第29話/心がムカムカ朝宮ちゃん!
「一輝〜!」
「なんだなんだ!?」
あれから五日が経ち、朝から俺を見つけた陽大が駆け寄ってきた。
「呑気に靴履き替えてる場合じゃないよ!」
「だからなんだよ」
「桜さんに謝られたんだよ!」
「今?」
「教室で!」
「そっか。許すのか?」
「もちろん! そもそも怒ってないし、僕は友達の一輝のためにあの道を選んだまでさ!」
「ありがとうな」
「もうしつこいって! 気にしない気にしない!」
「ありがとう。ちなみに俺も謝られたし許した」
「この前、
「ある。とりあえず掃除したいから教室行くわ」
「僕も戻るよ!」
そして教室にやって来ると、日向がモップを持って教室を掃除していた。
「おはよう一輝くん! 教室の掃除終わったよ!」
「え‥‥‥そ、そうか」
「一輝くんの机もゴム手袋しながらアルコールティッシュで拭いておいた!」
「おっ、マジ?」
「本当だよ、私見てたから」
絵梨奈が言うなら本当なんだろう。
普通にありがたいけど、本気で距離を縮めようとしてるな。
※
昼休みになると、朝宮は珍しくトイレには行かず、みんなに囲まれながら食事を始めた。
朝宮の考えてることはなんとなく分かる。
俺と日向の行く末を見たくて、その過程を見逃したくないんだろう。
でも悪いけど、お前の周りに人が集まったせいで、俺は屋上で飯を食わなきゃいけなくなってしまった。
さっそく屋上へ行こうと教室を出ようとすると、弁当袋を持った日向が声をかけてきた。
「一輝くん!」
「ん?」
「お弁当作ったから、よかったら食べて!」
「あー、ごめん。手作りは食えないんだ」
「はぁ? 桜が頑張って作ったのに食わないの?」
マジで絵梨奈が厄介すぎる。
日向も悲しそうだし、一応貰っておくか。
「ほら一輝! 屋上行くよ!」
「お、おう」
陽大が日向から弁当を受け取り、俺を屋上に連れてきた。
「助かったわ」
「僕が食べるから、美味しかったって伝えるんだよ?」
「やっぱり持つべき物は陽大だな!」
「食べることに関しては任せてよ!」
「これからも頼りにしてるからな!」
「うん!」
なんとなく日向に罪悪感を感じるけど、しょうがないよな。
※
食事が終わり、空になった弁当箱を持って教室に戻ると、すぐに笑みを浮かべた日向が駆け寄ってきた。
「食べてくれた?」
「あぁ、美味かった」
「本当!?」
「うん。でも毎日自分の分持ってきてるから、明日からは大丈夫だ」
「分かった! 一回でも食べてくれて嬉しいよ!」
「それは良かった」
弁当箱を返してトイレへ行こうと教室を出ると、A組の前に咲野が立っていた。
「どんどん歪んでいくね」
「は?」
「別にー」
それだけ言い残してB組へ戻っていった。
なんだったんだあいつ。
※
放課後、今日は数日ぶりに黒川がやってきて、朝宮と会議室に向かう途中の廊下で声をかけられた。
「こんにちは」
「今日は一人なのか?」
「エリナは女子バレー部に入ってるから、毎日暇なわけじゃないのよ」
「そういうことか」
「ねぇ
「なんだ?」
「これ、最新のスポンジなんだけど、水アカとかも一瞬で落ちるらしいの。プレゼントするわ」
「いいのか!?」
「もちろんよ。プレゼントするなんて、貴方にだけよ」
「めっちゃ嬉しい! 帰ったら使う!」
「そうやって素直に喜ぶところは変わってないのね」
「そ、そうか?」
「そういうところ、私は好きよ」
「かっ、かーいぎ始まるから行くぞ!」
「動揺する貴方も可愛いわ」
「朝宮、黒川をなんとかしろ」
「なぜ私なんですか。私は無関係です」
「はいはいそうですね」
***
一輝がプレゼントをもらって喜ぶ姿を見ていた日向は、隣にいる絵梨奈の手を引っ張った。
「どこ行くの!?」
「プレゼント買いに行く!」
「なんで私も!?」
「文化祭が終わるまでは私のわがままに付き合って!」
「なんか桜さ」
「なに?」
「ちょっと変わった?」
「なにが?」
「今までは私に気遣ってる感じが伝わってきてたんだけど、今はさ」
「ご、ごめん」
「違うよ? 今は前より友達っぽくていい!」
そう言われた日向は自然と笑みが溢れ、明るい表情で絵梨奈を見つめた。
「ありがとう! んじゃ行くよ!」
「了解! 桜の恋を応援する!」
「だからそういうのじゃないって!」
「もう隠す意味ある? バレバレだって」
「うるさいなぁ‥‥‥」
二人は学校を飛び出し、近くのホームセンターへ走り出した。
***
今日は会議ではなく、各クラスから集められた企画書に問題がないかのチェックと、お金の計算をすることになった。
「
「いえ、私と計算をするわよ」
「計算は一人の方が早いと思いますよ?」
「少し昔の話もしたいのよ」
「そんなことは知りません。企画書はクラスの数だけあって、分担しているとはいえ一人では大変ですし、意見を出し合う相手が必要です。他の高校の生徒がでしゃばらないでもらえますか?」
なんでなんでなんで?
なんで朝宮と黒川が睨み合う展開になるの!?
それに朝宮変だぞ。なんで機嫌悪そうなんだ?
「さ、三人で両方やろう」
「
「それでいいです」
帰ったら朝宮にはいろいろ聞かないとな。
学校で『でしゃばらないでもらえますか?』とか、そんな口悪くなるの初めて聞いた気がするし、なにか嫌なことでもあったんだろ。
※
三人で仕事をこなし、あっという間に下校時刻。
作業中、恐ろしいほどに朝宮と黒川は言葉を交わさなかった。
「んじゃ、俺は帰るわ。プレゼントありがとうな」
「家まで送るわ」
「それは勘弁してくれ」
「なぜかしら。私と一緒じゃ不満?」
「学校で噂になるんだよ。ただでさえこの学校にはヤバい新聞部が居るし」
「なら、また明日来ます」
「了解」
そして会議室を出ると、そこには両手にビニール袋を持った日向が居た。
「終わった?」
「終わったけど」
「これね、雑巾とスポンジと洗剤とかいろいろ! 全部プレゼント!」
「待ってくれ、今日誕生日じゃないぞ!?」
「いいの! 貰ってよ!」
「正直めちゃくちゃありがたい! 最近家が汚れるからさ! ありがとうな! でも、こんなにいいのか?」
「うん! 使いまくっちゃってよ!」
「助かる!」
今日は誕生日でもないのにプレゼントを貰って、かなりお得感を感じる。
でも実際に付き合ったりすると、数ヶ月でその尽くし具合が無くなって、あの頃はあぁだったのに今は全然で、俺のこと好きじゃなくなったのか?とか不安が生じる様になることを俺は知ってる。
だから、今だけの優しさか、本質的な優しさかを見極めなきゃいけないんだ。
でも、それができたら苦労しない。
できないから恋愛において相手にガッカリするってことが起きるんだ。
別にこれは、誰が悪いって話でもないけど。
好きな人と付き合うために尽くして、付き合えたらホッとしてしまうのは自然なことだ。
プレゼントを受け取って素直に喜ぶ俺をよそに、朝宮は早歩きで先に行ってしまった。
「お返しとかいらないからね?」
「いや、ジュースぐらいなら‥‥‥まぁなんだ、正直言って俺はまだ日向を信用してないけど、とりあえず仲直りの証で奢る」
日向は悲しいのか嬉しいのか、涙目になりながらも笑みを浮かべた。
「ありがとう!」
それから学校の自動販売機でイチゴ牛乳を奢り、俺は日向と黒川に校門前で見送られて家に向かった。
※
「ただいまー。朝宮?」
「はい!!」
リビングから苛立ちの混ざった声で返事をされ、すぐにリビングへやってきた。
「なんだよ。今日変だぞ?」
「私がなにか作っても食べないのに、日向さんの手作り弁当は食べるんですね!!」
「はぁ? なに怒ってんだよ」
「プレゼントを貰った時も、私にはあんなテンション見せたことないのに、すごい喜んでましたもんね!!」
「そうだ! 今日は良い日だ! これで掃除しまくるぞ!」
「勝手にすればいいじゃないですか!!」
「さっきからなんなんだよ」
「分かりません! 胸が変なんです!」
「まだ成長するのか?」
「違いますよ! なんか騒つくんです! こんなの初めてで、とにかくムカつくんです!!」
「意味分かんないぞ」
「私だって分かりませんよ!!」
「いちいち声荒げるなよ。ちなみに、弁当は陽大が食った。俺は一口も食ってないからな」
「し、知ってましたけどね! でも変です! ムカムカが消えました!」
「なんだお前。もう寝た方がいいんじゃないか? また風邪引くのかもしれないぞ?」
「それはありません! なんせ最近は下着で寝てませんし!」
朝宮は不貞腐れたような表情が明るくなって、声も明るくなった。本当に変な奴だな。
「夏が終わって、温度が下がり始めたからだろ。つか、本当急に元気になったな」
「元気と頭脳と美貌だけが取り柄ですから!」
「少しは謙虚になれよ!」
「否定できます?」
「できませんけど!?」
「でしょうね! 貴方如きが私を否定だなんて、笑えちゃいますもんね!」
「おいこら」
「どうしました? 怒ってるんですか? 煮干し食べます?」
朝宮は袋に入っていない煮干しをポケットから取り出して俺に差し出したが、俺からしたら地獄みたいな光景だ。
「なんでポケットに入ってんだよ!」
「
「なら新品にして!?」
「ウチは貧乏なのよ? わがまま言わないで食べなさい」
「貧乏お母さんやめて!?」
「命を無駄にしちゃいけません!」
「煮干しを直でポケットに入れてる奴に言われたくないわ! 絶対ポケット臭いぞ」
「近いうちにクリーニングに出します! そういえば、ポケットを叩くと煮干しが増える歌ありましたよね!」
「ビスケットな」
「本当に増えるかやってみますね!」
「やめろ!」
「えい!」
「バカかよ‥‥‥」
朝宮は煮干しの入ったポケットを叩き、ポケットを覗くと悲し気な顔で座り込んでしまった。
「粉々になってしまいました‥‥‥」
「だろうな」
「見てくださいよ。綺麗ですよね‥‥‥これでも死んでるんですよ‥‥‥」
「テーブルに出すな!」
「それじゃ掃除よろしくお願いしますね!」
「はぁ‥‥‥今から何するんだ?」
「水槽の掃除です!」
「どうしてそれができて、テーブルが拭けないんだよ!!」
「
そんな煮干しを粉々にしたのは貴方ですよ、朝宮さん。
※
翌日、放課後に黒川に呼ばれで校門前へやってきた。
「どうしたんだ?」
「昨日、朝宮さんを怒らせてしまったわね」
「あぁ、情緒不安定なだけだろ。気にするな」
「朝宮さんのことは勝手にどうぞ、お任せしますって感じだけれど、桜さんのことで話があるわ」
「なんだ?」
「まず私は、貴方を好きじゃないわ」
「はぁ!?」
別に困らないけどなんだそれ!
「罪悪感を消す方法として、私をライバル視させて桜さんの弱い心を変えてあげるってことを私は選んだの。だから文化祭当日、私は桜さんの目の前で貴方をデートにさそうから、貴方は桜さんを選んであげて」
「そんなことして俺に振られたら意味ないんじゃないか?」
「貴方の心変わりに賭けるわ。そもそも振られたとしても、桜さんはもう大丈夫そうだけれどね」
「俺にはよく分からん」
「それでいいのよ。それじゃ今日は帰るわね」
「手伝わないのか?」
「今日は用事があるのよ」
「そっか、じゃあな」
「さよなら」
***
二美は下を向きながら歩き、小さなため息を吐いた。
「はぁ‥‥‥(誰かのために恋を諦めるなんて、昔の桜さんと同じじゃない‥‥‥でも、文化祭まではこの好きな気持ちを大切にしよう‥‥‥これで罪悪感が消えて私が前を向けるなら、桜さんを応援するわ)」
***
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