第43話/いつもありがとう
「お次は、サッカー部、二年生の皆さんです!」
「きゃー!♡」
やっぱり部活で出るのは強いな。
しかも上半身裸の民族衣装でリフティング百回‥‥‥。
自分達がモテることを理解してやがる!
別に爽真だけが人気あるわけじゃない。
そう考えたら、ますますやる気なくなってきた‥‥‥。
それからもハロウィンイベントは盛り上がり続け、血だらけで黒いマントを身につけた咲野が、偽物の大きな釜を持って先輩とか関係なく、ステージを降りて無差別に襲いかかっている時、爽真に声をかけられた。
「帰ってなくてよかったよ! 出番そろそろだから、ステージ裏に移動するよ!」
「分かった‥‥‥」
気乗りしないままステージ裏へ移動すると、執事のコスプレをして、かっこよくなってしまった芽衣子先生が生徒を誘導していた。
「似合いますね」
「その声は一輝くんかな? 似合うね」
「馬鹿にしてます?」
「いやいや! まさか一輝くんが参加するとは思ってなかったな」
「爽真に誘われたので」
「こんにちは」
「王子様ですか。ふーん」
「その反応はどういう?」
「思ったより普通ですね! 馬と王子様役を逆にすればギャップもあってよかった気がするけど」
「爽真‥‥‥言われてんぞ」
「さ、作戦はあるんだし、大丈夫だよ。とにかくこれをズボンに通して」
黒く長い紐を渡されてズボンを見ると、スウェットなのにベルトを通す部分が付いていて、どこ需要だよと思いながらも紐を通した。
「その紐を僕が握るから、四つ這いでよろしくね!」
「了解」
「僕はこの台車に座ってるから、頑張って引っ張って!」
「台車?」
爽真がポケットからスイッチのようなものを取り出してボタンを押すと、暗いステージ裏に現れたのは、LEDでレインボーに輝く台車だった。
クソダサい。心底ダサい。
「今日のために作ったんだ! いいだろ?」
「そうだな」
「分かってくれてよかったよ!」
もう完全に諦めた。
顔は見えないんだし、やるだけやって早く自分の番を終わらせよう。
「続いては! 王子様と掃部一輝ペアの登場です!」
「僕達の番だよ!」
「おい! なんで俺だけフルネームなんだよ! ふざけんなよ!」
「誰だか分からないと意味がないじゃないか。ほら、四つん這いでステージ中央へ!」
「えっとー、王子様と掃部一輝ペアです!」
急かされてるな。
行くしかねぇ!!
恥を捨てて四つん這いで、台車に乗った爽真を引っ張ってステージに出ると、爽真への黄色い声援と、俺に対する笑い声が飛び交った。
「やぁやぁ! 待たせたね!」
「待ってたよー!」
「今日はみんなにお菓子を持ってきたんだ! 受け取ってくれ!」
爽真はポケットから飴を取り出し、女子生徒を中心に飴を投げて配った。
「それじゃ僕は行かなきゃ」
「えー!」
嘘だろ!?これだけのパフォーマンスで優勝狙ってたのか!?
もう爽真とは縁を切ろう。そうしよう。
てか、めっちゃズボン脱げそう。
「ほらお馬さん! 戻るよ!」
「‥‥‥」
「馬なんだからヒヒンって鳴かなきゃ!」
「ヒヒン‥‥‥」
「あはははは!」
くそくそくそくそくそくそ!!!!
「よし! 行こう!」
「あっ! ちょっ!」
「こっちだよ!」
爽真は力強く紐を引っ張り、みんなに見られている前で俺のズボンが少し下がってしまった。
「バカ! 引っ張るな!」
「はっ!! 行けー!!」
「‥‥‥」
「あはははははは!」
「パンツ丸見えじゃん!」
多分、爽真の狙いは最初からこれだった。
俺はみんなにパンツを見られて、なにもかも嫌になり、普通に二足歩行でステージ裏に戻った。
「おつかれ! 盛り上がったね!」
「なぁ爽真‥‥‥」
「なんだい?」
「ちょっとこっち来いよ」
「うん、いいけど」
ステージ裏を出て、咲野を見つけて手招きしたあと、俺は爽真を連れて体育館を出た。
「どこに行くんだい?」
「一輝くん、私のこと呼んだ?」
「おう咲野。聞いてくれ」
「なに?」
「爽真が俺にしたように、朝宮のパンツも見てやるって言ってたぞ」
「は?」
「ま、待ってくれよ! 僕がいつそんなことを!」
「毎日朝宮の体操着の匂い嗅いでるしな」
「そんなことした覚えがないよ!」
「あぁ、トイレも覗いたって、俺に自慢してきたよなー」
「きゃは♡」
「きゃ、きゃは?」
咲野はニコニコしながら鎌を床に捨て、ポケットからカッターを取り出した。
「そっかぁー♡ そうなんだぁー♡ 私の和夏菜ちゃんを汚したんだねー♡ ねぇ知ってる? 人間の首には絶対切れちゃいけない血管っていうのがあってね」
「ま、待ってくれ! 僕はなにも!」
「でもさぁー? それを切って死んじゃったら勿体ないでしょ? だからさぁ、もう欲情して和夏菜ちゃんを汚さないように、下の大事なもの切っちゃおうか♡ ねぇ?♡ いい考えでしょ?♡ 私が和夏菜ちゃんのためにそうしたって言ったら、和夏菜ちゃんはきっと私を褒めてくれる♡ へへへっ♡ 嬉しいぃ♡」
「んじゃ、俺は体育館戻るわ」
「掃除機くん! いや、一輝さん!」
「うっせ」
「ごめなさい〜!!」
「待て待てぇー♡」
爽真はサイコモードに入った咲野に追いかけられて、どこかへ走って行った。いい気味だ。
それから俺は馬の頭を取って体育館へ戻って来たが、ぱっと見朝宮の姿が無く、出番がそろそろなのかと楽しみに他の生徒の仮装パフォーマンスを眺め続けた。
「続いては! チーム名【名無し】どうぞ!」
名無しというチーム名でステージ上に現れたのは黒いドレス姿でピエロのお面をした朝宮と、白いドレスを着てピエロのお面をつけたもう一人の女子生徒だった。
金髪‥‥‥もしかして絵梨奈か?
二人は俺達に背中を向け、赤いスポットライトで照らされると同時に激し音楽が流れ始め、背を向けたまま右手でお面を取り、正体を知りたいみんなのテンションを上げたが、なにやら違うお面を身につけて俺達の方を振り返った。
朝宮はやたらリアルな黒いうさぎのお面を付け、絵梨奈らしき人も同じく、リアルな白いうさぎのお面に変わっていて、ピエロのお面をフリスビーのように観客に投げ、二人は両サイドのステージ裏へ別々に消えていった。
騒めく体育館。
いったい今のはなんだったんだと思っていると、音楽がピタッと止まり、スポットライトは青白い色に変わり、バイオリンの音色が聞こえてきた。
まさかの、二人はバイオリンを弾きながらスポットライトの下に歩いてきて、幻想的なクラシックのような音楽を演奏し始めたのだ。
朝宮って‥‥‥バイオリンできるの!?!?!?!?
演奏は少しずつ激しくなっていき、二人は同時にくるっと回って距離をとった。
それに合わせるように二人を赤いスポットライトが照らし、さっきの激し音楽が流れ始め、二人はまさしくバイオリンの音色でバトルでもしているかのように交互にバイオリンを弾き、体育館全体を盛り上げた。
吹奏楽部の大人数の迫力を、たった二人で超えていく。
そんな迫力とクオリティーに、俺は唖然としていた。
そんな時だった。
絵梨奈らしき方がバイオリンを弾くための棒のようなものを落としてしまい、朝宮はバイオリンを弾き続けながら、絵梨奈らしき人に近づいて行った。
そして、後ろから腰に手を回して、朝宮が棒のようなものを動かし、絵梨奈らしき方が指を動かし続け、ハプニングを物にして、二人で一つのバイオリンを弾くというハイレベルなパフォーマンスをして魅せた。
そうして、最後までかっこよく演奏が終わり、二人に大きな拍手と歓声が送られた。
そこで二人はお面を取り、朝宮と絵梨奈だったことを無言で見せつけ、更なる盛り上がりに包まれる中、二人は深くお辞儀してステージ裏へ消えて行った。
「ちょっとちょっと! 和夏菜ちゃん終わっちゃった!?」
「咲野か。今終わったぞ」
「あいつのせいだ‥‥‥」
朝宮のパフォーマンスを見れなかったことによる怒りに震える咲野は、王子様の衣装と男の制服。
そして男性物の下着を持っていた。
「そ、それって‥‥‥」
「爽真くんの!」
「マジで切ったりしてないよな‥‥‥?」
「うん! 今頃裸で更衣室から出れなくなってるよ!」
「みんなー! 爽真くんが裸で更衣室にいるよー!」
「さ、咲野?」
咲野の言葉を聞いた女子生徒達は、目の色を変えて体育館を飛び出して行った‥‥‥。
それからも様々なパフォーマンスが続いたが、体育館より廊下の方が騒がしい。
※
「これで全てのパフォーマンスが終了いたしました! これからしばらく、採点の結果を出すのに時間をいただきます! 皆さんは、どのパフォーマンスが良かったか紙に書いて、ステージ前の箱に入れてください! 締め切りは十分後でーす!」
やっと全部終わり、ステージ裏から出てきた芽衣子先生がみんなに写真を求められている中、朝宮達がどこに居るのか気になりつつ、俺はチーム名【名無し】に票を入れた。
それからしばらくして朝宮と絵梨奈が制服で体育館に戻ってきて、想像通り人が群がったが、あんなすごいパフォーマンスをしておいて、朝宮は相変わらずクールだ。
※
「結果が出ました! みなさん、ステージへご注目ください!」
結果発表が行われようとした時、制服を着た爽真が戻ってきた。
「掃除機くん酷いよ‥‥‥」
「おっ、爽真じゃん。元気?」
「見られちゃったよ! 少なくても二人、いや三人に! 僕の僕が!」
「元気そうでなにより」
爽真を適当にあしらって、ステージを見つめた。
「見事優勝に輝いたのはー!」
「ほら、結果が出るぞ」
「名無しチームのお二人です! どうぞステージへ上がってきてください!」
「やっぱりか。すげーな」
「名無しチームって誰だい?」
「朝宮と絵梨奈」
「和夏菜さんも出たのかい!? 僕見てないよ!」
「下着で踊ってたのに、見てないとか勿体ないな」
「くそ!! 和夏菜さんの下着見たかった!!」
その声は体育館に響き渡り、爽真はステージから朝宮に睨まれ、更には咲野に連行されてしまった。
「そ、それじゃまず、優勝おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
「朝宮さん、今のお気持ちと、特に頑張ったところを教えてください!」
「特にありませんね」
「そ、そうですか。あの抱きついて二人で一つのバイオリンを演奏したのは演出なんですか?」
「あれはね! 和夏菜が私のミスをカバーしてくれたんだけど、急なことで合わせるのが大変だったんだよねー!」
「凄いですね! お二人にはこの後、生徒会室にて、優勝商品などの説明がありますので、帰る前に立ち寄ってください!」
「オッケー!」
「分かりました」
朝宮も凄いけど、まさか絵梨奈もあんなにバイオリンが上手かったなんてな。
人は見た目じゃ分からないもんだ。
※
なんだかんだで見る分には楽しめたなと思いながら帰ってきたが、ひしひしと、また爽真への怒りが込み上げてきて、水槽を眺めて心を落ち着かせた。
「ただいま帰りました! またお魚眺めてるんですか? おパンツさん」
「誰がおパンツさんじゃ!!」
「本当傑作でしたね!」
「マジで爽真の奴許せん」
「本当、あの人はさっさと滅びればいいんですよ。一種のストーカーです」
「それな。てか、バイオリンできたんだな」
「ピアノもできます!」
「凄いな。まさか絵梨奈とやるとは思わなかった」
「景品は私に譲るっていう条件の元です! 絵梨奈さんは思い出作りしたかっただけみたいですよ! それじゃ、私は疲れたので、お部屋でゆっくりしますね!」
「りょうかーい」
朝宮が静かに過ごしてくれるなら、これほどいいことは無い。
でも結局、景品がなんだったのか聞きそびれちゃったな。
※
朝宮は本当に疲れていたのか、夜になって目を覚まして俺の部屋にやってきた。
「今起きました〜」
「まだ眠そうだな」
まだ寝ぼけた様子で、半目の状態だ。
「怖い夢を見て起きちゃいました。一緒に寝てください」
「おまっ!」
俺が横になるベッドに平然と入ってきて、俺は慌ててベッドを飛び出した。
「おやすみなさい‥‥‥」
「また洗濯しに行かなきゃいけねーじゃんかよ。つか、夜飯は?」
「‥‥‥」
寝るの早っ‥‥‥。
朝宮の安心し切った綺麗な寝顔を見つめた後、俺は自分の分はもちろん、一応朝宮の分まで夜食を作り、朝宮の分はラップを付けて、いつでも食べられるようにしておいた。
そして、お風呂も済ませて部屋に戻ろうとした時、固定電話が鳴ったが、夜九時過ぎだったこともあり、少し不信感を抱いて子機を手に取った。
「はい、
「和夏菜ちゃんの様子はどう?」
「芽衣子先生じゃないですか」
「こんな時間にごめんなさい。和夏菜ちゃんはなにしてる?」
「疲れたとかで、帰ってきてからずっと寝てますよ」
「そうなのね。和夏菜ちゃん、バイオリンは封印したと思ってたんだけど」
「どういうことですか?」
「私達のお母さんはね、完璧主義なのに自分勝手なところがあるんだけど、和夏菜ちゃんには特に厳しくて、小さい時から楽器を習わせていたの。特にバイオリンとピアノには力を入れていてね、仲が悪くなった時、和夏菜ちゃんが初めてした反抗が、お母さんの目の前でバイオリンをへし折ったことだったのよ。だから、今日演奏している時、なにかかしらの精神的負担があったんじゃないかと思って」
「あー、珍しくいっぱい寝てて、怖い夢を見たって言ってましたし、少なからずなにかはあったかもしれませんね。でも、芽衣子先生が心配してる意味が分かりません」
「どうしてかな? 私は姉よ?」
「ずっと俺に任せっきりの姉がですか?」
「‥‥‥それもそうね、これからも任せるわね。夜遅くにごめんなさい。また明日」
芽衣子先生も子供だな。
いつかガツンと文句言ってやらないと。
電話切って、軽くリビングを掃除してから静かに部屋に戻り、朝宮の寝顔を確認すると、また怖い夢でも見ているのか、頬に涙を流した跡があった。
「朝宮」
「‥‥‥」
「いつか、帰れたらいいな。『帰れ』じゃなくて、今はそう思うよ」
寝ている朝宮にだからこそ言える本音を伝えて、朝宮が眠るベッドの横、硬い床の上で俺は眠りについた。
***
和夏菜は日付が変わってすぐに一度目を覚まし、一輝を踏まないように部屋を出て、一輝が作ったいつものパスタを一人で食べ、歯磨きとシャワーを済ませて一輝の部屋に戻ってきた。
だが、すぐベッドには入らずに、一輝の横に座って、寝顔を静かに見つめると、ゆっくりと一輝の頬に指を伸ばすが、触れるギリギリで触るのをやめ、優しい表情で一輝の寝顔を見下ろした。
「‥‥‥いつもありがとう」
寝ている一輝にそう伝えて、大人しく一輝のベッドへ入り、再び眠りについた。
***
翌朝、先に目を覚ますと、口を開けてヨダレを垂らしながら、人のベッドで熟睡している朝宮がいた。
「きたねーな。起きろ!!」
「ぷぁ」
「寝起きの第一声が『ぷぁ』って‥‥‥なんだそりゃ」
「ん〜」
朝宮はゆっくり体を起こし、俺の掛け布団でヨダレを拭いて、また体を倒す。
「布団で拭いてんじゃねぇ!! 遅刻するから起きろ!!」
「あと、六時間二十五分」
「その甘えが許されるのは五分までだろ!」
「なら五分寝かせてください」
「リビング行ってるから、ちゃんと起きてこいよ」
「うるさいです」
「反抗期かよ!」
「発情期です」
「なにカミングアウトしてんの!? もう目覚めてるだろ!」
「まったく! うるさくて寝れないじゃないですか! 早くリビング行きますよ!」
「なんで俺が怒られてるの‥‥‥?」
今日も理不尽をぶちかまされ、一日が始まった。
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