第23話/それが貴方の服従の証


あっという間に夏休みも終盤に差し掛かり、隣街である花火大会の三日前、俺は朝から金魚を眺めていた。


「わざわざわ椅子持ってきてまで金魚見てるんですか?」 

「癒されるんだよ」

「玄関熱くありません?」

「熱い!」

「アイス持ってきましょうか?」

「触らないで持ってきてくれ」

「なら、口に咥えて持ってきますね!」

「アホか!!」

「いひひ」



夏休み中、ずっと朝宮と一緒に過ごして、もう朝宮が家にいることには完全に慣れてしまい、朝宮も完全に俺の家に馴染んだようだが、さすが女の子。

ゲップとかそういう類のものは一度も聞いたことがない。

そこだけはアホモードでも完璧すぎる。

それに洗濯だけはちゃんとするし、金魚の世話もしっかりする。

当たり前のことだから褒めてやらないけど。


「朝宮ってさ」

「なんですか?」

「三日後の予定とかあるのか?」

「ありませんよ?」

「約束してた花火なんだけど、三日後に隣街で花火大会があるんだ。行くだろ?」

「行きたいです!! でもまさか、掃部かもんさんからデートのお誘いだなんて!」

「違うわ。なんなら朝宮一人で行ってもいいんだぞ? その方が暑苦しい変装もしなくていいだろ」

「プレゼントしてくれる人が来なくてどうするんですか! 掃部かもんさんが花火の景色を見せてくれるんですよね? プレゼントですから、もちろん交通費も掃部かもんさんが!」

「交通費は出せよ!」

「ブーブー。ケチ野郎、ブーブー」

「うるさいな。ちなみに、貯金はあとどれくらい残ってるんだ?」

「七万三千円くらいです!」

「結構あるな」

「お小遣いは貰っていたんですけど、なにか買う時も親の許可が必要だったので、めんどくさくて自然と溜まるんですよ!」

「そういうことか」

掃部かもんさんの生活費はどうしてるんですか?」

「毎月親から振り込まれる。一人で使うにはちょっと多いから、朝宮も別に気にしなくていい」 

「体で支払えって言われると思って焦りました」

「すぐそっちに持っていくな。本当、毎日が発情期だな」

「はい?」


怒らせたかと思って朝宮の顔を見ると、時に目を細めていることもなく、いつも通りの美人さんだった。


「毎秒ですけど」

「大問題だわ!!」

「冗談ですよ! それより今日はなにします?」

「何もしない日があってもいいだろ」

「だって、宿題も終わってるので暇なんですもん」

「‥‥‥宿題?」

「私、最初の一週間で全部やってしまいましたよ?」


毎日朝宮に振り回されて、完全に忘れていた‥‥‥。


「どうしよう!!」

「っ!! ビックリしたじゃないですか! 急に大きな声出さないでください!」

「全然やってないんだよ!! お前のせいで!!」

「はい?」

「あ、いや‥‥‥」


久しぶりに目細めたな‥‥‥やっぱりこの表情の朝宮は怖いわ。


「自分がサボっていたことを人のせいにするんですか?」

「あ、朝宮が毎日毎日うるさいからだろ」

掃部かもんさんと時間を共にした私は終わってますけど」

「はい、すみません」

「手伝ってほしいなら頭下げてください」

「手伝ってくれるのか!?」

「頭を下げなさい」

「お願いします!!」


俺はプライドもクソもなく、素早く頭を下げた。


「あらあら、それが貴方の服従の証なのね。これからたっぷり可愛がってあげるわ」

「なぁ、女王様よ」

「なにかしら」

「手伝う気ないなら頭下げさせんな」

「ちょっと遊びたくなっただけです! それと掃部かもんさん」

「なんだ?」

「補習で先生が居なかったから帰ってきたって言ってましたけど、あれから補習受けに行ってませんよね」

「やっべ‥‥‥」


その時、珍しく家の固定電話が鳴り、補習も宿題も終わっていないせいで、憂鬱な気持ちで電話を手に取った。


「はい、掃部かもんです」

「一輝くん!」

「は、はい!」


芽衣子先生だ‥‥‥。

怒られるんだろうな。

既に声が怒ってるし。


「補習終わってないの一輝くんだけよ? あと三日で夏休みも終わりだけど、ちゃんと来るわよね?」

「行きます!」

「私の予定も三日後しか空いてないから、三日後の午後三時に教室まで来るように」

「三日後ですか!? 三日後はちょっと‥‥‥」

「まさか花火大会?」

「はい」

「そういうのを楽しんでいいのは、やることやった人の特権です! 必ず来るように!」

「‥‥‥」

「それと、夏休みの宿題を持ってきてください」

「な、なんでですか!?」

「一輝くんは毎日の宿題もやらないことが多かったでしょ? だからちゃんとやってるかの確認です」

「やってるので大丈夫です!」

「なら質問です。一番最後に解いた問題を教えてください」

「えっとー‥‥‥」

「はい、持ってきてくださいね! それじゃ、三日後待ってます!」

「あの!」


電話を切られてしまい、察しの良い朝宮はすぐに筆記用具と終わらせた朝宮の宿題を持ってリビングにやってきた。


「宿題終わらせちゃいましょ!」

「今日だけ俺の部屋に入るのを許す。行くぞ」

「いつもこっそり入ってますけどね」

「でしょうね!!」


さっそく俺の部屋へ移動し、朝宮に宿題を手伝ってもらうということもあり、今日は優しくしてやろうと、勉強のお供にジュースとお菓子を差し出した。


「他に欲しいものあったら言ってくれ」

「スプーン」

「スプーン? 今すぐ持ってくる」


またリビングへ行き、スプーンを持ってくると、朝宮は俺の宿題をやりながら、次の指示を出してきた。


「プリン」

「一緒に言えよ!!」

「あーあ、そんなこと言うなら、今書いたところ消しちゃいましょうかねー」

「何個持ってくればよろしいでしょうか!!」

「一個」

「かしこまりました!!」


いくらこき使われようが、今日は言うことを聞いた方が良さそうだ。





「二人でやれば早かったですね! 凄いです!」

「いや、全部朝宮のおかげだ」

「その通りです!」


そう、俺は何もせず、朝宮が全て俺の夏休みの宿題を終わらせてしまった。


「お礼に、今日は朝宮が食べたい物作るから、なにか食べたい物あるか?」

「そうですねー、流しそうめん!」

「無理」

「それじゃ流しそうめんにしましょう!」

「聞いてるか?」

「楽しみですねー! お昼も食べてませんし、いっぱい食べますよ! 私、竹とか買ってきます!」

「いやいや、え?」


朝宮はノリノリで家を飛び出していってしまった。

行動が早い朝宮のことだ‥‥‥もうこれ、絶対やるんだろうな‥‥‥。

そうめん買ってこよ‥‥‥。





「できましたー!」


朝宮はこういう時だけ器用に、竹やホースで室内流しそうめんを作ってしまった‥‥‥。


「終わった後の竹とかどうするんだよ」

「またしたくなるかもしれないじゃないですか! 掃部かもんさんの部屋に置いておきましょう!」 

「朝宮の部屋に置けよ!」

「よく考えてください。私の部屋に置いてあった竹で、流しそうめんしたいですか?」

「よし、リビングに置こう」

「それが一番ですね! あっ!! 待ってください! そうめん買い忘れました!」

「買ってきたから安心しろ」

「なーんだ! 掃部かもんさんもノリノリじゃないですか!」

「うっせ」


正直、途中からノリノリになって、宿題をやってくれたお礼も込めて、そうめん以外にもいろんなもの買ってきちゃったんだよな。

花火大会の日に補習なのはちょっと不安だけど、宿題も終わったし、今は素直に楽しもう。


「何時からします?」


今は‥‥‥十六時半か。


「んー、早すぎても夜中に腹減りそうだよな」

「今やって、夜中もしましょう!」 

「それは却下。しばらく楽しみに部屋で過ごせ」

「分かりました! やる時は呼んでください!」

「分かった」


一度、各自部屋に戻って時間を潰すことになり、俺も自分のベッドで寛ごうと、ベッドに寝そべった時だった。

朝宮が勢いよく部屋に入ってきて、驚いた様子で俺をガン見してくる。


「お、お楽しみ中失礼しました!」

「横になってるだけだけど!? つかなんだよ!」

「もう我慢できません! やりましょ!」

「三分も経ってないけど!?」

「あっ、今の流れで勘違いされたら困るので言っておきますけど、やるのはエッチじゃありませんよ?」

「知ってるわ!! 真顔やめろ!!」

「前戯だけなら良いってわけじゃありませんからね!! このクズ!!」

「いやなんで!?!?!?!?」

「早く食べたいです! 早く早く早くー!!」

「わ、分かった分かった!」


相変わらず、休む暇もないな‥‥‥。

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