第15話/私との過去
長い列に並んで自分達の番を待っていると、どんどん空の雲が多くなっていき、さっきまで見えていた月が隠れてしまった。
「降りそうだね」
「あぁ、そうだな。でも、俺達の番までもうちょっとだし、降る前には入れるだろ」
「うん! ワクワクしてきた!」
「んじゃ私達はお先〜」
「バイバーイ!」
絵梨奈達が体育館に入っていき、遂に次が俺達の番。
ふと後ろを振り返って朝宮が居るか確認してみたが、まだ朝宮は校舎裏には来ていなかった。
また男子生徒に囲まれてんのかな。
※
「次の方!」
「はーい! 行こ! 一輝くん!」
俺達の番が来てしまった。
さりげなく日向より一歩下がって中に入ると、薄暗い照明、そして恐怖心を煽るBGMが流れていて、体育館は黒く塗った段ボールの様なものに血が飛び散った様な壁で通路ができている。
「まずは迷路を脱出しろだって」
「まさか、体育館全体が迷路になってるのか?」
「思ったより大掛かりだね!」
「だな。まぁ、感覚で体育館の入り口の方向に進んでいけば抜けられるだろ」
「それじゃレッツゴーだね!」
「ちょっ、ちょっと待てって」
「え? 行かないの?」
「い、行くけどさ」
日向は怖くないのか?
こういうの平気なタイプだったかな。
どんどん進んでいく日向についていくと、さっそく行き止まりにぶつかった。
「行き止まりだね」
「うっ!」
「なに!?」
「い、いや? 黒いカツラが降ってきただけだ。べべっ、別にビビんなかったけど、早く行こうぜ」
「ふふっ。そうだね! 早く迷路を抜けなきゃ! うわっ! 生首!」
「ひぃ!」
「みーつけた」
血だらけの生首に続き、知らない女の声に振り返ると、来た道から血だらけの女の人がナイフを持って迫ってきていた。
「うわぁ〜!! 走れー!!」
もう強がってられない!
こんなの無理だ!!
「一輝くん! こっち!」
「どっち!?」
パニックになって何度も行き止まりに行ってしまう俺を、日向はこの状況に恐れずに誘導してくれた。
「あっちに赤ランプが見えるよ! 多分出口の目印だよ!」
「バカ言ってんじゃねぇ! 赤はやばいって!」
「私を信じて!」
一番信じられない人物の口から出た『信じて』という言葉に、一瞬戸惑いながらも、俺は静かに頷いた。
「こんなところに居た」
「来たー!!」
「急いで!」
ナイフを持った女から逃げるように、赤ランプの光を目指して走り、なんとか廊下に出ることができた。
「あはは! 結構怖いね!」
「べっ、別に? 余裕だけど?」
「さっき叫んでたじゃん!」
「君達、迷路を抜けても油断しちゃダメだよ?」
「誰だ!?」
体育館を出てすぐ右のトイレから男子生徒が出てきて、マジで心臓が止まるかと思った。
「貴方は?」
「僕はこの学校に迷い込んだんだ。この学校は数名の殺人鬼が徘徊している」
「よし、昇降口に行こう」
「もう出るの!?」
「ダメなんだ。唯一の出口、昇降口は鍵が閉まっている。殺人鬼に捕まればゲームオーバー、身を隠したりしながら、なんとか鍵を探し出して昇降口を目指してほしい」
「なら、一緒に行動してください。三人の方がいいに決まってる」
「そうだね。でも僕は一人が好きなんだ。だから二人が邪魔でしょうがない」
「一輝くん」
「あぁ日向」
「逃げよっか」
「うん、逃げよう」
「逃さねーぞ!!」
「うぉ〜!! 逃げろー!!」
「きゃぁ〜!!」
親切に教えてくれた男も殺人鬼という設定を瞬時に理解した俺達は、真っ直ぐ自分達のクラスに逃げ込んだ。
「幽霊じゃなくて殺人鬼設定とかマジかよ‥‥‥」
「すごいスリルのある肝試しだね。とにかく鍵を探さなきゃ」
「この教室にあるかもしれない。俺が廊下を見張るから、机の中とか見てくれるか?」
「分かった」
役割を決めて、日向に鍵を探させ、俺は殺人鬼が来ないか廊下を見張ることにした。
さっきの殺人鬼は数名の殺人鬼って言ってたし、何人かいるのは確実。
あとは走るスピードとかの設定を決めているのかどうかだ。
決まってなかったら、殺人鬼役の人次第では怖すぎる。
そんなことを考えていた時、廊下の奥に赤いライトが見え、そのライトが一年生の教室前の廊下に曲がってきたのを確認し、俺はすぐに顔を引っ込めて、自分の席の裏に身を潜めた。
「見張りは?」
「日向もしゃがめ。多分殺人鬼が来てる」
日向も慌てて俺の横にしゃがみ、扉の方を見つめた。
「ねぇねぇ」
「どうした」
「二人で遊ぶの久しぶりだね」
「‥‥‥」
「私今、すごく楽しいよ」
「そうか。喋ってるとバレるぞ」
赤い光は遂に教室前にやってきて、教室の後ろの扉がゆっくり音を立てて開き、赤い光の懐中電灯とナイフを持った、血だらけの女が入ってきた。
俺達はしゃがんだまま、殺人鬼と距離を取る様に前の扉を目指したが、日向は後ろの開いた扉を指差した。
多分、扉を開けた瞬間にバレるから、隙を見て後ろから出ようと言いたいんだろう。
そして、四つん這いのまま移動している間、昔聞いたことのある、霊はエロいことを考えていると寄ってこないというのを信じて、俺は目の前のホワイトパンティについて行った。
日向はもっと派手なの履いてるイメージだったんだけどな。
それに、見てるのバレたら殺されるんだろうな。
自分のペアが殺人鬼になるのは是非とも避けたい。
そしてなんとか教室を出て、俺達は階段の踊り場まで全力で走った。
「ふぅー、思わず息止めちゃうね」
「うん、これじゃゆっくり探せないな」
次の瞬間、すごいスピードで赤いライトが近づいて来て、踊り場に居る俺達を照らしたが、殺人鬼は階段を上がってこない。
「‥‥‥」
そのまま俺達を確認した後、またどこかへ行ってしまった。
「危ないから、階段までは追ってこないのかな」
「んじゃ、ずっと階段に居よう!」
「うん、それでもいいよ?」
「でもそれじゃクリアできないし! もうどうしたらいいんだよ!」
階段の踊り場から動けなくなっていると、外から大雨の音が聞こえてきて、俺達は顔を見合わせる。
「やっぱり降って来たな」
「次に待ってる人のためにも早く出ないとね」
「桜!」
「うわっ! びっくりした!」
二階から俺達に気づいた絵梨奈と知らん男のペアが声をかけて来た。
「鍵見つけた?」
「全然なにもできてなよ」
「そっか。さっき聞いたんだけど、校内には二ペアずつしか入れないらしくてさ、運良く私達が校内に居るってことは」
「協力しちゃう?」
「しよう! 一応二階の教室は確認したんだけど、怖くて三階に行けないの」
これは早く出るチャンス!
しかも四人なら怖さ半減!
「う、後ろ後ろ!」
「きゃー!!!!」
「うわっ!」
目の前で二人が殺された‥‥‥。
もうダメだ。
二人は殺人鬼に、腕に光る輪っかをつけられて、一階に連行され始めた。
「あー! 普通に喋りすぎた!」
「これはしょうがないね」
「んじゃ、二人とも頑張ってね」
「な、なぁ」
「一輝居たんだ」
「え、なに? そんな影薄かった?」
絵梨奈の言葉で若干傷ついた。
めっちゃ目の前にいたのに。
「いや? んでなに?」
「二階には殺人鬼が何人居る?」
「この殺人鬼と、ヤバい奴とヤバい奴。あとシンプルにヤバいちょんまげが居た。一階はそうでもなかったけど、二階から色々ヤバい」
「なるほど、ヤバいんだな」
お前の言語力が。
「そう! ヤバい! そんじゃ桜」
「ん? なに?」
「吊橋効果とか回りくどい作戦じゃなくて、ハッキリ言っちゃいなね!」
「もっ、もう! やめてよ!」
「あはははは! バイビー!」
最後の最後に気まずさだけを置いていきやがった‥‥‥。
やっぱり絵梨奈は許してはおけないな。
「‥‥‥い、行こうか」
「だな‥‥‥でも、二階には無いって言ってたよな」
「絵梨奈はバカだから、見落としてるかもしれない」
「いやいや、こういうのは大抵三階にあるって決まってんだ。三階に行こう」
「一輝くんがそう言うならそうする!」
階段を上がってそのまま三階に行こうとすると、三階には数え切れないほどの殺人鬼が徘徊していて、俺達は無言で二階に戻ってきた。
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理」
「お、落ち着いて?」
「あっ、悪い」
「あの数が居たら、そもそもクリアできないし、きっと二階には脱出のヒントがあるんだよ」
「よし、探してこい」
「ちょっと!?」
「俺は階段の踊り場で見張っておく」
「女の子一人で行かせるわけ?」
「わ、分かったよ。俺も行くって」
「そうこなくちゃね!」
そして二年A組の教室に入った瞬間、カメラの連写の音が鳴り響き、机の影からちょんまげが姿を現した。
「あっ、新聞部の」
「焦ったー‥‥‥お前、一人で怖くないのかよ。陽大はどうした」
「あのポッチャリくんは迷路で殺されました」
「早っ」
「でも、なんで新聞部ちゃんはずっと生き残ってるの?」
「カメラのフラッシュで殺人鬼が逃げていくんです‥‥‥なぜだか知りませんが。あと、私のことはしーちゃんとお呼びください」
「わ、分かった」
なんかそういうホラーゲームあったな。
殺人鬼もノリが良いってことか。
「きゃ〜!! やめて!! 殺さないで!!」
隣の教室から女の叫び声が聞こえ、俺と日向は素早く島村の後ろに移動した。
すると隣の教室からチェンソーの様な音が聞こえ、叫び声も激しさを増していく。
「いやぁー!! 痛い!!」
「し、しーちゃん」
「はい、
「これヤバい?」
「はい。今からチェンソー男がA組に入ってきます」
「そいつもフラッシュで逃げていくんだよな」
「はい。でも私は、貴方達二人の怯えた表情を撮りたいので、頑張ってください」
「えっ‥‥‥」
「入ってきた!!」
チェンソーの音とカメラのシャッター音に追われながら教室を飛び出し、勢いで男子トイレに逃げ込んでしまった。
「悪いな。男子トイレなんかに逃げちゃって」
「全然いいよ?」
「そういえば教室から見えたんだけど、さすがにみんな帰っていってたな」
「この雨だしね」
さすがに朝宮も帰っただろうな。
楽しみにしてた分、またプリンでも買って帰るか。
「ねぇ一輝くん」
「ん?」
「一輝くんとペアを組んだのはね、実は言いたいことがあってね」
「言いたいこと?」
「今更信じてもらえないと思うけど、本当は浮気なんてしてないの‥‥‥」
「ど、どうして今そんな話を?」
「ずっと嫌われたままじゃ嫌なの」
「‥‥‥別に嫌ってなんか」
「嘘ついても分かるよ。一輝くんが私のせいで、あまり人と関わらなくなって潔癖症にもなって、毎日掃除してるけど‥‥‥本当に綺麗に消し去りたいのはさ‥‥‥‥‥‥私との過去じゃないの?」
「‥‥‥ちょ、ちょっと外の空気吸わせてくれ」
トイレについている小さな窓を全開にして顔を出すと、雨に打たれながら俯き、芽衣子先生となにかを話している朝宮を見つけた。
「一輝くん」
「な、なんだ?」
「ゆっくりでいいから、もう一度私を信じてほしい。気になることがあるなら、全部素直に答えるし、そしてできれば‥‥‥またあの頃みたいに‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
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