第16話/下手な嘘と笑み
まさかの日向の話を聞きながら、朝宮と芽衣子先生を静かに見下ろす。
「ねぇ、なにか言ってよ」
「‥‥‥今更信じられるわけがないだろ‥‥‥」
「あの時嘘をついたのには理由があるの!」
「早く鍵探そうぜ」
「‥‥‥うん」
俺が話を無視したことで、日向が傷ついているのは分かってる。
でも俺だって、トラウマをエグるような話はしたくない。息が詰まりそうになるんだ。
俺を先頭に周りに注意してトイレを出ると、チェンソー男がD組に入って行くのが薄っすら見え、俺達はまたA組に戻ってきた。
「生きてたか」
「はい。この肝試しではカメラが最強です」
島村はまだA組に待機し、呑気にカメラをいじっていた。
「カメラのフラッシュって、他の殺人鬼にも有効だったの?」
「今のところ全員に効き目があります。『顔を撮るな』とか言ってるので、殺人鬼だから顔写真はまずいんでしょうね」
「てことは、ノリがいいだけじゃなくて設定の可能性があるな」
「しーちゃんのカメラ以外に、どこかにカメラがあるんじゃない? それで三階の殺人鬼を蹴散らすとか?」
「それあるかもな」
「B組を見てきたらどうですか?」
「チェンソー男が人殺してた場所かー」
行きたくないな‥‥‥。
「よし、行ってみよっか!」
やっぱり行くしかないよねー‥‥‥。
「しーちゃんはまだA組に居座るのか?」
「はい」
「もう誰も来ないと思うけど」
「様子を見ます」
「そうか」
相変わらずシャッターチャンスを狙い続ける島村をA組に残し、チェンソーの音が遠ざかって行くのを確認して、B組の前にやってきた。
「開けるよ?」
「お、おう。頼む」
俺は常に周りを見渡しながら日向に扉を開けさせると、教室内は血だらけで、机の上で女の人が死んでいた。
「いかにもなにかありそうな場所だね」
「死体がいきなり動き出したりしないよな」
「まさか!」
「日向!!」
「きゃ!」
教室に潜んでいた殺人鬼が、床に這いつくばりながら静かに近づいてきて、日向の右足を掴んだ。
「離して離して!」
するとその殺人鬼は口に咥えていた笛を強く吹き、すぐにチェンソーの音が近づいてきた。
「一輝くん! 逃げて!」
「はぁ!? 逃げたら俺一人じゃん!」
「私のペアが! 一輝くんがクリアしたら嬉しいから! どっちかがクリアすれば、ペアでクリアしたことになるって先輩が教えてくれたの! お願い。今すぐ私を信じなくていいから、夏休み前の思い出をちょうだい!」
「‥‥‥映画のワンシーンかよ」
次の瞬間、俺は背中を段ボールで作られたチェンソーで切られてしまった。
「あっ、すまん」
「あー! 悔しいー!」
俺達は二人一緒にやられてしまい、参加賞の光るブレスレットを貰って昇降口へやってきた。
すると、そこには血らだけのクマの着ぐるみを着ている人がいて、普通に明るい声で話しかけてきた。
「やられちゃった?」
「あ、はい」
「残念! 今開けるね!」
モフモフの手で昇降口をの扉を開けてくれ、日向は傘を持って外に出た。
「家まで送ろうか?」
「大丈夫。迎えにきてもらうから」
「一輝くんの親って、今は日本に居るの?」
「そ、そうそう。だから大丈夫」
「そっか! クリアできなかったけど、すごく楽しかったよ! 一輝くんとこんなに話せたのも久しぶりだし!」
「そうか」
「私、信じてもらえるように頑張るから」
「‥‥‥‥‥‥気をつけて帰れよ」
「ありがとう! またね!」
「おう」
走って帰って行く日向を見送り、日向の姿が見えなくなってから、俺は校舎裏にやってきた。
すると朝宮は、まだ芽衣子先生と話していて、いったい何を話しているのか気になってしまい、木の影から話を聞いてみることにした。
「だから、ペアじゃないと参加できないし、みんな帰っちゃったんだからしょうがないでしょ?」
「私は一人でも楽しめるわよ」
「しつこいなー」
なんか二人とも、先生と生徒じゃないような話し方だな。
たまたまか?
「風邪引くから早く帰りな。一輝くんも待ってるかもよ?」
「
「何度も言うけど、誰かとペアが絶対条件なの」
「‥‥‥分かった。もう帰るわ‥‥‥」
なんかよく分かんないけど、人嫌いのくせにお人好しの、俺の悪いところが疼く。
何にも聞かなかったことにしてやろう。
俺は木の陰から飛び出して、我ながら下手な演技をしながら二人に駆け寄った。
「遅くなりましたー! あれ? 日向帰っちゃいました?」
「
「途中で本屋に寄ったら、つい長居しちゃってな。朝宮のペアは?」
「居ませんけど。私はもう帰ります」
「芽衣子先生」
「なにかな?」
「まだ肝試しって終わってませんか?」
「んー、ギリギリね」
「よし、行くぞ朝宮」
「え?」
「この肝試しはペアじゃないと入れないらしいから、しょうがなくお前とペアを組んでやる」
「‥‥‥」
「よかったですね、和夏菜ちゃん?」
え?え?
なんで朝宮は芽衣子先生を睨んでんの?
正直二人が他人じゃないのはなんとなく分かっちゃったけど、仲悪い系?怖っ。
「ほら行くぞ!」
「は、はい!」
もう迷路の通路は分かってる。
一気に駆け抜ける!!
「いってらっしゃい」
「走るぞ!! 遅れずついてこい!」
「分かりました」
「おらぁー!!」
立ち止まることなく走っていると、あの女の殺人鬼が後ろから走ってきた。
「みーつけた」
「うるせぇ!!」
「えっ」
殺人鬼に文句を言いつつ勢いよく体育館を出ると、トイレから男の殺人鬼が愛想よく現れた。
もう流れを知っている俺は驚いたりしない。
「君達も迷い込んだのかい?」
「うるせぇ!!」
「え!?」
「か、
「そ、そうだな。聞かせてください」
朝宮にはこの殺人鬼の説明を聞かせなきゃな。
とりあえず一回目と変わらない説明を受け、殺人鬼の性格が豹変した瞬間、朝宮は体をビクッとさせて後ろに一歩下がった。
「逃げるぞ!」
「は、はい」
「ついて来い!」
「赤いライトが動いています」
「あれは危険だ! そんな気がする! 階段まで行くぞ!」
赤いライトも無視して階段の踊り場までやってきた。
「そんなに息切らして大丈夫ですか?」
「問題ない」
「‥‥‥ありがとうございます」
「は? なにが?」
「いいえ、なんでもないですよ」
「変な奴だな」
「なんとでも言いなさい。日向さんに帰られた男」
「お前なー」
「早く行きますよ」
その先気をつけろとも言えないし、あくまで初めてのフリをしなきゃいけないのがもどかしい。
朝宮は先頭を歩き、二年A組の扉を開けた。
「誰もいませんね。鍵があるか探しましょう」
「私はこれを待っていたー!」
やはり机の陰から島村が飛び出し、珍しく興奮気味にカメラのシャッターを切りまくった。
「きゃー! 痛い痛い! やめてー!!」
「この声と音はなんですか?」
「チェンソー男かな?」
「
「狙ってないわ! いいか島村! チェンソー男が入ってきたら、カメラで攻撃しろ!」
「‥‥‥」
「お願いします、しーちゃん」
「対価はなんでしょう」
「俺達がクリアするのを見せてやる」
「ビッグニュースですね。 朝宮さん、この教室に鍵はありませんので、そんな熱心に探さなくて大丈夫ですよ」
「そうなのね」
朝宮は一つ一つの机を熱心に調べていて、表情こそ無表情だが、多分内心は楽しんでいる様子だ。
そして朝宮が念には念をで掃除用具入れを開けると、まさかの、中に殺人鬼が潜んでいた。
「っ!?」
「しーちゃん! 頼む!」
島村は朝宮を助けるためにカメラのシャッターを切りまくり、殺人鬼は顔を抑えながら教室を飛び出していった。
「ぜ、全然怖くないですね」
「脚震えてるぞ」
「チェンソー来ました」
「シャッターを切れ!」
島村が教室に入ってきたチェンソー男を攻撃している時、朝宮はさすがに怖くなってきたのか、素早く俺の後ろに移動してきた。
「大丈夫か?」
「私を舐めないでください」
「はいはい」
チェンソー男もどこかへ逃げていき、問題のB組の前にやってきたが、ここからは、這いつくばっている殺人鬼がいること以外未知数。
最悪の場合、島村を犠牲にするしかないな。
「しーちゃんが開けてくれ」
「はい」
島村が扉を開けると、やはり女の人が死んでいたが、俺は床に注目した。
「女の人がカメラを握って死んでいます」
「行くな朝宮!」
「え?」
這いつくばっている殺人鬼が笛を吹きながら迫ってくるが、島村もすかさず殺人鬼をカメラで撮り、這いつくばっていた殺人鬼は顔を伏せて動かなくなってしまった。
「朝宮! カメラを取って階段まで走るぞ!」
「了解です」
なんとか誰もやられずに教室を飛び出し、三階に繋がる階段の踊り場まで逃げてくることに成功した。
「朝宮が持ってきたカメラ、デジカメか」
「そうみたいですね」
「データを確認してみましょう。写真が好きな人なら、いろいろ撮ってると思うので」
「確認してみます」
そこまで手の込んだことするかね。
いやまぁ、この肝試し自体、すごくクオリティー高いけども。
「これ、鍵の写真じゃありませんか?」
「ん? どれだ?」
「本物の鍵じゃないですけど」
段ボールで作られたであろう大きな鍵が写し出されていたが、これがどこの写真なのかは分からない。
「これはヒントになりますね」
「まぁ、三階なのは間違いないだろうけど‥‥‥」
どこを見てもうろついてる殺人鬼の多さに、俺は今すぐギブアップしたくてしょうがない。
「あっ、こっちにはカメラが二つある! 二人で写真を撮りまくれ!」
「分かりました」
「撮影に関しては任せてください。さぁ、行きましょう」
島村がスタスタと階段を登っていき、三階についた瞬間、隠れていた殺人鬼に脚を掴まれてしまった。
「すみません。死にました」
「おいー!!」
大勢の殺人鬼が島村に群がり始め、それを見た朝宮は階段を駆け上がっていった。
「朝宮!?」
「今なら進めます」
「お、おう!」
「待てー!」
「捕まえて実験だー!」
「来たぁー!!!! 朝宮! 足速すぎるって!」
「急いでください」
「どこに行くんだ!? これじゃ教室に入っても追い詰められて終わりだぞ!」
「私は絶対にクリアします。
「なに言ってんの!? とにかくカメラ持ってんなら撮れよ!」
「はい」
朝宮は急に振り返って写真を撮り、俺の後ろの殺人鬼達を怯ませた。
「いいぞ! とりあえずこのまま音楽室だ!」
「私もそのつもりでした。あの鍵の写真、薄っすらですが写っていたんです」
「なに!? 幽霊!?」
「ピアノの鍵盤です。多分鍵は、ピアノの上に置いてあります」
「よし! 鍵取ったら、音楽室側の階段から一気に一階に駆け降りて、昇降口に行くぞ!」
「待ってください」
「なんだ!」
「今、すごくトイレに行きたいです」
「あれはフラグか!? 本当に漏らしたりするなよ!?」
「トイレに寄ります」
「ふぁー!? 待て待て!」
朝宮は女子トイレに入ってしまい、俺だけがカメラも無しで殺人鬼達に追われることになってしまった。
「勘弁してくれー!!」
そのまま音楽室へ飛び込み、音楽室に待機していた殺人鬼にビビり散らかしながらピアノの上のデカい鍵を取るまでは良かったが、完全に囲まれてしまった‥‥‥。
もう終わりだろこれ。
「もう諦めろって」
「さっきの女ならとっくに死んでるよ」
「こ、来ないでください‥‥‥」
なんかもう、殺人鬼の顔を見れば普通に先輩達で、肝試し的な恐怖は無くなっていた。
だけど大勢に囲まれて、次は潔癖の方で耐えられなくなってしまっている。
頼む朝宮‥‥‥美少女はトイレとかしないんだろ?
あれ?それはアイドル限定だっけ?
ジワジワと距離を詰められ、もうダメだと思った次の瞬間、暗い音楽室でカメラのフラッシュが眩しく光った。
「うわっ! 撮るな!」
「やめて撮らないで!」
「スッキリして助けに来ました」
「そりゃどうも!!」
殺人鬼達が顔を隠しながら散らばっていき、開けた道を全力で走り、そのまま朝宮と一緒に昇降口までやってきた。
「鍵だ! 早く出してください!」
「おめでとう! 君達が最初の脱出者だよ!」
もう追ってきてないからいいけど、呑気なクマだな。
「見てください
「そんなの消せ!!」
「あー、ダメダメ! そのカメラで撮った写真は、新聞部が買い取ってくれるんだから」
島村の奴、ぬかりない‥‥‥。
「とにかくおめでとう! 君達には脱出を記念してプレゼントがあるよ!」
「プレゼントですか?」
「うん! まずは昇降口を開けるね!」
熊の着ぐるみの人は昇降口の扉を開けた。
「二人とも、目を閉じてくれる?」
「は、はい」
目を閉じると、目の前から謎の物音が聞こえ、音が止まったと思えば、熊はまた明るい声で言った。
「開けていいよ!」
「‥‥‥なっ!?」
熊は大きな鎌を持って、つぶらな瞳で俺達を見つめていた。
「二人には死をプレゼントします!」
「さよなら!!!!」
「待てー!!」
俺と朝宮は学校を飛び出した。
参加賞の光るブレスレットの方が良いってどんなオチだよ。
※
雨の中、走って家まで帰ってくると、朝宮は楽しそうに笑い出した。
「あはははは!」
校舎裏に居た時とは別人のような、とても嬉しそうな笑顔を見て、どこかホッとする。
「なんだよ」
「楽しかったですね!」
「全然楽しくねぇ。とりあえず先にシャワー浴びて来い」
「その前に、私の推理を聞いてください!」
「推理? いいからシャワー浴びろ。風邪引くぞ」
「
「お、おう」
「びしょ濡れの私とは違って、
「なにが言いたいんだよ」
「
「先にシャワー浴びるてくるわ」
「逃しませんよ! 真実はいつもひとっ」
「おい、それ以上言うなよ」
「そんなことより! 卵買ってくるの忘れちゃいました! 早く買ってきてください!」
「この雨なのに!? つか、なんでお前はいつも話が急カーブするんだ!?」
「真実は闇の中! その方が面白いと思っただけです!」
「でも、一つハッキリさせておく」
「なんですか?」
「俺はお前のことが好きなわけじゃない」
「安心してください。私もです!」
「おい、なんかムカつくんだが。あと、本当に本屋に行ってた。朝宮が聞いた声は聞き間違いだ。だから何も疑うな」
「どうしよっかなー」
「うん、やっぱりなんかムカつくわ」
「落ち着いてください! 私はここにいます!」
「おぉ、どうした? またなにか始まったな」
「貴方が悲しい時、辛い時、そして苦しい時、私はいつでもこの家にいます!」
「うん、出て行って?」
「うるさいです! 早くパスタ作って、私のお風呂上がりを待っていてください!!」
「おいどうした!? 情緒不安定なのか!? 普通に心配になってきたぞ!」
「ふん!」
朝宮は真っ直ぐお風呂へ行ってしまい、俺は干してあるタオルで頭を拭いてパジャマに着替えてしまい、パスタを茹でながら、朝宮との会話を思い出した。
本当に好きとかじゃない。
ただ、仮にも一緒に暮らしてる奴が暗い顔してるのは気分が悪かっただけだ。
それだけだ。
***
一輝がパスタを茹でている時、和夏菜はシャワーを浴びながら、一人で嬉しそうに笑みを浮かべて小さくつぶやく。
「もっと上手に嘘つかないとダメですよ。掃部さん」
こうして一学期が終わり、太陽照りつける夏休みが始まった。
***
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