった。


「わぁー! 素敵ですね!」 

「写真撮ってやろうか」

「お願いします!」


朝宮を一番綺麗な水槽の前に立たせて、笑顔でピースする姿を俺の携帯で撮った。


「良い感じですか?」

「おう。後で送っておく!」

「お願いします!」


それから、水族館にシロクマがいることに驚いたり、ペンギン達の写真を撮りまくったりしながら、朝宮との水族館を楽しんでいた。


そして、クラゲコーナーを抜けた先で、アザラシが泳ぐ水槽を見つけ、あまりの可愛さに俺達は無言でアザラシを見つめた。


しばらくの沈黙の後、朝宮が携帯を取り出して言った。


「スリーショット撮りましょう!」

「アザラシと?」

「はい!」

「そんな上手いこと行くか?」

「やってみましょうよ!」

「いいけど」


カメラを内カメにして、腕を伸ばす朝宮の隣にしゃがんだはいいものの、めっちゃ近い‥‥‥。

シャンプーの良い匂いがする‥‥‥。

鳥肌も立つ‥‥‥。


「チャンスが来たら連写しますからね!」

「お、おう」

「さっそく来ました!!」


一匹のアザラシが、ちょうど俺達の顔の間の位置に真っ直ぐ泳いできて、朝宮はすかさず画面長押しで連写しまくった。

すると次の瞬間、アザラシは止まることなく、ゆっくりと水槽のガラスに顔をぶつけてムニッと愛らしい表情になり、俺達は同時にアザラシを見て、同じタイミングで顔を見合わせで笑ってしまった。


「なんか良い写真になった気がします!」

「見てみようぜ!」

「はい!」


二人で連写した写真を確認してみると、一連の流れが完璧に撮られていた。


「最高だな! 俺に送ってくれ!」

「一枚だけ送ってあげます!」

「なんで一枚だけなんだ?」

「どの瞬間が一番欲しいのか知りたいので!」

「んじゃー、そうだなー。二人で笑っ‥‥‥」


二人で笑ってる写真なんて選んだら、間違いなくなにか言われる。

アザラシがガラスにぶっかった瞬間の写真にしよう。それが一番無難だ。


「わら?」

「いや」

「私もあの写真が一番気に入ってます! 今送りますね!」

「おう‥‥‥」


結局、二人で顔を見合わせて笑っている写真を送ってもらったが、やっぱり良い写真だ。


「お土産コーナー行きません?」

「そ、そうだな。行こう」


なんだか、本当にカップルのような空気感に少し照れ臭くなりながらも、お土産コーナーへやってきた。


「せっかくだから、なにか買っていきたいよな」

「とりあえず、魚形のクッキーは確定じゃないですか。それと、タコのストラップとイルカのメモ帳と」

「一応聞くけど、自腹だよな?」

「えぇ!?」

「えぇ!?」

「あ、当たり前じゃないですかー」


絶対あわよくば買ってもらおうとしてたな。

芽衣子先生からお小遣いは貰ってるはずだし、そこは甘やかさなくてもいいだろう。


それから商品を見ているうちに自然と別行動になり、丸い瓶にマリモと一緒に入れられた、かなり小さなシュリンプに見惚れていると、朝宮が大きめのアザラシのぬいぐるみを持って俺の元へやってきた。


「見てください! これ買います!」

「可愛いけど、すぐ部屋散らかすのに大丈夫か?」

「んじゃ買いません」

「買ってダメとは言ってない」

掃部かもんさんの分も買ってあげましょうか!」

「ぬいぐるみはなー‥‥‥それの小さいやつとかないのか?」

「ありましたよ! 来てください!」


案内されて来た場所は、アザラシのグッズが大量に売られているコーナーで、朝宮が持っているぬいぐるみの手のひらサイズの物も売っていた。


「この小さいのにするわ」

「それじゃ私もそれにします!」

「デカイのじゃなくていいのか?」

「はい! 初めてのお揃いですね!」

「カ、カップルでもあるまいし、秋田県民何人とお揃いなんだよ」

「友達同士でもお揃いはしますよ? 多分」

「ならいいけど」

「そんなこと言ってー、本当は嬉しんじゃないんですかー?」

「そのニヤニヤした顔ムカつくからやめろ」

「ニタニタ顔ですけど」

「そうか、それはすまなかった」

「貴方の罪を許しましょう。さぁ、懺悔ざんげなさい」

「シスターさん、早く会計しましょう」

「金出したくねーなー」

「やめて!? そんなシスター嫌だ!」


そして何故かアザラシの小さなぬいぐるみだけ俺の奢りになり、買い物が終わった後は、俺のわがままで水族館内を何周もしてしまったが、朝宮はニコニコしながら最後まで付き合ってくれた。





夕方まで水族館を満喫して、帰りの電車では、朝宮は変装した姿のまま寝てしまった。


さすがに長居しすぎて疲れたか。


そう思った時、朝宮の体が俺の方に倒れて来て、肩に頭が当たりそうになったが、俺はすかさず立ち上がった。


「んっ‥‥‥」


座席に頭を打って目を覚ました朝宮は、体制を戻してまた寝てしまった。


ごめんな朝宮。

ドキドキシチュエーションを回避したばっかりに、一度起こしてしまって。

そうでもしないと俺も気を失って、二人起きた時には見知らぬ街みたいなことになりかねないからな。


にしても俺も疲れた。

でも今日は楽しかったな。

朝宮は最初から俺のためにハロウィンイベントに参加したみたいだし、クリスマスはなにかお返ししなきゃな。

そのために島村に欲しいものを調べてほしいけど、今は調べてくれないんだろうな。

クリスマスか‥‥‥。

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