第24話/友達と見る花火
「そうめんの前に、ちょっと遊び心あることやっていいか?」
「そういうの大好きです!」
リビングで流しそうめんがスタートし、朝宮は麺つゆの入ったコップと箸を持って、ニコニコしながらスタンバイしている。
「ちゃんと取れよー」
「はい!」
最初にマスカットを一粒ずつ流し、朝宮は掴めなくても楽しそうにマスカット流しを楽しんでいる様子だ。
「見てください! 掴みました! あっ!」
箸で掴めたマスカットを俺に見せたその時、つるんっと箸からマスカットが逃げて行き、床に落ちてしまった。
「洗って食えよ」
「んっ! 美味しいです!!」
「洗わず食うな!!」
「次はなんですか?」
「次はタピオカだ」
「タピオカ!? それは気合い入れないとですね!」
「味付きだから、ちゃんと味わえよ」
「はい!」
「それと今回だけスプーン使え」
「分かりました!」
今から流すタピオカはドッキリタピオカ!
俺も食べてないけど、激辛らしい。
「準備オッケーです!」
「よし! 絶対取れよ!」
スプーンを使わせて正解だった。
朝宮はスプーンを使って当たり前に取れるタピオカを大量に一掬いし、そのまま嬉しそうに頬張った。
「ん〜!?!?!?!?」
「おまっ、出すなよ!?」
「んっ! んー!!!!」
「飲み込め!!」
朝宮は辛そうに口を押さえて、今にも吐き出しそうに頬を膨らませている。
そして次の瞬間、朝宮は水が流れる竹にタピオカを全て吐き出してしまい、タピオカ達が大きなタライへと流れていった‥‥‥。
「いや‥‥‥な、なんかごめん」
朝宮は何も言わずに冷蔵庫からジュースを取り出してガブ飲みすると、すぐに俺を睨みつけた。
「タピオカに辛いのは合わないです!!」
「なにに怒ってんだよ!」
「さぁさぁ! 次は
「お、おう」
次に俺がコップと箸を持ってスタンバイし、朝宮が食べ物を流す番になった。
「ちゃんと使い捨て手袋つけますね!」
「どうも」
「そんなことより、立ち位置近すぎません?」
「だって、竹の後半で吐いてるじゃんかよ」
「他の男子生徒なら喜んでやりますよ! むしろ出したタピオカ食べると思います!」
「食欲なくなるからやめてくれ」
「まぁいいです! 流しますよ!」
絶対やり返されると思ったけど、普通にそうめんが流れてきた。
「ナイスキャッチです! 美味しいですか?」
「う、うん。やり返さないのか?」
「こんなわがままに付き合ってくれた人を責めたりしませんよ! めちゃくちゃムカつきましたけど」
「悪かった。代わるよ」
「一口でいいんですか?」
「俺は朝宮がお腹いっぱいになってからでいい。無駄に買ってきたから、どんどん流すぞ」
「やった!」
「おい!?」
朝宮が喜んで手を挙げた時、竹に手が当たり、竹は水を撒き散らしながら豪快に倒れてしまった。
なんだかほっこりする空気だなとか感じていたけど、なにもないまま終わるはずがなかったんだ。
「これが人生ですか‥‥‥」
「急に重い‥‥‥」
「このミスは水に流してください。流しそうめんだけに」
「黙れよ」
結局普通にそうめんを食べることになってしまい、後片付けだけが大変になってしまった‥‥‥。
※
遂に花火大会当日。
俺は十五時に学校に着くように準備をし、今から家を出るところだ。
「いってきまーす」
「
「ん?」
「花火大会は何時に行きます?」
「あぁ‥‥‥もしかしたら先に行っててもらうことになるかもしれない」
「補習長引きそうですか?」
「分かんないけど一応な」
「でも、遅れても来るんですよね?」
「花火大会が終わってなかったらな」
「そんなのダメです! プレゼントなんですよね!?」
「しょうがないだろ」
「補習、私も手伝いにいきましょうか?」
「それで芽衣子先生は許してくれないだろ。綺麗な顔して、地味に厳しいからな。とにかく七時四十分から花火が上がるらしいから、遅れるなよ」
「
「努力する。行ってきます」
「いってらっしゃい!」
※
学校に着いてすぐ教室にやって来ると、芽衣子先生はパソコンで仕事の真っ最中だった。
「来ました」
「やっと来たわね! 宿題は持ってきましたか?」
「は、はい」
「それじゃチェックするけど、これでいいかな?」
芽衣子先生は目の前で手をアルコール消毒して見せてきた。
「ありがとうございます」
「さぁ見せて?」
全部朝宮が書いたことがバレないかドキドキしながら夏休みの宿題を差し出すと、数ページめくったあと、芽衣子先生は消しゴムを取り出して、次から次へと回答を消し始めた。
「なっ、なにしてるんですか!?」
「どうして消されてるか分からないのかな?」
「‥‥‥」
あー!もう!絶対バレてるじゃん!!
最悪だ!!
「和夏菜ちゃんの字は綺麗すぎて、一輝くんの字とは全く違うわよ? 今日は補習のプリントと、宿題を終わらせて帰りましょう!」
「そんな!」
「もしかして、花火大会は和夏菜ちゃんとデートだった?」
「デートじゃありませんけど、訳あって花火をプレゼントしたんですよ」
「あぁ! 今日は和夏菜ちゃんの誕生日だものね!」
「そうなんですか!?」
「知らなかったなら、どうしてプレゼント?」
「詳しい話はいいです。さっさと終わらせます」
「偉い偉い」
自分の席に着いて、終わりの見えない絶望と戦っていると、芽衣子先生は仕事が一段落したのか、パソコンを閉じて話しかけてきた。
「一緒に暮らしてて、仲は深まったのかな?」
「朝宮先生は本人からなにも聞いてないんですか?」
「なにも聞いてないわよ?」
「やっぱり苗字は朝宮なんですね。自己紹介も下の名前で、他の先生も下の名前で呼ぶから今まで知りませんでしたけど」
「‥‥‥大人を引っ掛けるなんて、いい度胸してるわね」
「脅すネタにしようとかは考えてないので安心してください」
「生意気ね」
うっわ。睨む時の顔そっくりじゃん!
こっわ!
「でも、どうして隠すんですか?」
「隠す理由は簡単よ。他の生徒にヒイキしてるとか思われないようにするためです」
「でもいつかバレますよ。顔似てますし」
「その時はその時です。でも、一輝くんにはバレてよかったかもしれないわね」
「そうですね。朝宮の生活費とか先生に貰えますし」
「あっ、えっとー、必要?」
露骨に嫌そうな顔したな。
「困ってませんけど常識的に」
「夏休み明けに渡すわね」
「俺に言われたって言わないで、お小遣いとして朝宮に渡してください」
「分かったわ」
「そもそも、家に連れ戻してくれてもいいんですよ?」
「和夏菜ちゃんは家族と仲が悪いから、和夏菜ちゃんがそれを望むとは思えないわね」
「見捨てるんですか? 朝宮の二面性に呆れてるってことですよね」
「‥‥‥」
違ったら申し訳ないけど、あの二面性の振り幅のデカさは、精神的な何かじゃないのか。
一緒に暮らしてて、俺でもそう思ったんだ。
芽衣子先生が気付いてないわけがない。
「まぁいいです。宿題終わらせます」
「う、うん。頑張りなさい」
二面性の話を持ち出された瞬間に気まずそうにしたけど、俺が思うよりも朝宮家は闇が深そうだな。
※
気づけば十七時。
まだまだ終わりが見えない‥‥‥。
花火大会はもう無理だと悟ったその時、朝宮から『そろそろ帰ってきますか?』とメッセージが届き、頭を抱える。
今日が誕生日とか知らなかったし、多分朝宮は、誕生日だから一緒に行きたがってるんだろうな。
自分の誕生日に一人の寂しさは俺も知ってる。
行ってやりたいけど‥‥‥。
「補習のプリントもあるからね。携帯いじってる暇は無いわよ?」
「はい」
※
十八時、遂に朝宮から電話がかかってきて、芽衣子先生も職員室に行っていて怒られる心配もなく、普通に電話に出た。
「もしもし」
「終わりました?」
「いや、やっぱり今日は行けないと思う」
「‥‥‥」
「朝宮?」
「はい?」
「こういう時、一緒に行ってくれる友達とか居ないのか?」
「咲野さんとかなら呼べば来るでしょうけど、性格が合いませんし」
「まぁ、とにかくもう向かい始めろ。遅れたら一番ショックだろ」
「隣街の駅で待ってますね」
「いや、だから」
電話を切られたタイミングで芽衣子先生が戻ってきた。
「随分懐かれてるみたいね」
「そんなんじゃないですよ」
「和夏菜ちゃんは私から見ても美人で可愛いけど、好きになっちゃったりしないのかな?」
「それは無いですね。でもまぁ、優しいところはあるので、優しくしたいとは時々思います」
「なら、頑張って終わらせなきゃね」
「明日から放課後残るので、なんとかなりませんか?」
「今何教科終わってるのかな?」
「一教科だけです‥‥‥」
「それじゃあとは、補習のプリント十枚終わらせちゃいましょう!」
「十枚!?」
その時、島村が教室にやって来た。
「失礼します」
「あら島村さん。今日も部活?」
「はい。
「手短に頼む」
「新学期に、
「内容は?」
「言えません」
「なんだそりゃ」
「彼女はいますか?」
「いないけど」
「ならよかったです。居たら修羅場になりかねない内容なので。でも、日向さんは彼女じゃないんですか?」
「元カノだけど」
「いい話を聞けました。それでは」
え‥‥‥よく分からないけど、どっか行っちゃったよ‥‥‥。
「へー、日向さんと付き合ってたのね!」
「まぁ、はい」
「和夏菜ちゃん、嫉妬しないといいわね」
「朝宮も知ってますし、嫉妬する理由がありませんよ」
「それもそうね。これだけ一緒に居て何もないんだもんね」
「はい。指一本も触れたことないです」
「二人とも、家では距離が縮まったようでも、心の距離は果てしなく遠いのかもしれないわね」
俺もそんな気がする。
俺自身が朝宮を心から信用していないから、それも間違いではないだろうな。
***
十九時になると、和夏菜は一人で隣街の駅のベンチに座り、次の電車から一輝が降りて来るんじゃないかと、電車一本一本に期待していた。
「遅いな‥‥‥」
「和夏菜さんだ!」
「貴方誰ですか?」
「よ、陽大だよ! 同じクラスの! バイトも来てくれたよね!?」
和夏菜は、たまたま電車から降りてきた陽大に声をかけられた。
「はい。お久しぶりです」
「一人なの?」
「なんですか? 貴方も一人じゃないですか」
「僕は友達と待ち合わせなんだ! 和夏菜さんも誰かと待ち合わせ?」
「いえ。少し休んでいるだけです」
「そうなんだね! もしかして、家がこっちの方とか?」
「どこでもいいじゃないですか」
「つ、冷たいなー」
「いつもと変わりませんよ」
「そうだね! それじゃ花火大会楽しんでね!」
「花火大会に行くだなんて一言も言ってませんけど」
「勘かな? 違ったらごめんね! バイバイ!」
「さよなら」
「うん! (もしかして、一輝を待ってるのかな)」
***
「あと一枚だー!!」
なんとか補習のプリントを残り一枚まで進めて、痛い手を頑張って動かし続けた。
「あと二十分で花火大会始まっちゃうわよ? 今から電車に乗っても間に合わないんじゃないかな」
「たった一発見れたらそれでいいんですよ。お金かけたので」
「もしかして一発買ったの?」
「小さいやつですけどね。説教メッセージ付きで」
「マセたプレゼントね」
「誕生日だったとは知りませんでしたけどね。まぁ、ちょうどよかったです」
「優しいわね‥‥‥和夏菜ちゃんをお願いね」
「嫌です」
「えぇ!? 結構深刻な空気感出したのよ!? 伝わらなかったかしら」
「伝わったので嫌なんです。めんどくさいんで」
「薄情ね」
「俺は人が嫌いなのに薄情になれない変な奴です。薄情じゃないことは自分が一番知ってます。自分の嫌いなところでもありますから」
「情深いのは悪いことじゃないわよ?」
「人に優しくして、結果自分が傷つくなら悪いことですよ。大人は人に優しくすることだけを教えて、自分を大切にする方法を教えてくれません。なんでですかね」
「随分と拗らせちゃってるわね。もう出会ってるはずなんだけどね。優しさに優しさで返してくれる人に」
「あぁ、陽大とかはそうですね。あいつは一番大切な友達です」
「そっか! それより早く終わらせちゃいなさい」
「やっば! そうだった!」
***
時刻は十九時四十分。
和夏菜は駅で花火の音を聞き、ビルの隙間から見える花火を見つめていた。
もう一度一輝に電話をしようと携帯に視線を移すが、和夏菜なりにしつこくしてはダメだと感じて、携帯をポケットにしまう。
「今年も、誰からも祝ってもらえないのかしら‥‥‥」
寂しげに呟く声も、一瞬で花火の音に掻き消される。
***
「終わりました! さよなら!」
やっと補習が終わって、芽衣子先生に見つめられながら教室を飛び出し、全力で駅まで自転車を走らせた。
駅に着いてすぐに切符を買い、次の電車までの時間を確認すると、次の電車が来るのは十五分後で、駅のホームに立ちながら、朝宮に電話をかけた。
「もしもし!」
「はい」
通話越しに聞こえてくる花火の音と、元気がない朝宮の声に、一瞬で冷や汗が出た。
「ま、まだ駅か?」
「そうですよ?」
「そこからじゃ花火見えないだろ。見に行っていいんだぞ?」
「友達と見たいです。私は、
「‥‥‥そこ、ナレーションの声とか聞こえるのか?」
「ナレーション? 途中途中で、女性がメッセージを呼んでいる声は聞こえますけど」
「それだ。耳澄ませておけよ」
「分かりました。それで、来てくれるんですか?」
「遅れても一応行く。つか、花火大会に来てる人の声じゃないぞ? 元気出せ」
「‥‥‥」
「と、とにかく行くから、じゃあな」
「はい」
やばいな‥‥‥そんなに楽しみにしてたのかよ。
すっかり元気なくなってるし、なんとかいい方法は無いか‥‥‥。
※
結局、良い方法なんてあるわけもなく、時間通りに電車はやってきて、ガラ空きの電車に揺られて隣街に近づくと、窓ガラスから花火が見えた。
まだ終わってない!よかった!
そう思った時から、まったく花火が上がらなくなった。
嘘だろ‥‥‥?おいおいおい!!
そして、やっと隣街の駅に着き、浴衣姿の人達が電車に乗り込んでくる。
人に当たらないように急いでホームに出て朝宮を探すが、朝宮の姿が見当たらない。
帰ったとかはないよな?
今すれ違ったとか?
電車の中を見てみても朝宮は居ない。
慌てて駅を出ると、歩いてどこかへ向かってる、朝宮らしき後ろ姿を見つけて駆け寄った。
「朝宮?」
その女性は俺の声に振り向き、それは確かに朝宮だったが、朝宮の目からは涙が流れていた。
「‥‥‥ごめん‥‥‥」
「あんな‥‥‥」
「ん? どうした?」
「あんなサプライズを用意してくれていたんですね」
「えっ、まさか嬉しくて泣いてんの?」
「はい」
「紛らわしいわ!! 心臓止まるかと思ったわ!!」
「見てください」
朝宮は服の袖で涙を拭き、携帯で写真を見せてきた。
「ビルの隙間にちょうど収まる小さな紫の花火」
「おぉ、ギリギリだな」
「掃除しろなんてメッセージ付きで花火を打ち上げる人、
「気付いてくれたか」
「はい。小さいのに、とても綺麗です」
「よかった。んで、どこに行こうとしてたんだ?」
「駅に人が多くなりそうだったので、一度離れただけです」
「そっか。んじゃ帰るか」
「そうですね」
まさか泣くほど喜ぶとか、調子狂うな。
※
朝宮は変装をしていなく、人混みを避けるために電車を一本遅らせて地元に帰ってきた。
「駅の裏の川」
「はい?」
「裏をしばらく進んだらあるだろ? 川で待ってろ」
「橋の下に私を埋める気ですか?」
「なんでだよ。いいから待ってろ」
「分かりました」
一度朝宮と離れて、俺はコンビニでライターと打ち上げ花火を一つと、クリームが乗っているプリンを一つ買って川へ走った。
「朝宮? 居るか?」
「いますよ」
朝宮は石の階段に腰掛けて星空を眺めていた。
「ちょっと目閉じててくれ」
「キスしたら殴りますからね」
「違うわ!!」
「閉じました」
「よし」
朝宮が目を閉じているのを確認して花火をセッティングし、導火線に火をつけた瞬間、急いで朝宮に伝えた。
「目開けろ!」
黄色一色の、小さくて地味な打ち上げ花火を二人で見上げ、たった一発の花火が消えて無くなると、朝宮は嬉しそうに目を輝かせて俺を見つめた。
「あのしょうもないクイズに正解したプレゼントのおまけだ。友達同士、一緒に見れてよかったな!」
「はい! 今の花火が一番綺麗でした!」
「おい、花火大会の一発の方が金かかってるんだぞ。それと八月二十五日、これだけ言えば分かるだろ? 美味そうなプリン買ったから、帰ったら食え」
朝宮は驚いた様子でプリンを受け取り、俺は走り出した。
「じゃあな!」
なんか照れ臭くて逃げてきちゃったよ!!
同じ家に帰るのになにやってんだ!!
「誕生日知っててくれたんですね!」
「うぉ!? あとから走ってきて、なに並走してんの!?」
「それに友達って! 私達、やっと友達になれたんですね! ね?」
「うるせーな! 付いてくんな!」
「私の帰る場所もこっちなので! 私今、すっごく嬉しいです!」
「こんな時間になにしてるのかなー。止まりなさーい」
「なっ!? パトカーも並走してきた!!」
こうして、俺達の退屈しない、高校一年の夏休みが終わった。
花火のために買ったライターのせいで、タバコを疑われて警察に質問攻めされたのだけは、夏休み最悪の思い出だ。
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