第44話/パンツは履いているからこそ!


十一月に入ると、急に肌寒くなって、自転車を漕いでいる時の手が冷たい。

朝宮は相変わらず自転車も取りに行かないし、俺の自転車を盗まなければ基本毎日歩きだけど、大変じゃないのかな。

そんなことを思いながら学校にやってくると、さっそく廊下に貼られた新聞が目に入り、昨日の朝宮と絵梨奈の優勝がデカデカと記載されていた。

そして申し訳程度に俺のパンツ姿も‥‥‥。


「島村ぁ!!!!」

「しーちゃんです」

「うわっ、後ろにいたのかよ」


思わず島村の名前を呼ぶと、島村は新聞の束を持って、俺のすぐ後ろに立っていた。


「はい、タイミング良く」

「この新聞はなんだ! 俺の痴態を晒して楽しいか!」

「マニアックな層に需要があると思いまして」

「マニアックな層にしか受けなくて悪かったな!!」

「咲野さんは、それなりに楽しそうに見てましたよ」

「あいつは正真正銘マニアックだからな」

「今より好かれている段階で付き合っておけばよかったと思います」

「なんでだよ」

「咲野さんは絶対と言っていいほど浮気はしなさそうですし、死にたくなるほど尽くしてくれると思いますよ」

「死にたくなったらダメだろ」

「大丈夫ですよ。それでも死なせてくれなくて、毎日じっくり愛を与えてくれます」

「プラス要素を感じられないんだが。てか、そういえば情報屋やめたのか?」

「今は訳あって休憩中です」

「そっか。なにかと便利な時もあったし、復活したら教えてくれ」

「嫌じゃないんですか?」

「時と場合による。その振り幅はかなりデカイけどな」

「いつか復活できたらいいですね」

「なんで他人事なんだか。まぁいいや、とにかく新聞取り下げろ」

「嫌です」

「三百円」

「分かりました。掃部かもんさんのところだけ切り取って貼り直します」

「ほい」


なんで俺がお金払わなきゃいけないんだと思いながらも三百円を渡した。


それから教室へやってきて、十一月最初の掃除を始めた。


「あー、もう」

「どうしたの?」


陽大に話しかけられ、俺は床を指差して愚痴をこぼす。


「昨日のハロウィンイベントのせいで、お菓子のゴミがチラホラ落ちてんだよ」

「ゴミ箱に捨てるだけなのに、できない人多いよね」

「それな。A組に関しては、俺が掃除してくれるしとか思ってそうだし」

「それはあるだろうね。いっそやめてみたら?」

「えっ」

「そうしたら芽衣子先生が怒って、みんな綺麗にするよ」

「やってみるか」

「うん!」


今日は敢えてゴミを残して掃除をやめて、芽衣子先生が教室に来るのを待った。


そして、やっと芽衣子先生がやってきて床を見つめて一言「一輝くん、ゴミ落ちてるわよ?」と、すぐに俺頼み。


イライラしながら秒速で掃除を再開し、特に褒められることもなく席についた。

芽衣子先生は先生としても問題ありありだな。





昼休みになると、朝宮に人が群がる前に、珍しく絵梨奈が声をかけた。


「ハロウィンの景品ってなににしたの?」

「なんだ、絵梨奈も知らないのか?」

「教えてくれないし」

「へー、で? なににしたんだ?」


質問しているのに、朝宮は無言で教室を出て行ってしまった。


まさか、部屋が汚れる原因になるなにかとかか?

バレたら俺に怒られるから言えないのか!?

これはしばらく警戒しておく必要がありそうだ。

でも待てよ、警戒したところで、あいつのやらかしはいつも突然だ。

やられる‥‥‥。

生活できない家にされる!!!!


「なんか一輝、体調悪いの?」

「そんな風に見えるか?」

「顔色悪いけど」 

「そうか。んじゃ早退するわ」

「えっ、保健室連れて行こうか? って、本当に帰んの?」

「あぁ。芽衣子先生には言っといてくれ。熱が三十八度出て、頭が割れそうな頭痛と、今にも産まれそうな陣痛で帰ったって」

「わ、分かった。産まれたら抱っこさせてね」

「うぃ」


絵梨奈にそう言い残し、俺は本当に帰宅してきて、すぐに朝宮の部屋に入り、危険な物がないか部屋中を探すことにした。


「っても、まずは掃除が先だな」


相変わらず中身が中途半端に残ったペットボトルとお菓子のゴミが大量に‥‥‥。

そしてゴミが一つも入っていない綺麗なゴミ箱‥‥‥。


「ゴミ箱あるなら使えよ!!!!」


独り言で文句を言い、使い捨て手袋とマスクを身につけて、全力で朝宮の部屋を綺麗にし終え、俺の部屋に置いている香り付きの消臭剤を朝宮の部屋に移した。


「これでよし」


ゴミ袋四袋分もゴミを放置しやがって、いつのまにかテーブルとか卓上ライトとか、快適に住めるように家具増えてるし。

そもそも、ゴミだらけな時点で快適ではないか。


さて、とりあえずタンスの中だな。


危険なものを持っていないか、タンスを開けてみると、中には朝宮のくせに、丁寧にたくさんの服がハンガーにかけられていた。

そして下の引き出しを開けると、色とりどりの下着!!


「み、見なかったことにしよう」


いや、もうちょっと眺めてから見なかったことにしよう。


部屋を綺麗にしたご褒美だと自分に言い聞かせて、罪悪感を消しながら朝宮の下着を眺めることにした。

こういうものに性的魅力は感じるけど、やっぱり触りたいとかは思わないんだよな。

俺の感覚、絶対普通じゃない。

てか、なに朝宮の下着に魅力感じてんだ俺!!バカか!!

今はこんなもの見てる場合じゃない!

大抵見られたくない物はベッドの下に隠してるはずだ。


綺麗にした床に寝そべって、ベッドの下を覗いてみたが、暗くて何も見えない。

そして恐る恐る手を伸ばすと、指先が何かに触れた。


「やっぱり隠してたか!」


何か分からないものを掴んでベッドの下から取り出すと、白い生地に薄紫の花柄が少々、そして紫のリボン‥‥‥。


「なんだこれ」


よく分からない布を広げると、それは紛れもなく女性物のパンツだった。


「パン‥‥‥ツ‥‥‥」





あぁ‥‥‥気を失っていたのか‥‥‥。


「って朝宮!?」


目を覚ますと、朝宮がムッとした表情で俺を見下ろしていた。


「熱を出したと聞いたので心配して帰ってくれば、私の下着片手に果てているなんて! よほど良かったんでしょうね!!」


パンツを握っていることを思い出して、すぐにそれを手放した。


「お気に入りだったのに、無くなったと思えば掃部かもんさんが犯人でしたか!」

「違う!」


てか、この角度だと、朝宮のホワイトパンティーが丸見えだ。

やっぱりパンツは履いてるからこそ見る価値があるよな。


「っ!? み、見ましたね!?」

「ごめん! 違うんだ!!」


スカートを押さえて頬を赤らめる朝宮。

俺はすぐに体を起こして、手を洗いに一階に降りてきた。


「逃げないでください!」

「悪かったって! 掃除してたら見つけただけなんだ!」

「本当でしょうね。変な液がついてないか、確認した方が良さそうですね」

「はいはい、隅々まで確認しろ」

「それはともかく、体調は大丈夫ですか? 一応風邪薬とプリンとヨーグルトを買ってきましたから、食べたら飲んでください!」


仮病だって、すっげー言い辛い‥‥‥。


「あ、ありがとう」

「でも今はだいぶ良さそうですね! 普通のものも食べれそうなら言ってくださいね! コンビニから何か買ってきますから!」


ほー、俺が体調を崩すと、こんなに優しいのか。


「どうも。それより、朝宮も早退って、怪しまれなかったのか?」

「はい! 真面目な私が体調悪いと一言言えば、すぐに帰れます! まさか仮病とは思わないでしょうからね! あ、でも、隣の席同士で体調を崩したので、インフルエンザを疑われました」

「だろうな。見たから分かると思うけど、部屋綺麗にしといたから、なるべく長く綺麗さを維持しろよ?」

「考えておきます!」


なんて期待できない言葉なんだろう。

結局怪しい物は無かったような気がするし、まだ受け取ってないのかな。


「ハロウィンの景品の話なんですけど」

「あ、うん」

「とある場所のペアチケットにしたんです!」

「絵梨奈と行くのか?」

「いいえ! 掃部かもんさんと行きます!」

「なに勝手に決めちゃってんの?」

「行かないんですか? 分かりました」

「場所は?」

「別に行かないなら言う必要ないですよねー。あーあ、一枚無駄になっちゃいますねー。掃部かもんさんとデートしたかったんですけど、振られちゃいました」

「デ、デート!? どこまでが本音だ?」

「無駄になっちゃうってとこまでです!」

「清々しいまでに素直だな」

「もしかしてー、私からデートに誘われてドキドキしちゃいましたー?」


お得意の、小馬鹿にするようなニヤニヤ顔を見て、俺は真顔で答えた。


「いや? 別に」 

「ドキドキしてくださいよ!」

「毎日同じ家に居る奴とデートって言われても実感湧かないし、意味が分からん」

「そんなんじゃ、結婚して一緒に暮らす奥さんが悲しみますよ?」

「それが大丈夫な人と結婚するからいいんだよ」

「なら、水族館は私一人で行きますね!」

「行く! 俺も行く!」

「あれれー? 急にどうしたんですかー?」

「水族館のチケットにしたのか!? 行こうぜ!」

「小さい子みたいに喜んじゃって、水族館のチケットにしてよかったです! いつものお礼ですから、楽しみましょうね!」

「おう! いつ行くんだ?」

「まだ決めてません!」

「なら、楽しみにしとくわ!」

「はい!」


朝宮を住まわせて、時には優しくしておいてよかったと思える日がやっときたな!





その晩、後は寝るだけとなった俺は思い出した‥‥‥。


「布団洗いに行くの忘れてたー!!!!」


俺の大声を聞いて、朝宮はニコニコしながら俺の部屋へやってきた。


「また地べたで寝るしかないですね!」

「お前が俺のベッドで寝るからだろ! 掛け布団でヨダレ拭くしよ!」

「普通喜ぶところですよ!?」

「いやなんで!?」

「私の唾液ですよ?」

「嫌だわ!! 最近寒くなってきたのに、本当に風邪引くぞ」

「まぁまぁ! まぁまぁまぁ!」

「言うことないなら黙ってろよ。本当、朝宮といい、朝宮の姉といい、俺をイライラさせないでくれよ」

「‥‥‥私は、姉が誰かは言ってないはずですけど」


まずい、地雷を踏んだかもしれない。


「まっ! 掃部かもんさんになら知られてもいいんですけどね!」

「はぁ‥‥‥焦った‥‥‥」

「それで、お姉ちゃんと私、どっちが可愛いと思います?」

「えっ、ほぼ同じだろ」

「はい!? お姉ちゃんはお尻と胸にホクロがありますけど!!」

「知るか! むしろ俺が知ってたらやばいだろ」

「さてここで問題です! 私のホクロはどこにあるでしょう!」

「小指」

「そこ以外です!」

「んー、足の裏とか?」

「いえ、私も知りません!」

「もう寝ろ」

「はい! フカフカのベッドで寝てきます!」

「嫌味か!? 嫌味だよな!!」

「まぁでも、床だと、なかなか寝付けないかもしれませんよね」

「そりゃあな」

「そんな掃部かもんさんにサプライズです!」

「なんだ?」

「ちょっと待っててください!」


朝宮は一度自分の部屋に戻り、朝宮の掛け布団を持って俺の部屋に戻ってきた。


「それー!」

「へ?」


掛け布団が宙を舞い、俺に覆い被さってきた。

その瞬間、全身に鳥肌が立つと同時に、膝から崩れ落ちた。


「ほら! これで速やかに寝れますね! 私って優しいー!」


翌朝、意識を取り戻した後、朝宮をこれでもかと叱りつけたことは言うまでもない。

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